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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第五章「始まりの国:神々の島」

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第八十八話「神との邂逅、再び」

 九月三日の夜。


 レイはルークス聖王国軍を掌握することに成功した。

 そのため、カエルム帝国軍の前線基地があるラークヒルに戻る必要があった。なぜなら人馬(ケンタウルス)族ら草原の民、七万を残しており、彼らを放置するわけにはいかないことと、帝国軍の指揮官、レオポルド皇子への対応が終わっていないからだ。


 そのことを、聖王アウグスティーノらに話したが、聖都パクスルーメンに同行してほしいと懇願される。聖王国の実質的な支配者であるベルナルディーノ・ロルフォ総大司教が抵抗した場合、内戦に至る可能性があるためだ。


 内戦を回避するためには自分たちの正当性を示す必要があり、“光の神(ルキドゥス)の現し身”という権威が必要だった。

 聖王たちの主張は正当なものだが、二つのことを同時にすることはできない。


 その日は結論が出ないまま夜が更けたので、明日の朝、会議を行うことで一旦解散した。


 レイはハミッシュらマーカット傭兵団(レッドアームズ)と合流し、聖王たちとの話し合いの結果を報告する。

 結局この話し合いでも結論は出ず、一度ラークヒルに戻る必要があることだけが決まった。


 レイは激動の一日に疲れを感じながら、横になった。

 傍らにはアシュレイとステラがいるが、話をすることなく、すぐに眠りに落ちる。


 眠りに落ちた直後、夢の中に十一柱の神々が現れた。

 彼の横にはルナの姿があった。彼女の夢とも繋がっているのだと、理由もなく理解する。


光の神(ルキドゥス)の御子よ。そして、闇の神(ノクティス)の御子よ。よくやってくれた」


 鷲の翼を持つ神、天の神(カエルム)がそう切り出した。


「私はほとんど何もしていません」とルナが苦笑気味に言うが、レイがそれを否定する。


「君のお陰でいろいろと助かったんだ。もし、君がいなかったら、僕たちは間に合わなかったかもしれない」


「でも、それはザックさんが準備してくれたからよ。私は何もしていないわ」


 更にレイが言おうとすると、ルナが「神々の話を聞く方が先よ」と止める。レイは神々を無視していたことに気づき、「すみません」と謝罪する。


「構わぬ。我らの話を聞く用意ができているなら聞いてほしい」


 二人は大きく頷いた。


「此度のことで虚無神(ヴァニタス)が二千年以上の時を費やして用意した策は水泡に帰した。また、ヴァニタス(彼の者)はこの世界に降臨するという冒険に出ている。その代償によって、以前と同じように干渉を行えるのは千年ほど先になるだろう。そなたたちの働きにより、我らは三千年の時を取り戻すことができたのだ」


 二人はその言葉に微妙な表情をする。

 三千年という悠久とも思える長い時間に安堵するものの、ヴァニタスが降臨したと知ったためだ。


「ヴァニタスは既に地上に現れているのですか? ルナを依り代にするという計画だったと思ったのですが?」


「然り。ヴァニタスは既に地上に降りておる。ノクティスの御子の体を手に入れるまでの繋ぎとして、黒魔族と呼ばれる種族の身体を手に入れたのだ。今はそなたらが絶望の荒野(デスペラティオニス)と呼ぶ場所に潜んでいる」


 その事実に二人は困惑した。


「ヴァニタスが地上にいるなら危機は去っていないのではありませんか」


 ルナの言葉にカエルムは「然り」と答え、


「彼の者が暗躍することは充分に考えられる。一方で、彼の者は大きな過ちを犯した」


「過ちですか?」とレイが聞くと、即座に「然り」と頷く。


「受肉したことにより、彼の者を滅することが可能になったのだ」


「神を滅ぼせるのですか?」と驚く。


「然り。厳密に言えば完全に滅することはできぬが、魂を復活させるためには少なくとも五千、長ければ数万年という時が必要となる」


「つまり、今のヴァニタスを倒せば、魂が復活するまでの間は平和が訪れるということですか」


「然り」と大きく頷く。


「僕たちにヴァニタスと対決しろということでしょうか?」


 その言葉にカエルムは「否」と否定し、峻厳な表情を崩さないことが多いカエルムにしては珍しく優しげな表情で話を続ける。


「そなたらは充分に務めを果たしてくれた。未だに世界の均衡は戻っておらぬが、そなたらが東と西の国を導くことで、当面の間、世界の崩壊を防ぐことができる。我らはそれ以上のことをそなたらに求めるつもりはない」


 ルナはその言葉に安堵するが、引っかかるものを感じていた。


(逆に言えば、私たちのいなくなった後に、魔族の身体を手に入れたヴァニタスが世界に直接手を出すこともできるということ。だとしたら、最初に狙われるのはソキウスではないのかしら?)


 その疑問をカエルムにぶつけた。


「確かにヴァニタスの計画は失敗に終わったかもしれませんが、肉体を持ったということは直接行動できるようになったということではないのですか。だとすれば、最初に狙われるのは一番近いソキウスです。平和とは程遠いと思うのですが」


「その問いに答えることは難しい。彼の者は肉体を得たことにより、この世界で自由に行動できるようになったことは事実。しかしながら、神を受け入れるには脆弱すぎる肉体()なのだ。慎重に動かねば、肉体ごと滅せられると彼の者も当然知っている。更に重要なことは我らが居場所を把握していることだ。脆弱な肉体という弱点を持ったまま、我らと対決するような冒険に出るとは思えぬ」


「つまり、ヴァニタスは肉体ごと滅ぼされる危険があるから、今まで以上に慎重に行動するだろうということですか」


 ルナの問いに「然り」と答える。


「でも、ヴァニタスなら裏を突いてくるのではありませんか」とレイが質問する。


「その可能性は否定せぬ」


 そこでレイは考え込んだ。


(ヴァニタスに怯えながら生きていくことがいいことなんだろうか。もし何か悪いことが起きたら、ヴァニタスが暗躍していると疑ってしまう。それが疑心暗鬼にならないと言い切れるんだろうか……でも、絶望の荒野は危険な場所だった。ウノさんたちがいてもラウリとダーヴェの二人が犠牲になっている。僕たちが戦いを挑みに行っても返り討ちに遭うだけじゃないんだろうか……)


 絶望の荒野での苦い思い出、傀儡(くぐつ)の魔法で味方にした小鬼族戦士が命を落としたことを思い出す。

 レイは率直にそのことを口にした。


「私たちはこの先、ヴァニタスに怯えながら生きていかなくてはいけないということでしょうか。何か起きるたびにヴァニタスの罠ではと疑いながら……だからと言って戦いを挑んでも返り討ちにされるだけです。どうしたらいいのでしょうか」


 その問いに対し、カエルムは即答せずに考え込む。

 そして、考えがまとまったのか、ゆっくりとした口調で話し始めた。


「ルキドゥスの御子の懸念はもっともなこと。ヴァニタスは僅かな心の隙を突いてくる。最初は小さな疑念であっても彼の者がそれを増大させ、大きな不信に変えることはあり得る話だろう。そしてもう一つの懸念である絶望の荒野(デスペラティオニス)だが、あの地は彼の者の版図。中心部では我らの力は及ばぬ」


「神々の力が及ばないということは魔法が使えないということですか」


「然り。それは敵も同じ条件ではある。しかし、彼の者については分かっておらぬことが多い。何らかの力を使えると考えておいた方がよいだろう」


 そこまで話を聞いたところで、レイはルナに顔を向けた。


「月宮さんはどうしたい? 勝てる見込みは少なそうだけど」


「私たちだけしか戦えないのかしら。どうなのでしょう?」とカエルムに聞く。


「デスペラティオニスの中心には我らの加護を受けたものしか行けぬ。もし、行けばヴァニタスに精神を乗っ取られ、眷属とされる可能性すらある」


「加護を受けた者ということは私とレイだけではなく、クレアトール神殿に入ったアシュレイさんたちも含まれるということでしょうか」


「然り」


「それでも分のいい賭けじゃない。絶望の荒野には危険な魔物がいっぱいいる。行くだけでも命懸けなんだ。運よく中心部に着いたとしても敵は神だ。勝てる見込みはほとんどないと思う」


 レイは無理に対決すべきか悩んでいた。それは仲間たちを危険に巻き込みたくないと思っているためだ。特に初めてできた恋人であるアシュレイが傷つくところは想像もしたくなかった。


「私は戦うべきだと思う。今まで助けられてばかりいた私が言っても説得力はないかもしれないけど、この機会を逃したら、ヴァニタスはどこか別の場所に姿を隠すような気がするわ。そうなったら、さっき言っていたみたいにヴァニタスの影に怯えて生きていかなくてはならなくなる。それに敵も無敵ではないわ」


「無敵ではない?」


「ええ、私は一度戦っているの。あなたに助けられた時に心の中で。その時は負けそうになったけど、あなたのお陰で撃退できたわ。だから私たちが手を取り合えば勝てない相手ではないと思うの」


 ソキウスの“月の巫女”イーリス・ノルティアが強引に神降ろしの儀式を行った時、ルナは身体を奪われかけた。幸い、ステラの機転とレイたちの献身的な行動で乗っ取られることは防げたが、最後の最後で心の中に潜んでいたヴァニタスに襲われた。

 その時、レイやアシュレイたちの祈りの力を借り、ヴァニタスを撃退している。


「そうだね。絶望の荒野も前みたいに少人数で行かなくてもいいはずだ。ハミッシュさんたちに途中まで手伝ってもらうだけでもずいぶん楽になる」


 レイはカエルムに絶望の荒野のことを確認する。


「中心部は加護を受けた者しかいけないと聞きましたが、どの程度まで仲間たちは行けるのでしょうか」


「そなたが以前通った場所であれば問題はない。近づいたところで我が指示を出すことも可能だ」


「ここから先は危険だと教えていただけるということですか」


「然り」


「私たちにどれくらいの勝機があるとお考えですか」


 レイの問いにカエルムは「それほど多くはない」と答え、更に言葉を続けようとした時、闇の神(ノクティス)がそれを遮って話しかけてきた。


「結論を言う前に私から伝えておきたいことがあります」


「何でしょうか?」とルナが聞くと、


「ヴァニタスに敗れた場合、あなたたちの魂は消滅します。二度と元の世界に戻ることはできないということです」


 その言葉に二人は驚く。


「その言い方だと、僕たちは日本に戻れるんですね!」


「その通りです。元々、あなたたちは元の世界に戻すつもりでいました。例え私たちの依頼に失敗しても。このままヴァニタスと戦わなくても西と東の両国が安定したところで、あなたたちにそのことを告げることになっていました。その場で帰るか、寿命を全うしてから帰るかの選択をしてもらうつもりだったのです」


「帰れる……でも今更なぜ……」とルナは呟く。


「あなたたちが無理をする必要はないと伝えたかったのです。カエルムはそのことをあえて言わないつもりのようだったので口を挟みました」


 レイがカエルムを見ると、硬い表情でノクティスを見つめていた。


「隠すつもりではなかった。このことは適切なタイミングで告げることに決めてあったのだ。ノクティスが言った通り、そなたたちの治める国が落ち着いたところで確認することになっていた」


 その言い訳がましい言葉にノクティスが「確かに間違いではありませんが、誠実さに欠けると私は思います」と冷たく言い放つ。


 レイはノクティスなら信じてもいいと思い始めていた。


(神々も性格があるんだ。カエルムは世界のためなら個人が不幸になってもいいと思っている節がある。今回はヴァニタスを倒すことが世界にとって一番いいという結論だったんだろう。よくよく考えると思考を誘導された気がする……その点、ノクティスは僕たちのことも考えてくれている……)


 彼の心の声が聞こえたのか、カエルムは「世界の存続を図るのが我らの務め。何ら恥じることはしておらぬ」と開き直った。


 その人間らしい言葉にレイの笑みが漏れる。


「今の話で僕は決心が付きました」といい、ルナを見る。


「魂が消えるのは嫌だけど、これから生まれてくる子供たち、更に続く子孫たちが不幸になるのはもっと嫌だ。僕の子供が生まれるのかは分からないけど、仲間たちの子孫が不幸になるなら僕は戦う」


(ひじり)君にはアシュレイさんがいるから現実的なのね」とルナは笑うが、


「私も同じ気持ちよ。私のために命を懸けてくれたロックハート家の人たち、私を受け入れてくれたペリクリトルやソキウスの人たちが不幸になるなら、魂を賭けても戦うべきだと思う」


 最後は真剣な表情で力強く宣言した。


「ありがたいことですけど、結論を急いではいけません。あなたたちの家族、そして必要としている人たちとよく話し合うのです。明日の夜、再び夢の中に現れます。その時に結論が出ていたら教えてください。もちろん、出ていなくても構いません」


 ノクティスの言葉に二人は同時に頭を下げた。


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