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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第五章「始まりの国:神々の島」

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第八十六話「奴隷解放」

 九月二日午前十一時頃。

 レイはルークス聖王国軍の野営地であるウエストローの丘にいた。

 聖王国軍はレイの説得を受けて撤退を開始したものの、聖王府の軍官僚であるカルロ・パレンティから総大司教が彼の暗殺を企てる可能性があると指摘される。


 レイによって心を入れ替えた聖王アウグスティーノはその言葉に驚くが、パレンティの説明を聞き、あり得ることであると断言する。


 それでもレイは慌てなかった。

 今回の遠征軍に多くの獣人奴隷たちが従軍しており、彼らを奴隷から解放すれば、総大司教が暗殺部隊である“暗部”を派遣しても対応できると考えたためだ。

 レイは獣人奴隷のウノを呼び出した。そして、片膝を突いて大きく頭を下げる彼の前に立った。


「この方はガスタルディ司教からお借りした獣人奴隷部隊の長です。司教は覚えておいでですよね」


「もちろんでございます。アークライト様のお命を守るために、私自らが直接命じたものですから」


 レイはマッジョーニ・ガスタルディ執行司教に頷くと、「よく見てください」と言ってウノの首輪に手を添える。

 そして、わずかに魔力を込めただけで、首輪は小さな音を立てて外れ、地面に落ちた。

 その光景に聖王を始め、聖王国関係者全員が驚き、言葉を失う。


「このように私は獣人奴隷部隊用の隷属の首輪を外すことができます。獣人の方たちを解放し、その事実を総大司教に突きつけたらどうなるでしょう?」


 その言葉に誰も答えられない。

 レイは答えを期待していなかったのか、そのまま話を続けていく。


「暗殺者が送り込まれたとして、その暗殺者の首輪が外されるかもしれないと考えるのが普通でしょう。そして、逆に私が隷属の首輪を付けて送り返してくるかもしれないと恐れるのではないかと思います。今まで逆らえないことをいいことに虐げていたのです。その相手が突然、逆らえるようになってしまう。これほど恐ろしいことはないでしょう」


 パレンティはレイの言いたいことを理解した。


(確かにその通りだ。特に教団の上層部は獣人奴隷たちを物としか見ていない。まあ、私も同じかもしれないが、少なくとも無駄に傷つけるようなことはしていない。もちろん、危険な任務を命じているが、彼らのように癇癪を起して殴る蹴るの暴行を加えるようなことは一度もしていない……)


 しかし、懸念もあった。


(解放された獣人たちが我らに復讐するのではないか? そうなったら聖王府と教団の指導者たちは皆殺しにされるだろう……)


 パレンティはその懸念を伝えた。


「獣人奴隷たちは非常に強力な戦力です。制御する方法を失えば、その力は我々に向かうでしょう。自業自得とは言え、この状況で聖王府と教団本部の指導者がいなくなれば、国が立ち行きません。何卒、ご再考を」


 レイはその身勝手な理屈に内心では怒りを感じていた。


(人間性を捨てさせ、兵器に仕立て上げたのは自分たちじゃないか! ステラがどれだけ苦しんで今のように笑えるようになったと思うんだ! いっそのこと指導者たちがいなくなった方がいいんじゃないか……)


 怒りで思考が暴走しそうになるが、パレンティの言っていることにも一理あると思い直す。


(確かに無政府状態になるのは危険すぎる。それにそんなことになれば、虚無神(ヴァニタス)に付け入る隙を与えてしまう。何とならないんだろうか……)


 そんなことを考えていると、ウノがレイを真っ直ぐに見ていることに気づく。


「何か意見がありますか」と聞くと、ウノは「恐れながら」と言って頭を下げる。


 聖王とパレンティ、そしてガスタルディは獣人奴隷が積極的に意見を言う光景に目を丸くしている。

 特にガスタルディはその行為に腹を立て反射的に止めようとしたほどだ。しかし、彼はレイがウノたちに敬意をもって接していることに気づいており、不興を買う発言を何とか抑え込んだ。


 ガスタルディの内心の葛藤を他所にウノは意見を述べ始めていた。


「恐らくパレンティ様のご懸念のようなことは起こらないと考えます」


「それはなぜでしょうか?」


「彼らは命じられたことしかできません。首輪を外したとしても、最上位者であるアークライト様がお命じになれば、誰一人命令に疑いを持つことなく実行するでしょう」


 その言葉にレイは困惑する。


「ウノさんは命令以外でも動いてくれていますよね。だったら他の人もできるのでは?」


「私はアークライト様の下で多くのことを経験させていただいております。そして、その経験で分かったことは、アークライト様は私たちのことを気遣い、危険な任務を与えようとされないという点です。それだけではなく、私の部下を命の危険を顧みずに助けていただいたこともあります……」


「それを言ったら僕の方がたくさん助けてもらっています。当たり前のことじゃないですか」と思わず反論する。


「それはアークライト様にとって当たり前のことかもしれません。ですが私たちにとっては違うのです……」


 更に反論しようとするレイをウノは目で制し、言葉を続けていく。


「話を戻しますが、我らは命じられたことしかできません。今でこそ命じられたこと以外も行えるようになりましたが、それはアークライト様の下に長くいたからこそです。我らのことを気遣い、危険な任務を極力与えないようにされておられましたので、どのようにすればアークライト様のお役に立つことができるか、常にそのことを考えるようになったのです」


 レイはどう答えていいのか困り、「そうなんですか……」としか言えない。


「つまり、彼らは私たちとは違うのです。隷属の首輪を外しても最上位者であるアークライト様がお命じになれば拒否することはありえません。そもそも、隷属の首輪は逆らえば苦痛を与える魔道具ですが、その魔道具としての機能が使われることは滅多にないのです。獣人奴隷は命令に逆らうということを考えることすらしないのです……」


 ウノは命令に逆らうことはないと断言した。


「ただ懸念があるとすれば、アークライト様を総大司教猊下より上位であると認めるかという点です。しかし、先ほどの奇跡と絶対に外せない首輪を外したという事実をもって宣言すれば、彼らもアークライト様を最上位者と認めざるを得ないでしょう」


 そこでパレンティが話に割り込んできた。


「つまり獣人奴隷たちはアークライト様を総大司教猊下の上位と認識し始めているということか?」


「その通りでございます。既に何人かが確認に来ております。アークライト様とはどのような地位にあるお方であるのかと。その問いに対し、私は答えることができません。総大司教猊下と神の遣いたる方のどちらが上位であるかなど、考えることすら不敬に当たるからです。ですから私は聖王陛下のお言葉に注意するようにと伝えております」


 ウノはこの軍の最上位者である聖王がレイを上位者として扱っていることで、間接的に総大司教より上位にあるという認識させようとしたのだ。


「では、アークライト様が隷属の首輪を外しても我々に危害を加えることはないと」


「御意にございます。もちろん、アークライト様がお命じになられれば、その限りではございませんが」


 パレンティはその言葉に僅かに考え込むが、すぐにレイと聖王に向かって意見を述べ始めた。


「アークライト様及び聖王陛下に申し上げます。獣人奴隷の隷属の首輪を外し、その事実を公表することで、アークライト様が(まこと)の神の御遣いであることをお示しすべきであると愚考いたします」


「余はその考えに賛同する」と聖王は力強く頷く。


「私も隷属の首輪を外すことに賛成です。ですが、その前に皆さんにきちんと話しておくことがあります」


 レイが厳しい表情でそういうと、聖王たちは居住まいを正した。


光の神(ルキドゥス)(あまね)く照らす神です。遍くとはすべての人、すなわち獣人も人間もエルフもドワーフも関係なく、すべての人に平等に光を与える神なのです。ですが、光神教の教義では獣人は穢れた存在と言われ、迫害し、更に道具のように使われています。このままにすることを私は許したくありません」


 その言葉にガスタルディが声を上げる。


「おっしゃることはごもっともですが、教義に反することを殊更主張することは今後の行動に支障をきたすのではありませんか? 総大司教に付け入る隙を与えることになりかねません」


 ガスタルディの本心は獣人たちが自分たちと平等という考えを認めたくなかった。しかし、そのことをストレートに伝えると、レイの心証が悪くなるため、戦略的に不利という表現に留めたのだ。


 しかし、レイは強い口調で反論する。


「行動に支障をきたすとしても、人を人と思わない考えを認める気はありません!」


 ガスタルディは若いなと思うものの、「御意のままに」と言ってすぐに主張を引っ込めた。


 レイはその場に残り、千人以上いる獣人奴隷たちの首輪を外すことにした。

 首輪を外すだけなら五秒も掛からず、魔力の消費も大したことはない。しかし、数が数だけにどれくらい時間が掛かるのか想像もできなかった。


 レイは聖王に軍の撤退の指揮を頼んだ。


「帰還の指揮をお願いします。私はここで獣人奴隷の方々の首輪を外すことにしますので。ここなら帝国軍が私の願いに反して動いたとしても、充分に対応できますし、草原の民の機動力ならすぐに追いつけますから」


 歩兵中心の聖王国軍の行軍速度は、敵地である帝国領内では一日当たり二十km(キメル)が限界だ。

 既に時刻は正午前になっており、日没までに移動できる距離は十キメル程度しかない。一方の草原の民の行軍速度は一時間に十キメル以上だ。日没前に移動を開始すれば充分に追いつくことができる。


「御意のままに」と聖王は頭を下げると、副将に任じたランジェス・フォルトゥナートとパレンティに「出発!」と命じた。


 フォルトゥナートは「御意」というと、すぐに聖騎士たちに出発を命じた。しかし、パレンティは「私は獣人奴隷部隊の責任者でもありますので」といってレイと行動を共にすると伝える。

 更にガスタルディも「私もアークライト様のお手伝いを」といって残ると主張する。


 パレンティは伝令役の獣人奴隷を呼び出すと、


「全部隊を直ちにここに集めよ。斥候に出ている者も、帝国軍を監視している者も含めてすべてだ」


 伝令は小さく頭を下げると、音もなく消えた。


「草原の民のところに戻ります。皆さん心配しているでしょうから」


 そう言って丘を下ろうとするが、彼の前に次々と獣人たちが姿を現し始める。


「どこにいたんだ?」とハミッシュが呆れるように呟き、彼の副官であるアルベリック・オージェも「僕でも全然気づかなかった」と首を横に振っている。


 丘を下っていくと、マーカット傭兵団(レッドアームズ)の傭兵と草原の民たちが安堵の表情を浮かべて待っていた。


「何が起きたのですか?」とセオフィラス・ロックハートが聞いてきた。


 丘の下からも異常があったことは何となく察せられたが、聖王国軍が粛々と撤退していく様子が見えており、疑問に感じていたのだ。


「いろいろとあって……一言では言えないので後で説明します。今は時間があまりないので……」


「この人たちは何なの?」とセオフィラスの双子の妹、セラフィーヌが聞く。


 彼女の目には強者(つわもの)と戦えるのではないかという期待が満ちていた。


「ここでこの方たちの隷属の首輪を外します。ですから、戦いにはなりませんよ」


 既に彼の後ろには百人以上の獣人奴隷たちがおり、更に続々と増えている。


「全員の首輪を外すの?」と留守番としてレッドアームズの指揮を執っていたヴァレリアが呆れたような声を出す。


「ええ、少し時間が掛かるので、この場での待機は継続です。周囲の警戒だけはしっかりとお願いします。あと、セオさんにお願いがあるのですが、ラークヒルに伝令を出して、帝国軍の様子を確認してほしいんです。それからリーヴァさんたちに明日もう一日、そこで待機するようお願いしてください」


 帝国軍の前線基地であるラークヒル郊外には、七万近い数の草原の民の戦士がいる。

 ソレル族の族長リーヴァ・ソレルがその戦士たちの指揮を執っているが、草原の民は“白き王”であるレイの命令ならともかく、それ以外の者の命令に従う気はない者が多く、苦労していることが予想された。


 人馬(ケンタウルス)族の伝令と斥候が走り出したことを確認し、レイは近くに待機している獣人たちの首輪を外すことにした。


「パレンティ殿から聞いていると思いますが、私はレイ・アークライトです。今から皆さんの隷属の首輪を外していきますので、並んでいただけますか」


 その言葉に獣人たちは戸惑いを見せる。


「アークライト様は光の神(ルキドゥス)の現し身であられる! つまり総大司教猊下より上位に当たられる方であるのだ!」


 パレンティの言葉に獣人たちは素直に並び始め、レイの前で平伏する。

 その行動にレイは暗澹たる思いをするが、今は仕方がないと割り切ることにした。


「それでは皆さんの首輪を外していきます! 首輪を外しても死ぬことはありませんので安心してください!」


 それだけ叫ぶとすぐに「近くの人から順に外していきます」といい、先頭で平伏する獣人に声を掛けた。


「ではあなたから始めます。何も心配する必要はありません」


 そう言って平伏する獣人の首輪に手を当てる。

 カチリという音とともに首輪が落ちた。外された獣人は普段の無表情さを忘れたかのように驚きに目を丸くしているが、レイはそのまま次の獣人の前に向かった。

 一人当たり、十秒も掛からず、魔力もほとんど使わないが、数が多い。三時間ほど経ったところで五百人ほど外したが、まだ半数が残っていた。


「休憩してはどうだ?」というアシュレイの言葉に「そうだね。少し休ませてもらう」といって地面に腰を下ろす。


「それにしても凄い数だな」とアシュレイが呟く。


 レイが首輪を外した獣人たちは所在なさげにその場に残っていた。


「外した者たちはいかがいたしましょうか」とガスタルディが確認してきた。


「そうですね。周囲の警戒は草原の民の皆さんがやってくれますし、聖王陛下と他の重要な方の護衛に回ってもらいましょうか。万が一のことがあっては大変ですから」


「アークライト様の護衛はよろしいのでしょうか?」


 その問いにレイは首を横に振り、「私にはウノさんたちという仲間がいますので」と言って断る。


「では、聖王陛下の護衛とフォルトゥナート卿ら重要人物の護衛に回しましょう。ですが、それでも多くの者が余ると思いますが?」


「そうですね」と考え込むと、パレンティが意見を具申してきた。


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