表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第五章「始まりの国:神々の島」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

368/396

第八十三話「神の奇跡」

 九月一日の夕方。


 ルークス聖王国軍はラークヒル近郊から完全に撤退した。しかし、二十万という大軍であったことから、最後の部隊が完全に見えなくなったのは日が沈む直前だった。


 レイは今後の協議を行うため、各部族の主だった者を集めることにした。すぐに数十人の族長や戦士長など氏族の代表者が大きな焚火を囲むようにして集合する。


 彼らのほとんどが戦えなかったことに肩透かしを食らっていたが、一触即発の帝国軍と聖王国軍の大軍を、伝説の“白き王”が言葉一つで鎮めたことに、驚きとともにさすがは我が王という誇らしさも感じている。


「明日の朝、全軍で聖王国軍の野営地に向かいます。交渉を行いますので、皆さんはくれぐれも相手を刺激しないようにお願いします」


 彼の言葉にハミッシュを始め、誰も異を唱えなかった。相手は弱兵といっても大軍であり、最大戦力で向かうことは合理的であるためだ。

 しかし、会議の場の外から反対する声が聞こえてきた。


「あまり多いと聖王国軍を刺激してしまいます。草原の民一千名とマーカット傭兵団(レッドアームズ)百名くらいがちょうどいいのでは?」


「セオさん?」とレイは思いもしなかった人物の登場に驚きながら、「帝国軍の方はいいんですか?」と尋ねる。


 セオは笑みを浮かべながら、セラフィーヌら仲間たちとともに現れ、自然な流れで会議の場に入ってきた。


「ええ、レドナップ伯爵閣下の許可はもらっています。レイさんが変な気を起こさないか監視するという名目ですけど」


 そういってクスリと笑う。

 セオの言葉にハミッシュが疑問をぶつける。


「明日の戦力が少なすぎると思うのだが、それだけで大丈夫なのか? 仮にも聖王国軍は二十万の大軍だ。千人程度じゃ何かあった時に逃げることもできんぞ」


 その疑問に対し、セオはそれまでの雰囲気をがらりと変え、表情を引き締めた。


「それは逆だと思います」と言ってから、身を乗り出すように話し始めた。


「この先の地形ですが、緩やかな丘が続くあまり見通しのよくない場所だそうです。僕の聞いた話では聖王国軍の野営地であるウエストローの丘は、大きな丘というより低い山だそうです。軍を隠すにはちょうどいいですが、大軍を運用するのに難しい場所らしく、機動力を生かせる人数の方が万一の場合も対応しやすいと思います」


「だが、それでは舐められるのではないか?」


「今回は話し合いですから、仰々しいよりいいと思います。それに七万もの大軍では命令が行き届かずに戦端が開かれてしまう可能性もありますから」


 セオの言葉にレイも賛同するように大きく頷く。


「確かにそうですね。細い道なら何km(キメル)にも列が伸びて、伝令だけでは伝えきれないかもしれません」


 ハミッシュたちもその言葉に納得すると、レイは草原の民たちに向かって、「どの氏族に来てもらいましょうか」と問いかける。


 その問いにソレル族の族長リーヴァが「我が一族が……」と言いかけるが、すぐさまセオが反対する。


「リーヴァさんにはここで草原の民を指揮してもらわないと。これだけの兵力をまとめられるのはレイさん以外にはリーヴァさんしかいませんよ」


「そうなると、どの氏族がいいでしょうか?」


 その問いに多くの氏族の代表が声を上げようとしたが、それに先んじてセオが意見を述べる。


「戦闘をしないのであれば、各氏族からの五十人ずつ出してもらえばいいのではありませんか。白き王とともに聖王国に撤退を促す名誉ある交渉に参加するのですから、全氏族から戦士長クラスの精鋭を出した方がいいでしょう」


 出席者たちは「それがよい」と口々に賛同する。


 草原の民は人馬族が十の氏族、遊牧民が二十の氏族であり、五十人ずつなら千五百人ほどになる。


 人数的には先ほどのセオの提案より多いが、レイには彼が別の考えを持っているのではないかと思い、「僕もそれでいいと思います」と賛成した。


「三十もの集団に分かれては指揮がしにくいのではないか」とアシュレイが反対意見を出すが、


「五十人くらいの隊の方が小回りが利きますから、動かしやすいと思います」とセオに言われ、「確かに一つの隊として考えるなら、そのくらいの方がよいな」と納得する。


 他にも意見が出たが、いずれも大したものではなく、セオの意見が通って会議は終了した。

 会議の後、レイはセオに真意を尋ねた。


「帝国軍に圧力を掛けるにはここに残る数が多い方がいいんです。それに全部族が旗を持ったら壮観ですよ。それだけで聖王国軍を威圧できると思います」


 そこまでは飄々とした口調で言ったものの、周囲を見回してから表情を真面目なものに変える。


「族長や戦士長といった主だった者がレイさんと一緒に行動していれば、リーヴァさんに反対できる人は大きく減ります。不測の事態が起きても“白き王”の委任を受けたという権威で抑えられるでしょう」


「確かにそうですね。でも、リーヴァさんに負担が掛かる気がします。セオさんが残ってくれると助かるんですが」


 草原の民が相手ではハミッシュたちでも意見を通すことは難しい。そのため、人馬族と付き合いが長いセオに残ってもらえないかと頼んだのだ。

 しかし、セオは再び表情を崩して、手を大きく振りながら断る。


「ここにはライルとロビーナを残していきますよ。僕よりよほど冷静ですから。それにこんな楽しい機会を逃すなんて僕にはできません」


 レイはどこまで本気なのだろうと思ったが、認めるしかなかった。


 翌朝、五百名の人馬族、千名の遊牧民戦士、そしてマーカット傭兵団(レッドアームズ)百名の計千六百人とともにラークヒル近郊の草原を出発した。


 ラークヒルの西の道は帝国拡大期の舗装された道だ。しかし、会議でセオが言った通り、丘陵地帯をうねるように延びているため、数百メルト程度しか見通しが利かない。


 レイは隣にいるアシュレイに話す。


「セオさんの言う通りだったよ。こんなところに七万の軍隊で入ったら何が起きるか分からなかった」


「確かにそうだな。しかし、この人数でも隊列が伸びすぎている。人馬族と遊牧民はもう少し左右に広げた方がよいのではないか?」


 彼女の言う通り、全員が騎馬であり、隊列の長さは千(メルト)を超えている。


「いや、このままでいいんだ。下手に広げて聖王国軍の斥候と戦闘になったら困るから」


 聖王国が奇襲を掛けてこない限り、自分が先頭に立って道を進めば問題は起きようがないと考えていた。


 彼の思惑通り、何度か聖王国軍の偵察隊と接触するものの、戦闘になることはなかった。

 午前九時半頃にウエストローの丘にあと三十分ほどで着くというところで、五騎の騎馬が現れた。

 その中の一騎はランジェス・フォルトゥナートであり、彼はレイの前で馬を降りると、片膝を突いて頭を下げる。


「聖王陛下よりアークライト様との会談に応じるとのお言葉を頂きました。これより私が先導いたします」


 そう言って再び馬に乗り、前を歩き始めた。


 フォルトゥナートの先導もあり、トラブルが起きることなく、ウエストローの丘に到着した。


 丘はセオの説明にあった通り、高さ約百メルト、直径約一km(キメル)ほどの小高いもので、その頂上に聖王国の国旗が高々と掲げられていた。その周りには純白の陣幕が張り巡らされている。

 聖王国軍の兵士たちは丘を囲むように陣取っているが、雑然とした感じで防御を固めている風でもない。また、現れた草原の民たちを警戒するように槍を立てて様子を窺っていた。


 レイたちが丘のすそ野に現れると、フォルトゥナートが申し訳なさそうに話し始める。


「陛下はアークライト様と直接お話ししたいと望んでおられます。できうるなら数名の供を従え、私に同行していただけないでしょうか」


 その言葉にアシュレイが「そちらも数名の護衛とともに降りてくるのだな」と睨む。


「も、申し訳ございません……」と言ってフォルトゥナートは頭を下げ、


「陛下は陣での会談をお望みです。アークライト様の身に危険が及ぶことがないよう、我が命を懸けてお守りいたします」


「フォルトゥナートさんがそういうなら、僕一人でも構いませんよ」


 そこでハミッシュが声を上げる。


「ならば俺が一緒に行こう」


 そして、副官であるアルベリック・オージェ、一番隊隊長ガレス・エイリングに視線を向け、「アル、ガレス、お前らも来い」といい、


「俺たち三人にアッシュとステラを加えた五人が護衛だ。ヴァレリア、お前とセオでこの部隊の指揮を執れ」


 ハミッシュは更にセオに「お前たちはここで留守番だ。人馬族に指示を出せるのはお前たちくらいだからな」と釘を刺す。


 セオは「仕方がないですね」と諦めるが、セラフィーヌが「私もいきたい」と不服そうな顔で言った。


「戦いに行くわけじゃないですし、強い人がいるわけじゃないですよ」とレイがいうと、


「確かにそうね。じゃあ、ここで待っているわ」とあっさりと引き下がる。


 レイは草原の民たちに向かって大声で命じた。


「今から聖王と交渉してきます! これは話し合いですから何が起きてもこちらから手は出さないでください!」


 彼の命令に草原の民は槍を上げて応える。


 レイはアシュレイとステラに向かって、「できれば残ってほしかったんだけど」というが、二人は笑顔で首を横に振った。


 レイはそれに小さく頷くが、内心では緊張していた。


(相手は何をするか分からない宗教国家だ。ここで僕を殺せば人馬族たちが怒り狂うことは確実なんだけど、そんなことを考えない可能性もある。それに獣人奴隷部隊も千人くらいいるから、いくらハミッシュさんがいても向こうが攻撃してきたら命はない……)


 そんなことを考えながらも堂々と見せるため、ゆっくりとした口調でフォルトゥナートに話しかける。


「それでは案内をお願いします」


「はっ!」と鋭く答えると、フォルトゥナートは馬に跨り、レイたちを先導していく。


 兵士たちの間を抜け、丘の上に到着すると、馬を預け陣幕の中に入っていく。


 陣幕の中は思った以上に広く、百人以上の聖騎士が立ち、その中心には豪華な鎧をまとった恰幅のいい壮年の男性がいた。その後ろにはマッジョーニ・ガスタルディ執行司教ら聖職者たちがいたが、ガスタルディの表情に戸惑いがあるように見える。


 レイはハミッシュらを引き連れ、陣幕の中を歩いていく。


「止まれ!」と一人の聖騎士が声を掛けた。


 何事かと思って止まると、その聖騎士は「聖王陛下の御前である! 武器を預けよ!」と更に大きな声を張り上げる。


「陛下より許可を頂いております! 何より交渉相手に対してあまりに非礼ではありますまいか!」


 フォルトゥナートがレイたちに代わって抗議する。


 聖王はそのやりとりを見ながらも何も言わず、床几に座ったまま立ち上がることすらしなかった。


「これはどういうことでしょうか?」とレイが低い声で聞き返す。


 彼の後ろではハミッシュと一番隊の隊長ガレス・エイリングが殺気を放っており、更にアシュレイとステラも剣に手を掛けている。


「誰が発言を許した!」と先ほどの聖騎士が怒声を上げる。


 それでも聖王は何も言わずにその成り行きを見守っていた。


 フォルトゥナートはこのやり取りに怒りを覚えていた。

 彼は使者となる前に聖王に対して礼を尽くすことを約束させている。更に聖騎士たちにも聖王の命令であることをしっかりと伝えていたのだ。

 それが僅かな時間の間に反故にされた。


「これはいかなることでしょうか? アークライト様は陛下のご要望に従い、自ら足を運んでくださった。それに対し、このような非礼をもって当たるということは、貴兄は陛下に泥を塗ることになる……」


「黙れ! 世俗騎士の分際で我に指図するな」


 ここに来て、フォルトゥナートはこの茶番が聖王の意向であると確信した。


「陛下に申し上げます。アークライト様がお命じになられれば、聖王国軍は全滅することは必定。更に草原の民が祖国を蹂躙すれば国が滅びるのです。何故、このようなことを……」


 そこで聖王は初めて口を開いた。


「昨夜、神託が下りたのだ。アークライトなる者は偽物であるとな。神の現し身を騙る邪神の手先を討伐せよ。それこそが光の神(ルキドゥス)の望みであると」


 聖王の目に狂気の光が宿る。


「俺たちに手を出せば草原の民が報復する。そのことを分かって言っているのか!」


 ハミッシュはそう叫び、巨大な剣に手を掛けた。

 その言葉がきっかけとなり、聖騎士たちは一斉に剣を引き抜く。


 レイはこの状況に焦りを覚えるが、どう動くべきか考えがまとまらない。


 その間に聖騎士たちが光の矢の呪文を唱え始める。

 聖騎士たちは接近戦で時間を掛ければ、麓にいる草原の民が乱入してくると思い、魔法で一気に片を付けようとしたのだ。


 聖騎士たちの魔法の技量は低い。しかし、それが百を超えるとなると話は別だ。

 ペリクリトル攻防戦でドクトゥスのラスペード教授は、同一魔法の同時使用による相乗効果を実戦に証明した。

 低レベルであっても同一の魔法を同時に発動すると、相乗効果により単純な掛け算以上の効果を生む。そのことをレイも知っていた。


「下がってください!」とレイはハミッシュたちに叫んだ。更に弓を構えていたアルベリックに「先に攻撃しないで!」と叫ぶ。


 レイは自らの軽率な行いに怒りを覚えていた。


(僕が油断しなかったらこんなことにはならなかった。責任は僕が取るべきだ。僕が時間を稼げばアッシュたちは逃げられる。雪の衣(ニクスウェスティス)なら光の矢を跳ね返せるはずだ……)


 彼は自らの鎧、雪の衣(ニクスウェスティス)の耐魔法性能に賭けることにした。そして、アシュレイたちから離れるように聖騎士たちに近づいていく。


 アシュレイとステラはすぐにそのことに気づき、彼の下に走ろうとしたが、ハミッシュとアルベリックに抑えられてしまう。


「父上、なぜ……」と言った直後、彼女は父親が自分を止めた理由に気づく。


 既に二十秒近い時間が過ぎており、聖騎士たちの技量でも魔法を放つには充分な時間が経っている。しかし、一向に魔法は放たれなかった。更に呪文を唱える聖騎士たちの表情が徐々に焦りを帯びていくことに気づいた。


「何をしておる! 早く魔法を放たぬか!」


 聖王の怒りを含んだ声が丘に響く。


 その時、聖騎士たちは呪文を必死に唱えながらも、精霊の力が集まらないだけでなく、魔法自体が使えなくなっていることに気づいていた。


「魔法が使えません!」と一人の聖騎士が叫ぶと、他の騎士たちも呪文を止め、茫然とした表情で右手を見つめていた。


「これぞ、神の奇跡である!」とガスタルディがその空気を破った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ