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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第五章「始まりの国:神々の島」

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第八十話「皇子との交渉」

平成最後の投稿です(笑)。

 ルークス聖王国軍に撤退勧告を行ったレイは、そのままカエルム帝国軍の陣に向かった。

 その頃、帝国軍でもこの事態にどう対応するかで議論が行われ、意見は真っ二つに割れていた。


 様子見を主張するのは第四軍団長のアドルフ・レドナップ伯爵だ。


人馬(ケンタウルス)族は帝国に絶対の忠誠を誓っているわけではない。ある種の同盟関係に近いと言っていい。その人馬族がレイ・アークライトなる者に従っている。ロックハート家の者の言葉が正しければ、王として崇めているというのだ。もし、あの者の言葉を聞かず戦端を開けば、我が軍に襲い掛かってくることは充分に考えられる。まずはあの者の考えを聞くべきであろう」


 レドナップ伯の主張は常識的なものだが、それに反対する勢力がいた。それは第三軍団の者たちで、彼らは軍団長であるレオポルド皇子に武勲を上げさせるため、二十万という大軍を破ったという実績を欲していたのだ。

 その上で彼らはこう主張する。


「レドナップ伯のおっしゃりたいことは分かりますが、此度の戦は聖王国の侵略が発端。つまり大義名分はこちらにあるのです。祖国を狂信者である光神教徒から守るために我らは剣を取った。そのことをもって非難されるいわれはないはずです」


 議論は白熱するものの、双方の主張は平行線を辿り続ける。

 ただ一人総司令官であるレオポルド皇子は腕を組んで目を瞑ったまま一言もしゃべらず、議論を静観していた。


 そんな中、レイが帝国軍に近づいてきた。


「ルークスの聖騎士ではないのか?」


 レイの聖騎士と見紛う装備に帝国軍では疑念の声が上がっていた。


「人馬族はルークスに味方する気か」


 というように、草原の民が聖王国に取り込まれたと勘違いする者が続出する。


 聖王国軍に向かった時と同じく、アシュレイとステラのみを伴っただけで、五十(メルト)ほどの位置で止まり、帝国軍に向けて話し始めた。


「私はレイ・アークライト! 縁あって草原の民と共にある者です! 今回のルークス聖王国の侵攻に対し、私も怒りを覚えています! ですが、それは聖王国の指導者たちにであって、徴兵されただけの民たちに罪はありません!……」


 その言葉は聖王国軍に対してと同じように帝国軍のすべての将兵に聞こえていた。


「……先ほど聖王国軍に撤退するよう勧告しました。帝国軍の方々には哀れな農民たちが無事に故郷に帰れるよう、怒りを鎮めて静観していただきたい!」


 聖王国軍の兵士たちと違い、職業軍人である帝国軍兵士たちはその言葉に内心で「勝手なことを」と反発する。しかし、正規軍の中でも特に統制がとれている第三軍団と第四軍団の兵であり、声を上げることなく静かに聞いていた。


 レオポルド皇子はその状況を見て、どう動くべきかと考えていた。


(兵士たちの士気は高い。聖王国軍のみと戦えば勝利は間違いない状況だ。それにここで敵を無傷で逃がせば、私の評価を下げようとする者が出てこぬとも限らん。ただ、あの者がどう動くかが読めぬ。万が一、人馬族たちが我が軍に襲い掛かれば、一時間と掛からず全滅するだろう……)


 レオポルド皇子は軍事に限っては、名将と呼ばれるほどの才能を持っている。当然、皇族や王族にありがちな身勝手な希望的観測を行うことなく、彼我の戦力を正しく分析していた。


 草原の民の兵力は数だけでも帝国軍の二倍以上であり、個々の能力でも倍近い差がある。つまり五倍近い差の兵力に襲い掛かられることになり蹂躙されることは確実だ。


 また、七万の兵力はすべて弓を持つ弓騎兵でもあり、帝国軍の持つ四千の弓兵と僅かな魔法兵だけでは遠距離での打ち合いで太刀打ちできない。また、二万の人馬族は優秀な槍騎兵であり、帝国軍の主力である重装騎兵一万を圧倒することが可能だ。


 更に強力な機動力を誇る相手でもあり、一度戦端を開けばラークヒル城に逃げ込むこともできず、全滅することは明らかだった。


 それが分かっていても即座に決断できなかったのは、“帝国の守護者”という矜持(プライド)と、帝都にいる至高の座を争うライバルのことを考えたためだ。


 皇子はラークヒルを拠点に聖王国と何度も干戈を交えている。局地戦はともかく、大規模な会戦で敗北したことはなく、戦略的に見ても完全な勝者だ。


 そのため自他共に認める“帝国の守護者”であり、平民たちからの人気の源泉になっていることを充分に理解している。しかし、自分の人気はあくまで勝ち続けた結果であり、敗北ではないものの、敵を取り逃がしたことを宣伝に使われれば、皇帝の座が遠のくと危惧していた。


(アークライトなる者がロックハートの縁者の言う通りであれば、敵を追撃しようとすればこちらに牙を剥くことは充分にあり得る。戦端を開くことなく、我が名を高める方法はないものか……)


 そこで草原に立つレイの姿が目に入った。


(あの者は豪胆にも僅かな供しか連れずに前線に出てきた。無論、我らが手を出せば草原の民が黙っていないということを計算に入れているのであろうが、こちらには四千以上の弓兵がいる。その射程内に入り、あれほど堂々としていられるのは噂通りの英雄と見てよい……)


 皇子もレイが“白き軍師”と呼ばれていることは承知していた。また、ペリクリトル攻防戦での彼の活躍も耳に入っている。


(……相手が噂通りの英雄であるなら、私にもやりようはある……)


 考えがまとまったところでゆっくりと立ち上がった。


「アドルフ、卿に一時指揮を任せる」


 レドナップ伯は「それは……」と聞き返そうとしたが、すぐにレオポルド皇子が理由を話し始めた。


「あの者の真意を問い質してくる。正義は我らにあるのだ。その我らを不当に止める理由を問わねばならん」


「ならば、私が参りましょう。総大将たる殿下が軽々しく本陣を離れるべきではありません」


「いや、私が行くべきだ」と譲らない。


「それはなぜでしょうか?」


「ロックハートの縁者の話では、あの者が草原の民の総大将であるなら、帝国軍を代表するのは同格の私でなければならん」


 レドナップ伯は別の思惑があると気づいたものの、「危険ではありますまいか」と更に翻意を促した。


「あの者が草原の民たちに一言命じれば、我が軍が全滅することは卿にも分かっておろう。ならば、どこにいても同じこと。それに見てみよ。あの者は僅か二人の供しか連れずに我が軍の射程内に入ってきた。それほどの剛の者に対し、敬意を表すべきではないか」


 最後は余裕の笑みを浮かべて軽口まで叩いている。


「確かにあの者が殿下の身を損ねるようなことはしないと思いますが……では、護衛を何名かお連れください。もし、何らかな策であった場合に備えて」


 彼は英雄同士の話し合いというシチュエーションを印象付けるため、それを断る。


「護衛は不要だ。もし、私に危害を加えようとしたら、弓兵に攻撃命令を出せ。我が身ともどもそのような卑怯者を倒せばよい」


 その剛毅な言葉にレドナップ伯もそれ以上強く言えない。しかし、単独で行かせることは後々の責任問題にもなりかねず、そうなった場合、主君であるエザリントン公に飛び火する可能性がある。


「では、護衛ではなく、ロックハートをお連れください。彼の者はアークライトと面識がございますし、ザカライアスほどではありませんが、頭も切れます。殿下のお言葉を補足することもできるでしょうし、あの者の考えを上手く殿下にお伝えすることもできるはずですから」


 レドナップ伯はセオフィラスを供に付けることを提案した。


「そうだな。では、ロックハートを呼んでまいれ」


 セオたちは第四軍団の司令部に配属されていた。これはロックハート家の彼らが増援としてラークヒルに入ったという噂が流れており、戦場にいないのは不自然であると考えたためだ。


 すぐにセオが現れ、皇族に対する礼を行う。


 しかし、皇子はそれに頷くだけで、「私と一緒に付いてまいれ」と言うと、悠然と歩き始めた。

 セオは事情を聞いていなかったが、レドナップ伯の目を見て何となく事情を察し、すぐに皇子の後を追った。


 レオポルド皇子が前線に向かうと、兵士たちが「皇子殿下、万歳!」と声を上げる。

 皇子はそれに手を上げて応えながら、笑みを浮かべて歩いていく。


 その様子をレイは何が起きているのだろうと思いながら見ていた。まだ百(メルト)以上離れており、人が向かってくるということしか分からなかったためだ。


「セオさんがいます」とステラが言うと、彼もセオの姿を見つけることに成功する。


(セオさんが交渉役? いや、その前を歩く人がいる。あの人の護衛か、それとも僕のことを知っているから交渉役の補助的な役目なんだろうな。それにしてもあの人は誰なんだろう。レドナップ伯爵という人なんだろうか……)


 レイも皇族であり総司令官であるレオポルド皇子が来るとは思っていなかったのだ。


 皇子とセオは最前列を越え、レイたちに近づいていく。多くの兵士たちがそれを見て、「レオポルド皇子、万歳!」と大声を上げて始めたことから、レイもその人物がレオポルド皇子であると認識した。


 皇子はレイの前に着くと、兵士たちに見せる笑顔ではなく、厳しい表情で名乗った。


「帝国第三軍団長のレオポルドだ」


「傭兵のレイ・アークライトと申します。わざわざお越しいただき、ありがとうございます」


 レイはできる限り自然体に見えるよう笑みを浮かべながら頭を下げる。


「ここで時間を浪費しても仕方がない。単刀直入に聞かせてもらう。先ほど卿は聖王国軍の撤退を邪魔するなと言ったが、その理由を聞かせてくれ」


 言葉こそ荒くないものの、レオポルド皇子は強い圧力を掛けていた。レイはそれを感じながらも表情に出すことなく、淡々と答えていく。


「先ほども申しましたが、見て分かる通り、聖王国軍の主体は徴兵された農村の人たちです。彼らに罪はありません。その罪のない人々が無為に傷付くのを防ぎたいのです」


「話にならんな」と皇子は冷笑する。


「彼らが侵略軍であることは私も理解しています。ですが、それは聖王国の上層部の命令に従わざるを得なかっただけで、望んで戦いの場に出てきたわけではないのです」


「望む、望まないに関わらず、戦争を仕掛けてきたのだ。その責任は彼らにもある。そして、我々には国を守るという義務がある。だから彼らを無傷で逃がすわけにはいかぬ。あの者たちが再び襲ってきた場合、我らの愛する者が殺されることになるのだ。その程度のことは卿も理解しているのではないか」


 レイは皇子の言葉に反論できない。彼自身、聖王国が再び侵略戦争を仕掛ける可能性を否定できず、帝国軍が迎撃に失敗すれば、帝国側の無辜の民に被害が出るためだ。


「聖王国軍が今まで何をしてきたか知らぬのか? 奴らは獣人たちの村を襲い、奴隷にするだけでなく、役に立たないといって老人たちを虐殺し、自分たちの快楽のためだけに女たちを手篭めにした。その悲劇を帝国内で繰り返させるわけにはいかん。奴らは我が軍と違い、軍規など存在せぬ野盗と同じなのだからな」


 セオはその様子を見て、レオポルド皇子が舌戦を制するのではないかと危惧する。


(レイさんは根が正直だからな。ザック兄様かシャロン姉様なら何とできるんだろうけど、僕には無理だ……)


 その時、レイは必死に考えていた。


(確かにこの人が言う通りだ。聖王国の悪行は僕も知っているし、ガスタルディ司教のような欲深い人やパレデス大隊長みたいに尊大なだけで人を人と思わない人がたくさんいるも分かっている。だから、このまま無傷で返してもまたやってこないとは断言できない。だとしたら、二度と侵略しないと理解してもらう必要がある……)


 そしてあることを思いついた。


「では、こうしましょう。人馬族に聖王国を監視してもらうのです。もし、聖王国が帝国に牙を剥こうとしたなら、人馬族が討伐します。彼らなら聖王国からどんな交渉をされようと絶対に曲げることはありません。これならいかがでしょうか」


 予想外の展開だが、皇子は冷静に反論する。


「将来討伐するなら、今ここで禍根を絶つ方がよいのではないか」


「おっしゃることはごもっともですが、聖王国の指導者にもまともな人はいるはずです。光神教団の聖職者たちを何とかします」


「一介の傭兵にすぎん貴様に聖王国と光神教をどうにかできるとは思えぬ。そのような空約束では脅威が去ったとは言えん」


 レオポルド皇子はレイの反論を完全に封じたと確信した。そのため、レイの表情が変わったことに気づかなかった。


 レイは真摯な態度で説得を続けていたが、このままでは埒が明かないと、方針を変えた。


「一介の傭兵とおっしゃいますが、今は草原の民の指導者でもあります。私の背後には人馬族五万、遊牧民二十万がいるのです。それでも力が足りぬとおっしゃいますか?」


 脅迫まがいの言葉にレオポルド皇子が愕然とする。


「私を、皇家の血を引く私を脅そうというのか!」


 紅潮した顔で糾弾する。しかし、レイは冷静さを失わず、淡々と言葉を続けていく。


「脅しではありません。事実を申し上げているのです。二十五万の草原の民が立ち上がれば、ルークス聖王国を蹂躙することは容易いでしょう。その力を背景に改革を迫れば、聖王国も変わらずにはいられないはずです」


「帝国が成し得なかったことをできると申すのか!」


「できます! 帝国軍は騎兵中心とはいえ、歩兵と輜重隊の移動速度に縛られていますが、草原の民はそれらに縛られません。つまり、電撃的に侵攻すれば、情報が伝わる前に制圧が可能なのです」


 皇子は軍事に詳しいため、レイの言っていることが理解できた。そして、それは帝国にも言えると考えてしまった。


「つまり、帝国に対しても同じことができると……セオフィラスよ。今の話を聞いたな。貴様が世話になった人馬族はこの野心家に騙されている。帝国貴族たる貴様はどうするつもりだ」


 突然、話を振られ、セオは困惑する。

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