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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第五章「始まりの国:神々の島」

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第七十七話「出陣」

 八月三十日の早朝。


 レイたちはラークヒルの東、六十km(キメル)の原野にいた。

 彼の下にはソレル族を中心に人馬族戦士が約二万、カラエフ族を中心とした遊牧民戦士約五万という大兵力が控えている。

 更にハミッシュらマーカット傭兵団(レッドアームズ)の傭兵百人が直属として彼を護衛していた。


「今日はラークヒルの東、二十キメルくらいの場所まで行っておきたいと思っています」


 レイの言葉にソレル族の族長リーヴァが「御意」と言って頭を下げる。

 しかし、移動距離が思ったより少ないため、そのことを控えめに確認する。


「もう少し速度を速めても問題ございませんが?」


「皆さんの行軍速度が素晴らしいのは分かっています。私としては情報収集に向かったウノさんたちと合流してからラークヒルに近づきたいと考えています」


 ラークヒルや周辺の状況が分からない状態で帝国軍と接触したくないと考えていた。リーヴァにその理由は理解できなかったものの、白き王の命令であり、そのまま頭を下げて了承する。


 その日の夕方、予定通りラークヒルの東二十キメルの位置まで進むことができた。

 遊牧民を中心に斥候を出しており、ラークヒルが見えるところまで先行して偵察を行っている。その斥候によると、ルークス聖王国軍は未だ到着しておらず、帝国軍もラークヒルから出撃していないということだった。


 その夜、ラークヒルで情報収集を行っていたウノとセイスが戻ってきた。レイは主だった者たちを集めた。


「お疲れ様です」といって労った後、「セオさんたちとは接触できましたか」と尋ねる。


「セオフィラス殿との接触には成功しております。ジュリアス皇子、パーシバル皇子の情報と帝国軍に関する情報を得てまいりました」


 セオは情報の重要性を理解しており、ウノの話を聞くとすぐに行動を起こした。

 第四軍団の副官であり宰相エザリントン公爵の次男リュシアン・エザリントンに問い合わせ、自らが持つ情報を補強し、ウノに伝えた。


「……ジュリアス皇子は現在二十二歳、第二皇位継承権を持っておりますが、現在後ろ盾と言える存在はおりません」


「現在? 以前はいたということですか?」とレイが聞く。


「はい。元老であったケンドリュー公が後ろ盾でございました。嫡男の長女、すなわち直系の孫娘が婚約者となっておりましたが、五年前に十五歳で病没しております。その後、何度か公爵家の息女との婚約の話が出たそうですが、いずれも成立に至っておりません」


 当時のケンドリュー公爵ローレンスはレオポルド皇子派の重鎮であったが、現在では隠居し嫡男に家督を譲っている。本来であればジュリアス皇子の妃は現ケンドリュー公爵の長女であったということだ。


「五年間も婚約者がいない状態って珍しいですね。それについての情報はありますか?」


 皇族が二十歳を過ぎても婚約者がいない状況は異常だ。特に現皇帝の直系の男子なら皇太子に何かあった場合の備えとして血統を残す必要がある。


「確たる情報は得られておりません。しかしながら、セオフィラス殿は皇太子派、レオポルド皇子派双方からの妨害があったのではないかと考えています」


「両方の派閥から? 元々はレオポルド皇子派のケンドリュー公が後ろ盾だったのに、皇子派からも妨害があったということですか?」


 レイは意味を掴みかねる。

 自らの直系を輿入れさせようとしたということは、ジュリアス皇子を取り込もうとしたということだからだ。


「御意にございます。リュシアン卿はそのように考えているようです。その理由でございますが、ジュリアス皇子とエザリントン公の次女プリムローズ嬢との婚約の話が出ているそうです。エザリントン公は消極的なのですが、両派閥が過剰に反応していると聞いております」


「つまり、宰相派に皇位継承権者であるジュリアス皇子を取り込まれないように邪魔をしているということですか……」


 ウノは「御意」と言って大きく頷くが、更に別の考えを示した。


「セオフィラス殿はその情報自体、欺瞞ではないかと考えておられます」


「欺瞞ですか?」とレイが問うと、ウノは再び大きく頷き、


「エザリントン公がジュリアス皇子を皇帝とするため、あえてそのような情報を流し、皇太子派、皇子派の双方に警戒させ、いずれにも取り込まれないように画策しているのではないかと」


 そこでアシュレイがこめかみを押さえながら、「難しくなってきたな」と呟く。


「宰相は皇太子もレオポルド皇子も次の皇帝にふさわしくないと思っているということですか……」


「御意。これはセオフィラス殿が考えたのではなく、ザカライアス殿から聞いた話だそうで、確度は高いそうです」


「ザックさんがそう言ったのなら、そう考えておいたほうがいいわね」とルナが呟く。


「ザックさんは帝国の政治にも詳しいんだよね」


「ええ、エザリントン公の性格もよく知っているはずよ」


「レオポルド皇子が危機感を持っているということか……だとすると、ここで暴走する可能性は充分にある……」


 そこで言葉が途絶え、僅かに考え込む。


「……レドナップ伯はエザリントン公の家臣だから、レオポルド皇子の暴走を抑えようと動くはず。これを上手く利用できればいいんだけど……他にジュリアス皇子関係で情報はありましたか?」


 ウノは「ございます」と頷き、説明を続ける。


「ジュリアス皇子の人となりでございますが、内向的ではあるものの、皇太子のような嗜虐性もなく、レオポルド皇子のように好戦的でもないようです。また、美食以外に興味はなく、政治に関してはどのような信条を持っているか不明とのことでした」


「美食に興味……だからプリムローズ様なのね」とルナが呟く。


「そう言えば、前にその人の名前がでなかったっけ?」


「ええ、帝都のロビンス商会でバートさんと話した時に名前が出たわよ」


 ジルソール島に行く前、帝都プリムスで情報収集を行った際、ロックハート家ゆかりのロビンス商会に行ったことがあり、そこでプリムローズの名が出ている。


甘味(デザート)に関しては帝都一の食通よ。私がチョコレートを作ったから、仲良くさせていただいていたわ」


「そう言えばそんな話もした気がするね。ということは、ジュリアス皇子が入れあげている可能性が高いということか……エザリントン公としてはジュリアス皇子に皇帝になってもらいたいけど、自分の娘と結婚したら宰相をやめなければならないから難しいところだね」


 その後、ウノからジュリアス皇子に関する情報が伝えられるが、有益なものはほとんどなかった。

 更にパーシバル皇子の話になるが、政治的な野心はなく、一代限りの大公家を設立して独立するか、どこかの公爵家に養子に入るかで悩んでいるらしいという情報しかなかった。


「……話をまとめると、帝国で一番の政治家である宰相エザリントン公は皇太子もレオポルド皇子も皇帝にふさわしくないと思っている。その代わりの候補としてジュリアス皇子を考えているけど、自分の娘を妃にしようとしているから困っている。第四の候補だったパーシバル皇子は完全に候補から外れている。こんな感じでいいですか」


「ご認識の通りで問題ないかと」とウノは頭を下げ、


「では、帝国軍の状況についてお話いたします……」といって話題を変えた。


「ルークス聖王国軍の所在は未だに不明とのことで、帝国軍としても対応に苦慮しているようです。レオポルド皇子とレドナップ伯はいつでも出陣できるよう軍団に準備を命じており、既にそれも完了しております。聖王国軍が現れたら、即座にラークヒル郊外に展開し迎え撃つ考えと聞いております……」


「二十万から二十五万の大軍に三万人の軍で野戦を挑むということか」とハミッシュが唸るように呟く。


 ウノはその言葉に小さく頷くが、そのまま話を続けていく。


「帝国軍は第四軍団二万と歩兵中心の第三軍団一万です。総司令官はレオポルド皇子。副司令官はレドナップ伯ですが、第四軍団の指揮権も皇子が持つことになるようです。想定される戦術ですが、第三軍団と第四軍団の歩兵計二万で敵軍を受け止め、第四軍団の一万の騎兵を使って側面か背面攻撃を掛けて殲滅する戦術のようです」


「戦術まで聞けたんですね」とレイが驚くが、


「帝国軍の通常の戦術だそうで、特に隠すことでもないとセオフィラス殿がおっしゃっていました」


「確かに帝国軍の騎兵は精強だ。俺も死に掛けたほどだ」


 ハミッシュがそう言うとアルベリックと一番隊隊長のガレス・エイリングが大きく頷く。

 更にハミッシュが帝国軍の騎兵の強さを語る。


「その騎兵が一万もいれば、ろくに訓練を受けておらぬ農民兵ならいくらいようと関係ない。それにラークヒルの前面に展開すれば、兵がいくらいようが完全な包囲はできぬ。二万の帝国歩兵が陣形を固めたら、粗末な槍しか持たぬ農民兵では切り崩すことはできまい」


 帝国軍の歩兵は大型の盾を持ち、密集隊形で堅固な陣形を作ることで有名だ。生半可な騎兵の突撃ならハリネズミのように隙間なく突き出された槍に阻まれ、ダメージを与えるどころか全滅させられることすらありうる。


「帝国軍の最大の懸念はアークライト様のお考えのようです。聖王国軍に対しては情報がないことを不気味に思っているものの、勝利は微塵も疑っておりません」


「僕たちの情報はどこまで掴んでいるんでしょうか?」


「正確なところはセオフィラス殿も聞けなかったようですが、私が街を出るまでにこちらの位置を掴んだという話はなかったと思われます。ただ、こちらに来る途中、帝国軍の斥候に何度か遭遇しておりますので、これ以上近づけば気づかれることは間違いないでしょう」


「分かりました。ここからはリーヴァさんへのお願いなのですが……」といってリーヴァに視線を向ける。


 リーヴァは即座に「何なりとお申し付けください」と頭を下げる。


「聖王国軍が現れるまで、ここで待機しますが、足の速い斥候をラークヒル周辺に送ってください。但し、帝国軍の斥候とはどんなことがあっても戦わないでください。これは王としての命令です」


 リーヴァは「御意!」といって頭を下げ、


「どのような状況であっても帝国軍と槍を交えてはならぬと各氏族に厳命いたします」


「お願いします。あとは聖王国軍が現れた場合ですが、即座にここを引き払い、両軍が衝突する前に間に入り込みます。そしてここからが重要なのですが、聖王国軍発見の報を聞いたらラークヒルまでは全速力で向かいます。これは帝国軍と聖王国軍に考える時間を与えないためです」


 レイが考えたのは奇襲効果だ。

 聖王国軍は農民兵主体の大軍であり、戦場に着いたとしても陣形を整えるのに二、三時間は掛かる。また、帝国軍もラークヒルに駐屯していることから、聖王国軍発見の報を聞いて出陣するにしても同じく三時間程度は掛かる。


 一方の草原の民の軍は人馬族と遊牧民の軽騎兵で構成されており、二十km(キメル)なら二時間もあれば充分に到着できる。斥候が戻る時間を考慮しても、両軍の戦端が開かれる前に戦場に到着することは可能だ。


 もう少し近くに布陣しておけば余裕を持って移動できるのだが、帝国軍に対しても奇襲効果を与えるためと、不用意な接触により帝国軍との関係を拗らせないため、斥候の範囲外に待機している。


「明日以降はいつ戦場に向かうか分かりません。準備は怠りなくお願いします」


 レイはそう締めくくった。



 翌日の九月一日。早朝から晴れ渡り、視界は非常にいい。

 斥候たちは夜明け前から西に向かっており、本隊も午前七時くらいまでには朝食を摂り終え、いつでも出陣できる準備を整えていた。


 午前十時頃。

 レイの横に控えていたステラが「人馬族戦士が走ってきます」といって西の方角を指差した。


 レイが視線を向けると、二騎の人馬族戦士が襲歩(ギャロップ)で原野を駆けてくる。


 リーヴァは「ガオナ族の斥候です。最も西に派遣しておりました」と伝える。


 周囲の戦士たちは聖王国軍発見の報が届くのかと、そわそわとしながらガオナ族戦士を見ている。


 二人はレイの前で急停止すると、前脚を折って平伏する。

 いずれも二十代半ばくらいの若い男で、全力でかけてきたことに加え、白き王に謁見できる興奮から顔が赤い。


「申し上げます! ラークヒルの西十キメルにルークス聖王国軍らしき軍勢が現れました。どこまで続いているのか分からないほど長い隊列で、聖王国軍の本隊で間違いないと思われます! また、ラークヒルでも帝国軍が慌しく動いておりました!」


 レイは遂に来たかと思うが、その戦士に「お疲れ様でした。今から出陣ですがゆっくり休んでください」と声を掛ける。


「お気遣いありがとうございます! ですが、私も仲間たちと一緒に出陣するつもりです!」


 そう言って氏族の下に向かった。


 レイはリーヴァに「出発の伝令をお願いします」といって愛馬トラベラーに跨った。


 彼の周囲ではアシュレイとステラが同じように馬に乗り、ルナたちやレッドアームズの面々もひらりと馬に飛び乗る。


「では、本隊から出発します」といった後、空に向けて花火の魔法を放った。


 澄み切った空に丸い形の赤い炎が広がる。その直後、ドーンという重低音が原野に響いた。

 その合図と共にレイはトラベラーを駆けさせる。

 地面を揺らす蹄の音と共に、“白き王”の軍団は西に向けて出発した。

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