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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第五章「始まりの国:神々の島」

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第七十二話「力とは」

 八月十六日の朝。


 レイたちは今後の方針について協議を行っていた。

 レイが人馬(ケンタウルス)族を始めとする草原の民に協力を依頼した。それに対し、ソレル族の面々は地の神(モンス)の神託に従えると喜びを隠し切れない。


 そんな中、族長のリーヴァ・ソレルが、「具体的にはどのようなことをすればよいのでしょうか?」と恭しく確認する。


「西の要衝、ラークヒルに行き、聖王国の軍隊が帝国領に入る前に追い返します。聖王国軍の指揮官も帝国軍ですら恐れる人馬族の皆さんや草原の民の軍勢が現れれば、無闇に戦端を開くことはないでしょう」


「なるほど」とリーヴァは納得するが、ハミッシュ・マーカットが異を唱える。


「相手は狂信者だ。一筋縄でいくとは思えんが?」


「そうですね。その点は僕の交渉力に掛かってくると思いますけど、“光の神(ルキドゥス)の現し身”が本当に僕のことを指すなら、やりようはあると思います」


「お前がそういうのなら問題はないのだろう」とハミッシュも納得する。


「問題があるとすれば、帝国軍の方だと思います」とセオフィラス・ロックハートが指摘する。


「それはどういうことなのだ?」とハミッシュが聞く。


「今回、帝国は第三、第四、第七の三つの軍団を派遣しています。今は第四軍団だけですが、第三軍団が到着すれば、軍団長はレオポルド皇子殿下ですから、派手な戦果を上げたいと考えるはずです」


「つまり、皇帝の座を手に入れるためにルークスの連中が引き上げようとしても無理やり戦端を開くかもしれんということか」


「そうです」と首肯する。


「でも、第三軍団と第七軍団は私たちの後ろにいるのよ。ここで数日使っても私たちの方が先行できるのではなくて?」とルナが疑問を口にする。


「第三軍団の半数は船で移動しているはずだよ。だとすれば、レオポルド殿下が先に到着している可能性が高い。第四軍団のレドナップ伯爵が抑えてくれればいいんだけど、エザリントン公の家臣だから難しいんじゃないかな」


 セオがそう指摘する。


「この件でザックさんは何か言っていませんでしたか?」とレイがセオに質問する。


「何も聞いていないね。ライル、君は何か聞いているかい?」


 振り返りながら後ろに立つ長身の剣術士、ライル・マーロンに聞いた。


「私も聞いていません。ザック様なら何か手を打っている気はしますが……」


 セオの横にいる妹のセラフィーヌが「どうして私に聞かないのよ」と呟いているが、セオはそれを無視して話を進める。


「兄のことはとりあえず忘れましょう。何か手を打ってくれている気はしますが、それに期待して動くのは危険ですから」


「そうね。でもレオポルド殿下が相手だと、私たちでは会うことすら難しいわ。私にもできることがあると思ったのに……」とルナが肩を落とす。


「できれば穏便に済ませたいですが、最悪の場合は草原の民の軍勢の力を背景に交渉します」とレイはいい、ルナに視線を向ける。


「まだ分からないよ。状況は変化し続けているんだから。ラークヒルで帝国軍を抑えるように動いてくれると助かるんだけど」


 ルナはその言葉に「分かったわ」と頷く。

 方向性が決まったところで、リーヴァが話に加わった。


「では、ラークヒルにはできる限り多くの戦士が参加すべきですな。食料の問題がありますが、十万ほどは簡単に集まるでしょう」


「じゅ、十万ですか!」とレイは絶句する。


 草原の民は人馬族が五万、遊牧民が最大二十万と言われており、総人口の四割近い数字だったためだ。


「我らは女子供に至るまで、すべて戦士でございます。遊牧民たちも同じ。戦えぬ者はほとんどおりません」


 リーヴァは周囲にいる同族を指し示し、誇らしげに伝える。

 人馬族の女性は男性より若干華奢ながらも槍や弓を装備しており、実際、帝国軍の騎兵以上の実力を有している者が多い。


「では、到着した氏族にはその旨を伝えておきましょう。“白き王”の出陣です。その栄誉にあずかりたいと思うでしょうから、いくらでも戦力は集まります」


 レイは言葉を失っていた。

 最強の騎兵が十万ともなれば、帝国軍の全軍団と戦っても勝利は容易いと言われている。これほどの力を手に入れたことに改めて恐怖を覚えたのだ。


「兵の数は後で相談すればよかろう。今はいつまでに行動を開始するかが重要だ」


 ハミッシュの言葉にレイは我に返る。


「そうですね。エザリントンで得た情報だと、九月に入るくらいまでにはラークヒルに到着しておきたいところです。ここからラークヒルまでは五百km(キメル)。我々だけなら明日にでも出発したいところなんですが」


「それなら心配無用です。我らは一日に百キメルは移動できます。軍勢が多くなれば家畜を移動させねばなりませんが、それでも五十キメルは充分に移動できます」


 人馬族戦士の非常識な移動速度にハミッシュたちは言葉を失う。通常の軍隊の移動速度は無理をして三十キメル。充分な支援を受けた騎兵だけなら何とか五十キメルといったところで、それも三日も続ければ軍隊として役に立たないほど疲弊する。

 その倍の速度で移動できることは軍事上の常識を覆すものだった。


 レイもマーカット傭兵団(レッドアームズ)と行動を共にするようになってから、この世界の軍事上の知識にも詳しくなり、ハミッシュたちレッドアームズの面々と同じように驚いている。


「それでも四日後には出発しなければなりませんね」


「我らだけなら問題はありませんが、王も同行されるのであれば、十日は見ておくべきでしょう」


「ルークスの動きに関する情報を探らなくても大丈夫か? ネザートンの代官なら何らかの情報を持っていると思うのだが」


 アシュレイの提案にセオが賛同する。


「もし、敵の動きが速いなら第四軍団から伝令が送られている可能性は高いですね。それならネザートンにも情報が来ているかもしれません。私たちで確認しておきましょう」


「私たち? 私はいやよ。ハミッシュさんたちに稽古を付けてもらうんだから」とセラが反対する。


 セオは妹の空気を読まない発言に「僕の方でやっておくよ」と苦笑するしかなかった。しかし、ルナが「それは私がやるわ」と声を上げる。


「でも、伝手がないんだろ」


「私がここにいても役に立たないし、できることをやりたいわ。セオ君はここでレイを助けてあげて。人馬族との間に入って交渉できるのはあなたくらいしかいないから」


「確かにセオさんにいてもらえると僕も助かります。ルナ、悪いけど情報収集を頼むよ」


 こうして方針の概略が決まった。

 情報収集にいくのはルナに加え、ライアンとイオネだ。それに獣人奴隷のセイスとディエスが護衛として同行する。

 準備が整うと、ルナたちはネザートンの町に向けて出発した。


 出発の前、ハミッシュからレッドアームズから護衛を出すという提案があったが、ルナが断っている。


「ライアンとイオネがいれば大丈夫だと思います。それにセイスさんたちもいますから。レッドアームズの皆さんも久しぶりに本格的な訓練をしたいでしょうから遠慮しておきます」


 その言葉を偶然聞いた五番隊のハル・ランクルは小さく首を横に振り、独り言を呟いていた。


「ロックハート家ほど訓練好きが集まっているわけじゃないんだけどな。こう言われたら団長もやる気になりそうだ……はぁ……」


 これから厳しい訓練が始まると、最後に大きな溜め息を吐く。

 それを聞いていたヴァレリア・マーカットが彼の背中をバシンと叩いて気合を入れる。


「なに溜め息なんて吐いているんだい! あんたはロックハートの子たちだけじゃなく、ライアンにも負けているんだよ。シャッキとしな!」


「ゲッ! ヴァレリアさん、聞いていたんですか!」


「しっかり聞いていたわよ」といってニヤリと笑う。


「冗談に決まっていますよ。今日の訓練が楽しみだなって思っていたところなんです」


「そうかい。じゃあ、あんたは団長、隊長クラスのフルコースだよ。ロックハートの子たちと同じメニューなんだ、喜びな。ククク……」


 その言葉にハルは無理やり作っていた笑顔が引きつる。

 一部でこんなやり取りがあったが、午前中から激しい訓練が始まった。


 圧巻だったのはセオたちロックハート家の若者とハミッシュの模擬戦だった。

 レベル百を超えるハミッシュとレベル五十程度のセオたちでは一対一では戦いにならない。ハミッシュも大怪我をしないように手加減をしていたが、それに気づいたセラがハミッシュに懇願する。


「これでは訓練になりません! 殺す気でお願いします!」


 その言葉にハミッシュが困惑する。


「俺が本気を出せば木剣でも死ぬかもしれんぞ」


「即死以外なら問題ありません! ソレル族の治癒師は腕がいいんです。それにレイさんもいます。ハミッシュさんくらいの腕の方に本気で打ち込んでもらえる機会なんて滅多にないんです。お願いします」


 そう言って大きく頭を下げる。更にセオたちも同じように頭を下げ、


「他の方々も同じようにお願いします! 僕たちは子供の頃から慣れていますし、師匠の下でも同じようにやっていましたから……」


 その言葉に豪胆なことで有名なレッドアームズの傭兵たちも呆れるしかなかった。しかし、ハミッシュは目を輝かす。


「よかろう! 本気で行くから死ぬなよ」


 それからの訓練はセオたちにとって模擬戦とは名ばかりの死闘だった。

 何度も打ち倒されながらも立ち上がり、鬼気迫る形相で武器を構える。その姿に見慣れているソレル族以外、呆然とするしかなかった。

 ハミッシュとの模擬戦で、セオとセラ、ライルが骨折し、ユニスとロビーナが気絶した。


「凄いね。あれがロックハート流の訓練なんだ」とレイが率直な感想を口にすると、アシュレイも同じように「凄いものだな」と口にする。


 そして、横にいるステラに、


「お前の生まれた里の修行も凄まじいという話だが、どう思う?」


「里とは違う意味で恐ろしいと思います」と正面を見据えたまま、口にする。


「違う意味とは?」


 アシュレイに問われて、自分が彼らの訓練に魅入っていたことに気づく。


「私たちは生まれた時から上位者に従うように仕込まれています。ですので、無条件に厳しい訓練を受け入れ、それで死ぬことも当たり前だと考えていました。ですが、あの方たちは違います。強制されることなく、自らの意思であれほど厳しい訓練に挑んでいるのです。私にはどうしてあそこまで自分を追い込むことができるのか、正直なところ理解できません」


「そうだな。私も同じ思いだ。しかし、一つだけ理解できたことがある」


「何がでしょうか?」


「彼らは強くなることに貪欲だ。それも純粋に強くなりたいと思っている。そこに一片の不純な思いもない」


「確かにそうですね」とステラが相槌を打つ。


「私は子供の頃からずっと悩み続けていた。何のために強くならねばならぬのかと……あのように純粋に強くなりたいと思ったことは一度もなかった気がする。父上に認められたい。そんな不純な考えで修行をしていた気がするのだ……」


「アシュレイ様はあの方たちのようになりたいと思われますか?」


 その問いにアシュレイは僅かに逡巡した。


「……そうだな。強くはなりたい。しかし、強くなるのはレイや仲間を守りたいためだ。純粋に力を求めることは私にはできぬだろうな……」


 アシュレイとステラの会話を聞きながら、レイは別のことを考えていた。


(セオさんたちは純粋に力を付けたいと思っているんだろうか? 何となくセラさんはそんな感じだけど、他の人は違う気がする……ラスモア村っていうところに行けば、その答えがあるような気がするな……それにしても“力”か……)


 レイは自分に与えられた力について思いを巡らせる。


(草原の民の力は強すぎる。分不相応な力を手に入れた人間は人格が変わることすらある。僕は大丈夫なんだろうか……正義の名の下に暴走しないか不安だ……)


 最強の国家、カエルム帝国すら打倒できる力を得たことに不安が過る。独裁者が暴君になる事例が頭から離れないのだ。


 そんなことを考えていると、後ろからアルベリック・オージェの声が聞こえてきた。


「レイ君たちは訓練をしないのかな? 今日のハミッシュならいい(・・)訓練になると思うよ」


 ニヤニヤと笑いながら言われ、レイは小さく頭を振る。


「確かにいい(・・)訓練になりそうです。立っていられればですけど……」


「ガレスたちもやる気になっているみたいだからね」と言った後、


「そうそう、人馬族の人たちにちゃんと言っておいてよ。レイ君を殺すつもりじゃないって。さっきの調子でやって人馬族と戦争になったら大変だから。まあ、それはそれで面白そうなんだけどね」


 それだけ言うと右手を振りながら立ち去った。

 残されたレイたちは三人で顔を見合わせると、苦笑いを浮かべながらハミッシュたちの方に向かった。

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