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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第五章「始まりの国:神々の島」

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第六十七話「セオフィラスの話」

 八月十五日。


 レイたちは大草原を貫く中央街道を北に進み、あと二時間ほどでネザートンに到着するというところまで来ていた。


 休憩を兼ねた昼食を摂っていたところに、人馬(ケンタウルス)族の集団が突然現れた。

 その人馬族はソレル族と名乗り、族長のリーヴァ・ソレルがレイに真剣勝負を申し出る。

 その唐突な要求にハミッシュ・マーカットは反発し、ソレル族とマーカット傭兵団(レッドアームズ)との間に一触即発の危険な空気が覆う。


 そこに突然、二人の若者が現れた。

 その若者たちはロックハート家のセオフィラスとセラフィーヌという双子で、レッドアームズとソレル族の衝突を回避させる。

 セオが落ち着いて話をすることを提案し、ハミッシュとリーヴァの間で話し合いの場が持たれることになった。


 ソレル族側はリーヴァと巨漢の戦士が二名。

 レッドアームズ側はハミッシュと副官のアルベリック、五番隊隊長でハミッシュの妻ヴァレリアが同席する。

 更に当事者でもあるレイがアシュレイとステラと共に、ハミッシュたちと並ぶように座っている。近くには獣人奴隷部隊のウノたちが目立たぬように立っていた。


 ソレル族とレイたちの間に仲裁役としてロックハート家のセオとセラ、そしてルナが座る。

 その後ろにはセオたちの仲間、ユニス・ジェークス、ライル・マーロン、ロビーナ・ヴァッセルがおり、更にルナを守る様に立つライアンとイオネの姿があった。


 全員が座ったところで、セオが話を始めた。


「まず、兄ザカライアスのことから話しておきます。三ヶ月ほど前のことです。兄はソレル族を訪ねて、この草原にきました。理由は帝国と聖王国の戦争を最小限の被害で食い止めるためです……」


 五月の中旬頃、ザカライアスは帝国とルークス聖王国との戦争が不可避であると考え、人馬族と遊牧民に戦争に介入させる方法を思い付いた。


 圧倒的な戦力差があると分かれば、聖王国側も無理には国境を越えず、大人しく引き上げるのではないか、もしくは引き上げなくとも人馬族の機動力をもって聖王国の司令官を生け捕りにすれば、無意味な殺戮は避けられると考えたのだ。


 そこでその依頼をするため、ロックハート家と縁があるソレル族を探し、数日後に見つけることに成功する。

 その時、ソレル族には騎乗戦闘の修行に来ていたセオたち五人がいた。ロックハート家の兄弟は思わぬ再会を果たした。


 セオたちはソレル族に気に入られており、ザカライアスの話を聞くことまでは認めたものの、リーヴァはその依頼を受ける気はなかった。

 しかし、ある一言で態度を変えた。


「……兄が純白の鎧をまとった“白き軍師”と呼ばれる戦士が来るはずだと伝えたのです。その一言でリーヴァさんたちの態度が変わりました……」


 そこでセオはリーヴァの顔を見る。


「ここからは人馬族のごく一部の者にしか伝えられない極秘の話だそうですので、僕もよく分かっていません。しかし、人馬族に伝わる伝承に“白き軍師”と共通する人物が関係していることだけは教えてもらえました。もしその白き軍師が伝承に出てくる人物と同一人物であれば、人馬族はその者に従うと、リーヴァさんは兄に話しました……」


「伝承ですか?」とレイは呟くが、セオはそれに小さく頷くと、そのまま話を続けていく。


「兄は白き軍師、すなわちレイ・アークライトさんなら、戦争を止めようとするか、光神教の狂信者たちだけを排除し農民兵たちを助けようとするはずだと言っていました。ですので、それ以上の交渉はせず、草原を去りました……」


 そこでルナに視線を向け、


「兄もルナが一緒にいることについては確信を持っていないようでしたが、何となくいるのではないかという感じで話していた気がします……」


「どうして分かったんだろう……」と再びレイは呟く。


(一度も会ったことがないのにどうして? それにルナのことも……神々が僕の話をしたんだろうか?)


 彼の疑問にセオはニコリと笑う。


「正直、兄は凄過ぎて僕にも分かりません」と肩を竦めて答えると、更に話を続けていく。


「あとはマーカット傭兵団(レッドアームズ)の皆さんがここに来る可能性があることも教えてくれました。そのせいでセラ()が暴走してしまったのですが、結果的にはよかったと思っています」


「暴走って……暴走なんてしてないわ!」とセラが口を尖らす。


 その仕草にハミッシュが微笑む。しかし、すぐに真剣な表情に戻し、


「俺たちがここに来ると言ったのか、ザカライアス殿は。アルスではそんな話は聞いていないが」


 ハミッシュはカウム王国の王都アルスでザカライアスと会っていた。


「はっきりとは言いませんでしたが、兄はハミッシュさんがレイさんたちを助けにいくのではないかと考えていたようです。そして、必ず近いうちに合流することも……ですが、兄はとても慎重な人です。自分の言葉でレイさんやハミッシュさんたちの行動が変わることを恐れたのではないかと思います」


「そこまで分かっていても、そんなことを考えるんだね」とアルベリックが言うと、


「ええ、あの人はいろいろなことを考える人です」とルナが真面目な表情で答える。


「話を戻しますが、人馬族の伝承に出てくる人物がレイさんなら、帝国とルークスとの戦争を止めることは可能です。その人物ならすべての人馬族と遊牧民の力を無条件で借りることができるからです。これがどういうことか理解できますよね」


 そう言われるものの、レイには今一つ理解できない。

 ルナから話を聞き、知識としては五万人にも及ぶ人馬族と十万とも二十万とも言われる遊牧民がいることは知っている。しかし、聖王国の二十万を超える軍隊や帝国の正規軍団に対抗できるのかと疑問を感じていた。


「すべての人馬族と遊牧民……世界を手に入れることすら可能ではないか……」


 ハミッシュは呆けたような顔でそう呟く。同じようにアルベリックの表情も消えており、ヴァレリアは口をポカンと開けていた。


「そんなに凄いんですか?」とレイが聞くと、


「俺も昔話で聞いただけだが、一万の人馬族が最盛期の帝国正規軍五万を易々と蹴散らしたそうだ。それが本当ならルークスの農民兵など、二十万いようが百万いようが相手にならん。野戦においては、という前置きが付くが、世界最強の軍隊と言えるだろう」


 その言葉にレイが呆けたように口を開ける。


「世界最強の軍隊……」


 そこでセオが再び話を進める。


「リーヴァさんが手合わせとおっしゃったのは、その伝承の人物か確かめるためです。人馬族の伝承では“試しの儀式”と呼ばれていたそうです」


「それが真剣勝負だというのか? だが、そこのリーヴァ殿とうちのレイじゃ話にならんぞ。戦っているところを見たわけではないが、レッドアームズ(うち)でもまともに戦えるのは俺とアル、ガレスくらいなもんだ。ゼンガやラザレス、エリアスでも荷が重いだろう」


 二番隊隊長ゼンガ・オルミガはレベル七十のハルバード使いだ。熊獣人らしい強力な斬撃で、オーガを一撃で叩き斬るほどの猛者である。

 三番隊隊長のラザレス・ダウェルはレベル七十を超える双剣使いであり、変則的な動きで相手を翻弄し、初見の者にとっては厄介な相手だ。

 エリアス・ニファーは騎兵に特化した四番隊の隊長で、騎槍の名手であり、平地においては無類の強さを誇る。


 いずれもレッドアームズにその人ありと言われた者たちだが、ハミッシュは彼らでも勝つことは難しいと言ったのだ。


 その言葉にレイが唖然とする。その三人と訓練で何度も手合わせしているが、勝つことはおろか、攻撃を受けることすら難しかったのだ。


「ゼンガさんに、ラザレスさん、それにエリアスさんでも……魔法を使っても勝てる気がしません。というか、生きていられる気がしません……」


 レイの槍術士レベルは四十五。十九歳の若者にしては異常に高いが、ゼンガたちの足元にも及ばない。

 得意の魔法なら光属性がレベル七十に迫り、宮廷魔術師長以上の高位の魔術師だが、魔法は発動に時間が掛かるため、機動力に勝る人馬族相手に一騎打ちでは分が悪すぎる。


「で、セオフィラス殿、レイがリーヴァ殿の言う試しを受けねばどうなるのだ?」


 ハミッシュがリーヴァを睨みながら、セオに尋ねる。


「セオでいいです。まだ修行中の身ですし、兄たちのように何かを成したわけでもありませんから」


 そう言って笑うが、すぐに真剣な表情に切り替える。


「僕にもよく分かっていないのですが、人馬族にとっては二千年以上待ち望んだことらしいのです。避けて通れるとは到底思えません」


 そこでリーヴァが「その通りだ」といい、


「我らは二千年間待ち続けた。ここで試しができねば、同胞たち、それに先祖たちに顔向けができん」


 リーヴァの横にいる二人の戦士も大きく頷く。


「真剣勝負をするだけなんでしょうか? 例えば、負けを認めれば、その場で終わりにできるとか……」


 レイがそう尋ねると、リーヴァは小さく首を横に振る。


「我らに伝わる伝承では成功か、死しかない。つまり、失敗すれば死ぬということだ」


 レイにはリーヴァの目が鋭く光ったように見えた。

 アシュレイがリーヴァを睨みつけてレイを庇うように前に出る。


「ならば受けさせるわけにはいかぬ。レイにもなさねばならんことがある。この世界のためになさねばならぬことが」


 それに合わせてステラも同じように前に進み、


「レイ様はすべての人々の希望なのです。このようなところで危険な賭けをするわけにはいきません!」


 そこで小さく左手を動かす。獣人奴隷部隊に伝わる符丁で、ウノたちに指示を出したのだ。

 ウノはそれを見て、遠巻きに見ているソレル族本隊を撹乱するよう部下たちに指示を出す。


「動くな!」というリーヴァの一喝で、回り込もうとしていたセイスたちの動きが止まる。


 その鋭い言葉にハミッシュたちの腰が浮く。


 その空気を察したセオが「リーヴァさんに提案があります」と言って場を鎮める。


「命がけの試練なのですから、考える時間を上げるべきです。日没まで待ってはどうですか」


 リーヴァは即座に「よかろう。では、日没まで待つ」と答えて立ち上がり、ソレル族の本隊に向かって歩き始めた。


 セオはその後姿を見ながら、「やっぱりこうなると思ったんだよね」と口調をいつもの調子に戻し、大きなため息を吐く。


「どういうことなのだ?」とハミッシュが聞くと、


「普段のリーヴァさんはもっと冷静な人なんです。ですが、この話になると全く聞く耳を持たなくて……僕は止めたんですが、勝手に皆さんを待ち伏せてしまったんです……」


 そこまで言った後、レイに顔を向ける。


「レイさんに一つだけ助言させてください」


「はい」とレイは頷く。


「試しは受けるべきです。もし命がけで戦争を止めるつもりなら、ここで命を賭けても同じです。いいえ、ここの方が分がいい賭けだと僕は思います」


「分がいい賭けですか? 私にはそう思えませんが」


「よく考えてください。確かにマーカット傭兵団(レッドアームズ)の皆さんには一騎当千の方がたくさんいらっしゃいます。でも、数万の帝国軍と数十万の聖王国軍を止めるのに僅か百人では何もできません……」


 その言葉にレイだけでなく、ハミッシュたちも苦虫をかみつぶしたような表情になる。


「ですが、試しが成功すれば、先ほど言ったように人馬族と遊牧民が力を貸してくれます。試しを受けるべき人物が近くにいるという話が草原中に伝わっていますから、数日と待たずに数万の精強な兵を得ることができるのです」


「私が戦争を止めようとしていると本当に思っているんですか?」


「僕は兄と違いますから、本当のところは分かっていません」と少しおどけた感じで言った後、表情を真剣なものに変える。


「ですが、噂に聞く白き軍師なら無益な戦争を止めようとするはずです。そうでなければ、この草原に来るはずはないのですから……」


 そこで、レイの目をしっかりと見つめ、更に言葉を続けた。


「……それにあの兄があなたに託したのです。必ず戦争を止めてくれるはずだと」


 その言葉にレイは考え込む。


(セオさんが言っていることは間違っていない。帝国とルークスの戦争を止めるためには力が必要だ。ハミッシュさんのさっきの顔を見る限り、人馬族が一万人味方になるだけでも大変なことだ。帝国に対しても一定以上の発言力を持てる……あとはその“試し”というのをクリアできるかなんだけど……)


 そこでジルソールのクレアトール神殿で聞いた神々の言葉を思い出す。


(ザックさんが僕たちのために道を作ってくれた。つまり、ここまで用意してくれたってことは試しも成功するんじゃないか……それに魔法を使っていいなら、勝ち目がないわけじゃない。この時間を使って作戦を立てるんだ……)


 レイは試しを受ける決心をした。しかし、まだそれは口にせず、更に情報を得ようと考えた。


「セオさんに聞きたいことがあります」


「どんなことですか? 僕に答えられることならいいんですけど」


「人馬族の戦い方ってどんなものなんでしょうか? 姿すら初めて見たので想像がつかなくて……」


 レイの質問にセオが答えようとするが、ハミッシュが割り込んできた。


「戦う気か」


 そのストレートな問いに「そのつもりです」としっかりと答える。


「無謀だ!」とアシュレイが叫ぶが、ハミッシュが「黙っていろ!」と一喝し、


「勝算はあるのか?」とレイに闘気を込めた視線を送る。


 レイはその闘気に気圧(けお)されそうになるが、しっかりとハミッシュの目を見つめ返す。

 そして、「あります」とはっきりと答えた。


「ならば、人馬族の戦いとやらを見せてやろう。セオ、すまんが、族長以外で一番強い奴に声を掛けてくれ。ハミッシュ・マーカットと戦いたくないかと」


 セオは一瞬呆けたような顔をするが、「分かりました!」と言って駆け出した。

 ハミッシュはレイに人馬族の戦い方を実際に見せるため、挑戦を申し出たのだ。


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