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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第五章「始まりの国:神々の島」

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第六十四話「中部域へ」

 七月十九日。

 レイはハミッシュ・マーカットらに、これまでのことを説明した。

 ハミッシュたちは御伽噺に出てくるような神々の戦いという話に途方に暮れるが、レイを全力でサポートすることを約束した。


 レイの話が一通り終わったところで、ルナが代わって話し始める。


「今回の件はロックハート子爵家が全面的にバックアップしてくれているようです。私も最近知ったのですが……」


 そこで僅かに目を伏せるが、すぐに顔を上げる。


「兄ザカライアスがどこまで準備をしてくれているのかは分かりません。ですが、あの人は今までも私のために様々なことをしてくれました。鍛冶師ギルドとのこともそうですし、魔術師ギルドや商業ギルドにも協力を求めることができるようにしてくれています。それに帝国の上層部、宰相のエザリントン公やフィーロビッシャー公にも手を回してくれている可能性もあります。ですので、皆さんにはレイを守るという一点について考えていただければよいのではないかと」


「鍛冶師ギルドは分かるが、魔術師ギルドや商業ギルドにも……」とハミッシュが唸り、アルベリックが「帝国の宰相って普通会えないよね」と半分呆れている。


「どれだけ前から準備をしていたのかしら。本当に凄い人ね」とヴァレリアがいうと、ルナは大きく頷く。


「本当に凄い人です。私のためにこれほど……」といって僅かに声を詰まらせる。しかし、すぐにしっかりとした口調に戻し、


「兄に甘えてばかりでいいのかと思わないでもありませんが、世界を守るためには兄の考えに沿って進むべきだと……正直なところ不安は大いにあります。最も大きな不安はヴァニタスがレイに何か仕掛けてくることです。彼本人以外にもアシュレイさんやステラさん、そして、レッドアームズの皆さんに策略を仕掛けてくるかもしれません」


「確かに邪神ならありうるが、俺たちは傭兵だからな」とハミッシュが困惑の表情を浮かべる。


 それに対し、アルベリックがいつもの調子で、


「いいんじゃないの。レイ君やザカライアス卿みたいな頭のいい人がいるんだから、僕たちはルナちゃんが言うみたいにレイを守ることだけを考えたら」


 その言葉にヴァレリアが「珍しくアル兄がまともなことを言っているわ」と驚く。


「それは酷いよ。僕だって世界が滅びるのは困るんだ。それにこんな楽しそうなことって一生めぐり合えないよ。だからがんばらないとね」


「楽しそうなことって……」とルナの後ろに控えるイオネが絶句する。


「アルベリックさんはこういう人だけど凄い人だから」とレイがフォローになっていないフォローをする。


 アルベリックの会話で場は和むが、ルナは更に話を続けた。


「中部域までは中央街道を使うことになりますが、迂回路はありません。街道自体は広くてきちんと整備されていますが、輜重隊で溢れていて動きにくくなっている可能性があります」


「そうだな。だが、どうしようもあるまい」とハミッシュが言うと、


「神々の話と帝都で得た情報から考えると、九月には戦端が開かれるかもしれないのです。ここからラークヒルまでは九百km(キメル)。順調に進んでも一ヶ月以上掛かります。まだ全く余裕がないわけではありませんが、中部域で何が待っているか分かりませんから、少し強引ですがロックハート家の名を使って進もうと思います」


「それは分かるけど、具体的にはどうするつもり?」とレイが聞く。


「ザックさんの依頼で私がお酒に関わる物をネザートンに買い付けに行くということにするの。その護衛にマーカット傭兵団を雇ったということにすれば、凄い物を仕入れにいくように見えるから帝国軍の輜重隊も少しは遠慮してくれると思うわ」


「でも、お酒を仕入れにいくだけでマーカット傭兵団(レッドアームズ)を雇うって逆に嘘くさくならないかな」


 レイがそう言うと、ルナが答える前にアシュレイが答える。


「その点は大丈夫だ。以前、ペリクリトルからフォンスに高級酒を運んだことがある。その時は樽一つ運ぶのに父上が借り出された。最初は馬鹿げたことをと思ったが、ドワーフたちの思いを知ればありえぬことではない」


「樽一つにハミッシュさんが率いるレッドアームズが護衛を……」とレイは絶句する。


 レイが驚いた理由はその費用の大きさだ。

 傭兵を一日雇えば、駆け出しの七級程度でも二十クローナ、日本円で二万円ほど掛かる。一級傭兵であるハミッシュの場合、相場は存在しないが、日当は二百クローナを軽く超える。


 それにレッドアームズの凄腕の傭兵たちが加われば、一日当たり千クローナ、百万円程度は必要になる。そう考えると、一ヶ月間拘束するだけで三万クローナ、三千万円になり、どれほど高級な酒でもその価値以上に安全保障費を掛けることになるからだ。


「あの時は凄かったよ。ザックコレ……じゃなくて、“ZL”をフォンスに持ち込んだら、バルテルたちはお祭り騒ぎだったんだ。どこのドワーフでもZLを運ぶのに一流の傭兵を雇うらしいから、気にされないと思うよ」


 アルベリックの説明にレイは納得しがたいものを感じたが、彼以外が納得しているのでそれ以上何も言わなかった。


「話を戻しますけど、鍛冶師ギルドに依頼された傭兵団とロックハート家の関係者がいれば、何となく信じてくれると思います。それにシーウェル侯爵様やラズウェル辺境伯様とも関係がありますから、エザリントン(ここ)からネザートンに向かっても、ウェルバーンに向かうと思ってもらえると思います」


 シーウェル侯爵領は高級ワインであるシーウェルワインとそのワインを使ったシーウェルブランデーの名産地で、ザカライアス・ロックハートがワインの品質向上とブランデーの生産に並々ならぬ貢献をしたことから、シーウェル家とロックハート家が懇意であることは非常に有名だ。


 また、北部総督であるラズウェル辺境伯はロックハート家の嫡男と縁戚関係にある。それだけではなく、“低地(ローランド)物”と呼ばれるウェルバーンのスコッチがあることから、ロックハート家の関係者がウェルバーンを訪問することに違和感はない。


「ですので、レッドアームズの皆さんには不本意かもしれませんが、ネザートンまでは私の護衛を演じてほしいのです」


「なるほど。それならば分からぬでもないな」とハミッシュが頷き、ヴァレリアも「それでいいんじゃないかしら」と賛同した。


 その後、マーカット傭兵団の団員たちにも事情が説明され、とりあえずネザートンまではルナの護衛として鍛冶師ギルドに雇われたということで口裏を合わせることになった。


 その後、ルナがハミッシュにこの先の情報を伝えていく。


「中央街道は安全ですし整備されているので、フォスデールまでは問題は少ないのですが、草原地帯に入ると少しだけ問題があります」


「草原地帯も安全だと聞いているが」とハミッシュが聞くと、


「確かに安全なのですが、フォスデールからネザートンまでは宿場町があまりありません。確か三つしかなかったはずです」


「どうするの、その間は?」とアルベリックが質問する。


「野営することになります」


「街道なのに野営?」とアルベリックが呆れる。


「ええ、帝国の方針として騎馬民族や人馬族を刺激しないために町をできるだけ作らない方針みたいです。でも、それだと旅人が不便だから、適当な距離に野営地が作られています」


「ならば天幕や野営道具を用意せねばならんということか」


「天幕などは騎馬民族が貸してくれますが、人数が多いので用意しておいた方がいいと思います」


「うむ。食料はどうすればよいのだ」


「野営地で騎馬民族が売ってくれますから基本的には大丈夫です。ですが、こちらも念のため保存食は用意しておいた方が安全だと思います」


 その後、それらの物資の買出しのため、街に繰り出した。


 街には第三軍団と第七軍団の兵士たちが多くいるという話だったので、傭兵や冒険者に見えないように武装を外している。

 ルナは漆黒のドレスを身に纏っていたため、貴族か豪商の令嬢に見られることが多かった。レイたちは彼女の付き人に見えたため、兵士たちとトラブルになることなく、街を散策していく。


「思った以上に兵士たちの素行はいいな」とアシュレイがいうと、ルナがそれに答える。


「帝国軍もいろいろあるみたいですけど、第三軍団は精鋭ですから、規律も厳しいんだと思います。といっても第七軍団はよく知らないんですけど」


 彼女の言う通り、帝国軍第三軍団はレオポルド皇子が軍団長を務めており、外征軍として何度もルークス聖王国討伐を行っている。皇子自身が皇帝の椅子を狙っており、厳しい訓練を課しているため、第四軍団と共に帝国軍の精鋭と呼ばれている。


 第七軍団はレオポルド皇子派のディラン・ランプリング伯爵が軍団長を務めている。第三軍団と共に出征することが多く、経験豊富で規律正しい軍団だ。

 これはランプリング伯がレオポルド皇子の評判を落とさないようにするため、軍律を厳しくしているからで、酔って暴れるような狼藉者は出ていない。


 商店などを回り、情報収集をするが、新たな情報は得られず、そのまま鍛冶師ギルドの宴会に向かった。

 宴会は昨日同様に盛り上がった。



 翌日の七月二十日。

 マーカット傭兵団は夜明けと共にエザリントンの街を出発する。これは中央街道を北上する商人たちに巻き込まれないようにするためだ。

 二日酔いで顔色の悪い傭兵もいたが、多くの者は初めて足を踏み入れる草原地帯に向かうということで興奮気味だった。


 レイも二日酔い気味だが、解毒の魔法が効き、顔色は悪くない。


「いよいよ中部域に向かうのね」とルナが話しかける。


「そうだね。何が待っているのか不安だけど、今までよりマシかな」


「どうして?」


「今までは操られている感じがあったからね。アッシュやステラに心配されるほどおかしくなったこともあったんだ。その点、今回は何が待っているかはともかく、操られていないことが分かっている分、気が楽ってこと」


「そうなの……私は逆に緊張しているわ」


 今度はレイが「どうして」と聞く。


「今までは流されてきただけ。でも、これからは違うわ。ザックさんが私のために何を準備してくれているのか分からないけど、それを見つけるのは私のはず。もし、見落としたらと思うと……」


「それは大丈夫だと思うよ」


「どうして? 中部域は本当に“草の海”みたいなものなのよ。ネザートン以外に町や村はほとんどないし、遊牧民や人馬(ケンタウルス)族を探そうと思ったら、何ヶ月も掛かるかもしれないわ」


 ルナが不安そうにそう言うと、レイはもう一度、「大丈夫」といい、


「会ったことはないけど、ザックさんなら君のために完璧に準備をしていると思う。それに神々の導きもあるだろうしね」


「そうね。あの人ならそうかも……」


 そんな話をしている間に出発の準備が終わる。

 早朝にも関わらず、多くのドワーフたちが宿の前に集まってきた。

 鍛冶師ギルドの支部長イヴァン・ケンプが代表してルナに別れのあいさつをする。


「儂らはいつでもお前の味方じゃ。困ったことがあったらドワーフを頼れ。分かったな」


 その気遣いに「はい……」と答えるが、涙が浮かび、言葉が出ない。


「それでは元気でいってこい! だが、いつか帰ってくるんじゃぞ。今度はザックも一緒にな」


 イヴァンはそれだけ言うと、ルナを抱き締める。

 抱擁を終えると、ハミッシュの前に立ち、「ルナのことを頼む」と言って一礼する。

 後ろにいるドワーフたちも同じように頭を下げる。


「任せていただこう。命に代えても守ってみせる」


 ハミッシュは力強く宣言すると、「騎乗」と命令し、自らも馬に跨った。


「出発!」という合図と共にレイたちは馬を進めた。


 その様子を見ていた街の人々は鍛冶師ギルドがロックハート家の令嬢の護衛をマーカット傭兵団に依頼したことが事実であると信じ、様々な場所で噂を流していく。


 エザリントン市の北門には既に多くの荷馬車が並んでいた。時間が掛かると思われたが、ルナの姿を認めた門衛が貴族専用の検問所に案内し、優先的に通行を認めた。

 これはルナがエザリントンに来ていることが知れ渡っていることに加え、傭兵団を護衛に中部域に向かうという噂が流れていたからだ。

 更には以前、門の出入りを管轄する騎士と揉めたことがあり、そのことを覚えていた兵士が担当したことが理由だった。兵士はすぐに上司に連絡し、ルナの通行の便宜を図ることになった。


「こんなに楽に通れると思わなかったわ」とルナが苦笑気味に言うと、アシュレイが「ロックハート家の威光が早速役に立ったな」と笑う。


「そうですね」とルナは苦笑する。


 ファネル河を渡り検問所を出た後、中央街道を西に向かう。

 早朝に出発し、更にほとんど待ち時間もなく城門を出たことから、広い街道は空いていた。


「この調子なら問題なく進めそうだね」とレイが隣にいるアシュレイに話しかける。


「そうだな。中央街道は安全だそうだから問題も起きないだろうし、予定より早くネザートンにつけるかもしれん」


 夏の青空の下、レイたちは順調に街道を進んでいく。

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