第六十二話「合流」
七月十四日の夕方。
アウレラの大手商会デオダード商会で情報収集を行ったレイは同じくロビンス商会で情報収集を行っていたルナたちを合流する。
馬車に乗り込み互いの情報をすり合わせる。
「……帝国軍はエザリントンで一旦止まるから、そこで追い抜けばいいんだね」
「ええ、そうよ。エザリントンの東地区にある第四軍団の駐屯地に入るはずだから、混乱することもないと思うわ」
「こっちの情報だけど、ルークス軍が動くことは決定事項みたいだ。それに神々が言っていたとおり、神が降臨するって宣伝しているよ……」
そんな感じで互いの情報を統合した後、ルナはバート・ロビンスから聞いたザカライアスのことを話す。
「ザックさんが中部域にいたらしいわ。もうフォルティス経由でラスモア村に戻ったみたいなんだけど、これも神々が言った通りのようね」
「ザックさんが……どんなことをしたんだろう? それについては?」
「よく分からないわ。二ヶ月くらい前にいたという情報だけ入っているみたいなの」
「そうか。まあ知らない方がいいみたいだし……こっちも知り合いの情報があったよ」
「知り合い?」
「マーカット傭兵団が南に向かっているそうだよ。アルスでウルリッヒさんと会談したという話も聞いている」
「あなたやアシュレイさんを助けに来たね。私たちはいろいろな人に助けられているのね」
そんな話をしながら馬車に揺られ、南地区に戻る。
鍛冶師ギルドのプリムス支部に入ると、既に多くのドワーフたちが待ち構えていた。
「宴会を始めるぞ! 早く装備を外してくるんじゃ!」
そう言って背中を押される。既に職員たちによって一番近い宿が確保されていた。
装備を外し、ギルドの建物に戻ると、宴会の開始を待ちわびているドワーフたちが「ジョッキを持たんか」といって、レイたちに手渡していく。
全員の手にジョッキが渡ったところで、支部長のギュンター・フィンクが立ち上がる。
「今日はルナと仲間たちが無事に戻った祝いの宴じゃ! 大いに飲むぞ! ジーク・スコッチ!」
ギュンターの掛け声にドワーフたちは満面の笑みを浮かべて、「「ジーク・スコッチ!」」と唱和する。
レイもそれに倣って「ジーク・スコッチ」と小声で唱和するが、未だにこの掛け声の意味を理解していなかった。
(“ジーク・スコッチ”って何度も聞いているけど、どんな意味なんだろう。共通語とは別の言葉のようだし……)
そんな疑問もドワーフたちに囲まれ、あっという間に忘れ去る。
「海蛇竜を倒したそうじゃな。その話を聞かせてくれ」
「そうじゃ! 白き軍師らしい知恵で倒したと聞いたぞ。どうやって小さなボートを馬の疾走より速く動かしたんじゃ?」
などという声に囲まれていた。
そんな中、ギュンターはルナとアシュレイに真面目な表情で話しかける。
「総本部から聞いたんじゃが、マーカット傭兵団が向かっておるそうじゃ」
「私も聞いています」とアシュレイがいい、
「我々が困難に立ち向かうと聞いて故郷を捨てて向かってくれました。父や仲間たちには感謝しかありません」
そう言って僅かに目を潤ませる。
「そのようじゃな。そこでお前に頼みがあるんじゃ」
「頼みとは?」
「この先ルナがどこに行くか詳しくは知らん。だが、総本部からの話じゃ、危険なところにいくことは容易に想像できる。そこでじゃ、レッドアームズの一部でよいからルナの護衛に回してもらうようハミッシュ殿に話してくれんか。ウルリッヒが頼んだが、自分を慕って付いてきた者に命じることはできんと断られたそうじゃ」
アシュレイは「レッドアームズの仲間に相談してみます」とだけ答えるに留めた。
(百人以上ということだから、家族持ち以外はほとんど付いてきているのだろう。父上としても無理に命じることができぬというのも分からぬでもない……ルナはこの後、ソキウスに戻る。護衛がライアンとイオネだけでは確かに不安だ。隊長クラスと十人ほどが付いていってくれるだけでも随分違う……)
ルナはその話を聞き、「大丈夫です。いざとなれば実家を頼りますから」と気遣うが、アシュレイはルナがロックハート家を頼るつもりがないと何となく感じていた。
「我らも託された使命を終えれば自由に動ける。そうなれば、私もレイもお前についていくことができる」
アシュレイは楽観こそしていないが、神々から与えられた使命、ルークスと帝国の戦争を止めることができれば、レイは自由になれると考えていた。
「そうですね。でも、どこかで別々の道に行く気はしますが……」
一方のルナは戦争を止めたとしてもそれで終わるとは考えていなかった。自分がソキウスでノクティスの力を回復させるように、レイもルークスで神々の考えを伝える役を与えられるのではないかと思っているためだ。
「まあ、中部域に行ってみねば分からぬことだ。何が待ち受けているか判らぬ状況であれこれ悩んでも仕方あるまい」
アシュレイがそう締めくくると、ルナも「そうですね」と微笑んだ。
その日もレイとライアンはドワーフたちに潰されたが、イオネの解毒の魔法により、軽い二日酔いで済んでいる。
ルナとアシュレイは相変わらず学習できない二人を冷ややかな目で見ていた。
翌日、出発を前に多くの者が見送りに来ていた。
鍛冶師ギルドのドワーフたちはもちろん、ロビンス商会の従業員やデオダード商会のセオドール・フォレスターらも早朝にも関わらず南地区まで足を運んでいたのだ。
ここでもう一人別れを告げる者がいた。
学術都市ドクトゥスの研究者キトリー・エルバインだ。
「私はここでお別れするわ」
彼女は帝都にある教育機関、高等学術院に立ち寄るつもりでいた。
学術院はここ数年の改革によって大きく発展しており、金に糸目をつけずに文献や資料を集めている。そのため、自分の研究の助けになる資料が見つかるかもしれないと考えたのだ。
「ここまでありがとうございました。キトリーさんのお陰で神官長に会えましたし、本当にお世話になりました」
レイがそう言って頭を下げると、ルナも「ありがとうございました」といって大きく頭を下げる。
「私の方こそお礼を言わないといけないわ。あなたたちのお陰で研究が百年単位で進めることができたの。本当に感謝しているわ」
そう言って右手を差し出す。
レイ、アシュレイ、ステラと握手していき、最後にルナのところで止まり、
「これから大変だろうけど、一人で無理はしないで。あなたにはここにいるレイ君たちだけじゃなく、ザック君やロックハート家の人たち、ドワーフの皆さんがついているの。もちろん、私もよ」
そう言って軽く抱き締める。
「ありがとうございます。キトリーさんもお元気で」
ルナが涙ぐんで別れを惜しむ。
「いつか、あなたの国、ソキウスに行くつもり。都であるルーベルナの大聖堂はぜひとも見せてほしいわ」
「はい。いつでも歓迎します」
その後、ドワーフたちとの別れを済ませ、帝都を出発する。
今回もギルドの前で「「ジーク・スコッチ!!」」という掛け声と、いつの間にか持っていたジョッキを掲げていた。
帝都を出発し、中央街道を北上する。
帝国軍が二日前に出発しているため、その混乱を避けた商隊でごった返すが、世界一安全な街道である中央街道ではトラブルは起こりようもなく、七月十八日に無事エザリントンに到着した。
エザリントンは帝国東部から流れるファネル河の中州を利用した街で、東西五km、南北三kmの巨大な楕円形をしている。いつもは落ち着いた感じの街だが、民間人三万人の街に二個軍団四万人の兵士が入ってきたため、いつも以上に賑わっている。
「宿を見つけるのも大変そうだな」とアシュレイが溜め息混じりに呟く。
「パストン商会を頼りますから大丈夫だと思いますよ」とルナがそれに答える。
パストン商会は食料関係の大手で、エザリントン公爵家の御用商人でもある。ロックハート家とも関係があった。
「じゃあ、ルナに任せよう。早めに宿に入ってマーカット傭兵団の情報を探したいから」
レイがそういうと、「それもルナさんにお任せした方が早いかもしれませんね」とステラが笑みを浮かべて答えた。
「確かに鍛冶師ギルドに聞いた方が早いよね。傭兵団なのに傭兵ギルドより鍛冶師ギルドっていうところが少しおかしい気はするけど」
全員でパストン商会に向かい、宿の斡旋を頼むと、すぐに手配が終わった。宿に馬を預け、装備を外してから、鍛冶師ギルドのエザリントン支部に向かう。
「前にも思ったけど、帝国に入ったら鍛冶師ギルドにばかり行く気がするね」とレイが言うと、
「確かにな。だが、鍛冶師ギルドのお陰でいろいろな伝手ができたのだから、感謝しかない」
とアシュレイが真面目な顔で答えた。
鍛冶師ギルドでは支部長のイヴァン・ケンプが待っていた。
「無事で何よりじゃ」と満面の笑みでいい、ルナを抱き締める。そして、レイたちにも歓迎の言葉を掛けた後、アシュレイに向かい、
「親父殿がこの街に来ておる。お前たちを助けるためにな」
イヴァンの話では帝都に向かう予定だったが、帝国軍が北上してきたため、移動を見合わせていたとのことだった。
「父上がここに……」とアシュレイが呟くと、イヴァンが「近くの宿におる。その宿に一緒に泊まれるよう手配しておいた」といい、「誰かに案内をしてくれんか」と職員に案内を命じた。
アシュレイが「ありがとうございます」と頭を下げると、大きく笑い、
「宴会をやるから、ハミッシュ殿にも声を掛けておいてくれんか。もちろん、レッドアームズ全員にもな」
その言葉にアシュレイは「分かりました。必ず連れてきます」といって、職員の後を付いていく。レイとステラも慌ててあとを追った。
職員が案内した宿に到着すると、既に連絡がいっていたのか、ホールに多くの傭兵が待っていた。そして、その先頭には懐かしい顔があった。
「元気そうだな」と仏頂面でハミッシュ・マーカットが出迎える。
「もう、うれしい時は素直に顔に出したらいいのに」と彼の妻ヴァレリアが背中を叩く。そして、アシュレイに近づき、
「お帰りなさい。元気そうね」と優しく言って抱き締める。
「ただいま、ヴァル姉……」
彼女たちの後ろには副官のアルベリック・オージェや各隊の隊長たちがおり、レイに「元気そうだな」と言いながらバシンと肩を叩いて、手荒い歓迎をする。
ルナは身内だけの再会の場ということで遠慮し、会話に加わることはしなかった。しかし、その様子を羨ましそうに見ていた。
「それでは詳しい話を聞こうか」とハミッシュがいって部屋に戻ろうとするが、
「イヴァン殿から鍛冶師ギルドの宴会に誘われております。レッドアームズ全員を歓迎したいと」
その言葉に「ドワーフとの宴会か」と二日酔いを予感して顔をしかめる者もいたが、多くの者は「楽しみだ!」と笑顔で言っている。
「お酒を前にしたドワーフを待たせては不味いわ。早く行きましょ」とヴァレリアが冗談とも本気ともつかないことをいい、ハミッシュとアシュレイの手を引く。
「せめて装備を外させてくれ、ヴァル姉」といってアシュレイが苦笑する。
レイたちはすぐに用意されていた部屋に向かい、大慌てで装備を外して鍛冶師ギルドに向かった。
ギルドの建物に着くと、既に宴会の準備は終わっていた。さすがに百人の傭兵が入る集会室はないため、中庭にテーブルや椅子が並べられている。
「懐かしいね。僕たちがマーカット傭兵団の本部に着いた時みたいだ」
レイがラクス王国の王都フォンスに着いた時のことをステラに話していた。
「そうですね。あの時も中庭で宴会でした。もう一年以上も前のことなんですね」
ステラは感慨深げに答える。
アルベリックは「それにしても何で僕たちも宴会に来ているんだろう?」と首を傾げると、三番隊隊長のラザレス・ダウェルが「そりゃ決まっているでしょう」と笑っている。
「決まっている? 僕にはよく分からないんだけど?」
「ドワーフだからですよ。彼らに理屈はいりませんから。深く考えても無駄ってことです」
その言葉に、「そうだね。ドワーフが相手だったね」と微妙な顔をしていた。




