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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第五章「始まりの国:神々の島」

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第六十一話「聖王国の情報」

 七月十四日の午後、レイたちは帝都プリムスに到着した。


 帝都での懸念であるルークスの諜報部隊については、ウノたちが帝都周辺を調べたものの、符丁の(たぐい)はなく、撤退した可能性が高いとのことで、レイは胸を撫でおろす。

 それでも検問で不要なトラブルを防ぐため、ウノたちは隷属の首輪を外して、帝都の門をくぐり、何事もなく入ることができた。


 もう一つの懸念である帝国軍の動きだが、昨日のうちに出発しており、この先の街道の状況に不安が残っている。


 帝都に着いた彼らはまず鍛冶師ギルドのプリムス支部に向かった。往路で便宜を図ってもらっており、その礼を兼ねて情報収集を行うためだ。


 プリムス支部では支部長のギュンター・フィンクらドワーフの鍛冶師たちが歓迎する。


「よくぞ戻った!」とギュンターがルナを軽く抱き締める。


「ありがとうございます。皆さんのお陰で無事に戻れました」とルナが頭を大きく下げる。


 その後、いつも通り歓迎の宴会が行われることになったが、まだ正午を過ぎたばかりということで時間がある。この時間を利用し、往路で便宜を図ってもらった関係者に感謝を伝えに行くことにした。もちろん、更なる情報収集も行う予定となっている。

 効率よく行うため、レイがデオダード商会に、ルナがロビンス商会に向かうことになった。


 商業地区に向かうが、目的地はほぼ同じであり、鍛冶師ギルドの馬車を利用している。


「情報収集だけど特に確認してほしいのは帝国がどう考えているかだ。ロビンス商会は宰相とも繋がりがあるから、その線から聞いてほしい」


 レイの言葉にルナが頷き、


「分かったわ。あなたの方は聖王国の内情を調べる感じね。あとは商業ギルドの動きも聞いておいた方がいいわ。ロビンス商会は帝都のことは知っていてもアウレラの情報は少ないから」


「了解。じゃあ、午後五時にロビンス商会の前で集合ということで」


 それだけ言うと、レイはアシュレイとステラを伴い、デオダード商会の帝都支店に向かった。

 彼らを見送ったルナはライアンとイオネを引き連れ、ロビンス商会に入っていく。ウノたちは二組に分かれ、密かに護衛を行っている。


 ルナが店舗に入ると、彼女のことを覚えていた店員が「ようこそ、いらっしゃいました」といって大きく頭を下げ、他の店員に商会長を呼びにいくよう指示を出す。

 応接室に案内されると、商会長であるバートが急ぎ足でやってきた。その顔には安堵の表情が浮かび、「ご無事で何よりです」と言って頭を下げる。


 彼の後ろにはチェスロックまで同行したカカオ取引の責任者ヴィタリ・ホワイトがいた。彼もルナの無事な姿に微笑んでいる。


「チェスロックでは海蛇竜(シーサーペント)を退治されたとか。さすがはロックハート家のご令嬢ですな」


 シーサーペント退治の話を出され、ルナは苦笑し、


「あれはほとんどレイがやったことです。私は少し手伝っただけですから。それよりも本当にお世話になりました。おかげさまでジルソールでの用事も無事に済ませることができました」


 そう言って大きく頭を下げる。その姿にバートとヴィタリは「顔をお上げください」と慌てる。

 その後、世間話を少しした後、ルナは本題を切り出した。


「私たちはこの後中部域に向かわなければなりません。ですので、帝国内の情報をお聞かせいただけると助かります」


「中部域ですか!?」と驚くものの、すぐに表情を引き締め、


「今の状況で中部域に向かうことはお勧めいたしません」


「戦争が起きるからですか?」というルナの問いにバートは大きく頷く。


「はい。帝国軍がラークヒルに向かっていることはご存知かと思います。私の聞いた情報ではここ数十年で最大の大規模の戦いになるとのことです。七年前のアバドザックの戦いを遥かに超える規模になり、ラークヒルが戦場になるのではという噂で持ちきりなのです。さすがに中部域まで戦場になることはないと思いますが、万が一中部域が戦場になれば、騎馬民族や人馬(ケンタウルス)族が迎え撃つことになります。彼らは好戦的な部族ですから、若い女性がいけば何が起きるか分かりません」


 アバドザックの戦いは七年前の三〇一九年五月に行われたカエルム帝国とルークス聖王国の戦いだ。帝国側は現宰相のエザリントン公が三万五千の兵力を率いて進軍し、聖王国側は聖騎士団の聖将モンテメンツィが十万の兵力で迎え撃った。

 戦いは帝国の圧倒的な勝利に終わり、その後ルークスの政情が大きく揺れる原因になった戦いでもある。


 ルナはバートの言葉をやんわりと否定した。


「人馬族のソレル族とは多少の縁がありますから、彼らのことは知っているつもりです。確かに好戦的ですが、彼らが無闇に人を襲うとは思えません。ですから、その点は大丈夫だと思います」


「そうでしたね。ロックハート家は人馬族から馬を贈られた仲でした」


 七年前の三〇一九年、アンデッドの大軍を退けたロックハート家に対し、人馬族でも最も勇猛と言われるソレル族が街道で待ち伏せ、腕試しを行った。その際、互角の戦績を残し、ソレル族はロックハート家にカエルム馬と呼ばれる名馬を贈っている。


「では、バートさんのお持ちの情報を教えていただきたいのですが……」


 その後、バートから情報を確認する。

 帝国軍は八月中旬にラークヒルに入り、ルークス聖王国軍を迎え撃つ体制を整える。

 今回の帝国軍の編成は第三、第四、第七軍団とラークヒル連隊で、第三軍団のレオポルド皇子が総大将となる。

 今のところ、騎馬民族や人馬族を戦場に出す予定はない。

 これがバートの掴んでいる情報で、目新しいものはほとんどなかった。


「……帝国が勝利することは間違いないというのが、商業ギルドの考えです。恐らく苦戦することすらないだろうと。ただ気になる情報が一つございます」


「気になる情報ですか?」


「はい。光神教の聖職者が“奇跡が起きる”と息巻いているということです。いつもの法螺であるとは思うのですが、聖都パクスルーメンで怪しげな儀式が行われているという噂が流れております」


「儀式ですか……その内容は分かりませんか?」


「申し訳ございません。ルークスのことは商業ギルド経由の情報しかなく、私どもでは詳細までは……」


「いえ、この情報だけでも充分に助かります。帝国軍について他に情報はありませんか?」


「そうですね……昨日出発した第三軍団と第七軍団ですが、エザリントンから一部が船に乗るそうです。そのため、二日ほど滞在すると聞きました。もし、中部域に向かわれるなら、そのタイミングで追い抜かないと中央街道を進みづらくなるかもしれません」


 ルナは予想より楽に追い抜けると安堵する。

 必要な情報が得られたことと、レイたちとの待ち合わせの時間が近くなったことから、話を切り上げようとした。


「いろいろと教えていただきありがとうございました。それではお暇させていただきます」


 そう言って立ち上がろうとした時、バートが「ザカライアス卿のことはご存知ですか」と言った。


「ザックさんのことですか!」とルナは驚き、そのまま腰を下ろした。


「はい。ザカライアス卿の噂が最近になって流れてきました。二ヶ月ほど前に中部域にいらっしゃったそうです。その後はフォルティスに向かい、村に戻られたのではないかということでした」


「ザックさんが中部域に……」と呟くが、心の中では神々の言葉を思い出していた。


(私のために道を作ってくれているのね……)


 ルナは零れそうになる涙を堪える。


「前回お越しになった後に情報が入ったものでして……」とバートが言ったところで自分が感極まり、黙っていたことに気づく。


「あ、ありがとうございました。無事でよかったです」


 そう言って笑みを浮かべ、立ち上がった。


■■■


 一方のレイはアウレラの大手商会デオダード商会のプリムス支部に入っていった。

 名前を告げ、支店長であるセオドール・フォレスターに面会を申し込む。運がよいことにセオドールがいたため、すぐに応接室に案内される。


「ルークスの獣人奴隷部隊のことではお世話になりました」といってアシュレイたちと共に大きく頭を下げる。


 二ヶ月前、ルークスの獣人奴隷部隊が帝都に潜入しているという情報を手に入れた。レイはウノたちを引き連れていることから、自分たちの行動が制限される可能性を考慮し、ルークス聖王国に恨みを持つデオダード商会に協力を依頼した。

 セオドールはその依頼を受け、密かに入手していたルークスの潜入部隊に情報を流し、その結果、潜入部隊は破壊工作などをすることなく、撤退している。


「いえ、あの件は私がやりたかったことですから、お気になさらずに」


 レイはもう一度頭を下げると、本題に入った。


「ルークスと帝国の戦争について、情報を教えていただけないでしょうか」


 セオドールはレイが何をするのか気になったが、そのことはあえて聞かず、「私が知る限りをお教えいたしましょう」といって話し始めた。


「ルークス聖王国では光神教の聖職者たちが活発に活動しております。彼らは“神が降臨する”とか、“光の神(ルキドゥス)の奇跡が起きる”という話を国中で広めているそうです。それも一部の狂信的な原理主義者ではなく、教団本部が主体となって」


「教団本部が主体となることがおかしなことなんですか?」


 その疑問にセオドールは「言い方が悪かったですね」と謝罪し、


「光神教団は大旦那様の例でも分かるように上に行けば行くほど腐っています。言い方を変えれば自分の利益になることにしか興味がないということなのです。つまり、今回の神の顕現等の話は教団上層部に益があると認識されているということになります」


 レイは腐り切っている教団上層部にいい知れない怒りを感じるが、それを抑える。


「神の奇跡があるといっても、普通は帝国軍に勝てると考えないですよね。いくら非常識な光神教の幹部だとしても」


「おっしゃる通りです。私も不思議に思って調べてみたのですが、どうやら神の奇跡うんぬんと言っているのは総大司教、すなわち教団のトップだったのです」


「総大司教自らが?」


「はい。総大司教と複数の枢機卿に神託が降りたと喧伝しております。我々は胡散臭いと思っているのですが、教団の聖職者たちは本気のようです」


 ここまでの情報は、ジルソールのクレアトール神殿で神々から伝えられた情報と一致する。


(神々から聞いた話だと僕を利用しようとしていると言っていたけど、その辺りはどうなんだろう)


 その疑問を伝えると、セオドールは大きく頷いた。


「アークライト様の名は既に広まっております。聖騎士を率いて大鬼(オーガ)を倒す剛の者でありながら、農民兵の死に涙する慈愛の人。名にし負う“白き軍師”にして、“光の神(ルキドゥス)の現し身”。そのように言われております」


「面と向かって言われると恥ずかしいですね」と苦笑するが、アシュレイは「間違ってはおらん」といい、ステラも大きく頷く。


「その話を広めている人物はガスタルディ司教、いえ、執行司教です。ペリクリトル攻防戦に参加し、自らの目で確かに見たと聖都パクスルーメンの大聖堂で多くの信者に話したそうです。その場には戦傷を負ったフィスカル村の農民兵がおり、証言をさせていたと聞き及んでいます」


 マッジョーニ・ガスタルディはルキドゥスの現し身を見つけた功績により、第四階梯の司教から第五階梯の執行司教に昇格した。彼は総大司教のベルナルディーノ・ロルフォの側近となり、対帝国戦争を煽っている。


「フィスカル村の人たちを利用しているのですか……」と暗い表情になる。


「フィスカル村の農民兵にとっては悪いことではありません」


「どういうことですか?」


「もし、この話がなければ、手足を失った上に何の補償もなく、放り出されていたことでしょう。実際、今まで農民兵は使い捨てにされていましたから。あなたにとっては不本意かもしれませんが、彼らはあなたと共に戦ったということで英雄として遇され、生活を保障されたのです」


 レイは納得し難いものの、それ以上何も言わなかった。

 セオドールはレイがこの話題で憤っていると感じ、話題を変える。


「少し話がずれましたね。ルークスの情報をもう少しお話しましょう。聖王国が動員する兵力は以前からの噂通り二十万人規模になりそうです。既に多くの村に動員の通告があり、聖都に集まっています。だからといって聖王国が一枚岩というわけでもありません」


「そうなのですか?」


「はい。聖王国の行政府である聖王府は今回の出兵に反対のようです。実際、兵站のこと考えれば、今のルークス聖王国に二十万もの兵力を運用することは不可能なのです。ただ、総大司教が神託を受けたことに始まったことに対し、表立って反対できないため、準備が整うまで延期すべしということのようです」


「聖王府の意見は通りそうなのでしょうか?」


「残念なことについ先日手に入れた情報では、六月の初旬に総動員体制の布告がなされたとのことでした。現在の聖王アウグスティーノはロルフォ総大司教の縁者ですし、七年前の政変で反総大司教派の役人が粛清されましたから、今の役人たちでは抑え切れなかったのでしょう」


 その後、更に情報を聞いていく。


「商業ギルドはどう考えているのでしょうか? ルークスが無謀な戦争に向かうことは避けたいと思うのですが」


「ギルドとしてもこれ以上敗北を重ねて無政府状態になられたら、投資した資金を回収できなくなるので必死だったようですが、今回はどれほど金をばら撒いても戦争を回避することは難しいようです」


 その言葉にレイは暗澹とした気持ちになる。

 情報を聞き終え、退出しようとした時、セオドールが何かを思い出したのか、声を掛けてきた。


「アシュレイ様はマーカット傭兵団のハミッシュ・マーカット殿のご息女でしたね」


「その通りですが、それが何か」とアシュレイが答えると、


「マーカット傭兵団が南に向かっているという噂を聞きました。アルスで鍛冶師ギルドのドレクスラー匠合長と会談したという話も聞きましたので、鍛冶師ギルドでその情報を聞けるかもしれませんよ」


「父上が?」とアシュレイは驚き、レイの顔を見る。


 レイは「どういうことなんだろう?」と答えることしかできなかった。

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