第五十九話「ドワーフからの依頼」
五月十六日。
マーカット傭兵団の傭兵たちはフォンスの団本部を出発する。残ることになった傭兵や料理人たち、更にはレッドアームズと関係のあった傭兵たちが見送りに来ていた。
「では、行ってくる」とだけハミッシュはいい、「出発!」という大音声とともに馬を進めた。
残された者たちは「お元気で!」、「必ず戻ってきてください」などという声を掛け、彼らの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
フォンスを出発したマーカット傭兵団は街道を南下していく。
復興目覚しい冒険者の街ペリクリトルに物資を運ぶ商隊の護衛をしながらであり、歩みは遅いが、それでも約一ヶ月後の六月十八日にカウム王国の王都アルスに入った。
「ここまで来たのは初めてだな」
ハミッシュ・マーカットが盟友であり副官であるアルベリック・オージェにそう話しかけると、
「そうだね。バルベジーまでしか来たことがなかったよね」
ハミッシュたちは前回の魔族追撃の他に、十九年前の魔族の大侵攻の時、カウム王国の交通の要衝バルベジー近くに来たことはあったが、その時は彼の妻アビーが戦死したことからアルスに行くことなくフォンスに戻っている。
「俺は大昔に通ったことがありますが、以前より活気がある気がしますね」
そう言って会話に入ってきたのは三番隊の隊長であるラザレス・ダウェルだった。彼は元冒険者であり、冒険者の街ペリクリトルを目指して旅をした時にここを通過している。
「景気がいいみたいね。噂が本当なら帝国とルークスとの戦争があるから武具の注文は多いでしょうし」
ハミッシュの妻ヴァレリアが話に加わる。
「それもあるが、酒絡みで景気がいいようだ。何年か前にこの街の南に蒸留酒を造るための町ができたらしい」
ハミッシュがそう言うと、アルベリックが「蒸留酒?」と首を傾げる。
「ああ、スコッチのことだ。覚えていないか、何年か前にペリクリトルから一つだけの樽を運んだことがあっただろう。あの時の酒が蒸留酒だ」
「ああ、あの時のザックコレ……ふがふが……」
そこでハミッシュが慌ててアルベリックの口を塞ぐ。
「あの時言われただろう! その名を口にすると大変なことになると!」
そこでアルベリックも口を押さえられたまま頷く。
ハミッシュが手を離すと、
「そう言えば“ZL”って言わないとドワーフが集まってくるんだった。思い出したよ」
その時、彼らの後方から声が掛かった。
「貴公らはレッドアームズの方々か?」
そこには壮年のドワーフが十人ほど立っていた。
「ありゃ! やっぱり来ちゃった!」とアルベリックは慌てるが、ドワーフたちは意に介さず、
「儂はウルリッヒ・ドレクスラーじゃ。ハミッシュ・マーカット殿と話をしたい」
鍛冶師ギルドの匠合長自らが現れたことにハミッシュたちは驚く。何とか立ち直ったハミッシュが用件を聞く。
「私がハミッシュ・マーカットですが、匠合長閣下がどのようなご用件か」
「やはり貴公がマーカット殿か。立ち話もなんじゃ、鍛冶師ギルドの総本部にご足労願えんか」
「それは構いませんが」と答えるものの、まだ街に入ったばかりであり、団員たちも大門前の広場で待っている。
「宿のことじゃな。誰か! レッドアームズの方々の宿の手配を頼む!」
その声にギルドの職員らしき若い男たちが「直ちに!」と答えて傭兵たちに宿の希望などを確認していく。
ハミッシュたちがあっけに取られていると、ウルリッヒは満足げに頷き、
「これでよかろう。では済まぬが、このままついてきてくれんか」
そう言って他のドワーフと共に歩き始めた。
ハミッシュたちは呆けたような表情を浮かべながら、馬を引いてついていこうとする。
「馬と荷物は我々が宿に運んでおきます」といって職員が手綱を取る。あまりの手際の良さにハミッシュたちは気づくと「頼む」と答えて手綱を渡していた。
本来なら自分の荷物を見ず知らずの者に渡すことはないのだが、あまりに自然であり、そのことに気づいたのは総本部に入ってからだった。
ハミッシュに同行しているのはアルベリック、ヴァレリア、一番隊長のガレス・エイリング、二番隊長のゼンガ・オルミガ、四番隊長のエリアス・ニファーだ。
三番隊長のラザレスは「団員が心配なんで俺が見ておきます」といって職員の案内についていった。
彼はこの後に何が起きるか何となく気づいており、自らの安全を優先した。
重厚な作りの総本部に到着し、すぐに集会室に案内される。
「すまんな。人数が人数だけにここで話をさせてくれんか」
そう言ってウルリッヒたちが頭を下げるため、何があるかは分からないが、「構いませんが」ということしかできなかった。
集会室に入ると、そこには三百人近いドワーフが待ち構えていた。
「待っておったぞ!」という声が上がり、「あの者が“赤腕ハミッシュ殿か。凄まじい腕じゃな」という感嘆の声が混じる。
「静まれ!」というウルリッヒの声に集会室のざわめきはすぐに消えた。
ハミッシュたちはいつの間にか用意された椅子に座らされていた。
「宿で装備を外す間もなく呼びつけて済まぬ」といってウルリッヒは頭を下げてから、本題に入る。
「来てもらったのは貴公らを見込んでの頼みがあるからじゃ」
「俺、いや、私たちに頼みとはどのようなことでしょうか?」とハミッシュが疑問をぶつける。
「無理に敬語を使わずともよい。儂らもどうせまともに使えぬのじゃからな」と笑った後、
「ある人物の護衛を、世界最強の傭兵団レッドアームズに頼みたいと思っておる。依頼料は言い値を出そう。どうじゃ、引き受けてくれんか」
「ウルリッヒ、それでは話をはしょりすぎじゃ。ハミッシュ殿が困っておろう」と別のドワーフが話に割り込むが、彼の言う通りハミッシュは困惑していた。
(ある人物の護衛だと……この言い振りだと対象は一人なのだろうが、俺たち全員を雇うというのはどういうことなんだ? いや、頼まれても俺はアッシュを助けに行かねばならん。この話は受けられんな……)
そう考え、そのことを口にした。
「俺たちは俺の娘と婿の手助けにいかねばなりません。だから、いくら金を積まれてもその依頼は受けられぬ」
「レイとアシュレイのことじゃな。ならば大して問題ではないの」
ギルドの匠合長の口から娘の名が出たことに驚き、「なぜアッシュの名が」と絶句する。
「三ヶ月ほど前にここで会っておる。彼らがジルソールに行ったことも、これから強大な敵と戦うことも知っておる」
「すべてをご存知だと……その理由を聞かせていただけないか」
「もちろんじゃ。詳しく聞いておるのは儂とゲールノート、オイゲンの三人じゃが。これ以上の話は長くなる。腹ごしらえをしながら話をしようではないか」
その言葉が終わると同時に集会室の扉が開かれ、巨大な樽が次々と運び込まれる。更に大皿に載った料理も運び込まれ、集会室は芳しい香りに包まれる。街に着いたばかりのハミッシュたちはその香りに空腹を感じた。
「まずは宴会じゃ!」というドワーフたちの声にハミッシュたちはどうしていいのか困惑する。
「何をしておる。そこに座るんじゃ」
「ジョッキを持たずにどうやって乾杯するつもりじゃ。まずはこれを持て」
あっという間に一リットルは入りそうな大きな木製のジョッキを握らされる。中には冷えたビールがなみなみと注がれている。
「レイとアシュレイの仲間に乾杯じゃ。ジーク・スコッチ!」
「「ジーク・スコッチ!」」
ドワーフたちの声にハミッシュたちも思わず、「ジーク・スコッチ」と唱和し、ジョッキを傾ける。
ゴクゴクという喉を鳴らす音が響き、「「プハー」」という満足げな吐息に変わる。
「なあ、何で俺たちはドワーフと酒を飲んでいるんだ」とハミッシュはアルベリックに小声で聞く。
「そんなこと僕にも分からないよ。でも、このビールはとっても美味しいよ。やっぱりアルスはお酒の街なんだね」
最後には関係ない感想を述べていた。
ヴァレリアやガレスたちもあっけに取られたまま、ジョッキを傾けている。
「喉も潤った。では話をしようかの」とウルリッヒはいって話を始めた。
「アシュレイの新しい仲間のことは知っておるかの?」
「ああ、一応は」
「その中にルナ・ロックハートという娘がおる……」
「ロックハートだと!」とハミッシュは驚き、「聞いていないぞ」とアルベリックを睨む。
「僕も初耳だよ。商業ギルドに伝手があるからおかしいなとは思ったけど……」と言って肩を竦める。
「アシュレイらもこの街に来て初めて聞いたそうじゃ。それはよい。そのルナは儂らにとっては孫娘のようなもの。その娘を守ってやってほしいんじゃ」
「俺たちも娘とともに戦うため南に向かっている。だから一緒にいる限りは守ることになると思うのだが、何と戦うのか、どこで戦うのかは聞いておらん。だから確約はできん」
「確かにその通りじゃ」と頷く。
「レイとアシュレイにはステラという娘と凄腕の獣人奴隷がおる。しかしルナにはライアンという若造とイオネという治癒師しかおらぬ。ライアンもイオネもルナのために命を捨てる覚悟を持っておるのじゃが……そして大事なことはこの先、ルナはアクィラの東に向かうということじゃ。その時、レイたちがおれば問題はないんじゃが、レイたちと一緒におられるか分からぬ。貴公ら全員とは言わぬ。腕の立つ者を何名か護衛として雇わせてくれんか」
そう言ってドワーフ全員が頭を下げる。
「事情は分かったが、期限のない契約となる。それに今いる連中は俺についてきてくれた者たちだ。だから、俺と別れてルナという娘の護衛をしろとは言えぬ」
その言葉にドワーフたちはがっくりと肩を落とす。
その姿にハミッシュたちはいたたまれない気持ちになるほどだった。
「金はいらぬが、俺たちにできることはさせてもらう。どこまでできるかという確約はできぬが」
「それでもよい! 何とかあの娘を守ってやってくれ」と言ってウルリッヒたちは立ち上がり、ハミッシュに大きく頭を下げた。
(それにしてもロックハート家とドワーフの関係は噂以上だ。ルークスがこの国から追い出されたのも頷ける……)
ハミッシュはドワーフとロックハート家の絆の強さに感心するが、その間にウルリッヒたちは別の話をしていた。
「金はいらぬということじゃが、それでは儂らの気が済まぬ。ウルリッヒよ、何とかならんのか」
「そうはいうが、オイゲンよ。どうすればよいのじゃ?」
「金でなければ武具しかあるまい」
その話はハミッシュたちの耳には入っていなかった。
そして、ウルリッヒが「これでどうじゃ!」と言って立ち上がった。
「金は受け取らんということじゃが、ならば儂らの造る武具を受け取ってくれんか」
突然の申し出にハミッシュは混乱する。
「どういうことなのだ? 話が見えんのだが……」
「全員の分は難しいかもしれんが、ある程度の腕の者の武具を儂らに作らせてくれ。ルナのために何かしたいんじゃ」
ハミッシュは更に混乱する。
(ウルリッヒ・ドレクスラーにゲールノート・グレイヴァー、オイゲン・ハウザーだぞ。百万ではきかん。そんな物を受け取れるわけがない……)
そのことを正直に言うが、「儂らの気持ちが治まらん」とドワーフたちも引かない。
「あなた方の武具は魅力的だが、俺たちはできるだけ早くジルソールに向かいたい」
「では、時間が掛からぬ物ではどうじゃ? 鋼製ならば十日も掛からぬ。それならばよかろう」
そんな押し問答を何度かした結果、アダマンタイトやミスリルなどの魔法金属ではなく、通常の鋼で作られたものにすることで決着した。
「これで決まりじゃ! ではそろそろ他の者も来るはずじゃ! 中庭に移動するぞ!」
ギルド職員たちによって他の傭兵たちも到着しており、中庭で大宴会が行われた。
その夜は多くの傭兵が酔い潰れたが、酒に強いハミッシュたちは朝まで飲み続けていた。
ザックコレクションの話は書籍版トリニータス・ムンドゥス第一巻の特別読み切り(ドワーフライフ)「マーカット傭兵団、”ZL”を護衛する」に詳しく書いてあります。外伝側のロドリックも出てきます。




