第五十七話「祝福」
レイたちは十一柱の神々と邂逅した。
そして、今までの疑問を解消し、更にはウノたち獣人奴隷を救う方法も授けられた。
研究者であるキトリー・エルバインと創造神神殿の神官長レーア・ガイネスの二人は神々と語らうため地下神殿に残ることになった。
レイが帰ろうと言おうとした時、光の神と闇の神が一歩前に出た。
「そなたらの助けになるよう、我らの祝福を与えよう」
ルキドゥスと横に立つノクティス大きく両手を広げ、更には他の神々も同じように両手を広げていく。
その直後、強い力がアシュレイたちに降り注ぐ。
その圧倒的なまでの力に思わず悲鳴を上げそうになるが、意思の力でそれを抑え込む。
そして突然、力は消えた。まるで最初から何もなかったかのように。
「力を授かったというのか?」とアシュレイが呟く。
「然り。我らの祝福をそなたらに与えた」
天の神がいい、それに人の神が続く。
「しかし、それは単なる祝福。不死になるわけでも、英雄の力を得たわけでもありません」
それでもアシュレイたちは大きな力を感じていた。
そんな中、レイとルナは何も感じていなかった。そのことに気づいたウィータが二人に話しかける。
「あなたたちにはルキドゥスとノクティスの力が与えられています。更なる力を得ることは虚無神に付け入る機会を与えてしまいますから」
キトリーとレーアの姿がいつの間にか消えており、地上に上がる階段が現れている。
「さらばだ。そなたらとはもう一度会うことになるが、それは……」
ルキドゥスの声が聞こえたが、最後は聞こえなかった。
気づくと、レイたちは神殿の一階に戻っていた。
アシュレイは「夢だったのか……」と言い、ライアンはしきりに頭を振って「俺は神様にあったのか」と呟いている。
「僕たちの行く道が示されたということだね。キトリーさんがいつ出てくるか分からないから、一旦家に戻ろう」
研究者と神官が神々と語るということで待つことをせず、借りている家に帰ることにした。
レイは疑問が解消されたことから足取りも軽く、先頭を歩いていく。
「神々の祝福を受けたけど、どんな感じなんだい」とレイが後ろを歩くアシュレイに聞いた。
アシュレイはどう言っていいのかと悩むが、「分からぬ」としか言えなかった。
「分からない? どういうこと?」
アシュレイは困惑の表情を浮かべ、
「力を授かったことは間違いないのだが、どう説明してよいのかが分からぬのだ。ステラ、お前はどうだ」
話を振られたステラは「私もどう言っていいのか……」と口篭る。
「素晴らしい力を受けたことは間違いありません」とイオネが満面の笑みで話に入ってきた。
「それでどんな感じなんですか」とレイが更に聞くと、
「私だけかもしれませんが、精霊の力を強く感じるようになりました。使ってみないと分かりませんが、魔法の力が上がっているはずです」
そこでライアンも話に加わる。
「俺も力は感じる。というか、何となくだが、身体が軽いし、勘が鋭くなった感じがする……」
「そう言われれば、私もそうかもしれぬ」とアシュレイも呟く。
「私はあまり感じませんが……ウノさん、あなたはどうですか」とステラがウノに話を振った。
「私にも上手く言えませんが、感覚が鋭くなった気がします。今までも“気”のようなものは感じられたのですが、それをより強く感じられるようになったと思います」
「そう言えば私も……」とステラは周囲に注意を払う。
神々の力の影響を受けている神域内では大きな差を感じないが、ウノに言われたことから僅かな感覚の違いを感じることができた。
「確かに命の気配というか、そんなものを感じられるようになった気がします」
「試してみないと分かりませんが、身体の動きも鋭くなっているはずです」とウノは付け加える。
レイは彼らの話を聞きながら、神々の祝福について考えていた。
(魔術師であるイオネさんは魔法の力が、戦士であるアッシュとライアンは筋力と敏捷性が、獣人であるステラとウノさんたちは敏捷性が上がって感覚が鋭くなったという感じかな。どのくらいの効果があるのかは分からないけど、これでみんなが死ににくくなるなら神々には感謝しかないな)
レイの考えはほぼ正しかった。神々はアシュレイたちの長所を伸ばす祝福を与えていた。
アシュレイとライアンは筋力と俊敏性が向上し、更に武術の才能も上がっている。
ステラとウノたちは隠密としての能力の向上だった。気配察知と気配遮断の能力が上がり、更に体術も向上している。不意討ちに対しての対応能力が大幅に上がったといえる。
治癒師であり魔術師でもあるイオネは精霊との親和性が上がっていた。これにより同じレベルの魔法でも精霊の力を効率よく使えるため、威力が上がることになる。
レイとルナには祝福を与えられなかったが、これはウィータが言った通り、二人にはアシュレイたち以上の加護が元々与えられていたためだ。
特にレイには“レイ・アークライト”の身体自体に、身体能力向上や精霊との親和性など多くの加護が与えられている。
家に着いたところで、今後の方針について話し合う。
「“草の海”を目指せと天の神は言ったけど、大草原っていうと帝国の中部域のことでいいのかな」
「そうね。行ったことがあるけど、何日も変わらない風景が続く、まさに“草の海”よ。でも、大草原といっても広いわ。主要都市はネザートンなんだけど、あそこは単に帝国の出先機関があるだけという場所だし……」
ルナの言葉にアシュレイが呆れる。
「大草原にも行ったことがあるのか。本当に帝国中を旅したのだな」
「そうですね。人馬族ともあったことがあります」
「人馬族とあったのか! 彼らは気難しく、遊牧民以外と交流しないと聞いていたのだが」
アシュレイの驚きにルナはクスリと笑い、
「基本的にはそうみたいなんですけど、人馬族って戦いが何よりも好きなんです。それで有名なロックハート家に挑戦してきたって感じで……」
人馬族は半人半馬の亜人である。槍と弓を使い、騎兵としての戦闘力は通常の騎兵の数倍といわれるほどで、その機動力を生かした戦闘力は野戦においては絶対的だ。
帝国が草原地帯に侵攻した際、遊牧民である騎馬民族と共に抵抗し、連戦連勝だった帝国軍を全く寄せ付けなかったという逸話が残っている。しかし、ある日突然、帝国に帰順することを決め、草原地帯は帝国の版図となった。
そのような経緯もあり、中部域は騎馬民族と人馬族の自治区となっており、最低限の宿場町とそれを統括するネザートンの街以外に帝国の民は入植していない。また、中核都市のネザートンも帝国の標準的な城塞都市ではなく、簡単な木の柵しか作られていない。これは騎馬民族たちに疑念を抱かせないための措置ということで、代々の皇帝もその方針を踏襲していた。
「ならばネザートンに向かい、そこで情報を得つつ、今後の方針を決めるというのが妥当なところだな」
アシュレイの提案に全員が頷く。
「出発はキトリーさんが戻ってきてから決めるとして、できるだけ早く帝国に戻りたいね。一旦、ジルソールの町に戻ってからレネクレートに向かう感じかな」
「確かにここからレネクレートに向かう道はないからそれが現実的だろう」
「クロージャー商会の船は七月上旬に来る予定だけど、レネクレートから連絡を送ることができれば、それ以前に迎えに来てくれるってことになっていたよね。なら、レネクレートで漁船を雇ってチェスロックに行ってもらうのもいいかもしれないね」
「海のことはよく分からんが、漁船でチェスロックまで行けるのか確認した方がいいだろう。十日後に出発しても急げば七月に入る前にレネクレートに着けるのだ。迎えが来るのを待ってもよいのではないか」
「確かにそうなんだけど、神々の言い方だとできるだけ早くいった方がいい気がするんだ。だから、ジルソールでも帝国行きの船がないか探そうと思うんだ」
ルナもそれに賛同する。
「確かにそうね。チェスロックからネザートンまでは千km以上あるわ。ネザートンで何が待っているのかは分からないけど、時間をできるだけ掛けない方がいいと思うわ」
チェスロックからネザートンまでは陸路で千三百キメル。順調にいっても二ヶ月近く掛かる距離だ。
今後の方針がある程度決まったことから、神々から与えられた祝福の効果の確認を行うことにした。
アシュレイはレイと模擬戦を始めるが、すぐにそれまでとの違いに驚く。
「体が軽い! いや、切れがよくなったという感じか! これならオーガと一騎打ちしても余裕で勝てそうだ!」
「毎日相手をしているけど、本当に別人みたいだよ。切れがよくなったってレベルじゃない」
相手をしたレイも同じように驚いている。
ステラもウノと模擬戦を行い、今まで以上に体が動くことに驚きを隠せない。その相手であるウノも自らの身体能力に高さに驚く。
(これほどとは……しかし、早く慣れねば足元を掬われるやもしれぬ。部下たちにも注意しておかねば……)
ライアンは一人でハルバードを振りながら、「風を斬る音が全く違う」と満面の笑みを浮かべている。
そして、アシュレイとの模擬戦を終えたレイと手合わせをする。
最初のうちは自らの動きに戸惑いがあったが、次第に身体に馴染み、何度かレイを追い詰めるほどだった。
(これで多少はルナの手助けができる。神々よ、感謝します……)
彼は自分がこのパーティの中で最も役に立たないことに忸怩たる思いをしていた。神の祝福を受け、今までより戦えるようになったことでその思いが少し軽減された。
(だが、まだまだだ。せめてあいつの盾になれるくらいにならないと……いや、もっと強くなるんだ。そのためなら何でもやる……)
イオネも自分の力が上がったことをノクティス、そして木の神と水の神に感謝していた。
ルーベルナの神殿で作ったオーブで確認したところ、魔法のレベルが軒並み上がっていた。
「レベルが一気に上がっている。こんなこと初めてだわ……神々よ、感謝いたします」
その声に気づいたルナが「レベルはいくつになったの?」と聞くと、喜びに満ちた声で答える。
「最も得意な木属性が五十に、水属性と闇属性が四十八になりました。先日確認した時はまだ四十五くらいだったのですが……といってもレイ様の足元にも及びませんが」
そう言って謙遜するが、レベル五十を超える治癒師は少なく、希少な存在だ。ルナは特殊な環境で育ったため、高レベルの治癒師を多く知っているが、それでもペリクリトルで冒険者をしていたことから高レベルの治癒師がいかに少ないかを知っていた。
「そんなことはないわ。これからは私にもいろいろ教えてね。レイはちょっと特殊すぎて参考にならないから」
ルナの気遣いにイオネは跪きそうになるが、そのようなことを望んでいないと考え、笑みを浮かべて大きく頷いた。
「もちろんでございます。今のルナ様のレベルは恐らく二十台半ば。僅かな期間でそこまで上がったことは素晴らしいですが、神々のおっしゃることを考えると更に力を付けるべきでしょう。私も全身全霊をもってお手伝いさせていただきます」
その日は夕方まで訓練に汗を流し、神々の祝福によって上がった能力を自らの物にしていった。
夜になりキトリーが戻ってきた。
その顔には満面の笑みが浮かんでいる。レイは彼女が神々との会話で多くのことを知ったのだろうと思った。
「どうでしたか?」
「素晴らしい体験だったわ! これで私の研究は一気に進む! 今まで立てた仮説が間違っていないことが分かったのだから」
「それはよかったですね」とルナがいうと、
「これもあなたたちのお陰よ。でも一つだけ困ったことがあるの」
「困ったことですか?」
「神々から直接聞いたなんて論文に書けないから、これからどうやって検証していくかが問題なのよね」
そういいながらも顔はにやけており、ルナは「でも楽しそうですね」と笑う。
「僕たちはできるだけ早く帝国に戻ろうと思うのですが、キトリーさんはどうされますか?」
レイの問いにキトリーは僅かに戸惑った。神々との邂逅で彼らに重大な使命があると聞かされていたのにそれを失念していたからだ。
「そうね。私も一緒に戻るわ。以前手に入れた古代文明の書籍が学院の研究室にあるから。今回知った事実を古代文明の遺産から導き出せないかって思っているのよ」
明日六月十五日にジルソールに向けた出発することに決めた。




