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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第五章「始まりの国:神々の島」

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第五十三話「トリニータス世界の神」

 六月十三日。

 レイとルナは始まりの神殿、クレアトール神殿の最深部で神と邂逅した。


『まずはそこに座るがよい』と重々しい男性の声のような思念が二人の後方を示した。


 二人は同時に振り返るが、そこには降りてきた階段はなく、マホガニーのような光沢のある木材でできた椅子が二つ用意されていた。


 二人はそれに座るが、その時、一緒に降りてきた神官長レーア・ガイネスの姿がないことに気づく。


「神官長はどこに……」


 レイの呟きに別の思念が答える。


『彼女には別の場所に行ってもらいました。もちろん危険はありません』


 その思念は先ほどの男性のものではなく、柔らかな女性をイメージさせるものだった。


 ルナはその思念を感じ、おもわず「闇の神(ノクティス)……」と呟いていた。


『その通りですよ』と親しげな思念が届く。


 レイはこの状況についていけなかった。


(突然、神様が現れるなんて……どうしたらいいんだろう。この展開は一応考えていたけど、こんなに圧倒的な存在感があるとは思わなかった……)


 その考えに第三の思念が届く。


『気負わずともよい。そなたの考えることは理解している』


 その思念は力強く、そして弾むような陽気さがあった。


(もしかしたら、光の神(ルキドゥス)なのか……)


 言葉にしていないが、即座に『その通り』という肯定の思念が届く。


『話が進まないわ。ここにいるだけでも子らには大きな負担が掛かるのよ。早く本題に入りましょう』


 第四の思念がそれに割り込む。

 レイとルナには他の神々も感じており、十一柱の神がこの場にいるのではないかと考えていた。


『そなたの言う通りだな、人の神(ウィータ)よ。では、我より説明しよう。その前に姿を見せた方が話しやすかろうな』


 最初の神が思念でそう答えると、レイたちの前に姿を現した。その姿は二十代後半の美丈夫で、背中には鷲のような大きな翼があった。


「我は天の神(カエルム)」と低音の声が響く。


 レイたちはその存在感に思わず頭を下げた。


「では、我よりそなたらを呼んだ理由を説明しよう」


 二人は小さく頷き、しっかりとカエルムを見つめた。


「既に分かっておると思うが、そなたらを別の世界から呼んだのはこの世界を虚無神(ヴァニタス)より守るため。今、この世界は崩壊の危機に曝されている……」


 カエルムは四千年前に始まったヴァニタスの侵攻について話を始めた。


「ヴァニタスはこの世界を何度も滅ぼしている。そして四千年前、再びこの世界に手を伸ばしてきたのだ……その時、我らは奴の巧妙な策にはまり、後手に回り続けた。その結果、世界の大半を放棄するしかなかった。多くの犠牲を払ったが、世界の崩壊を防ぐことには成功した……」


 そこまでは神官のアトロ・カヤンから聞いていた。


「……だが、奴は再び牙を剥いた。東の地において魔族と呼ばれる種族を洗脳し、更に西の地に新たな国を興させ、世界の秩序を破壊しようとしている。東の地についてはそなたらの働きにより致命的な状況は免れることができた。しかし、ノクティスの力は失われたままだ。そして、更に危険なのは西の地だ……」


 レイが“西の地? ルークス聖王国のこと?”と考えると、


「然り。彼の国は世界の均衡を崩すヴァニタスの矛だ」


「ルークスが危険なのは何となく分かります。ですが、僕たちに何を期待しているのか、それを教えていただけないでしょうか」


「その前にこの世界の存続に何が必要かを話しておこう……」


「存続に必要なもの? 皆さんではないのですか?」とルナが聞く。


「然り。我ら十一柱の神が必要になる。しかし、それだけでは世界は安定せぬ。我ら十一柱の神が均衡を保つことこそが、世界の均衡を保つことになるのだ」


「つまり、一柱の神だけを信じるような教えは世界を滅ぼすということでしょうか?」


 レイの問いを肯定するように大きく頷く。


「彼の国の、否、彼の国に興った“光神教”なる宗教はルキドゥスのみに力を与える危険な考えだ。これはヴァニタスが人々を巧みに誘導した結果でもある……人は変化を好む。しかし、我らは安定を望む。ヴァニタスはその間隙を突き、我らの力を奪っているのだ」


「おっしゃることは分かりますが、具体的にどうしたらいいのでしょうか?」


「世界の均衡を保ってほしい。そなたには西の地でルキドゥスの力を抑えてほしい。今ヴァニタスが大きな戦を起こそうとしている。それもそなたの名を使って……」


「僕の名……ですか……」


「然り。“光の神(ルキドゥス)の現し身”が現れたと称して、指導者たちが戦争を仕掛けようとしている。それも未だかつてないほどの規模の」


 レイにはルキドゥスの現し身という言葉に聞き覚えがあった。


(ガスタルディ司教が僕のことをそんな風に言っていたな。だからといって戦争を仕掛けるというのはなぜなんだろう……)


 彼の心の中の問いにカエルムは答えた。


「彼の国では指導者に対する不満がたまっているのだ。それも爆発寸前まで。それを解決するため、最も安易な方法を採るつもりだ」


「それが戦争ということですか」


「然り。戦争を起こすためには大義名分がいる。その名分にそなたの名が使われているのだ……」


 ルークス聖王国は七年前の三〇一九年に政変が起きた。

 そのきっかけはカエルム帝国に攻め込まれ、光神教団の聖将が戦死するという大敗北だった。その際、聖王は自らの権力基盤を固めるため、教団の責任を追及し、総大司教を糾弾した。追い詰められた総大司教は特殊な獣人奴隷を使って聖王を暗殺し、自らの息が掛かった者をその座に据えた。


 その後、前聖王派のクーデターが起きるなど政情は安定しなかったが、聖騎士団の強化と行政府である聖王府から教団に批判的な者を排除することで何とか体制を維持していた。

 現在の総大司教ベルナルディーノ・ロルフォは帝国との大規模な戦闘を控えていたが、国内の不満が大きくなったことから帝国への大侵攻を計画した。しかし、帝国側も優秀な宰相が国政を担っていることから、中々隙を作らなかった。


 ロルフォと複数の枢機卿にルキドゥスの現し身が現れるという啓示があった。これはヴァニタスが介入したもので、それを信じたロルフォは一人の枢機卿を責任者と定め、“現し身”を探すように命じた。

 ルークス国内を中心に聖職者たちが“現し身”を探し始めたが、中々見つからず、国外にいる可能性があると考え、探し始めた。

 その際、ラクス王国の大司教から類稀なる光属性魔法の使い手が現れたと連絡が入った。


 ちょうどそのタイミングでラクス王国に魔族が侵入したという情報が入り、マッジョーニ・ガスタルディ司教が送り込まれた。その途中、偶然ドクトゥスでレイの存在に気付き、接触した。


 レイを“現し身”だと確信したガスタルディはその情報を聖都パクスルーメンに送り、更に帰国後はロルフォにレイのことを話した。

 ロルフォはガスタルディの言葉のすべてを信じなかったものの、国内の不満を逸らすため、“現し身”の存在を使うことにした。


 ガスタルディは自らの功績を宣伝するため、レイが助けたフィスカル村の農民兵を聖都に入れた。農民兵たちは魔族と戦ったことから英雄視され、多くの場所でレイのことを喧伝した。


 更にアウレラの商人たちもペリクリトル攻防戦の情報を流し始め、その中に“白き軍師”の話が広まった。その二つの情報から“現し身”の存在は聖都の民たちの間でも注目され始めた。ロルフォはそれを利用することにした。


 現在聖王国では二十万人という大兵力を集め、国境の町ラークヒルに向けて進軍しようとしている。そして、帝国も大規模な軍を編成するだろうとカエルムは話した。


「二十万人も……」


 レイは絶句するしかなかった。


「それだけの人を不幸にしてまで地位に縋りつきたいものなのか! またアンガスさんたちのような不幸な人を作るつもりなのか!」


 レイはフィスカル村のアンガスたち農民兵のことを思い出した。

 彼らは満足な装備も充分な食料も与えられないまま、何の関わりもない異国の地で戦わされた。そして、その多くが殺され、生き残った者も多くが傷つき、手足を失った者も多かった。


「ヴァニタスは彼の国に勝たせるつもりはない。この戦いで大きく力を失い、国を滅ぼすつもりなのだ」


 カエルムの言葉にレイは頭が付いていかない。それまでの怒りを忘れて疑問を口にした。


「どういうことなのでしょう? 光の神(ルキドゥス)の力を強めることがヴァニタスの狙いなのではなかったのですか?」


「否。ヴァニタスの狙いは我らの力の均衡を崩すこと。対となるノクティスの力が戻る今、ルキドゥスの力を一気に落とす方が効率がよいと考えたのだろう」


 カエルムの説明にルナが質問する。


「上がった力が元に戻るだけではないのでしょうか?」


「否。ルキドゥスを信じていた者がこぞって憎むようになる」


「つまり、今までプラスだったものがマイナスになるから、一気に力が落ちるということですか?」


「然り。神の名を使って戦争を起こし、敗れれば神の権威は失墜する。更に彼の国の指導者たちはヴァニタスの策によって腐敗し、民の信頼を失っている。その支配者たちへの負の感情がルキドゥスにも向くということだ」


 レイは「おっしゃりたいことは分かりますが」と言った後、


「でも、僕にどうしろとおっしゃるのですか? 二つの大国の戦争を僕に止めろと……」


「然り」


 その言葉にレイは「無理です!」と叫ぶ。


「そなた一人では難しいことは理解している。しかし、そなたの仲間、ノクティスの御子を信じるのだ。さすれば光明は見えてくるであろう」


「私がですか!」と今度はルナが驚きの声を上げる。


「然り。そなたの縁者が道を整えている」


「私の縁者……ザックさんですか?」


 その問いにカエルムは答えなかった。


「彼の者はそなたのために多くの準備をしている。それは我らの思惑とは異なるのだが……そなたらがそれを生かすかはそなたら次第」


 カエルムのあいまいな言葉にレイは悩む。


(ザックさんがルナのために準備をしてくれたのは分かる。カウム王国でもカエルム帝国でもザックさんのお陰で何事もなかったし、ここジルソールでもキトリーさんに出会うことができた。だから、既に手を打ってあると言われればその通りなのだろう。でも、神々の思惑通りに動いているように思えてどうしても引っ掛かる……)


 そこまで考えたところで、


「今は考えがまとまりません。明日、もう一度ここに来てもよいでしょうか」


「諾。神官長にその旨を伝えておこう」


 それだけ言うと、神々の気配が消え、跪いて祈っているレーアの姿が現れた。


「神々に会えたようですね」とレーアはやや掠れた声でいい、


「明日もう一度神々に会われるという話は聞いております。では、戻りましょうか」


 そう言って立ち上がると、いつの間にか現れた階段に向かった。


 レーアの後ろを歩きながら、レイとルナはひと言も言葉を発しなかった。二人はそれぞれ物思いに耽っていた。


ザックさん(あの人)は私のためにどれほど準備してくれたんだろう……)


 ルナはザックと別れた時のことを思い浮かべる。自分のわがままで彼と袂を分かつと決めた時に見た寂しげな彼の顔を。


(それなのに私は酷い言葉を言って傷つけてしまった……それなのにまだ私のために……)


 一方、レイは神々に対し不信感を覚えていた。


(言っていることは本当に正しいんだろうか? ヴァニタスと戦わせるために僕たちを誘導しているんじゃないのか? “トリニータス・ムンドゥス”の記憶を取り戻さないよう、神々が干渉していたんじゃないか? だとすれば、僕たちは神々にとって単なる駒。自分たちを守るために都合のいいことを言っている可能性がある……)


 レイは自らが執筆した小説、“トリニータス・ムンドゥス”の設定が思い出せなかったのは神々が干渉したせいだと思っている。しかし、なぜ記憶を封印したのかが疑問だった。


(もし早い段階でプロットを思い出していたら、もっとやりようはあったはず。特にルナが攫われるような事態は防ぐことができた。なのに神々は僕の記憶を封印した上で、焦りだけを感じさせた……あれは十一神じゃなくてヴァニタスの干渉だったのか? でも、神々もヴァニタスも世界への干渉はあまりできないという話だった……何を信じていいんだろうか……)


 二人は階段から出ても何もしゃべらず、ただレーアの後ろを歩いていた。

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