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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第五章「始まりの国:神々の島」

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第五十一話「クレアトールの神官」

 六月十日。


 レイはルナ、キトリー、ウノと共にクレアトールの神官に会うため、神殿の奥に向かっていた。


 神殿は石造りではあるものの、創造神クレアトールを祀る神殿の総本山とは思えないほど外観は質素で、レイは普通の住居と大して変わらないという印象を持った。

 神殿の中も同様で入口からすぐの場所に祭壇があったものの、五(メルト)四方と狭かった。その部屋の右側にある扉を通り、奥に向かっているが、廊下はいくつかの扉が並んでいるだけの狭いものだった。


 一つの扉の前でキトリーが止まる。そして、ノックをすると、「お入りください」という男性の声が聞こえてきた。

 中に入るが、部屋三m四方程度と非常に狭く、応接用の椅子とテーブルが一セットあるだけだった。

 背後にある木窓は開いており、逆光で見にくいが、三十代半ばほどの人間の男性が柔らかな笑みを浮かべて出迎えていた。


「本神殿で神官を務めております、アトロ・カヤンと申します」


 聞く者に安心感を与えるような渋味のあるバリトンの声だった。

 レイたちは自己紹介をしていくが、レイとルナを見た時、アトロの表情が僅かに変化した。それは驚きのようでもあったが、すぐに元の表情に戻したため、気づかれることはなかった。


「ご用件はエルバイン教授より簡単に伺っておりますが、ガイネス神官長への面会の取次でよろしかったですね」


 彼の問いにルナが「はい。お会いして話を伺いたいことがございます」とはっきりと告げる。


 その言葉に「残念ですが、本日は面会することができません」と申し訳なさそうに告げる。


「いつでしたらお会いできるのでしょうか? とても大切なことなのです。すべての人々に関わるような……」


 そこまで言ったところでレイが彼女の腕を軽く押さえ、感情を抑えるように目配せをする。


「申し訳ございませんでした。ですが、本当に大事なことなのです。可能な限り早くお会いしたいのですが……」


「そうですか……神官長は現在瞑想に入っておられます。次に我々の前に姿を見せるのは三日後です。その時に面会することは可能ですが、ご用件をもう少し具体的にお聞かせいただくことはできないでしょうか」


 ルナはそれに頷き、自分たちがこの神殿を訪れた理由を説明する。その際、彼女は転生者であるという話以外、自らが“月の御子”であることや虚無神(ヴァニタス)の脅威が迫っていることなどを包み隠さず語った。


 十分ほどでルナの話が終わった。

 アトロは十秒ほど沈黙した後、ゆっくりと話し始めた。


「訪問の目的は理解いたしました。神官長には最優先でお会いできるよう手配いたしましょう」


 あまりにあっさりと信じたことから、レイはその理由が気になった。


「荒唐無稽な話だと思うのですが、それほど簡単に信じられるのはなぜなのでしょうか?」


 アトロはレイに微笑むと、


「あなた方が嘘をついていないことは精霊たちが教えてくれました。お二人がすべての精霊に愛されているということもすぐに分かりましたよ……」


 彼はレイとルナが部屋に入ってきた時、二人が全属性持ちであることに驚いた。それは数ヶ月間という短い間に人族の全属性持ちを三人も見たという驚きだった。


「……それにエルバイン教授が同行されたのです。教授が信じておられる話を私が否定する気はありませんよ」


 にこやかにそう言われ、レイも納得するしかなかった。


「三日後であれば、神官長にお話することができますが、それまでに私でよければ相談に乗ることは可能ですよ」


 ルナはキトリーとレイを見る。キトリーはにこやかに「カヤン神官もとても知識のある方よ」といい、レイは小さく頷くことで同意を示した。


「では、カヤン様のご都合のよい時間に相談させていただきます」


「様はおやめください。アトロと呼んでくださればよいですよ」と笑い、


「そうですね。今からは日課の勤めがございますので、午後三時頃にもう一度お越しいただければ、お話を伺うことはできます」


 ルナはそれに礼を言って頭を下げ、アトロの部屋を後にした。


 外に出ると、アシュレイたちが訓練に汗を流していた。


「もう終わったのか?」とアシュレイが聞くと、レイは「また、午後に来ることになったんだ」と言って、村の方に歩き始めた。


 そして、横を歩くウノに小声で「監視はどうなりましたか」と確認する。


「カヤン神官の部屋でははっきりと感じました。今も僅かに視線を感じる気がします。ごく弱い気配ですが……確証はないのですが、魔法を使った監視ではないかと……」


「魔法ですか……分かりました。引き続き警戒をお願いします」


 ウノは小さく頷き、レイの後ろに回った。


 レイはキトリーに近づき、「ここの神官は魔法が使えるのですか?」と尋ねた。それは八属性神の神官はそれぞれの属性の魔法を使えることは常識だが、三主神の神官はごく稀に魔法を使えない者もいるためだ。創造神であるクレアトールの神官もその例に当たるのではないかと考えたのだ。


「多分使えると思うけど、詳しいことは分からないわ。精霊との相性を考えれば、神官長とカヤン神官は全属性か、それに近い数を使えそうだけど、教えてくれなかったから」


 キトリーは前回訪問した際、クレアトール神殿の神官たちの得意な属性を調べようと考えた。それは魔法と神々との関係は深く、それを知ることでクレアトールという神について理解を深められると考えたためだ。

 しかし、神官長を始め、神官たちは詳細を語ることはなかった。その理由はクレアトール神殿では魔法に頼らないという方針だからだ。


「村の人もそうだけど、怪我や病気でも治癒魔法を使わないの。村の人が怪我をしたのだけど、手当てをして、あとは神に祈るだけという感じだったわ。見かねて治癒魔法を掛けようとしたら断られたの。あれには驚いたわ」


「治癒魔法自体は知っているのに断ったのですか? 本人はともかく家族なら治療してほしいと思うんですけど」


「ええ、そうよ。でも、拒むといっても強い感じではなかったわね。自分には神がついているから必要ないという感じで、穏やかな雰囲気で断られたの」


 キトリーの話を聞きながら、レイは違和感を抱いた。


(ウノさんが感じた魔法の気配は何だったのだろう? 魔法を使うことを拒む教えなのに……僕たちが知らない理由があるんだろうけど、ヴァニタスが干渉してきていることも考えておいた方がいいかも……)


 借りている家に戻り、ウノに確認すると、「村に入った辺りから、監視はなくなりました」と告げられる。

 事情を知らないライアンは「何があったんだ?」とレイに聞いた。


「神殿でのことを含めてみんなに説明するよ。ウノさん、すみませんが、周囲の警戒をお願いします」


 ウノが「御意」と言って頭を下げて家の外に出ると、セイスら部下たちも一斉に周囲に消えていく。


 レイはそれに満足し、全員を集めて話を始めた。


「まず神殿に入ったところでウノさんが監視されていることを教えてくれたんだ。それも魔法を使っている感じがするとね。ただ、ステラですら感じないほどらしくて、誰がどこからというのは全く分からなかったみたいなんだ」


「ウノ殿が特定できないとなると相当な手練と考えるべきだな」とアシュレイが呟く。


「そうだね。でも、敵意はないそうだから、今はそんなに気にしなくていいと思う。神殿の中での話なんだけど……」


 レイはアトロと話した内容をアシュレイらに説明していく。


「……神官長に会えるのは三日後らしいけど、アトロさんが代わりに話を聞いてくれることになったんだ」


「そのアトロという神官はどんな感じなんだ?」とライアンが尋ねる。


 それに対し、キトリーが「彼は副神官長という感じね。もっともクレアトール神殿には神官長と神官という役職しかないけど」と説明する。


 そこでレイがキトリーに質問した。


「アトロさんという人は本当に人族なんでしょうか? 何となくですけど、人族ではない気がしたんですが……」


「あなたもそう思ったのね……私にも分からないのよ。身体的な特徴を見れば人族そのものなんだけど、魔力の感じとか、雰囲気とかがエルフの長老のようにも思えるのよ。神官長にズバリ聞いたんだけど、はぐらかされたという感じね」


「そのことはともかく、今後のことを話すべきではありませんか」とステラが言うと、レイは「そうだね」と頷き、話を始めた。


「脱線させてすみません。今後のことですけど、とりあえずアトロさんに話を聞いてもらい、感触を確かめてから、三日後に神官長に会う際の参考にする。こんな感じで考えていますけど、何か意見はありますか」


「教授、あなたの意見はどうなのだろうか」とアシュレイが質問する。


「そうね。アトロさんも知識は充分だから、できるだけ話を聞いておいた方がいいわ。でも、ルナが求めているのは神官長に会うのではなくて、神殿に行くということよね」


「はい。私が受けた啓示は“始まりの神殿に行かなければ”ということだけでした」


「だとしたら、地下神殿に入らないと意味がないかも。さっきも話したけど、地上はあくまで神官たちの生活の場であって、本当の意味でのクレアトール神殿は地下にあるから」


「どんな場所なんですか」とレイが質問する。


「ひと言で言うのは難しいわ……神聖な場所というのが一番近い表現ね。神々に一番近い場所という言い方もできるかも……論文でもどう表現するか困っているのよ」


 キトリーはそう言って笑ったが、ルナは真剣な表情を崩さなかった。


(神々に一番近い場所……もしかしたら、闇の神(ノクティス)に会えるのもしれないわ……)


 ルナが考え込む中、レイが「じゃあ、さっきの方針でいいですね」と確認し、方針が決まった。


■■■


 神官のアトロ・カヤンはレイたちが出ていった後、それまでの笑みを消し、真剣な表情で考え込んでいた。


(あの二人が“鍵”となる人物か……)


 彼がレイとルナを見て一瞬驚いたのは、事前に聞いていた人物が現れたからだ。


(しかし、神官長(レーア様)はどうされるおつもりなのだろう。時代が動く可能性があるのだが……いずれにせよ、三日後まで神殿から出てこられない。その間に私が彼らのひととなりを見ておくべきか……)


 アトロは彼の上司、神官長であるレーア・ガイネスに不満があった。


(あの方は昔から保守的過ぎる。そのお陰であの災厄を生き残れたとはいえ、虚無神(ヴァニタス)が復活しようとする今、今までと同じやり方では四千年前と同じことが繰り返される。何としてでも食い止めなければ……)


 アトロを含め、クレアトール神殿の神官たちは前文明の生き残り、レイが絶望の荒野(デスペラティオニス)で邂逅した観察者(オブセルヴェ)が“神人”と呼んだ存在だった。


 元々、神人は神々の声を聞くため、神々に最も近い場所、すなわち、ここクレアトール神殿に住んでいた。

 四千年前のヴァニタスの計略、情報改変による文明の破壊に際しても、神々による加護によって情報改変を免れている。


 しかし、アトロたちは生き残ったことを喜ぶことはなかった。

 彼らは神によって作られた不死の存在であり、第二文明を守ることが存在意義だった。その自らに課せられた使命を守ることなく生き残ったことに悔恨の念を抱いている。


 そして、神々は自らの課した使命を果たさなかった神人たちを見限った。否、アトロには見限ったとしか思えなかった。

 実際、四千年前までは頻繁に聞こえていた神の声が、文明の崩壊の後はほとんど聞けなくなったのだ。


 現状では神官長であるレーアが地下神殿に篭って神々に祈りを捧げ続けているが、彼女ですら神々の声を自由に聞くことができず、神々から一方的に伝えられるだけだ。


(レーア様は半年前に来た若者の話を聞いても自ら動かれなかった。我らが動かねば、この文明もヴァニタスに滅ぼされてしまうだろう……先ほどの二人に協力して世界の崩壊を食い止めねば……)


 アトロは決意を新たにすると、表情を緩めた。そして、他の神官たちに協力を仰ぐべく、部屋を出ていった。

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