第四十九話「クレアトール神殿へ」
六月八日。
昨日、レイたちはジルソールに到着し、学術都市ドクトゥスの研究者キトリー・エルバインと出会った。そして、神に関する研究の第一人者である彼女の協力を得ることに成功する。
昨夜はルナの秘密をキトリーに明かしたため、具体的な話をするまでには至らなかった。そのため、今日、クレアトール神殿に向かうための具体的な計画を練ることになった。
朝食後、再びルナたちが泊まる宿に集合した。今日はウノたちも加わっており、レイの聖騎士のような装備と獣人奴隷という組み合わせに、キトリーは困惑する。
「今日は情報のすり合わせと出発の準備ということでいいですか」とレイがキトリーを含めた全員に確認する。
「その前にいいかしら。あなたの装備とそちらの獣人の方たちのことが気になるのだけど」
そこでレイは正直にペリクリトルであったことを話していく。
「話せば長くなりますけど、ここにいるウノさんたちはキトリーさんが考えている通り、ルークス聖王国の獣人奴隷部隊の人たちです。ですが、僕は聖騎士ではありません……」
十分ほどで説明を終えると、キトリーは呆れたような表情を浮かべてルナを見る。
「ザック君も非常識な人だったけど、あなたも負けていないわね。どうやったらこんな人たちと仲間になれるのかしら……まあいいわ。こんなに腰が低い聖騎士がいるわけはないから、レイ君が嘘を言っているとは思わないしね……」
そこで表情を緩め、レイを見る。
「それにしてもあなたも全属性の魔術師だなんて……世の中狭いわね。全属性持ちになんて生きている間に会えればいい方って思っていたのに、もう二人も、いいえ、ルナも全属性持ちになったから三人に会ったことになるのよね」
キトリーが納得したところでレイは話を戻す。
「明日出発するとして、午前中にキトリーさんから詳しい話を聞いて計画を立てて、午後から準備を行うというのでいいでしょうか」
全員から賛成の声が上がる。
「じゃあ、私から説明するわね。まず、クレアトール神殿だけど、ここから東に七十kmほど行った山の中にあるわ。神殿には神官が五十人くらい暮らしているし、近くにはナタリス村という小さな村もあるの。だから生活物資を運ぶ道は一応あるわ……」
キトリーの説明ではクレアトール神殿には五十人の神官と彼らの生活を支える人々が住むナタリス村がある。その村には創造神クレアトールの敬虔な信徒が二百人ほど住んでおり、通行が可能な道が一応整備されている。
但し、元々信仰の対象というわけでもないため、参拝に行くものはほとんどいない閉鎖的な場所だ。年に数度、生活物資を売りにいく行商人がいる程度であるため、宿や商店はなく、道は獣道に毛が生えた程度だと説明する。
いい情報としてはあまりに往来する人が少ないため、盗賊が現れることもなく、非常に安全だということだ。
「……神殿なんだけど、基本的には部外者の立ち入りはできないわ。私の場合、研究者ということとザック君がいろいろと骨を折ってくれたから入れるようになったのだけど……神官とはいつでも話はできるけど、神官長は瞑想に入ると一ヶ月くらい姿を見せないから、運が悪いとすぐに会えないことをも覚悟しておいて」
そこでルナをちらりと見てから、「ザック君が何か準備をしていれば別だけどね」と付け加えた。
「こんなところだけど何か質問はあるかしら?」
アシュレイが手を挙げ、質問する。
「道中に危険は少ないということだが、一泊でたどり着けるのだろうか」
「そうね。馬を使えば一泊で充分にいけるわ。まあ、天候が崩れなければだけど」
「この辺りの天候は不安定なのだろうか」と確認する。ジルソール島に上陸してから大きな天候の崩れはなかったためだ。
「ええ、嵐になると酷いわよ。あまり町を見ていないから気づいていないと思うけど、この町の家はみんな背が低いし屋根もしっかりしているわ。それにガラス産業が売りなのにガラス窓はほとんどないの。嵐の時に割れてしまうから。そのくらい激しい嵐が来るからタイミングが悪いと酷いことになるわ」
アシュレイが「なるほど」と言って納得すると、次にレイが質問する。
「話を聞く限り、村が閉鎖的な感じがするんですが、どの程度なんでしょうか? 排他的というか攻撃的な感じはどうなんでしょう?」
キトリーは小首を傾げ、
「排他的っていうのはどうかしら。少なくとも攻撃的ではないわ。村の人たちも含めて、穏やかな人ばかりよ」
「獣人への差別とか、奴隷に対する考えとかは分かりますか?」
レイはステラやウノたちのことを懸念していた。宗教といえばルークスの光神教が最初に思い浮かぶからだ。
「獣人への差別はないわよ。というか、村の人は獣人にあったのはついこの間なの。ザック君の奥さんのベアトリスが最初だったと言っていたわ。でも、普通に対応していたから大丈夫。奴隷については正直分からないわね。村どころか、この島全体でも奴隷は一人もいないはずだから」
獣人への差別がないという言葉にひとまず安堵する。
レイは計画を立てるための質問に切り替える。
「ちょっと本質的なことというか、神殿のことについて聞きたいんですけど」
「何かしら?」
「クレアトールが創造神っていうのは知っているんですけど、他の神々と違ってあまり信仰の対象になっていない気がするんです。三主神や八属性神は信仰する人が多くて、神殿もたくさんあるんですが、クレアトール神殿って大きな町にあるかないかってくらいじゃないですか。あってもほとんど人がいない感じですし、どういった感じなのかなぁと思って……」
「難しい質問ね」とキトリーはいい、少し間を置く。
「クレアトールはすべての神の母に当たるわ。だけど、人の神のように母性を感じさせることもないし、木の神のような豊穣の神でもないの。神官たちもすべての始まりであるクレアトールに感謝するという話はするけど、それ以上に具体的なことは言わないわ。これは私の研究にも関係するのだけど、とても特殊なのよ……」
自らの研究テーマに関することであり、いつも以上に饒舌になる。
レイとルナ以外はキトリーの話についていけないほどで、その二人も日本にいる時に知った様々な神話のお陰で何とか理解できるという程度だった。
(日本神話のイザナギとイザナミみたいなものかな? この辺はよく分からないけど、何となくアマテラスとかスサノオとかに比べるとマイナーな感じがするし……)
キトリーの説明は延々と続き、レイとルナも理解が追いつかなくなる。
「……創造神と虚無神は始まりと終わり、つまり対になる神ということ。他の十一柱の神が世界を構成する神ということになるわ。だから、クレアトールはこの世界に興味があるかは分からないの。この辺りは神官長に聞いた方がいいかもしれないわね」
「ありがとうございます」とレイは答えるが、その説明の長さに研究者にしてはいけない質問をしてしまったと後悔していた。
「私から質問してもいいかしら」と言ってキトリーがルナを見る。
ルナが頷くと、
「神殿に行ったら何かが分かるという話だけど、具体的にどんなことっていうのは全然想像がつかないのかしら? 考えていることがあるなら教えてほしいのだけど」
「全然思いつかないんです。ただ、世界の存続に関わるということとしか……もしかしたら、ヴァニタスに対抗する手段を教えてもらえるのかもとは思っています。でも、それが合っているかは全然自信がないんです」
「そうなの……」といった後、キトリーはルナの瞳を見つめ、
「でも、ヴァニタスに対抗する手段を知ってどうするの? 相手は世界を終わらせる神なのよ。つまり、世界を存続させる十一の神より強力ということ。そんな相手に立ち向かうつもりなの?」
ルナはその視線をしっかりと受け止め、
「そのつもりです。私が生まれたせいで既に多くの人が神々の戦いに巻き込まれています。もし、ここで私が逃げれば、更に不幸になる人が増えると思います。今まで私は逃げてばかりでした。でも、今回は逃げません。どんなことがあっても……」
「僕も彼女を支えるつもりです。僕だけじゃなく、ここにいる仲間も、そしてここにいない仲間も」
レイが決意を込めて宣言する。アシュレイ、ステラ、ライアン、イオネが同じように宣言すると、キトリーは全員を見回してから「分かったわ」といって微笑んだ。
その後、具体的な準備の話になり、午前中の話し合いが終わった。
「昼食後に買出しに行ってほしいんだけど、ルナには残ってもらいたいわ」
理由が分からず、ルナが首を傾げる。
「あなたも全属性が使えるのよね。レイ君は収納魔法が使えるそうだからいいけど、あなたも使えるようになった方がいいと思うの。私は使えないけど、一応理論は知っているし、実際にザック君からイメージを聞いているから、教えることはできると思うわ」
「ルナも収納魔法が使えるようになれば助かります。僕の収納魔法は便利なんですけど容量が小さいので」
午後になり、ルナとキトリー以外の全員で買出しに向かう。神殿には宿がないため、ナタリス村で空き家を借りて自炊することになる。また、村は比較的豊かだが、十人以上の旅行者が訪れることはないため、自分たちの分は持っていく方がいいということになった。
「食料と調理器具、寝具が必要だが、寝具は毛布で充分だろう。調理器具も今ある物に少し加えれば問題ない。食料をどれだけ用意するかだが、レイ、お前の意見は?」
「そうだね。半月分くらいあればいいんじゃないかと思う」
ライアンが疑問を口にする。
「それじゃ少なくないか? キトリーさんの話じゃ、会うだけでも一ヶ月くらい掛かるかもって話だろ」
「そうだね。もし長引くようなら、誰かがジルソールに買出しに来ればいい。一度に多くの物を運ぶより、空の馬を使って運ぶ方が効率がいいしね」
彼の意見に「そうだな」とライアンとアシュレイが頷く。
その後、ジルソールの町で買出しを行っていくが、レネクレートより大きな町ということで必要な物資はすぐに買い揃えられた。
宿に戻るとキトリーがルナを指導していた。
「どう? 使えそう?」とレイが話しかける。
「難しいわ。でも、何とか一つだけなら使えそう。さすがに無限収納っていうのは無理だけど」
彼女はザカライアスが使っていた収納魔法を再現しようとしたが、積層的に収納箇所を作り出す方法がイメージできず苦戦していた。しかし、一つだけなら何とかイメージすることができ、レイのアイテムボックスとほぼ同じ収納量は確保できている。
「それにしても凄いね。半日も掛からずに覚えられるなんて」
「イメージの仕方は割りと簡単なのよ。でも、あなたのと違って名前が出てこないのよね。それほどたくさん入らないから問題にはならないんだけど」
レイとルナの収納魔法に必要な物資を入れることができたが、追加購入はしなかった。
イオネが「もう少し買い足してもよいのではありませんか」と聞く。
「危険がないって言っても僕たちの場合、相手が相手だからできるだけ身軽の方がいいから」
レイの答えにイオネも納得し、出発の準備は終わった。
六月九日。
キトリーが心配した嵐の気配もなく、澄み切った青空が広がっている。
レイたちは南国の青い空の下、始まりの神殿、クレアトール神殿に向けて出発した。




