第四十八話「再会」
六月七日の夕方。
ジルソール王国の王都ジルソールに到着したレイたちは宿を確保したものの、一つの宿で六名分の空きが見つからなかったため、分散して宿泊することになった。
ルナの提案でそれぞれのパーティごとに分かれることになり、ルナたちは一軒の宿に入った。
そこで彼女は思いがけぬ人物に出会った。
「お久しぶりです、キトリーさん」
彼女の視線の先にはエルフの女性がいた。その女性、キトリー・エルバインは動きやすいチュニックと麻のズボンという姿で、本を読みながら階段を上がるところだった。
呼び止められたキトリーは振り返り、少し驚いた表情を浮かべた後、
「あら、ルナじゃないの! どうしたの、こんなところで!」
そういいながら階段を下りてくる。
ライアンたちが不思議そうな顔をしていたので、二人に紹介する。
「こちらはキトリー・エルバインさん。ドクトゥスのティリア魔術学院で教授をされている方よ」
その紹介にキトリーが軽く会釈する。
「この二人は今の私の仲間なんです。ライアンとイオネです」
ライアンとイオネがそれぞれ頭を下げる。
「他にもいるんですけど、別々の宿に泊まるしかなくて……」
「そうなの。時間があるなら食事を摂りながら話をしない?」
「ええ、ぜひとも」といってルナは頷くが、すぐにライアンたちに「勝手に決めてごめんなさい」と謝る。
「俺は構わないぞ」とライアンはぶっきら棒にいい、イオネも「私も構いません」とにこやかに答えた。
ライアンは心の中で驚いていた。
(ティリア魔術学院の教授っていや、あのラスペード教授と同じところだよな。確か世界一の学校だと……なんでそんな人とルナが知り合いなんだ? ロックハートの関係なんだろうか……)
ライアンの疑問に気づかないまま、ルナは「そうだ」といい、
「他の仲間も呼んでもいいですか? 向こうの仲間はラスペード先生の知り合いでもあるんですよ」
「あら、そうなの。それならお話ししたいわね」
キトリーがそう言うと、ルナは「レイたちに話をしてくるわ」とライアンたちにいい、「では、また後で」とキトリーに言って宿を出ていった。
ルナはすぐ近くにあるレイたちが泊まる宿に入った。そして、レイたちを見つけると、
「昔の知り合いと偶然あったの。神話や遺跡について詳しい人だから、一緒に話を聞かない?」
ルナの提案にレイが「僕たちは構わないよ」といい、
「元々、そっちの宿で一緒に食事を摂る予定だったしね。それにしても凄い偶然だね。どんな人なの」
「キトリー・エルバインさんといって、ティリア魔術学院で教授をされている方よ。五年くらい前に遺跡の調査でラスモア村に来られたのよ……」
五年ほど前のトリア歴三〇二一年の秋、キトリーはアクィラ山脈にある遺跡の調査を行った。
彼女は冒険者としてだけでなく魔術師としても能力が高いザカライアス・ロックハートに、遺跡の調査をサポートしてもらうためラスモア村を拠点とした。ルナとはその際に出会っており、そのことを簡単に説明した。
「そういえば今思い出したのだけど、キトリーさんはジルソールのクレアトール神殿の調査もしたいとおっしゃっていたわ。だとすると、いろいろと助けてくれるかもしれないわ」
レイは少し舞い上がり気味のルナを微笑ましく見ながら、
(それにしてもロックハート家の関係って凄いな。鍛冶師ギルド、食料関係の商会、帝国の公爵家に今度は遺跡の研究者か……本当に手広いというか、凄いとしか言いようがない。それに僕たちの助けになる人たちばかりだ。まるで僕たちのサポートをするために準備していたみたいだな……)
ルナが立ち去った後、レイは今考えたことをアシュレイたちに伝える。
「そう言われればそうかもしれん。ザカライアス卿がお前たちと同じところから来たのなら、何らかの目的で動いた可能性は高いな」
「私もアシュレイ様と同じことを感じました。まるでルナさんのために準備をしたみたいだと」
二人の感想にレイも頷く。
「でもどんな人なんだろうね、キトリーさんって。ラスペード先生みたいな人だとちょっと苦手なんだけど……」
レイはペリクリトル攻防戦で出会ったリオネル・ラスペード教授のことを思い出していた。彼は研究のためならどのようなことでもするラスペードに苦手意識を持っていたのだ。
「どうなのだろうな。まあ、ルナがあれほど楽しそうにしているのだ、それほど気難しい者ではないだろう」
「そうかな? ルナの場合、気難しいって言われているドワーフの鍛冶師でも楽しそうだけど」
レイの指摘に「そうだな」というが、「まあ、会ってみれば分かるだろう」と笑っていた。
レイたちは装備を外した後、ルナの待つ宿に向かう。既に日は落ち、辺りは暗くなっているが、街灯となる灯りの魔道具が少ないのか、思った以上に暗かった。
「帝国だともっと明るかったんだけど、本当に田舎町って感じだね。モルトンの町の方がよっぽど明るいよ」
彼が最初に訪れたラクス王国の北部の町、モルトンを比較に出す。人口的にはジルソールの方が多いが、モルトンの方が活気があったと感じていたためだ。
「ガラス製品で有名な国の王都なのだから、もう少し華やかな場所かと思ったのだが、景気が悪いのかもしれないな」
そんな話をしていたが、すぐに宿に到着する。
食堂に入ると、ルナがエルフの女性と話していた。
イオネがレイたちに気づき、立ち上がって会釈をすると、ルナも気づき、「こっちよ」と手招きする。
レイたちが席に着いたところで、ルナが紹介していく。
「私の仲間のレイです。その横がアシュレイさんとステラさん。三人とも凄腕の傭兵なんですよ」
「レイ・アークライトです。ペリクリトルではラスペード先生にお世話になりました」といってレイは軽く頭を下げる。
「あら、あなたのような若い方とは思わなかったわ」と驚くが、自己紹介がまだであったことに気づき、「ごめんなさいね」と謝罪し、
「キトリー・エルバインよ。ティリア魔術学院で神学や歴史を教えているわ。といっても、一年くらい、学院には顔を出していないんだけど」
そういってニコリと笑う。
レイはフルネームを言ったのに反応がなかったことに安堵する。
(さすがにここまで噂は届いていなかったみたいだ。“白き軍師”って言われたらどうしようかと思ったけど、これなら普通に話せる……それともラスペード先生みたいに研究以外に興味がないのかもしれないけど……)
その後、アシュレイとステラが自己紹介していく。
「あの有名なマーカット傭兵団の団長の娘さんとは……ルナは相変わらず凄い人と組んでいるのね」
その言葉にルナはあいまいに笑った。
その後、夕食を摂りながら話をしていく。
まずルナがキトリーにここにいた理由を尋ねる。
「キトリーさんはやはりクレアトール神殿の調査ですか?」
「ええ、昨年の年末にここに来たのよ。もう半年以上、この国にいることになるわね……」
キトリーは昨年の夏にドクトゥスを出発し、海路を経て昨年の十二月にジルソール島に到着した。その後、クレアトール神殿に向かったと話す。
「……神官長にはすぐに会えたのだけど、神殿にはなかなか入れてもらえなくて、一ヶ月以上神殿に居座ってようやく許可が下りたのよ。今では神官たちともいい関係を築けたから、ここで論文を仕上げながら時々、神殿に行っているって感じね」
「お一人なんですか? 魔物はほとんどいないと聞きましたけど、大丈夫なんですか?」
「最初はザック君たちに護衛してもらったの。まあ、あの人は護衛というより助手としても優秀だから随分手伝ってもらったわ。そういえば、彼に会っていないの? 会っていれば私がここにいることは分かったと思うのだけど」
ルナは少し寂しげな表情を浮かべた後、すぐに微笑み、
「ペリクリトルで別れてから会っていません。今どこにいるのかも……あの人はいつ、この島を離れたのですか?」
「あら、そうなの……」と言った後、
「神殿を出たのは一月の終わり頃だったかしら。それから船を探して、二月の終わり頃に船でアウレラに向かったと聞いたわ。今頃、村に戻っているんじゃないかしら」
ルナはザカライアスが三ヶ月前にこの島にいたと聞き、物思いにふける。
(あの人がこの島にいた……今どうしているのだろう……キトリーさんがここにいるのはもしかしたら、私のためかも。あの人のことだからすべてを知っていて、私を助けようとしてくれたのかも……きっとそうよ。それなのに私は……)
ルナが黙ってしまったので、レイが引き取ってキトリーに話を聞く。
「クレアトール神殿のことなんですが、僕たちだけで行っても入れてもらえるんでしょうか?」
「話自体は聞いてもらえると思うわ。でも、さっきも言ったけど、神殿に入るには神官長の許可がいるの。なかなか厳しいと思うわね」
「では、キトリーさんと一緒でしたらどうでしょう?」
その問いにキトリーはすぐには答えず、レイの瞳を見つめる。
「私が行けば許可が下りる可能性は高いわ。でも、話によるわよ。変な話を持っていって今の信頼関係が崩れてしまうのは避けたいから」
「そうですね」というものの、ルナの秘密をキトリーに独断で話すわけにもいかず、口篭ってしまう。
そこでルナが再び会話に加わった。
「キトリーさんは信頼できる人よ。私の秘密を話してもいいと思う」といってレイたちを見る。
レイは小さく頷いて同意し、アシュレイたちも何も言わずに彼女の考えを認めた。
ルナは「ありがとう、みんな」と言った後、キトリーに自分の秘密を話すことにした。
「うすうす気づいておられるかもしれませんが、私には秘密があります。神々に関わることです」
その言葉に「神々に関わることってどんなことなの!」とキトリーは興奮する。
「お話することはできますが、これを広めることはやめていただきたいのです。私個人のことだからというより、世界の存続に関わる大事なことなので。そのことを約束していただけなければ、お話できません」
いつになく真剣な表情のルナにキトリーはどう答えようか迷う。
(こんな表情をする子だったかしら? ザック君にべったりであまり周りが見えていないという感じだったのに……それよりも神々の話よ。ザック君があんなに気にしていた神々のことを、この子も気にしている。きっと何か重大な秘密があるはず……でも、それを発表できないのは……ううん、今は聞くことよ。聞いておけば、いつか発表できるかもしれない。できなくても私の研究には絶対にプラスになる。それは間違いないわ……)
キトリーはそう考え、「約束するわ。あなたに発表してもいいと言われるまで、誰にも教えない」と力強く宣言する。
ルナは「分かりました」と言ってから、自らのことを話し始めた。
「私は魔族から“月の御子”と呼ばれる存在です。闇の神の使いとして、この世に生を受けたと教えられました……」
キトリーはその言葉に目を見開くが、口を挟むことなく聞いていく。
ルナは自らが月の御子であること、魔族が虚無神に操られていたこと、ヴァニタスは世界を滅ぼすためにこの世界に現れようとしていること、そして、月の御子という存在が世界を守る鍵になることなどを話していった。
「……ノクティスからジルソールのクレアトール神殿に行くよう啓示を受けました。いいえ、正確にはノクティスかどうかは分かりません。ただ、安らぎを与える存在から始まりの神殿に行けば何をすればいいのか分かるという啓示を受けたのです……」
彼女はすべてを話したわけではなく、自らが転生者であることは伏せていた。なぜなら、そのことを話せばザカライアスも同じ転生者であること、レイも同じ日本から来た存在であることを話さなければならないためだ。
「……正直なところ、私はそんな立派な存在ではありません。キトリーさんなら昔の私のことを知っているから分かると思いますけど……私にこの世界を守ることができるのかといつも疑問に感じています。ですが、ここにいる仲間が助けてくれれば成し遂げられるのではないかとも……それにザックさんたちが私のためにいろいろと準備をしてくれたような気がしています。あの人なら私がどんな存在か知っていたかもしれませんから……話は以上です」
ルナの話が終わったが、キトリーは沈黙したままだった。彼女は内心で激しく葛藤していたのだ。
(月の御子……月魔族……ノクティスとヴァニタス……聞きたいことは山ほどあるわ。でも、今はそれを聞く時じゃない……何となくザック君が何をしようとしていたのか分かった気がするわ。リディアたちもこのことを知っていたのね……)
キトリーはザカライアスと彼の妻リディアーヌたちの言動に時々引っ掛かりを感じていた。特に神々のことになると、ザカライアスがいつも以上に慎重だったことを思い出した。
いろいろなことが頭に渦巻くが、心を落ち着けてからゆっくりとした口調で話し始める。
「正直なところ、聞きたいことは山ほどあるわ。でも、今はこれだけ言わせて」と言葉を切ってからルナを見つめ、
「あなたに協力するわ。これは世界がどうこうということじゃないし、研究のためでもない。私の研究に協力してくれたザック君への恩返しということでね。だから、安心なさい。私はあなたの味方よ」
ルナは大きく目を見開くと、その瞳から涙が零れ始める。
「あ、ありがとうございます……」
キトリーはルナの横に行き、「いいのよ」といって肩を抱いた。




