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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第五章「始まりの国:神々の島」

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第三十六話「ロビンス商会」

 デオダード商会でルークスの諜報部隊対策を依頼した後、レイたちは同じ商業地区にあるロビンス商会に向かった。


 距離は僅か三百(メルト)ほどしかないが、鍛冶師ギルドの馬車で移動する。


「歩いた方が早いんじゃないか」とライアンが言うと、ルナが「そうね」と頷く。しかし、すぐに理由を説明していく。


「多分だけど、アランさんが先触れをしているはずなの。私が急に行くと大変なことになるからって」


「大変なことになる? どういうことだ?」


「私も大袈裟だと思うんだけど、ロックハート家っていうだけでね……」


 言葉を濁すものの、ライアンだけでなく、レイたちにも何となく伝わった。


 五分もしないうちに馬車は止まった。


「ロビンス商会の本店です」とギルド職員のアラン・モールドが告げる。


 馬車から降りると、パステルカラーの派手な看板が目に飛び込んでくる。


「昨日はあんまり気にならなかったけど、目の前で見ると凄いね……」とレイが呟くと、


「そうでしょ。私も初めて見たときにビックリしたもの。この世界に全然合っていないから……」


「うん。どこかのテーマパークのお店と言われたら信じそうだ……これもザックさんのアイデアなのかい?」


「ええ、そうよ。でも、自分でも失敗したかなって笑っていたわ」


 そんな会話をした後、白を基調としたドアを開ける。


「いらっしゃいませ」と若い女性従業員の明るい声が響く。


 本来ならここで「こちらで召し上がりますか? それともお持ち帰りですか?」と聞かれるのだが、先触れがあったため、その言葉は聞かれなかった。その代わり、五十前くらいの恰幅のいい男性が彼らの前に現れる。


「ようこそいらっしゃいました。ルナ様」と言って頭を下げる。


「お久しぶりですね、バートさん」


 バート・ロビンスは相好を崩してもう一度頭を下げるが、レイたちに気づき、表情を戻した。


「他の皆様もようこそおいでくださいました。立ち話も何ですので応接室にご案内します」


 そう言って店の二階に案内する。

 アシュレイ、ステラ、ライアン、イオネは見たこともないジェラートのショーケースに目を奪われながらついていく。


 応接室はポップな雰囲気の店内とは異なり、落ち着いた感じの部屋だった。しっかりとした革張りのソファに磨き上げられた黒檀のテーブル、壁には淡い感じの風景画が飾られている。

 ガラスを使った窓も大きく、凱旋通を見下ろすことができ、帝都の美しい街並みが余すことなく見ることができた。


 秘書らしい女性従業員がハーブティとチョコクッキーを出していく。女性従業員が下がったところで、バートが再び頭を下げる。


「改めまして、よくおいでくださいました」


 それに対し、ルナがにこやかに応対する。


「突然おじゃまして申し訳ございません。ちょうど帝都に来る用事があったので寄らせていただきました」


「いつでも大歓迎です。特にルナ様は新たな商品をいくつも考えてくださった方ですから」


 その言葉にレイたちが驚きの表情を浮かべる。


「そうなのか」とライアンが思わず口に出した。


「ええ、今ある定番メニューの中にも私が提案したものがあるわよ」と笑いながら言った。その後、レイたちを紹介していく。


 バートもレイが白き軍師であることやアシュレイがハミッシュ・マーカットの一人娘であることを聞いて驚くが、魔族との戦いに関する情報は驚くほど知っていた。


「私も魔族の大軍がペリクリトルに現れたと聞き、肝を冷やしました。ロックハート家の皆様であれば大丈夫だとは思っていたのですが、何分ザカライアス様たちがご不在だったという話でしたので」


「ええ、でも今回は村を襲った部隊はほとんどいなかったようです。確か翼魔が何体か襲ったようですが、弓術士たちに追い払われたと聞きました」


「私も鍛冶師ギルドでお話を聞き、安堵したものです。それで本日はどのようなご用件でしょうか? 私にできることであれば何なりとお申し付けください」


 彼は世間話のためにルナが来たとは思っておらず、すぐに本題に入った。ルナもそれに頷き、


「今日おじゃましたのはいろいろと教えていただきたいためです」


「私に分かることでしたら、何なりと」


 ルナは「ありがとうございます」というと、ここから南に行きジルソールに向かう必要があると説明した。


「……いろいろなところで話を聞いているのですが、バートさんならチェスロックのこともお詳しいですし、シーウェル侯爵様やラドフォード子爵様から何か聞いておられるのではないかと。特に気にしているのはジルソールに渡ることができるのかということと、戻る途中に戦争に巻き込まれるのではないかということなのです」


 バートはどこから話したらいいか悩み、


「他の方の情報と重複するところがあるかもしれませんが、私の知っていることをお話しましょう」と言って話し始めた。


「帝国とルークスとの戦争については、すぐに勃発するという情報はないようです。これはラドフォード子爵様から直接教えていただいたことですので、情報の正確性は高いと思っております」


 レイはラドフォード子爵と聞き、アルスの鍛冶師ギルドで聞いた話を思い出す。


(帝国で二番目の美食家だったよな。別の人のことなんだろうか?……)


 彼がそんなことを考えている間にもルナとバートの話は進んでいた。


「子爵様からの情報では、宰相閣下は冬蒔きの麦を収穫し終えてから出兵するとお考えで、最も早ければ夏頃にはラークヒルに到着するのではないかということでした。軍事に関しては宰相閣下の予測は非常に正確で、子爵様も間違いないだろうとおっしゃっておられました」


「夏頃ですか……だとすると三ヶ月くらいしかないのですね。ジルソールまで陸路だと行って帰るだけでも一ヶ月半は掛かるわ……」


 陸路の場合、帝都プリムスからチェスロックまで四百km(キメル)、チェスロックからジルソールの港レネクレートまで百キメル、レネクレートから王都ジルソールまで百五十キメルほどある。馬で街道を南下し、すぐに船を手配できたとしても片道二十日ほど掛かる。


「海路が使えれば帝都から十日ほどで済みますが、この情勢ですので帝都から南部へ向かう船はほとんど出ておりません。私がお力になれればよかったのですが……」


 ロビンス商会はチェスロックからカカオを仕入れているが、それ以外にもジルソールから柑橘類を仕入れている。そのため、商船会社との付き合いが多い。

 しかし、この時期は柑橘類の収穫が終わっており、仕入れ自体が少なく、自社で船を手配する予定がなかった。予定があれば、彼女たちのために多少は融通を利かせることもできたと話す。


「その点は覚悟しておりましたので大丈夫です。他に情報はありますか?」


「海運の話はご存知の通りです。兵糧や消耗品の輸送に駆り出されており、自由に使える船が極端に減っています。アウレラの船ですら半ば強制的に契約させられていると聞きました」


「ええ、その話は先ほど聞きました。だとするとチェスロックまでは陸路で確定と考えた方がいいですね」


「おっしゃる通りです。ここで船を待ってもジルソール行きは一ヶ月に一度出るかどうかですから、チェスロックで船を見つけた方が確実ですね。私の知る船乗りを紹介してもよいのですが、いかがいたしましょうか」


 既にエザリントンのパストン商会からチェスロックのクロージャー商会を紹介してもらっているが、不測の事態を考え、選択肢は多い方がいいと依頼する。


「クロージャー商会という中堅のところなのですが」と言ったところでルナが目を見開く。


「いかがされましたか?」とバートが聞くと、


「パストン商会のマイケル・パストン商会長にも同じところを紹介していただいたので……」


「なるほど。確かにチェスロックで一番信用できるところですから、ルナ様に紹介するのは当然でしょうな」


 クロージャー商会の商会長トバイアスの話を聞くと、仕事に誠実だが頑固な男らしく、気に入らないと仕事を断ることがあるとのことだった。


「念のため、私からも紹介状を書いておきましょう。帝都とエザリントンの商会長の紹介状を持っていけば、彼も無下には扱わないでしょう」


 そこまで言ったところでポンと手を叩く。


「我が社のチェスロック出張所にも指示を出しておきましょう。いや、うちの従業員を同行させた方がいいですね。南方街道にも詳しいですし……」


 バートが勝手に話を進めていくことにルナは目を丸くしていたが、


「そこまで甘えることはできません。紹介状を書いていただくだけで充分です」


 バートは「いえ、何かあっては困りますから」といい、後ろにいた従業員を呼び、


「ヴィタリ君を呼んできてくれたまえ」


 そういうと女性従業員はお辞儀をして応接室から出ていった。そして、すぐに一人の男性を連れて戻ってくる。三十代半ばくらいのがっしりとした体つきの男が不安そうな表情で立っている。


「お呼びとのことですが」と言った後、「ヴィタリ・ホワイトと申します」と頭を下げる。


「まずは座ってくれたまえ。ルナ様、このヴィタリはカカオの買い付け責任者で、南方街道の事情に詳しく、チェスロックでも顔が利きます」


 それだけいうとヴィタリに顔を向け、


「ヴィタリ君、急な話で悪いが、明日からルナ様とチェスロックに向かってもらえないか」


「あ、明日からですか……えっとルナ様……ルナ・ロックハート様ですか! 失礼しました!」


 ヴィタリは急な話に混乱していただけでなく、ロックハート家の令嬢がいることに気が動転する。

 その姿を見てルナは同情の念が湧く。


「無理をなさらなくても大丈夫です。街道は安全だと聞いていますし、仲間もいますから」


 ヴィタリは「いえ、ぜひともご一緒させてください」と頭を下げ、


「あのチョコレートの開発者のお一人と伺っております。私のような者でもお力になれるのでしたら、ぜひともやらせてください」


 ヴィタリはカカオの買い付けの責任者であるとともに、チョコレートを使った新商品の開発にも携わっている。そのため、面識はないものの、チョコレート自体を開発したザカライアス・ロックハートとルナに対して、特に強い尊敬の念を抱いていた。


「でも……ご家族とのこともあるでしょうから……」


 ルナは往復で一ヶ月半以上掛かる出張を突然強いることにためらいが強かった。

 ロックハート家では可能な限り家族持ちの長期出張を避けるようにしており、その理由も知っている。そのため、三十代半ばという年齢を考え、彼の家族のことを考慮したのだ。


「構いません。大恩あるロックハート家の方のために働くのですから、家族も必ず許してくれます」


 更にバートも「彼には特別手当を支給しますのでご心配なく」と説得される。


 そのやりとりをレイはぼんやりと見ていた。


(本当にロックハート家ってどんな貴族なんだろう? 関わっている人たちが心から協力したいと申し出ている。普通じゃ考えられない気がするんだけど……マーカット傭兵団(レッドアームズ)も特別なところだったけど、ここまでじゃなかったよな……)


 結局、バートたちの説得によって、ルナはヴィタリの同行を認めた。


「私たちとしても助かります。ありがとうございます」と言って頭を下げる。


 レイはその姿を見ながら、ロビンス商会と一緒なら新しい食材探しという理由を付けられると考えていた。


(これでチェスロックに向かう理由を説明しなくてもよくなる。ジルソールのこともその一環として見てもらえるだろうし、カモフラージュとしてはこれ以上ないくらい完璧だ……)


 その後、チェスロックまでの街道の情報などを聞き、明日以降の行程のすり合わせを行った。


「明日の出発に向けての話し合いはこれくらいでいいでしょう。せっかくうちの店に来ていただいたのですから、ジェラートを食べていってください」


 バートはそういって一階の店舗に向かった。


 この世界では珍しいガラス製のショーケースに、アシュレイたちが目を丸くしている。


「ジェラートというのは氷菓と聞いているが、ペリクリトルより北では一般的ではないから一度も口にしたことがない。どのような物なのだ?」


 アシュレイの問いにルナが笑顔で答える。


「ミルクや果汁を使った甘味(デザート)です。一言では言い表せないので……バートさん、試食ってやっていますか?」


「ええ、もちろんやっておりますよ。ルナ様から教えていただき、ザカライアス様も太鼓判を押された宣伝方法ですから」


 そして売り場の従業員に目配せをする。従業員はそれに頷き、説明を始めた。


「本日のジェラートは十五種類ございます。お勧めは定番ではミルク、チョコチップ……」


 説明をしながら木の小さなスプーンにすくい、アシュレイたちに渡していく。

 試食というシステムに驚きながらも、その甘さと冷たさにアシュレイ、ステラ、イオネはすぐにジェラートのとりこになった。

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