第三十一話「エザリントンでの情報収集」
五月十六日。
レイたちはエザリントンに到着した。
到着した彼らに待っていたのはカエルム帝国とルークス聖王国との戦争の噂だった。そのため、思っていた以上に厳しい警戒にジルソール行きが容易でないことと思い知らされる。
鍛冶師ギルドで港の警戒がいつも以上に厳しいと言う情報を得たため、装備を外したレイ、ルナ、イオネの三人が西地区にある港に向かい、アシュレイ、ステラ、ライアンの三人が冒険者ギルドと傭兵ギルドで情報収集を行うことになった。
レイたちは途中で商業ギルドにも寄り、そこでも情報収集を行った。
あまり良い情報はなく、厳しい取調べが行われていることと、南行きの船が減っているという情報が手に入る。
問題があることは分かったが、一度見ておこうと、予定通り港に向かった。
港に着くと情報どおりで、多くの帝国軍の兵士が歩き回っており、遠目に見ても厳しい検査をしていることが分かった。
「難しそうだね。あんなに厳重に調べられているんだとすると、僕たちはともかく、ウノさんたちは普通には乗り込めないよ」
レイの言葉にルナが大きく頷く。
「あの人たちなら忍び込むこともできるんでしょうけど、ここからジルソールまでは何日も航海しないといけないから隠れ続けるのは難しいと思うわ」
エザリントンからジルソールまでは海路で約七百五十km以上。風に乗れば一日当たり百キメルほど進めるが、凪に当たればほとんど進めないこともある。
ルナが商業ギルドで聞いた話では、エザリントンから南に向かう航路は必ず帝都プリムスを経由するため、ジルソールには十日以上掛かる。
「ウノさんたちなら見つからずにいそうなんだけど、それでも十日は厳しいよな」
彼らは港で簡単な情報収集を行うが、やはりジルソールに向かう船は少なく、定期便は十日ほど待たなければないことが分かった。
「少なくとも十日か……海が荒れたらもっと遅れるみたいだし、エザリントンから陸路で南に向かった方がいいかもしれないね」
「そうね。チェスロックかフィーロビッシャー公爵領辺りの方が行きやすいかもしれないけど、一度帝都で情報収集した方がいいと思う」
ジルソールは帝国南部のウェール半島の南にあり、チェスロックが最も近い都市だ。但し、ジルソール行きの船が確実にあるのかは商業ギルドで聞いても分からなかった。
ジルソールは農業とガラス工芸が主要な産業であり、主な輸出先は大消費地である帝都プリムスだ。他には交通の要衝エザリントンでここから各地に運ばれている。
そのため、帝都やエザリントンの間には定期航路が設定されているが、チェスロックは農業が主要産業であり、街の規模も小さいため、ジルソールと定期便で結ぶ必要性は少ない。
「アッシュたちの情報と合わせて考えた方がよさそうだね」
レイはそう結論付け、宿に戻ることにした。
正午頃、冒険者ギルドと傭兵ギルドで情報収集を行っていたアシュレイたちと合流する。
レイたちは昼食を兼ねて小さな食堂に入った。そこで料理を頼むと、すぐに情報のすり合わせを行っていく。
しかし、アシュレイの表情に明るさはなく、顔を見ただけでよい情報が得られなかったことが分かった。
「そっちも駄目そうだね」とレイが言うと、アシュレイは大きく頷く。
「やはり戦争が起きるようだな。傭兵ギルドの職員に聞いた話では夏以降にラークヒルで大規模な戦闘が起きるのではないかということだ。話を聞いた傭兵たちは西に向かうという者ばかりだ。南に行く傭兵は目立つことは間違いない」
「冒険者ギルドでも同じでした。斥候の募集がたくさんあるようです。ここより南の町でも募集しているようなので冒険者が南に行くのも目立つと思います」
ステラがそう言って補足する。
「僕たちが集めた情報もいい物はなかったよ。港の警戒は厳しいし、船もあまり出ていない。ここから海路でいくのは難しそうだね」
レイの言葉にアシュレイの表情が更に曇る。
「だとすると、陸路を進むことになるのか……これだけの人数の傭兵が南に向かうと目立つな。ルナ、この先のことはどう考える?」
「そうですね……目立たないようにする方法は思い付きませんけど、南に行くルートなら分かります」
「まずはそちらから考えるか。すまぬ、続けてくれ」
「分かりました」とルナは頷き、
「陸路しかないとすれば、中央街道を通って帝都へ行って南方街道からフィーロビッシャー、チェスロックといくか、ここからラングトン街道に入ってシーウェル、ケンドリュー、ラングトン、チェスロックとするかですね。どちらも一長一短があります……」
エザリントンから帝国南部のウェール半島に入るが、南端のチェスロックに向かうには二つのルートがある。
一つは半島の西側を進むルートだ。具体的には中央街道と呼ばれるエザリントンと帝都プリムスを結ぶ街道を南下し、プリムスからは南方街道に入りフィーロビッシャーを経由し、チェスロックに至るルートになる。
もう一つは半島の東側を進むルートで、エザリントンからラングトン街道に入りシーウェル、ラングトンと経由してチェスロックに至るものだ。
西側ルートは帝都プリムスを通るため、帝国内の鍛冶師ギルドを統括する帝都支部の支援を受けることができる。また、海上輸送路ともリンクしており、プリムスやフィーロビッシャー領の港町レンフィールドからジルソールにいく船を見つけられる可能性がある。
しかし、半島の西側は商業都市アウレラや海洋国家ペリプルスの交易船が頻繁に往来すること、帝都プリムスに直結していることから厳しい警備が予想される。
一方の東側だが、交易船が入港する貿易港が少ないため、警備は比較的緩いと予想されるが、西側ルートに比べ、五百キメルほど距離が増えること、ルナを含め誰にも土地勘がないこと、鍛冶師ギルドの支援を受けにくいこと、主要街道より旅行者が少ないことから目立つことなどがデメリットとして挙げられる。
「……どちらに行ってもメリットとデメリットがあります。正直なところ私にはどちらがいいのか分かりません」
「今の情報じゃ判断が付かないってことか……アッシュ、君の意見は?」
「そうだな……」と言葉を濁し、すぐには答えない。
「もう少し情報を集めるべきだろう。幸い、今すぐ戦争がおきるという心配もない。この先でのトラブルを考えればここで数日間情報収集を行っても充分に取り返せる」
彼女の意見にステラも同意する。
「私もアシュレイ様のお考えに賛成です。ギルド以外でも情報を集めた方が安全だと思います」
「ギルド以外? 具体的にはどこを考えているのだ」とアシュレイが尋ねる。
「ルナさん頼みになるのですが、他にも伝手があるのではありませんか?」
ステラの問いに「ないことはないのだけど……」と煮え切らない。
「我々の安全のためだ。使うかどうかは別として、どのような伝手があるかを教えてくれないか」
アシュレイの言葉にルナは頷く。
「そうですね。昨日の検問所で言いましたけど、エザリントン公爵家に少しだけ伝手があります。といっても、知り合いというほどの方がいるわけではないのですが……」
「本当に現帝国宰相のエザリントン家に伝手があるのだな……」
アシュレイが唸るが、ルナは「懇意にさせていただいた方は恐らく帝都にいらっしゃるので、ここではロックハートの名を使うだけですけど」と笑っている。
そこでレイが話に加わる。
「それでも充分にすごいことだよ。で、その伝手を使うとして、リスクはあるの?」
「リスクはどうかしら? 公爵様はよい方だし、家臣の方々もロックハート家の関係者なら無下にするようなことはないと思うわ」
「だが、この件は慎重に進めるべきだろう。拘束されるようなことはないだろうが、疑われるようなことがあれば今後の行動に支障が出るからな」
「そうだね。とりあえず、鍛冶師ギルドに情報を集めてもらうのがいいと思う。彼らが一番信用できるから」
午後からは鍛冶師ギルドや町の商店などで情報を集めることに決まりそうになったところで、「もう一つありました」とルナが声を上げる。
「公爵家以外で?」とレイが聞くと、
「ええ、パストン商会という食料品を取り扱う商会なら話を聞くことができるかもしれません。その商会はジルソールのオリーブなんかも取り扱っていましたから。それに蒸留酒も扱っていますから、ロックハート家の名を出せばある程度便宜を図ってくれると思います」
「そうだな。そちらに当たるのがいいだろう」
こうして午後からも情報収集に当たることになった。
「私とライアン、イオネでパストン商会に行ってきます。アシュレイさんとステラさんはレイと一緒に街を見てきてください」
「しかし、私たちの誰かが一緒の方がよくないか?」とアシュレイが言った。
彼女は技量が劣る三人だけになることに不安を覚えたのだ。
「大丈夫ですよ。この街は安全ですし、ウノさんたちも誰か付いてきてくれるのでしょう?」
ルナはここまで六人で行動することが多く、レイたちだけの時間を作ろうと考えて、このような提案をした。
レイはその気遣いに気づき、「そうだね。それにライアンもいるから大丈夫だよ」と賛同する。
レイたちは商業地区に繰り出した。
「じゃあ私たちも行きましょうか。ライアン、護衛をよろしくね」
「ああ、任せてくれ」と答える。
「イオネも楽しみなさい。ソキウスにはない面白い場所だから」
「はい。ありがとうございます」と言って頭を下げるが、ルナが自分に気を使っていることに気づき、一瞬恐縮するが、すぐに笑みを浮かべた。
イオネが感じたとおり、ルナはレイたちに配慮しただけでなく、ライアンたちにも気を配っていた。
ライアンは言葉にこそ出さないものの、レイと自分との差を感じて自信を失っている。そのため、以前のような快活さが影を潜め、消極的な態度が目立つようになっていた。最近では訓練で自信を取り戻しつつあるが、それでも今回のような話についていけないことに忸怩たる思いをしている。
イオネは特に不満や戸惑いは見せていないが、ふるさとを遠く離れ、知っている者がいない土地を旅していることから表情には出さないものの、ストレスが溜まっていると考えている。
特に西側諸国の事情が分からないため、話に加わることができず、疎外感を抱いているのではとも思っていた。
二人を従えたルナは颯爽とエザリントンの街を歩いていく。目的地は近く、十分ほどで目的地であるパストン商会に到着した。
パストン商会は交易都市エザリントンでも一二を争う大手の食料品専門の商会であり、公爵家の御用商人でもあった。そのため、三階建ての大きな建物では絶えず人が出入りしている。
(懐かしいわ。ここでカカオを見つけたのよね……もう覚えている人はいないでしょうから、ロックハートの名を使って話をした方が早そうね……)
そんなことを考えながら扉を開けて中に入っていく。
「いらっしゃいませ」と言ってすぐに若い男性が近づいてきた。ただ、その明るい声とは異なり、顔に疑問が浮かんでいる。
ルナはソキウスで贈られた漆黒のドレスに、漆黒のマントという姿で一見しただけではどのような身分の者か判断がつかない。ただ、彼女の後ろに護衛らしい冒険者風の男女がいることから、旅の途中で寄ったことは何となく分かる。それにより経験が少ない彼は判断にできなかった。
「どのようなご用件でしょうか?」
その問いかけに、ルナは笑顔で答える。
「私はルナ・ロックハートと申します。久しぶりにエザリントンに来たので寄らせていただきました」
その名を聞いたものの、その店員はまだ二十歳前と若く、“ロックハート”という単語に反応できない。
それでも「ロックハート様ですね。ようこそいらっしゃいました」と如才なく答えることには成功した。
その声がベテラン店員の耳に入った。
慌てた様子で立ち上がると、すぐに商会長を呼ぶよう指示を出し、若い店員の前に立ち、
「ようこそいらっしゃいました。すぐに商会長が参りますのでこちらに掛けてお待ちください」と応接室に案内する。
若い店員はその対応に重要人物であると分かり、呆然としてしまうが、すぐに我に返り、先輩に続いて応接室に案内する。
茶を用意するため、後ろに下がったところで若い店員は先輩に質問する。
「どなたなのですか?」
「おい、知らないのか……ああ、お前は酒販にいたことがなかったか……美食家で有名なザカライアス・ロックハート卿のことは知っているな」
それでも若い店員は「知りません」と言って首を横に振る。
「お前なぁ……」と嘆息すると、
「この業界で食っていく気なら、ザカライアス卿とラドフォード子爵の名を知らないのでは話にならんぞ……」
説明を聞き、若い店員はロックハートという存在のことを知った。
「でも随分若いですよね。あの方は」
「確かにな。だが、ロックハート家ならあり得ないことはない。俺が初めてお会いした時のザカライアス卿は僅か十六歳だった。それに妹君は十一歳で第四軍団の従士に勝っているほどの腕だ。ロックハートの名を持つなら、ご令嬢が一人旅をしてもおかしくはないだろう」
そんな話をしていると、汗を拭きつつ、商会長のマイケル・パストンが現れた。彼は三十代半ばで先代のトーマスから商会を昨年引き継いだばかりだった。
パストンは「粗相はなかっただろうな」と店員たちにいうと、すぐに笑みを作って応接室に入っていく。
「これはこれは、ようこそおいでくださいました。商会長のマイケル・パストンと申します」と揉み手をしながらあいさつをする。
「ルナ・ロックハートです」
「今日はどのようなご用件で?」と窺うような感じでパストンが聞く。
若い女性であるルナが相手であり、商売に繋がる可能性は低いと考えるものの、ロックハート家絡みでは何が起きるか分からないため、用心しているのだ。
「こちらでお話を聞きたいことがございまして……詳しいことはいえないのですけど、ロックハート家の者としてジルソールに行って調査しなければならないことができました。ですが、ここに来たらルークスとの戦争で船があまりでていないようで……こちらお店はジルソールやチェスロックの物を取り扱っていたと記憶しておりましたので、南部の情報をお持ちではないかと思い、伺わせて頂きました……」
ルナはジルソールに向かう必要があることをザカライアス絡み、つまり酒や美食に関係するかのように説明した。
「なるほど……」と頷くとすぐに笑みを浮かべて話し始めた。
「確かにジルソール行きの船は便数が激減しております。というより、西部行き以外の航路は最小限に絞られ、それを西部向けに振りわけられている状況なのです」
「では、南部でも状況は同じであるということですか?」
「いいえ、チェスロックからならジルソールに渡ることはできると思います。あの辺りの船は地元だけで使われているものばかりですので積載量も少ないですから。帝都からの物資の輸送に駆り出されることはないでしょう」
「ということはチェスロックまで行けば何とかなるということですね」
「その通りです」
そこでルナは少しだけ間を置き、
「チェスロックからジルソールに渡る船を紹介していただくことはできないでしょうか?」
パストンはそこまでして何をしに行くのかと考え、「どのようなご用件でジルソールに向かわれるのですか」とできるだけさりげなく聞こえるように尋ねる。
「詳細はちょっと言えないのですけど、兄の許可をいただいたら、声を掛けさせていただきますわ」
そう言ってニコリと笑った。その言葉にパストンは満足し、「ザカライアス卿にはよろしくお伝えください」と言って紹介状を書くため、応接室を後にした。
五分ほどで紹介状を書き終え、戻ってきた。
「クロージャー商会という中堅の商会がございます。商会長のトバイアスはジルソールと取引を行っていたはずですから、力になってくれるでしょう」
「ありがとうございます」と言って頭を下げると、
「お力を貸していただいたことはイヴァンさんにも伝えておきますね」
鍛冶師ギルドの支部長イヴァン・ケンプの名を出して席を立った。
残されたパストンは鍛冶師ギルドに恩を売れたとほくそ笑む。
(ロックハート家関係で鍛冶師ギルドに恩を売れた。これを機に酒の取扱いで更に食い込むことを考えるか……)
パストンはすぐに部下を集め、新たなビールの売込みを命じた。




