第二十六話「それぞれの思い」
四月二十四日。
午前中に王妃カトリーナが訪問し、レイに対し名誉伯爵位を授与するという提案が行われた。しかし、彼は自分の目的に叶わないと言ってそれを断る。
最終的にはカウム王国からの感謝状と彼が光神教とは関係ないという公文書を発行することで決着をみたが、レイはカトリーナという人物に警戒心を抱くとともに、今後も同じことが起きないかという不安が過ぎった。
(それにしてもカティさんって二重人格かと思うくらい変わるんだな。カティさんの時はルナのことを一番に考えている感じだったけど、今回は国のことを一番に考えていた……それにしても僕を取り込むことのメリットはなんだろう? ミリース谷とペリクリトルの英雄というのが、僕に対する評価だ。確かに知名度はあるけど、二十歳前の若い傭兵なんて使い道がなさそうな気がする。まあ、ラクス王国はマーカット傭兵団のことがあるから、別なんだろうけど……)
そう考えながら集会室に戻る。
するとすぐに待ちくたびれた鍛冶師たちに囲まれる。
「何をしておったんじゃ! 左手の魔法陣と鎧の魔法陣の魔力の流れを確認せねばならんのに!」
「待て! その前に槍の魔法陣にどうやって魔力を送り込んでいるかを調べる方が先じゃ!」
レイは困惑しながらも、鍛冶師たちの表裏のない態度に好感を抱いていた。
(ルナが言っている通りだな。ドワーフが信じられないなら誰も信じられない。よく分かる……)
午前中一杯は鍛冶師たちの要求に従って、白い角と雪の衣の解析を手伝った。
午後になると、ウノたちのオーブの作成を終えたアシュレイたちが合流する。
「上手くいった?」とレイが聞くと、アシュレイが大きく頷く。
「ああ、無事にオーブの作成と傭兵ギルドへの登録は終えた」
無事に終えたにしては彼女の表情は冴えない。
「何か気になることでも?」
「いや、ウノ殿たちのことで少しな」
彼女にしては歯切れが悪く、レイには何が問題だったのか気になった。
「級を上げられなかったとか?」
傭兵ギルドでは実戦経験がないと、どれほどレベルが高くとも十級から上げられない。そのため、ギルドの地下室には実戦を経験するためのゴブリンなどの魔物が飼われているのだが、ごく稀に魔物が用意できない場合がある。
「無事に上げられた。それもゴブリンを殺すことなく認められた」
「それなら問題なさそうだけど?」
「ああ、級に問題はない。ウノ殿はレベル六十四の四級だ。マーカット傭兵団の隊長連中に匹敵するレベルなんだが、そのことはいい。ただ、隷属の首輪が問題になってな。ギルドで少し揉めたのだ」
詳しく聞いてみると、レベル六十四の高レベルの奴隷を若いアシュレイが従えていることが問題視された。
彼女が何も言えずにいると、ステラが職員たちにアシュレイは一級傭兵である赤腕ハミッシュの一人娘であり、問題ないと言って説得した。
それで何とか事なきを得たのだが、今度はペリクリトル攻防戦で詩にもなった“戦姫”であると分かり、熱烈に歓迎された後、職員やその場にいた傭兵たちから握手攻めにされたのだ。
「ウノ殿たちのことはそれで有耶無耶にできたのだが、正直疲れた。まさか、あれほど熱狂的に歓迎されるとは思わなかったからな……」
「そうですね。レッドアームズの腕甲をつけていったら、もっと凄かったかもしれません」
ステラもそう言って頷いている。
「お前も気をつけるのだな。私であれほどなのだ。“白き軍師”と分かれば、どうなることか……」
レイはその言葉に唖然とする。
(ペリクリトルとここだと三百km以上離れていたはず。それなのにどうして……)
偶然その話を耳にしたゲオルグ・シュトックが理由を話に加わる。
「儂らはペリクリトルの話を聞いて、正直なところあの街は滅びるとしか思えんかった。ここのように防壁があれば別じゃが、木の防壁ではオーガは防げんからの。それが街の四分の一も使う罠で主力であるオークを殲滅したんじゃ。それだけじゃない。白き軍師は僅かな味方で残りの敵と戦った。圧巻なのは首魁を一騎打ちで倒したという話じゃ。吟遊詩人たちの詩を聞くたびに胸が熱くなったものじゃよ」
「確かにそうですけど……」
レイは自分のことを言われていることは理解しているが、あの時の状況を思い出すと、吟遊詩人たちが歌う詩「ペリクリトルの風」のような英雄的なことをしたという認識がない。
「ペリクリトルとアルスは街道で繋がっておる。当然、知り合いも多いんじゃ。特に傭兵ギルドはアルス街道を行き来する者と話をする機会が多い。そこにペリクリトルの英雄が現れれば当然じゃろう」
アシュレイが疲れている理由を聞き、自分も同じ場面に遭遇したら疲れるだろうなと一人嘆息する。
それでもウノたちが疑われることなくオーブを作れたことに満足する。
(これで今回みたいに潜入するような面倒なことをしなくて済む。それに帝国に入ってもコソコソ隠れなくていいから、船を使う時も悩まなくていい。本当に鍛冶師ギルドの人たちに助けてもらってよかった。これもルナのお陰だな……)
アシュレイに労いの声を掛け、ゲオルグらにも礼を言うが、すぐに槍と鎧の解析作業に引きずられていった。
その頃、ルナは防具職人であるリュック・ブロイッヒの工房を訪れていた。
なめした革と膠の生臭いような匂いに、炉で燃やされる炭の匂いが充満する中、彼女の目の前には作りかけの鎧が置かれていた。
その鎧は漆黒の革で作られ、ミスリルらしき銀色の金属板で補強されている。
「黒龍の革を使っておる。弓術士用に多少手を入れねばならんが、三日ほどでできるはずじゃ」
ルナは話を聞きながらも、その鎧に目を奪われていた。
(あの人の鎧と同じだわ。あの人の物はリュックさんじゃなくて、ゲオルグさんが作った物だけど……懐かしい色だわ……)
リュックも彼女が目を奪われていることに気づいており、その理由も何となく理解していた。
「材料はゲオルグから分けてもらったものじゃ。まあ、それはよいな……足の部分を作りなおさねばならん。明日から毎日、工房に顔を出すんじゃ」
「はい。でも、これほどの鎧がどうして?」
リュックほどの腕の職人なら、すべて注文生産であり、作りかけの物がおいてあるということはありえない。別の注文で作っている物を自分用に回したのだと思っているが、その人物に迷惑が掛かるため、確認したかったのだ。
「うむ。これはお前の縁者、ロックハートの者に贈る予定の物じゃった。本来ならドワーフ・フェスティバルの時期なのじゃが、今年はペリクリトルのこともあって中止されたのじゃ。まあ、そのお陰でお前に会えたんじゃがな」
ドワーフ・フェスティバルとは鍛冶師ギルドが開催する“技能評定会”と“酒類品評会”の総称だ。例年、春と秋にラスモア村で行われるが、受け入れ側のロックハート家から魔族の動向が不明であることから、春の開催は中止したいという申し出が年明け早々にあった。
これは遠方から酒や食材を運ぶため、二ヶ月前である二月の中旬に出発する支部があるためだ。
「そういう事情じゃから遠慮するな。秋に間に合えばよいのじゃからの」
ルナは「ありがとうございます」と頭を下げる。
「今日の調整はこれで終わりじゃ。お前は総本部に戻って料理を手伝ってくれ。儂も楽しみにしておるでの」
ルナはリュックの工房を後にし、総本部に戻った。
ライアンはボリス・カルツの工房にいた。
「なんじゃ、そのへっぴり腰は!」とボリスのドラ声がライアンを叱咤する。
工房の裏庭で、彼は今まで使っていたものより二割以上重いハルバードを振らされていたのだ。
「次は水平に薙ぎ払うんじゃ! 次は斬り上げ! そこでふらつくな!」
ボリスはライアンのくせを見抜くために行っているのだが、彼が手掛けた戦士に比べ、圧倒的に技量が低いため、見極めができなかった。そのため、実際に振らせてみて、判断しようとしたのだが、それが半日以上続いていた。
ライアンも自分がなぜ素振りをしているのか理由は理解しているが、それでも半日以上素振りをやらされ続け、膝を突きそうになる。
しかし、短期間とはいえ、マーカット傭兵団で鍛えられたことと、愛するルナを守るという使命感から弱音を吐くことなく振り続けている。
その根性にボリスも彼を見直した。
(今の腕は全然じゃが、素質は悪くない。それ以上にこれだけの根性があるのならば、こいつは化けるかもしれん……)
それでもそのことを口にすることなく、ハルバードを振らせ続けた。
午後二時を過ぎた頃、ようやく解放されたが、ライアンは食事を摂る気力もなく、大の字になって倒れ込む。
「飯が食えるようになったら、うちのもんに言え。儂のとっておきのエールをつけてやる」
そう言ってそのまま工房に入っていった。
すぐに槌の音が響き始める。
ライアンは空を眺めながら、この先のことを考えていた。
(俺の力が必要になることなんてあるのか? レイやアシュレイさんだけじゃねぇ、あの獣人のウノさんたちもいる……駄目だ、弱気になっちゃ駄目だ。俺は命を懸けてルナを守る。そう決めたんだ!)
そして、疲れ切った身体に鞭を打ち、ゆっくりと立ち上がる。
「すみません。飯を食わせてもらってからもここで素振りをしていいですか」
そう言ったあと、工房の中に入っていった。
イオネは初めての街アルスでルナの下を離れ、ある工房にいた。
彼女にも革鎧が作られることになり調整を行った。調整自体は比較的短時間で終わり、総本部に戻るため、案内のギルド職員の後ろを歩いている。
彼女は狭い路地を歩きながら、ここに来て初めて見たドワーフという種族のことを考えていた。
(不思議な種族ね。ルナ様のことをあれほど思ってくれるのはいいことだわ……でも、ルナ様があんなに信頼しているのには少し嫉妬してしまう……)
彼女とルナの付き合いはまだ二ヶ月ほどで、それほど打ち解けられていないことは理解している。
それだけではなく、ソキウスにいた頃とここに来てからのルナの変化に戸惑いもあった。
(ルナ様は西側の方がよいのではないかしら? 必ずソキウスに戻るとおっしゃられたけど、ドワーフたちと一緒にいる時の笑顔を見ると、どうしても不安になる……私がもっと信頼されればよいのだけど、どうしても壁のようなものを感じてしまうわ……)
ルナはイオネを嫌ってはいないものの、年齢が離れていること、付き合いが短いことから、打ち解けるところまではいっていない。彼女自身も自覚はしているが、自分を神のように崇拝するイオネの扱いに困っているということもあった。
イオネも何となくそのことは感じていたが、それでも神の使いである“月の御子”に対し、崇拝以外の接し方ができないでいる。
(何とかしないと私の存在意義が無くなってしまう。治癒師としてはレイ様に劣り、武術もアシュレイ様やステラ様に劣る。盾になることはできるけど、それだけではいけない。ルナ様の心の支えというのは無理でも、ドワーフたちのように信頼されるようにならないと……でも、どうしたらいいのかしら……)
彼女はどうすべきか悩み、ある結論に達した。
(そうだわ。分からないなら、分かる人に聞けばいい。幸い、今日の夜も宴会があるわ。そこで鍛冶師たちにどうすればよいか聞いてみよう。私がルナ様の力になるにはどうしたらよいのか。どうしたら信頼していただけるのか。それを聞こう……)
そう決心すると、足取りが軽くなった。
その日の宴会で鍛冶師たちと話をした。
当初は彼女の意図がなかなか伝わらず、ドワーフたちも戸惑ったが、
「なんじゃ、本物の友になりたいということではないか。それなら簡単じゃ」
「友というのは恐れ多いです……もう少しルナ様に信頼していただきたいだけなのですが……」
「それを儂らは友と呼ぶんじゃ。命を預けてもよいと思えるほど信頼するということじゃろう? まあよい。儂らのやり方を教えてやる」
イオネは少し違うのではないかと思ったが、彼らの言葉を待った。
「簡単なことじゃ。何があっても相手を裏切らぬと自らが思えばよい。それだけじゃ」
「それだけなのですか? それならば私は既に……」
「それを言葉で、態度で示すのじゃ。何事も示さねば分からぬ」
イオネは確かにそうだと思った。しかし、具体的にどう示していいのか分からない。
「では、どうお伝えすればよいのでしょうか?」
「簡単なことじゃ。胸襟を開いて一緒に飲む。それだけでよい。地位も見栄も金も関係なく、ただの友として酒を飲む。それが儂らの流儀じゃ」
一緒に酒を飲むという点には同意しがたいものの、地位に関係なく、一個人として向き合うという点に共感する。
(そうね。この人たちを見てもそうだし、レイ様を見てもそう。ルナ様は月の御子であるけれど、一人の人間だとおっしゃっていた。きっとこのことをおっしゃられていたのだと思う。相談してよかったわ……)
そう考え、気持ちを新たにする。
「難しく考えんでもよいんじゃ。まずは飲め!」
「はい! いただきます!」
そう言って、黒ビールで満たされた大振りのジョッキを受け取った。




