第二十五話「王国からの褒章」
四月二十三日の夜。
鍛冶師ギルド総本部では二夜連続の宴が始まっていた。
カウム王国で最初に蒸留所が造られたスレイ川沿いの六年物のスコッチを味わったが、レイには強すぎる印象しか残っていない。
その後、いつも通りビールやワイン、りんご酒などの樽が所狭しと並べられ、更にドワーフたちの宴会料理、いわゆる“ドワーフ料理”の大皿が並べられていく。
その中にジャガイモを使った料理が大きな鍋ごと出てきた。その鍋は直径五十cm以上あり、職員が重そうに運んでいる。
鍋の中身だが、ジャガイモの他に牛肉、にんじん、玉葱が入り、スープというには水分が少ない。
レイには見覚えがある、一般的な料理だった。
「肉じゃがだ……本当に作ったんだ」
呟くようにそう言うと、隣にいるルナが少し困ったような顔で注意する。
「あなたが知っているものとは全然別物よ。甘みがあるところまでは似ているかもしれないけど」
そう言って鍋から皿に取り分け、彼の前に置いた。
「味付けは砂糖と魚醤なの。出汁が利き過ぎた“肉じゃがもどき”って感じかしら。これはこれで美味しいと思うんだけど」
レイはジャガイモにナイフをいれ、フォークに突き刺して口に運ぶ。
一口食べた後、「美味しいよ」と言い、
「確かに変わった香りだね。僕にはどういっていいのか分からないけど、こういう料理だと言われたらありだと思う。でも、“箸”がほしいね。ナイフとフォークじゃ、イメージが違いすぎるよ」
「お箸については私も同感よ。でも、お口に合ったみたいでよかったわ。最初の頃より美味しくはなったんだけど、やっぱり違和感があるのよね」
「それにしても、どれだけの量を作らないといけないんだい? 想像がつかないよ」
その言葉にルナが「そうね」と言って笑い、目の前の鍋を指差す。
「この鍋が十個くらいかしら。ここの人たちも作り方を知っているから、私は味を見て調整するだけだったけど」
その量にレイは目を丸くする。
「まるで給食センターだね。凄いとしか言いようがないよ……」
そんな話の二人にゲールノートが加わってきた。
「こいつが一番好きなんじゃ。アルスでも作るところはあるんじゃが、ルナの物にはどうしても及ばん。今日はこれが食えて本当によかったわい」
「ゲールノートさんはこれに黒ビールが好きでしたよね」
「そうじゃ。儂のところの黒ビールにはこいつが一番じゃ。他の奴はラガーの方が合うと言っておるが、これだけは譲れん」
そんな会話を聞きながら、レイはルナがどんな生活を送ってきたのかと興味を持った。
(僕の書いた小説“トリニータス・ムンドゥス”だと、助け出された後は、日本の料理を再現したり、内政チート系の活躍をしたりしたんだけど……こっちでは先に転生者がいたから、そんな感じにはあまりならなかったんだろうな……)
そう考えたものの、目の前の料理を見て思い直す。
(こうやって料理を再現していたんだから、多少は僕の設定に近かったのかな? それにしてもザックさんという転生者の話を聞きたいな。ルナはあんまり話したくないって感じだけど……)
転生者の話題を振りたいが、ルナには絶えずドワーフたちが話しかけている。それだけではなく、彼に話しかけるドワーフも多く、隣に座っている割にはルナと会話するタイミングがあまりない。
話しかけてくるドワーフたちに酒を勧められるが、彼も昨日の宴会で多少学習したのか、解毒の魔法を何度も掛け、潰れないように気をつけていた。更にルナからライアンが危険だという合図を受けて解毒の魔法を掛けてもいた。
その甲斐あってか、奇跡的に潰れることなく宴会を終えることができた。
ただ、ライアンだけは飲みすぎてしまい、自力で歩けるものの千鳥足でまっすぐに歩けない。
幸い宿である“金床亭”は総本部から近いため、レイとアシュレイが支えることで何とかなっている。
「ドワーフとの宴会って楽しいね。気難しいっていうイメージしかなかったから、最初は意外だったけど、いい人ばかりだね」
レイの言葉に、前を歩くルナが「そうでしょ」と言って振り返った。
「皆さんいい人ばかり。本当の家族みたいな気がするほどよ」
そう言ってくるっと回って前を向く。
「明日からの予定だが、どうするのだ? ウノ殿たちのオーブを作ることは決まっているが」
「そうだね。でも、僕は毎日ギルドに顔を出さないといけないし……そういえば、ルナの魔法の訓練はどうなっているんだい?」
その問いにルナの横を歩くイオネが答える。
「ルナ様の進捗は上々です。既に闇属性なら簡単な攻撃魔法を使えるほどになっています。他の属性も発動までは可能になっております」
「でも、あなたのようにすぐに使えたらよかったのだけど、一つずつ覚えていかないといけないみたいなのよ。ちょっともどかしいのだけど」
この世界に召喚された直後のレイが強力な魔法を使ったことを聞き、ルナは少しだけ焦っていた。
「僕の場合、この身体の持ち主が魔法を覚えていたから……それに僕も最初は森で隠れて練習したんだ。なあ、アッシュ」
「そうだな。一応最初から使えたが、自分の限界が分からず魔力切れで歩けなくなったこともあった。ここなら安全だが、イオネ殿の言う通りにじっくりと覚えていった方がよい。何事にも焦りは禁物だ」
「そうですね。でも、歩けなくなるほどって……その時の話を聞かせてください、アシュレイさん。森の奥で練習していたんですよね。どうやって街まで帰ったんですか……」
夜のアルスの商業街に彼らの明るい声が響き、同じように酒が入った者たちが仲の良さそうな彼らの様子を温かい目で見つめていた。
翌日の朝、金床亭の裏庭でレイたちは鍛錬に汗を流していた。
ライアンとイオネ以外は武器を預けており、普段と違う武器になれるため、いつも以上に素振りに力を入れていた。
三十分ほど経ち、一息入れた時、レイが槍を持ち上げながら驚きの声を上げる。
「本当に凄い槍だよ! 僕の白い角がなければ、この槍にしたいって思うくらい、すぐに馴染んだし。それに魔力の効率もいい。これなら無理なく魔法を纏わせることができるよ。さすがは世界一の名工の槍だね」
アシュレイも興奮気味の彼の言葉に大きく頷く。
「そうだな。私も予備の剣を借りているが、正直に言えばバルテルの剣より使いやすい。まあ、この剣は私には過ぎた物であることも事実だが」
手入れのため、剣を預けているが、その間の替えの武器として両手剣を借りていた。魔法剣ではなく、鋼の剣なのだが、それでも十万クローナはくだらない名工の物だった。
「今回はルナのお陰で戦力の底上げが図れる。特にウノ殿たちの武器の向上は、レイの魔法と共に切り札になりうるからな」
ウノたちはウードら片手剣の名工がミスリルで作ることになった。時間的に余裕がないため、既存の技術通り、付与する属性は二つのみだが、獣人奴隷五人が魔法剣を持つという異常とも言える状況だった。
鍛錬を終えて装備を整えると、鍛冶師ギルド総本部に向かった。
今日もレイは鍛冶師たちの要望に従い、槍や鎧に魔力を流したり、説明をしたりしなければならない。
アシュレイとステラは比較的に時間に余裕があるため、ウノたちのオーブの作成に付き合うことにしていた。
ライアンとイオネは装備を整えるため、担当の鍛冶師の工房に行く必要があり、別行動になる。
そして、最後にルナだが、ウルリッヒから防具を作る話を聞かされた。
「お前の防具の話じゃ。昨日の話を聞く限り、魔道弓術士となるのじゃろう。ならば、ある程度の防具は必要じゃ。偶然じゃがリュックの手が空いておった。それにこれも偶然じゃが、作りかけの防具があったんじゃ。五日ほどで仕上がるほどの物がの」
その話を聞いたルナは偶然ではなく、前日に手配したと気づいたが、それを口に出すことなく、
「ありがとうございます。このご恩はいつか必ずお返しします」と言って大きく頭を下げた。
「お前のために、家族のためにすることじゃ。無事に帰ってきてくれればそれでよい」
そう言って相好を崩す。
そのため、ルナも別行動となり、それぞれ夕方に合流することになった。
「ここで夕方に合流ってことは今日も宴会……」
ウルリッヒが「当たり前じゃ! 若いもんが何を言っておるんじゃ」と言って、彼の尻を叩く。
レイとライアンはげんなりとするが、ルナは今日も「楽しみです。時間があったら、何か作りますね」と言うと、
「今日は牛のモツの煮込みを作ると聞いておる。最後に味を見てやってくれんか」
「はい。私でよければ喜んで」
それぞれが行動し始めた後、レイのところに王妃カトリーナがやってきた。
今日は数名の若い文官を従えており、オレンジ色のドレスを着ている。
その姿に職員たちが跪いているため、レイたちもそれに倣う。
「ドレクスラー匠合長とアークライト殿にお話があります」
そう言ったあと、文官の一人に小さく頷きかける。
その若い文官はいかにも秀才といった線の細い感じの二十代後半の男性だった。
「アークライト殿の対魔族戦における活躍に対し、カウム王国は褒章を考えております。現在は鍛冶師ギルドの依頼により、ロックハート子爵家の令嬢ルナ殿の護衛とのことですので、匠合長にもお話を聞いていただこうという次第です」
そして、匠合長室に入ると、ウルリッヒがまじめな顔でカトリーナを迎える。
「よく来てくださった。本来なら王宮に出向かねばならんところを手間を掛けさせてしもうた」
「いいえ、私が好きでしていることですから」と言ってカトリーナは微笑む。
そこで文官が話を始めた。
「早速ではございますが、アークライト殿に対する褒章について説明いたします。王国といたしましては、アークライト殿に名誉伯爵の爵位と王家の紋章が入ったマントを贈ることを考えております……」
文官の説明では、レイには名誉伯爵位が贈られ、それに伴い王家であるブレントウッド家の紋章、炎を吐く竜とクロスする斧が描かれた純白のマントを下賜するというものだった。
名誉伯爵はその名の通り名誉爵位であり、義務も権利も付随しないが、オーブには称号として明示されるため、貴族として扱われることになる。
「名誉伯爵ですか……大袈裟すぎます……」
レイはそう言って辞退しようとした。
「決して過大な褒賞というわけではありません。逆に伯爵位以外を提示すれば、我が王国はあなたの行ったことを正当に評価していないと言われることでしょう」
「騎士爵でも充分過ぎると思うのですが……」
「それでは王家の紋章が入った物を下賜することが難しくなります。精々、短剣程度の小物しか贈れません。それに、これについてはあなたにもメリットがあるのです……」
その言葉にレイは首を傾げるが、口を挟むことなく聞いている。
「……今のところ、白き軍師と呼ばれるアークライト殿はどの国にも属していません。恐らくですが、ラクス王国ではあなたを取り込むために何らかの褒賞を考えていることでしょう。当然、カエルム帝国も同様です……」
「そうでしょうか……」と思わず口を挟んでしまった。
「ええ、あそこの宰相はやり手です。有能な人材には惜しげもなく地位、名誉、金銭を約束します」
ウルリッヒは昔のことを思い出したように「うむ」と頷いている。
「そんな中、あなたは最初に我がカウム王国を訪問された。当然、我が国も様々な実利のある褒賞を用意し、勧誘しました。それにも関わらず、あなたは“名誉伯爵”という爵位以外、何一つ受け取らない。そして、為政者たちが考えるのは、アークライト殿が以前活躍したラクス王国に戻るのではないかということです。帝国からの無用な勧誘を防ぐためには有効な手段だと思いますが、いかがですか」
「僕はラクスにも仕官するつもりはないのですが……」
「もちろん、分かっています。もし、本当に地位を求めているなら、カウム王国は名誉伯爵ではなく、領地付きの伯爵位を用意しますわよ」
カトリーナはそう言って笑うが、すぐに真剣な表情に戻す。
「ですが、帝国での用事が済んだら、いずれフォンスに戻られるのでしょう? それまで自由に動くことを望んでいるのでしたら、私の提案は有効だと思いますけど」
レイはそこですぐには答えず、考えを巡らせていく。
(確かにそうなんだけど、名誉爵位とはいえ、もらってしまってもいいんだろうか? でも、トラブルを未然に防ぐって言われるとそんな気もするし……僕としては、よくやったから褒美にこれをやるよというくらい感覚だったんだけど……)
そう考え、あることに気づく。
(僕たちの目的はあくまでジルソールに行くこと。その後のことはどうなるか分からないけど、あまり目立つのは得策じゃない。だとすれば、名誉伯爵なって注目されるのは目的に適っていない。別に王家の紋章が入った装備にこだわる必要はないんじゃないか? 鍛冶師ギルドの臨時職員にしてもらって、その証明書だけでもいい気がしてきた……)
彼は居住まいを正し、そのことをカトリーナとウルリッヒに告げた。
「私たちはあまり目立ちたくありません。そもそも私の鎧が聖騎士の物に似ているから、無用なトラブルを招くという話が発端だったはずです。名誉伯爵という話になれば、逆に目立ってしまいます。私としては今回のお話はすべて遠慮させていただき、鍛冶師ギルドの依頼である証明をいただければと思います」
それに対し、カトリーナはそれに何も言わなかったが、ウルリッヒは「その通りじゃな」と納得する。
そこでレイは立ち上がり、「今回はご足労いただき、ありがとうございました」と言って大きく頭を下げる。
「やはり白き軍師殿は侮れませんわね。この機に唾を付けておこうと思ったのですが、見事にかわされてしまいましたわ」
そう言って微笑んだ後、
「傭兵であるレイ・アークライトに対し、カウム王家から感謝状と光神教とは無関係である旨の公文書を発行しましょう。これがあればカエルム帝国に入っても大きな問題にはならないはずです」
「最初からそう言えば良かろう」とウルリッヒが毒づく。
「鍛冶師ギルドの依頼書については儂の名で出すように命じておく。これでよいですな、王妃殿下」
彼女が答える前に「これで駄目だと言うなら、今日の宴会への出席は認めん」と付け加える。
「それは困りますわ」と笑いながら言うと、レイに向かって頭を下げる。
「試すようなことをしてごめんなさいね。あなたのような優秀な方にいてもらいたかったのよ」
そして、文官たちに「感謝状と公文書の作成を大至急お願いします」と命じた。
「では、今宵の宴会にも出席してよいですわね、ウルリッヒさん」
「ああ、構わんぞ、カティ」
その会話で王妃と匠合長ではなく、いつも通りの関係に戻ったとレイは理解した。




