第二十二話「一時(いっとき)の休息」
四月二十三日の昼頃。
レイは鍛冶師ギルドの集会室でドワーフの鍛冶師たちの強い要望により、愛槍白い角と鎧雪の衣の謎の解明に付き合っていた。
彼とともに剣と鎧を預けたアシュレイとステラがいるが、五十人近いドワーフの鍛冶師たちの熱気に目を丸くしていた。
「この魔法陣は木属性の自己修復じゃ。だが、これは金属性の硬化。どうやれば、この二つを並べて上手く行くんじゃ? さっぱりわからんの」
「それよりもこの魔法陣じゃ! これはどう見ても土属性じゃ。恐らく、これが重量軽減に効いておるじゃろうが、この風属性の魔法陣の意味が分からん……」
「槍の方がもっと分からんぞ! 握りのところに魔法陣が描かれておるが、これほど精巧な魔法陣は今まで見たことがない! 滑り止めで巧妙に隠されておったが、この狭い部分によくぞ描いたものじゃ……」
ドワーフの鍛冶師は金属性魔法と付与魔法の使い手であることが多いが、彼らの魔法の使い方は独特だった。彼らは金槌に魔力を込めて金属を叩くことにより、魔法を付与する。つまり、魔法陣もハンマーによって描かれることになり、一cm以下という小さな魔法陣を描くことは困難だった。
アシュレイは「レイは災難だな」とステラにいい、ステラも「大変そうです」と頷いている。ただ、二人ともこの場が安全であり、久しぶりに訪れた平和な時間に笑みが絶えない。
しかし、レイだけは別だった。
彼は鍛冶師たちに言われるまま、身体を動かし、更には魔力を込めるなど、いろいろな要求に応え続けていたのだ。
(疲れてきたな。そろそろお昼なんだけど、休憩くらいさせてくれるよな……それにしてもよく飲むよな。みんなジョッキを持っているし、いつの間に飲み始めたんだろう。これは仕事じゃないのかな? まさか、仕事中でも普通に飲んでいるとかはないよな……)
彼の言う通り、すべてのドワーフがジョッキを握っていた。更にはギルド職員が常に鍛冶師の動向に注視しており、ジョッキが空になった瞬間に、小樽を抱えて補充に向かっている。
「それにしても謎は魔晶石じゃ。これほどの業物なら少なくとも二級相当の魔晶石は必要じゃ。しかし、この槍にはそれが見当たらぬ。鎧も同じじゃ……」
「確かにそうじゃな。儂らのやり方ではこれほどの効果を出すことはできん……」
魔道具には魔晶石と呼ばれる魔力を蓄積・伝達する宝石が必要になる。
特に武器のような強力な魔法の効果が必要な物には、どうしても純度の高い魔晶石が必要となる。それが彼らの常識だった。
実際、ドワーフたちが作る一級品と呼ばれる魔法剣には三級相当の魔晶石が、国宝級と呼ばれるものには二級以上の魔晶石が必ず使われている。
しかし、レイの武具にはその魔晶石が見当たらない。
もちろん、魔晶石がない魔導具も存在する。装身具のように常に身に着けているものであれば、装着者自身を魔晶石代わりにすることで発動は可能だ。
しかし、その場合は非常に効率が悪く、光を発することや、弱い風を作り出す程度のことしかできない。
それが鍛冶師たちの困惑の原因だった。
喧々諤々の議論が交わされていたが、職員の一人が「昼食の準備が整いました!」と声を掛けると、一斉に振り返り、「もうそんな時間か」とか、「どおりで腹が減るはずじゃ」なとと言って動き出す。
集会室の後ろ側のテーブルは職員たちの手によって並べ替えられており、五十人の親方たちが座れるようになっていた。また、いつの間にか大きな樽が持ち込まれており、レイはその手際に昨日と同じ感想を持った。
(ここの人たちは本当に凄いな……壇の上に立っていたのに準備に全然気づかなかった。いつの間に樽まで入れたんだろう……)
そんなことを考えながら呆然としていたら、職員の一人が「皆様の準備もできております」と声を掛ける。
レイは慌てて壇から降り、同じように呆然としているアシュレイとステラと共に用意された席に向かった。
全員が席に着き、乾杯の音頭が取られた後、ルナが戻ってきた。
前に座った彼女にレイは声を掛けた。
「宴会の準備を手伝うって言っていたけど、料理ができたんだね」
「あら、昔から好きだったわよ。もっとも日本にいる時は料理と言うよりお菓子作りだったけど」
彼女のイメージは弓道部のエースにして優等生であり、お菓子作りという趣味があったことが意外だった。
「そうなんだ。知らなかったな……料理はこっちに来てから覚えたの?」
「ええ、ロックハート家で教えてもらったものが多いわ。あそこは美食の村でもあったから……」
そう言いながらも僅かに寂しげな表情を浮かべる。
レイはその表情の変化に気づかなかったが、ステラは気づいていた。
(何かあったのかしら? 少し寂しそうな感じに見えるけど……)
そう考えるものの、レイが気に掛けるルナに素直に話し掛けられない。
(レイ様がルナさんに対して同郷の人という意識しかないのは分かっているのだけど……こんなことでは駄目ね……)
楽しく話しているレイにステラの想いは伝わらなかったが、アシュレイには伝わっていた。
彼女もアルスに来てから生き生きとしているルナに僅かだが危惧を抱いている。
(心がざわつく。ステラも同じようだが……それにしても、ルナの変わりようは同じ人物かと思うほどだな。ペリクリトルでは少し斜に構えた感じの冒険者。ソキウスでは女王然とした指導者。そして、アルスでは生命力溢れる娘……今の姿がレイにとっては馴染みのようだが、昔の想いがよみがえらなければよいのだが……)
そんなことを考えながらも今の状況に満足もしていた。
(彼女のお陰で戦力の増強が図れる。少なくともウノ殿たちがここの鍛冶師の武器を持てば、今まで以上に安全になるはずだ。それに鍛冶師ギルドが全面的に協力してくれるという話が本当なら、ルナが言ったように帝国での行動でも支援が期待できる。ジルソールに向かうことも少しは楽になりそうだ……)
彼女がそう楽観するほどにドワーフたちのルナに対する協力姿勢は強かった。偏屈で、気に入らなければ王族といえども言うことを聞かないドワーフたちが、ルナに対しては娘か孫のように可愛がり、何でも言うことを聞いている。
傭兵であるアシュレイにとってドワーフとロックハート家の関係は常識だが、それを目の当たりにすると想像以上であると驚かざるを得ない。
(マーカット傭兵団もドワーフの鍛冶師とは懇意だが、そのようなレベルではない。ルナがウルリッヒ殿たちを信じられねば誰も信じられないと言った意味が今なら理解できる。しかし、これほどとは思わなかった……一度、ラスモア村に行ってみたいものだ。ロックハートという存在がどのようなものなのかを確かめるために……)
注目の的のルナだが、彼女はアシュレイが思っている以上に幸せを感じていた。それは懐かしい第二の故郷を思い出させるからだ。
それでも僅かに寂しさも感じている。
(……ドワーフ・フェスティバルを思い出すわ。最後に参加したのはいつだったかしら……でも、あの人がいてくれたらもっと楽しかったんだろうな……)
そんなことを頭の片隅で考えながらもドワーフたちと楽しく会話しながら昼食を摂っている。
「そう言えば、前より腸詰が美味しくなった気がするんですけど?」
彼女の何気ない問いにゲオルグが大声で答える。
「儂のところに入れておる業者がラドフォードに教えてもらったそうじゃ。なかなかのもんじゃろう。ガハハハ!」
「ラドフォード子爵様の……どうりで美味しいと思いました! 香辛料の利かせ方とか、本当に凄いです」
固有名詞が分からないレイが「ラドフォード子爵って誰?」と小声でアシュレイに聞くが、彼女も知らないようで首を傾げている。
「帝国一の美食家よ。ラスモア村によく来られるから、アルスにも立ち寄られるの」
「帝国一、いや、世界一の美食家はザックじゃ! 奴は二番じゃな!」とウルリッヒが言うと、ドワーフたちが「そうじゃ!」と足を踏み鳴らして同意する。
「ザックさんって、ルナを助けてくれた冒険者のことだよね。冒険者で美食家なの?」
「そうよ。あの人は本当に凄い人なの。何でもできるし……」
レイは転生者であるザックという人物のことを聞きたかったが、この場で話すことでもないと話題を変える。
「そう言えば肉じゃがを作るって言っていたけど、できそうなの?」
ルナは話題が変わったことに僅かに安堵の表情を見せるが、すぐに満面の笑みを浮かべる。
「あなたの知っている料理とは大分違うから、驚くかもしれないけど、私の自信作よ。夜の宴会を楽しみにしておいて」
その言葉にレイは「楽しみにしているよ」と答えるものの、二日連続の宴会に憂鬱になる。
その話にアシュレイが加わってきた。
「その“肉じゃが”というのはどのような料理なのだ? 肉とジャガイモを使った料理であることは何となく分かるが」
「僕たちがいたところの定番の家庭料理だよ。僕も作り方は知らないけど、牛肉とジャガイモ、玉葱なんかが入った煮物なんだ」
「ポトフのようなものなのか? 私は料理が苦手だからよく分からんが」
そこでレイが小さく噴き出す。
「そうだよね。最近はそんな余裕はなかったけど、モルトンの街にいる頃には時々挑戦していたよね」
「アシュレイさんも料理をされるんですか? でしたら、午後は一緒に作りませんか?」
ルナは無邪気ともいえる笑顔で誘い、ドワーフたちも「それは楽しみじゃ」と賛同している。しかし、アシュレイは「い、いや、私は」と両手をバタバタと振り、否定とも肯定ともつかない挙動不審な仕草をする。
「いや、アッシュは昼からも僕たちと一緒にいるから無理かな。そうだよね」
レイが意味深な表情でアシュレイに笑いかける。彼は彼女が野営で作る料理以外、壊滅的にできないことを知っており、それとなくフォローしたのだ。
「そ、そういうことだ。ざ、残念ながら手伝うことはできん……」
そんな会話を楽しんでいたが昼食の時間が終わった。
幸い、レイはビールを一杯だけ飲むだけで済ませており、ほとんど酔うことなかった。
午後もドワーフの鍛冶師たちがレイの槍と鎧に群がるが、ウルリッヒたちは自分の工房に戻っていた。
但し、オイゲンとゲオルグはそれぞれ槍と鎧を手に再び総本部に戻ってきた。
「これが代えの槍じゃ。一応、ミスリルの魔法槍で光属性が付与されておる」
オイゲンはそう言って銀色に輝く穂先を持つ見事な槍を手渡す。
「オイゲン殿の神槍……見事なものだ……」とアシュレイが呆然としながら感心している。
受け取った本人はバランスを確かめた後、二度ほど突きを放ち、「これなら大丈夫です」と気負いもなく答えた。
しかし、アシュレイが小声で「その槍は百万クローナ以上の価値がするのだぞ」と注意すると目を大きく見開いて固まってしまった。
(百万クローナっていえば、日本円で十億円……国宝級ってこと……こんなの実用品として使えないよ……)
価値を知らされ若干涙目になりながら、「こんな高い槍は使えません……」とオイゲンに返そうとした。
「お前の槍に比べれば大したことはないんじゃ。安心して使えばよい。それより、あれを儂の工房に持っていってもよいな」
槍を受け取ることなく、レイが答える前に白い角のところに行ってしまった。残されたレイは百万クローナの槍を抱えたまま、動くことができなかった。
その間にゲオルグはアシュレイに自らの鎧を手渡す。
「サイズを合わせねばならんが、恐らくそれほど調整が必要ではないじゃろう。とりあえず、胴鎧と兜を持ってきた。腕や足の物は適当な物がなかったのでな」
ゲオルグの鎧はオイゲンの槍ほど非常識なものではなく、鋼でできた無骨なものだった。しかし、目利きでもあるアシュレイが見たところ、一流の傭兵が身に付けてもおかしくないほどの高級品だ。実際、フォンスの鍛冶師グスタが作った鎧より良いもので、そのことをゲオルグに告げるが、
「黒鋼騎士団の指揮官用じゃ。儂にとっては大したものではない。気にせず使え」
そう言い切られてアシュレイも返す言葉を失っている。
二人はアルスのドワーフとの常識の差に顔を見合わせていた。
しかし、それだけではすまなかった。レイの長剣を持ち帰ったウルリッヒが同じサイズの長剣を届けさせたからだ。
持ってきたのは工房の事務員の人間の男性で、「親方から渡すようにとのことです」と言って一振りの長剣をレイに渡すとそのまま工房に戻ろうとした。
嫌な予感がしたレイは事務員に「これって凄い剣ですよね」と恐る恐る確認する。
「ウルリッヒ様の剣ですからね。どれも凄いものですよ」
と言ってニヤリと笑うが、
「それはアルス鋼の長剣ですので、うちの工房では最も安い剣ですよ。だから、安心してください」
それだけ伝えると部屋を出ていった。
レイは安堵するものの、その後にギルド職員に聞いた話に愕然とする。
「匠合長の剣ですから、アルス鋼であっても十万はしますよ。まあ、事務員の言っていることも合っているんですけど」
ウルリッヒ・ドレクスラーは当代きっての名工として名高く、高名な騎士や傭兵からの依頼が多い。しかし、気に入った相手のものしか作らないため、絶対数が少なく、そのため、価格は高騰していたのだ。
レイとアシュレイは何ともいえない気分で立ち尽くしていた。その後は再び、鍛冶師たちの要求に従い、槍と鎧の調査に協力していく。
午後四時頃、ようやく鍛冶師たちから解放された。
「疲れた」とレイが言うと、「御苦労だったな」とアシュレイが労う。
それでもすぐに宴会の準備が始まり、彼らは手持無沙汰で集会室で待っていた。
そこに料理をしていたルナが戻ってきた。
「大丈夫だった?」と笑いながら聞くと、レイは「大丈夫だけどちょっと疲れたよ」と肩をすくめる。
更に話をしようとした時、集会室の扉が開かれた。
そして、そこに現れた人物を見たルナが満面の笑みを浮かべる。
「お久しぶりです、カティさん!」
彼女の視線の先にはふくよかな中年女性の姿があった。
お分かりだと思いますが、サブタイトルは宴会と宴会の間の休息と言う意味ではありません(笑)。
ついにあの人物まで出てきてしまいました。
こんな感じで、ここからは外伝の登場人物がどんどん出てくる予定です。
万が一、外伝を読んでいない方がいらっしゃいましたら、あちらも読んで頂くと、二倍楽しめると思います。




