第二十一話「補強」
四月二十三日。
レイとルナが鍛冶師ギルドの匠合長ウルリッヒ・ドレクスラーらに状況を説明していた時、アシュレイらは集会室で三十人ほどのドワーフの鍛冶師に囲まれていた。
「鎧を作り直してやる。どうじゃ、儂に任せんか」
「バルテルの打った剣より、儂の方がよい剣を打ってやるぞ」
などという声がアシュレイとステラに掛かっている。
声を掛けていたのは昨日の宴会で割り当てられなかった鍛冶師たちで、少しでも役に立ちたいと思い、朝から総本部に来ていたのだ。
アシュレイはどう対応していいのか困惑し、「いや、それは」などと彼女らしくない対応に終始する。
ドワーフの鍛冶師はどの街でも一流といわれているが、ここにいる者たちは全員が名工と謳われるほどの腕をもっている。
そのため、普段は剛毅な彼女も、彼らの提案を無碍に断ることができなかったのだ。
それに対し、ステラは冷静に対応していた。
「私にはこの剣で充分です。それよりウノさんたちの剣をよい物にしてください」
「防具はゲールノート様のミスリルのチェインシャツですし、私の戦い方にはこれ以上の重さは邪魔にしかなりません」
そのような感じで明確に断っていく。
合理的な考え方の彼女にとってはいかに名工の提案とはいえ、現状の武具でも充分な性能を持っており、更に滞在日数を延ばすような提案は受け入れる必要はないと割り切っていたのだ。
ウノたちもいろいろと提案を受けるが、「我らはアークライト様のご命令に従うまで」と言って、どのような提案も受けつけない。
その中には片手剣の名工ヨハン・ヴィルトもおり、「儂がミスリルでショートソードを打ってやるぞ。それも三属性の魔法剣じゃ」と他の剣術士が見たら嫉妬で狂いそうになるほどの提案がなされていた。
しかし、彼らはそれすら迷いもなく断っていた。
そんな中、最も困惑していたのがライアンだった。
自らの腕がドワーフの名工に値するとは思っておらず、彼にしては珍しく、萎縮していた。それほどまでに鍛冶師たちの存在感が大きかったのだ。
結局、ウルリッヒが指名したハルバードを得意とするボリス・カルツという比較的若い鍛冶師が高品位鋼であるアルス鋼を使って打つことになった。
その理由だが、偶然ボリスの工房に入っていたハルバードの注文がキャンセルされ、ある程度の形になったものがあった。そして、それがライアンのものと近いと分かったためだ。
比較的若い鍛冶師といっても八十歳を超えているベテランで、三百人の親方の一人だ。他の都市であれば支部長であってもおかしくない腕の持ち主で、そんな親方に自分の武器を作ってもらうことに普段は傍若無人に見えるライアンが動揺していた。
「俺なんかの武器を……本当にいいですか? 俺はまだレベル二十八なんだが……」
それに対し、ボリスは「黙って作らせればよいんじゃ!」と一喝し、
「腕が足らんというなら腕を上げよ! お前の腕がルナの安全に係るかもしれんのじゃ!」
四十cm近い身長差がありながらも、ライアンは萎縮してしまう。更に周りの鍛冶師からも、
「ルナに毛筋ほどの傷が付いたら許さぬからな!」
「でかい図体をしておる割には肝が小さすぎじゃ! 堂々としておれ!」
などという脅しともつかない言葉が投げられる。
「分かった。俺はルナを守る。命に替えても守ってみせる。ボリスさん、最高のハルバードを作ってくれ!」
そう言って大きく頭を下げる。すると、ボリスはニヤリと笑い、彼の腕をバシンと叩いた。
「そうじゃ! 男ならば、女を守る気概が必要じゃ! ガハハハ!」
周りからも同じような笑い声が上がる。
そんな笑い声が渦巻く中、真剣な表情でレイの鎧と槍を見ている者も多かった。
「これはやはりあれかの」とか「この魔法陣はどうなっておるんじゃ? これほどの魔法陣はゲールノートでも無理じゃ」という声が零れている。
そこにレイとルナを伴ったウルリッヒが入ってきた。彼の後ろにはゲールノートとオイゲンの二人もいる。
「騒がしいの。で、役割は決まったのか」
「はい。このようにすべて決まっております」と職員の一人が割り当てを書いた書類を見せながら説明し始める。
そして「ただ、ゲオルグ様がご懸念を……」と言いかけたところで、一人のドワーフが話に割り込んできた。
「剣の手入れだけでは不充分じゃ。防具の補強をすべきじゃと儂は思うぞ」
「どういうことじゃ、ゲオルグ? アシュレイとステラの鎧はグスタのものじゃ。それにステラはゲールノートのチェインシャツも装備しておる」
ゲオルグと呼ばれた鍛冶師が憮然とした表情で首を横に振る。
「ステラはよい。だが、アシュレイの物は全くなっとらん。せめてミスリルで補強せねば、魔法に対して無防備すぎる。もちろん、ライアンもイオネも同様じゃ」
「なるほどの。確かにそれでは不味かろう」とゲールノートが同意する。
レイはゲオルグとゲールノートの話についていけない。横にいるルナに小声で質問した。
「どういうこと? 魔法に対して無防備って」
「私も詳しくは知らないんだけど、普通の鋼は魔法に対して弱いらしいの。特に精神に効果がある闇属性魔法には。だから、私がいたラスモア村ではミスリルをメッキみたいに貼り付けて魔法に対する防御力を上げていたわ」
ミスリルでメッキすると聞いたもののあまりイメージできていない。
「それって難しいんじゃないの? あまり一般的じゃなさそうだし」
ルナは彼の問いに小さく頷き、
「そうね。私が聞いた話だと、付与魔法とか魔力付与っていう特殊なスキルがいるそうよ。だから、腕のいいドワーフの鍛冶師じゃないとできないって」
二人がこそこそと話している間にウルリッヒらは協議を進めていた。
話がまとまったのか、ウルリッヒはルナに向かって話し始めた。
「十日ほど滞在するということじゃが、街の外には出ぬのじゃろう? ならば鎧も儂らに預けんか?」
ルナは一瞬頷こうとしたが、「アシュレイさんに確認します」と言ってドワーフたちに囲まれているアシュレイの下に向かった。
レイも彼女を追うように後ろをついていく。
「ゲオルグさんとゲールノートさんがおっしゃるには、魔法に対する防御を強化すべきだということです。今のところ、街の外に用事はなかったと思うのですが」
「そうだな……予定はないが、魔法防御というとミスリルの薄膜を貼り付ける例の方法か? あれは名工にしかできぬ特殊な技と聞いたが」
「ええ、それであっています。ですが、ここにいらっしゃる鍛冶師の方ならどなたでもできるはずです」
そこでレイが話に加わる。
「ぜひともやってもらうべきだ」
「そうは言ってもあれを正式装備にしているのはロックハート家くらいのものだ。帝国軍の正規軍団でも連隊長以上にしか施されておらんという高価な手法だぞ」
アシュレイの常識では、ミスリルの薄膜は少量とはいえ貴重な魔法金属を用いるため、非常に高価であり、高名な冒険者や傭兵でも行っている者はほとんどいない。実際、ラクス王国一の傭兵団、マーカット傭兵団ですら、誰一人行っていなかった。
「それに虚無神相手に通用するのか? あの闇属性の使い手、イーリス殿ですら防げなかったのだ」
アシュレイの指摘にレイは首を横に振る。
「確かにそうかもしれないけど、この先のことを考えたら、少しでも対策は打っておくべきだ。敵はヴァニタスだけとは限らないんだ。僕としては君だけじゃなく、ルナたちやウノさんたちの防具にもお願いしたいくらいなんだ」
「私も賛成よ。ロックハート家がアンデッドと戦った時、ミスリルで補強した鎧を着ていた兵士はヴラドの影響をあまり受けなかったらしいの。ヴァニタスの送り込んでくる敵がどの程度の力を持っているか分からないけど、できることは少しでもやっておくべきだと思うわ」
二人の言葉にアシュレイも頷く。
「そうだな。ただ、街を出るつもりはないが、鍛錬は行いたい。安い鎧でよいので貸してもらえればよいのだが」
ルナはその言葉に「安い鎧を探すほうが大変な気がしますけど」と笑い、
「レイからウノさんたちに伝えてくれるかしら? あの人たちにお願いできるのはあなただけだから」
「了解。そういえば、ウノさんたちって防具を着けているように見えないんだけど、どうなんだろう?」
ウノたちはこげ茶色の革の上下にショートソードを腰に差しているだけで、農民とも商人ともつかない姿でいることが多い。さすがにペリクリトル攻防戦の時には革鎧を着けていたが、普段は動きを阻害し、音を出す恐れがある鎧は装備していなかった。
レイはウノを呼び、そのことを確認すると、「我らに防具は不要でございます」と言ってきた。
「でも、これからのことを考えると少なくても魔法に対する防御はあった方がいいと思うんです。絶望の荒野ではゴーストたちの攻撃を受けていましたし、似たようなことがあったらと思うと……もっともミスリルのチェインシャツが効かなかったこともありますけど」
絶望の荒野では獣人だけに聞こえる音によって精神攻撃を掛けられたり、女性だけに悪夢が現れたりと精神攻撃も受けていた。ミスリルのチェインシャツを着けているステラですら魔法を防げていないため、ヴァニタス相手にどの程度の効果があるのかは微妙だが、それでも何もしないよりはいいと考えた。
レイの後ろからゲオルグが話しかけてきた。
「儂らに任せておけ。ちょっとした面白い物を作っておるんじゃ」
自信有り気にそう言い切られたため、レイは「お任せします」としか言うことができなかった。
「これで懸念はないな。ならば、レイの左手の魔法陣と鎧、槍の魔法陣の関係を調べるぞ。アシュレイたちの担当の者はすぐに取り掛かれ! 時間はないぞ!」
その言葉でドワーフたちが一斉に動き出す。
アシュレイたちは武具を渡すだけで済むが、ライアンとイオネ、ウノたちは工房に行かないといけない。
ライアンとイオネは鍛冶師たちに連れられて集会室を出ていくが、ウノはレイの下を離れることをためらっている。
「ウノさんたちもお願いします。この先の安全のためなんです」と言ってレイが頭を下げると、ウノはアシュレイとステラに頭を下げた後、ドワーフたちと共に部屋を出ていった。
残っているのはレイ、アシュレイ、ステラ、そしてルナの四人だが、レイにはすぐにウルリッヒの指示が飛ぶ。
「レイ、済まんが、お前はその台の上に立って、槍を持ってくれ……」
アシュレイとステラはレイと一緒にいるつもりだが、ルナはどうしようかと考えていた。
(私がここにいてもすることはないわね。この建物の中なら安全だし……どうせ、今日も宴会だから、職員さんたちを手伝ってこようかしら。うん、それがいいわね)
その考えをウルリッヒに伝えると、彼は相好を崩して頷いた。
「久しぶりにルナの料理が食えるのか。それは楽しみじゃな!」
「本当に楽しみじゃ」という声が集会室に木霊する。
そんな中、ゲールノートが遠慮気味に、
「儂はあの煮込みが食いたいんじゃが」
「“肉じゃが”ですか? 材料があれば作りますよ」とルナはニコリと笑って頷く。
「おう、それじゃ! “肉じゃが”じゃ! あれだけはお前がおらんと食えんのじゃ」
「分かりました! 材料があるかジャックさんに聞いてみますね。もしかしたら、村で食べたものと違うかもしれませんけど」
「構わん。材料がなければ、他のものでもよいしの」
その時のゲールノートの表情は孫娘に対するような優しいものだった。
ルナが集会室を出ていくと、鍛冶師たちの表情が真剣なものに戻る。
「魔力はどうするのじゃ? 意識して通すのか? それとも無意識でも発動するのか?」
「鎧は着なくとも軽くなるのか! 何ということじゃ!」
そんな声が集会室に満ちる。
レイは言われるままに身体を動かし、質問に答えていった。
集会室を出ていったルナは職員たちがいる事務室に向かった。
すぐに彼女に気づいた職員が案内を申し出るが、
「ありがとうございます。あとすみませんけど、ジャック・ハーパーさんを呼んできていただけないでしょうか?」
職員が飛ぶように事務室に向かうと、すぐにジャック・ハーパーが駆けつける。
「ハァハァ……お呼びとのことですが?」
急いできたのか、少し息が荒い。その様子にルナは申し訳なさを感じ、頭を下げる。
「すみませんでした。そこまで急いでいただかなくてもよかったのですが……後でウルリッヒさんからもお話があると思いますが、帝国の情報を教えていただきたいのです」
「分かりました。我々が掴んでいる情報はすべてお教えします。今からの方がよろしいですか?」
「いいえ。レイがいる方がいいので、夕方になると思います」
「分かりました」と言ってジャックはその場を去ろうとしたが、ルナが「もうひとつお願いがあるのですが」と言って引きとめる。
ジャックが立ち止まると、
「今晩も宴会が行われると思いますので、そのお手伝いをさせていただこうかと」
「ロックハート家の方に手伝っていただくわけには……」
ジャックは一瞬そう言って断ろうとしたが、すぐに思い直す。
「ルナ様に料理を作っていただければ、皆様もお喜びになるでしょう。もしお時間がございましたら、私の方からもお願いします」
彼はラスモア村で行われた酒類品評会、いわゆるドワーフ・フェスティバルに携わったことがある。そのため、ルナが作った料理をドワーフたちが絶賛していることを知っていた。
更に彼女が料理好きであり、ドワーフたちに料理を振る舞うことを楽しんでいたことを思い出し、依頼したのだ。
「ありがとうございます。では、豚肉か牛肉、ジャガイモ、にんじん、玉葱をお願いします。あっ! 魚醤は置いていますか? ないとできないんですが……」
「大丈夫です。ラスモア村で使われているのを見て、当ギルドでも常備するようにしておりますので」
ルナはそれに頷くと、料理の手順を思い出しながら、満面の笑みを浮かべて厨房に向かった。




