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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第五章「始まりの国:神々の島」

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第二十話「説明」

 トリア歴三〇二六年四月二十三日。


 レイは鍛冶師ギルドの総本部の最も奥、匠合長室にいた。

 傍らにはルナがいるだけで、アシュレイたちは鍛冶師たちと武具の整備の話をするため、集会室にいる。


 匠合長室には部屋の主ウルリッヒ・ドレクスラーの他に、彼の盟友であるゲールノート・グレイヴァー、オイゲン・ハウザーの二人がいた。

 ゲールノートらはレイの武具、“白い角(アルブムコルヌ)”と“雪の衣(ニクスウェスティス)”の秘密を解き明かすためのヒントを得るために同席していたのだ。


 既に三人は応接用のソファに座り、ブラウンエールが満たされたジョッキを傾けている。

 更にソファの横には小さな樽が置かれており、ローテーブルにはソーセージやスペアリブなどのつまみが用意されていた。


 ウルリッヒは目を見開いているレイに「飲みたければ飲んでもよいぞ」と酒を勧める。しかし、すぐに真剣な表情になり、ルナに顔を向ける。


「儂一人でもよかったのじゃが、ゲールノートとオイゲンはおった方がよいと思ったんじゃ」


「私は構いません。ゲールノートさんもオイゲンさんも家族のようなものですから」


 ルナが笑みを浮かべて答えると、ゲールノートとオイゲンも「その通りじゃ」と言って相好を崩す。


「では、早速話をしてくれんか」とウルリッヒが話を促した。


「それでは私から話させてもらいます。信じられないことがたくさんあると思いますが、最後まで話を聞いてください。まず、私のことからお話します……」


 ルナは真剣な表情で話し始めた。


「私はこの世界の者ではありません……」


 その言葉に三人のドワーフは、口に運ぼうとしたジョッキを宙に浮かせて目を見開く。しかし、口を挟むことはなかった。


 彼女は自分が転生者であること、闇の神(ノクティス)の使いとして“月の御子”と呼ばれ、魔族にとって特別な存在であることなどを話していった。


「……ペリクリトルの戦いは私が原因です。魔族は“月の御子”である私を東側に連れていくため、アクィラを越えたのです……」


 ウルリッヒたちはその言葉に僅かに顔を顰めた後、一気にジョッキを呷った。しかし、ルナはそれに構うことなく話を続けていく。


「アクィラの東にはソキウスと呼ばれる魔族の国があります。レイは危険を顧みず、私を助けに来てくれました……彼は私と同郷であると説明しました。つまり、彼もこの世界の者ではないのです。そして、私も彼もこの世界を守るために神々によって呼ばれたのです……」


 匠合長室は周囲の喧騒とは無縁で、彼女の声以外で聞こえるのは時折聞こえるウルリッヒらのビールを飲む音だけだった。


「……この世界は邪神である虚無神(ヴァニタス)によって滅ぼうとしています。魔族の侵攻は私を拉致し、ヴァニタスをこの世界に召喚しようとする企ての一環でした。幸い、今回は彼が助けてくれましたが、邪神の脅威は未だに去っていません……私はある啓示を受けました。それはジルソールにある“始まりの神殿”に向かえということです。明確に神から指示されたわけではありませんが、その神殿に行かなければ世界に災いが訪れることだけは何となく分かっています。ですから、私は仲間たちと一緒にジルソールに向かいます。そこで何が待ち受けているかは分かりませんが、行かなければならないのです……」


 そして、レイを見てから彼の話を始めた。


「彼は一年前にこの世界にやってきました。彼は昔からの友人ですが、今の姿は私の知るものではありません。想像に過ぎませんが、彼の不思議な能力と武具を見る限り、どこかでヴァニタスと戦っている者がいて、その一人の身体を彼が使っているのではないかと思っています。ですから、彼の武具にどのような由来があり、どこから来たのか分かれば、この先の戦いの役に立つのではないかと考えたのです」


 そこで話を終えたが、レイを含め、誰も口を開かなかった。

 十秒ほどの沈黙の後、ウルリッヒは空になっているジョッキを置き、口を開いた。


「つまりじゃ。お前は別の世界から神に呼ばれ、ヴァニタスと戦う者じゃと……そして、レイも同じじゃと……レイの身体の主が分からぬから、それを調べたいということじゃな」


「はい。その通りです」


「一つだけ確認したい。お前のことはロックハートの者は知っておるのか? 知らぬなら、儂らより先にあの者たちに伝えるべきじゃ」


 ルナはニコリと笑い、


「皆さんご存知です。それを知った上で私を養女にしてくださりました」


「そうか……ならばよい。ロックハートの者がお前を受け入れておるなら、儂らも同じようにその事実を受け入れる。じゃが、正直なところ、儂の頭では理解できんことが多すぎるが……」


 ウルリッヒの言葉にゲールノートとオイゲンも頷く。


「ありがとうございます」と言ってルナは大きく頭を下げる。すぐにレイも同じように頭を下げるが、


「気にせんでよい」


 ウルリッヒはいつもの豪快な口調に戻っていた。そして、三人はジョッキに再びエールを満たす。


「このことは儂ら三人の胸に留めておく。よいな、ゲールノート、オイゲン」


「もちろんじゃ」とゲールノートが答え、オイゲンも大きく頷く。


「では、この話は終わりじゃ」とウルリッヒがいうと、ゲールノートが彼に代わって話を始めた。


「今朝、レイの鎧を見たんじゃが、やはり何を使っておるかすら、明確には分からんかった。ただ、オイゲンとも話したんじゃが、一応、当たりはつけておる」


「儂もあの槍をくまなく見てみた。あれはアダマンタイトを超える重さと強度じゃ。そのような金属は今のところ一つしか思い浮かばん」


 オイゲンがそう言うと、ウルリッヒが「もったいつけずに結論を言え」と先を促し、ジョッキを呷る。


「恐らくじゃが、伝説の魔法金属、オリハルコンじゃ」


「儂もその結論に達しておる。あれほどの重量と魔法適正。一番の決め手はあの鎧には八の属性すべての魔法陣が描かれておったことじゃ」


「八属性すべてじゃと!」と、ウルリッヒが叫ぶ。


「そうじゃ。儂も目を疑ったが、間違いない。だから、儂らが知らぬオリハルコンであってもおかしくないと思ったんじゃ」


 三人のドワーフが興奮気味に話しているが、レイにはいまいちどこが凄いのか分かっていなかった。


(八つの属性があるなら全部が書かれていてもそんなにおかしくない気がするんだけど。まあ、僕が全属性を使えるからなのかもしれないけど……)


 彼の隣にいるルナは「全属性の防具なんですか……」と目を丸くしている。


「そうじゃ。これは世間には知られておらぬが、今までの防具では七つの属性が付与されたものが最高じゃった。それも儂らが作ったものではないがな」


 ゲールノートの言葉をウルリッヒが補足する。


「ラスモア村を襲ったアンデッドの王がおったじゃろう。あのヴラドの漆黒の鎧が七属性じゃった。つまり、光以外のすべての魔法陣が描かれておったのじゃ」


 七年前のトリア歴三〇一八年、一万三千を超すアンデッドの大群がアクィラ山脈を越え、ロックハート領ラスモア村を襲った。それを率いていたのが、アンデッドの王ヴラド・ヴァロノスだった。


 ヴラドは一級相当の魔物ではあったが、今までに確認されたことがない謎の種族であり、更に彼が持つ武具は漆黒の謎の金属でできていた。

 剣には精神攻撃の効果があり、魔法攻撃に絶大な防御力を誇るミスリルの防具が全くの無力だった。鎧はウルリッヒの最高傑作であるアダマンタイトの剣を容易に防ぐ優秀なものだが、その重量は通常の鉄の半分ほどしかない。


 その鎧を詳細に調べたところ、この世界のものとは異なるものの、七つの属性の魔法陣が描かれていることが分かった。ただし、剣にはどうしても分からない謎の属性のものが描かれており、それについては一部の研究者が仮説を唱えているものの、明確な答えは出ていない。


 ルナはその事実に驚く。


「あのロックハートの人たちが苦戦したアンデッドの王の鎧より凄いということなんですね……」


「僕にはよく分からないんだけど……」とレイが彼女に小声で耳打ちする。


「私も教えてもらっただけだからどのくらい大変なのかは分からないんだけど、ここにいるウルリッヒさん、ゲールノートさん、オイゲンさんでも同時に発動させるのは三つの属性までなの。もちろん、それは凄いことなのよ。世界に数人しかいないんだから」


 そこでレイはようやく自分の鎧の異常さを実感する。


(ルナの話だと、ここにいる三人は世界最高の鍛冶師。つまり、この人たちが作ったものより遥かに性能がいいっていうことなんだ……謎のアンデッドが使っていたものに匹敵するってことも気になるな……)


 ルナの説明にウルリッヒが頷く。


「儂らも四属性に挑戦しておるが、付与自体はできるが発動となると未だに上手くゆかん。それがあれほど見事に八属性を付与しておるのだ。少なくともあの漆黒の武具と同じく、儂らが知る世界の物ではないということじゃ」


「ウルリッヒさんはレイの武具も別の世界から来たものだとお考えなんですね」


 ルナの問いにウルリッヒだけでなく、他の二人も頷く。


「魔法陣に詳しいラスペードかザックを呼ばねば正確なところは分からぬが、あの鎧に描かれておる魔法陣はヴラドのものとも異なる。ただ一ついえることはレイの物はこの世界と同じ系統の物じゃが、ヴラドの物は別の(ことわり)に基づいて作られておる」


「別の理ですか……」とレイは思わず口にした。


(僕の身体の持ち主レイ・アークライトはこの世界と同じ法則に従っているけど、そのヴラドというアンデッドはそうじゃない。もしかしたら、ヴラドが別の世界から来た侵略者で、レイ・アークライトが僕たちがいるこの世界の未来からやってきたっていう可能性があるな……何となく、昔読んだ小説の設定にあった気がするけど……)


 彼はそのことを四人に説明した。


「ヴラドが別の世界からの侵略者……レイの身体が未来人……まるでSFのようね……」とルナが呟く。


「儂らには難しいことは分からんが、今のところ、レイの身体の持ち主の手掛かりは思いつかん……」


 ウルリッヒはそう言ったところで、レイの持つ長剣に目がいった。


「その長剣を見せてくれんか。もしかしたら、そいつの方が手掛かりになるかもしれん」


「この剣はほどほどいい程度の物らしいんです。銘もないですし、普通の鋼でできていると聞きました。そういえばドワーフの鍛冶師の方に見てもらったことはない気がしますね」


 そう言いながら長剣を渡す。

 ウルリッヒは黙ってそれを受け取った。そして、剣を鞘からスラリと引き抜く。


「うむ。確かに鋼じゃな……いや、これはただの鋼ではないぞ! これを見よ、オイゲン、ゲールノート!」


 ウルリッヒは興奮気味に剣の刃部分を指差した。


「確かに鋼じゃが、儂の知らぬものじゃ。どこで作られた物か想像もつかん」とオイゲンが銀色に輝く刃を見つめる。


 ゲールノートも同じように穴が空くほど剣身(ブレード)を見つめていた。


「儂も同じじゃ。アルス鋼より僅かに質は落ちるが、この色は別の何かが混ぜられておる。何かは分からぬが……」


「これは儂が調べてみたい。すまんが、この剣も貸してくれんか。代わりの剣は儂が貸す」


 レイはなぜそれほどまでに気になるのか疑問に思うが、「構いません」と言って了承した。


「こういう時にザックの奴がおれば、この剣だけでもどのような物か分かったものを」


 ウルリッヒが唸るように独り言を呟く。


 三人のドワーフはレイの長剣を食い入るように見つめ、話が途切れてしまった。

 ルナは苦笑を堪えながら、話を切り出す。


「もう一つお願いがあるんですが……」


 剣に夢中になっていたウルリッヒが顔を上げる。


「何じゃ? 儂らにできることなら遠慮せんでいい」


「ありがとうございます」と頭を下げた後、


「先ほどの話の続きなのですが、私たちはこの先ジルソールに行かないといけません。この先の帝国の状況について、情報を頂きたいのです。これは職員の方にお願いすればいいことなんですが、ウルリッヒさんにもひとこと伝えておいた方がいいと思いまして」


「うむ。構わん。ジャック辺りに聞けば帝国の情報は持っておろう。後で情報を集めるように言っておく」


 名案が浮かんだのか、オイゲンがポンと手を叩く。


「帝国の支部にルナたちの援助をするように通知を出した方がよくはないか、ウルリッヒ?」


「それは名案じゃ。ジルソールに渡るなら、エザリントンやプリムスが力になれることも多かろう」とゲールノートも賛同する。


「そうじゃな。あまり公にはできぬから、各支部長にのみ伝えるよう指示を出すか」


 ルナとレイが口を挟む間もなく、ルナたちへの支援の指示が帝国の各支部に出されることになった。

 レイは鍛冶師ギルドの力を実感していないため、あまり驚いていないが、ルナは「そこまでしていただかなくても」と慌てている。


(そんなに慌てることなのかな? 鍛冶師たちの組合なんだから問題なさそうに思うんだけど……)


 アシュレイから鍛冶師ギルドは国に匹敵する権力を持つと教えられたが、昨夜の宴会の印象が強すぎ、未だに職人たちの相互扶助のための組織という印象が拭えていなかった。更に言えば、宴会を支援する組織ではないかと密かに考えていたほどだ。


「大したことは指示せん。だから気にせんでよい」


 そう言われるものの、ルナには大事になる予感がしてならなかった。


(ウルリッヒさんはそう言うけど、きっと大事になるわ。いつもあの人が零していた気がする。ギルドが絡むと話が大きくなりすぎるって……)


 不安を抱えながら言葉を探したが、何か言う前にウルリッヒが「では、話は終わりじゃな。集会室に行くぞ」と言って立ち上がったため、何も言うことができなかった。


ついに出ました、オリハルコン!

ただし、まだ真偽のほどは確かではありませんが(笑)。


それにしても、レイはウルリッヒたちのジョッキを気にしすぎですね。ルナを見習わないと……

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― 新着の感想 ―
[一言] オリハルコンきたな。日本ではヒヒイロノカネって呼ばれてる最強金属! ノーライフキングはもしかしたらてんせいかの成れの果てだったかも? ドワーフが絡んだらシリアスが二日酔いになる
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