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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第五章「始まりの国:神々の島」

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第十五話「アルスにて」

 四月十八日の朝。


 バルベジーから別行動になるアルベリックがレイたちに別れの言葉を掛けた。しかし、その表情はいつも通りの飄々としたもので、世界の命運を背負った彼らと別れるというより、散歩にでも行くような独特の軽さがある。


「じゃあ、僕はフォンスに戻るよ。ハミッシュにはちゃんと言っておくから。君たちも気をつけてね」


 手を振って出発しようとしたが、レイが「待ってください」と止め、一通の手紙を手渡した。


「ここに今回のことの詳細を書いておきました。名前はあえて伏せてありますけど、絶対に失くさないでくださいね」


 レイはアルベリックがハミッシュやヴァレリアにどう話すのか不安だった。そのため、簡単な報告書を作ったのだが、謎が多い魔族のことが多く、また、ルナが魔族にとって重要な人物であると分かると問題が大きくなると考え、固有名詞を書かずに報告書を作ったのだ。


「助かるよ。僕の説明だとハミッシュが“分からん!”って怒り出すのは目に見えているからね。それに失くすようなヘマはしないから安心して」


 そう言って馬に跨ると、北に向けて出発した。


「じゃあ、僕たちも行こうか」


 レイの言葉に全員が頷き、彼らは南に向けて出発した。


 アルス街道は平和そのものだった。ただ、ペリクリトルの復興特需に期待してか、北行きの荷馬車はいつも以上に多いらしい。

 その様子にルナが僅かに驚いている。


「昔も多かったのですが、これほど多いのは初めてです。この分だと、早めに宿を確保しておいた方がいいかもしれませんね」


「そうだな。宿を探すのに労力を使うのも馬鹿らしい。早めに宿場に入るように移動しよう」


 ルナの提案どおり早めに宿場町に入り、宿を確保することに成功したが、それでも個室は空いていなかった。二人部屋と四人部屋を一つずつ確保し、男女に分かれて泊まることにした。


 獣人奴隷のウノたちだが、彼らは身分を証明するオーブを持っていないことから宿泊時に行われるオーブの確認ができず、泊まることができなかった。


 この方針にレイが反対したが、現状ではどうすることもできないため仕方なく諦めている。もっともウノたちに不満は全くなかった。彼らはルークス国内であっても宿に泊まることはなく野営しており、自分たちのことを気遣うレイに対し感謝の念すら抱いていた。



 宿に入り、馬の世話をした後、いつも通りに裏庭で鍛錬を行う。

 一時間ほど汗を流した後、身体を拭き、部屋に戻り、武具の手入れを行っていく。

 レイはライアンと二人きりという状況に戸惑っていた。以前のように衝突しているわけではないが、何となく気詰まりし、居心地がよくないと感じていたのだ。


(何を話したらいいんだろう。最近はアッシュと同じ部屋ばかりだったから何となくやりにくいな……)


 レイは漆黒の防具の埃を拭い、オイルが染み込んだ布で磨いているが、集中しているとは言いがたい。

 そんな彼に「なあ、ちょっといいか」とライアンが話しかけてきた。


「うん、いいよ」とレイは答えるが、いつもより声が硬い。


「ルナのことなんだが……」と言うが、そこから先の言葉が出ない。レイが不思議に思っていると、


「本当はもっと早く言わなきゃいけなかったんだが、ルナを救い出してくれて……あ、ありがとう……」


 最後の方は気恥ずかしさのためか尻すぼみになる。レイにははっきりとは聞こえなかったが、ライアンに感謝の気持ちがあることははっきりと分かった。


「うん。僕もどうしても助けたかったから、お礼を言われることじゃないんだけど」


「いや、あいつが攫われたのは俺が油断していたからだ。お前の警告を受けていたのに……前にも言ったが、俺は頭が悪い。戦いでもお前には敵わない。でも、あいつのことを想っていることだけは誰にも負けない。だから、礼を言わせてくれ。本当にありがとう」


 そう言って大きく頭を下げた。


「アシュレイさんやステラにもちゃんと言わなきゃいけないんだが、まずはお前に言いたかった。本当はもっと前に言うべきだったんだがな。すまない」


「気にしていないよ。それに僕もアッシュもステラも君が感謝していることは分かっていたよ」


「それでもだ……」とライアンが言おうとしたが、レイがそれを遮り、


「感謝の言葉はしっかりと受け取ったよ。それよりもこれから先の方が大事なんだ。今はこれ以上引きずるべきじゃないと僕は思う」


「これから先……そうだな。ありがとう、レイ。何となく吹っ切れたよ」


 ライアンは今までに見せたことがないような笑顔を浮かべていた。


「これからのことなんだが、俺はどうしたらいいんだろうな。ここ何日か考えていたんだが、あいつを守ること以外、思い付かないんだ」


「僕にも具体的なことは何も決められないんだ。だから、今はルナを守ることだけ考えてくれたらいいと思う」


 ライアンは「そうか」と言って頷いた。



 女性たちの部屋でもいつもと違う部屋割りに戸惑っている者がいた。

 それはアシュレイとルナだった。


 アシュレイの場合、レイと一緒に居られないことが戸惑いの原因であるが、ルナは少し違う悩みを抱えていた。


(この先、私の知っている人と会うことが多くなる。そうなれば宿での話題は私のことになるわ……私のことをもっと説明しておいた方がいいかしら? 私があの家の名を持つことを言っておかないとアルスで混乱するだろうし……)


 ルナを助けた冒険者は騎士の次男だった。そして、彼は彼女が日本からの転生者であることを知っているだけでなく、彼自身も転生者であり、彼女を自分の家族のように思っていた。


 更に彼の家族もそのことを知っており、彼女を養女として迎えている。

 このことは二年以上の付き合いがあるライアンも知らず、前のパーティリーダーである治癒師のヘーゼルのみが知る事実だった。


(早く言ってしまった方がいいと思うんだけど、どうしても言い出しにくい。あの人のことを思い出してしまうから……)


 ルナは彼女を助けた冒険者に恋をした。しかし、その男には妻がおり、彼女が入り込む隙間はなかった。いや、家族の一人としてなら可能だったかもしれない。しかし、彼女は独占することを望んでしまった。

 その結果、勇気を振り絞って告白したものの失恋した。


(今なら分かるかな。私は寂しかったんだってことが。虚無神(ヴァニタス)が心に入ってきたのもその寂しさを突かれたから……)


 そう考えるものの、未だに心の整理ができているとは言いがたい。


(あの人への想いはまだ残っているわ。あの時にそれは強く感じた。あの人への想いがあったからこそ、(ひじり)君の声に気づくことができたと思う……)


 そんなこともあり、未だに自分の生い立ちを話せずにいた。

 それでもこの先のことを考え、早く打ち明けておくべきだとも思っている。


(アルスでもそうだけど、エザリントンや帝都でのことを考えたら、鍛冶師ギルドや商業ギルドに協力してもらう方がいいに決まっている。聖君なら、そのことをうまく使ってくれるだろうし……)


 アルスに入る前には話しておこうと心に決めていたが、なかなか切り出せないでいた。


 付き人であるイオネはルナが何か悩んでいることに気づいていた。しかし、心配はするものの、神にも等しい月の御子に対して、悩みを打ち明けてほしいということを言い出せずにいた。


 そのような感じであるため、女性四人がいる部屋でありながらもほとんど会話がなかった。



 翌日以降も同じようにアルス街道を南下していき、四月二十二日にカウム王国の王都、アルスに到着した。


 アルスは魔族侵攻による武具の需要増加で活気に溢れており、まだ午後の早い時間であるにも関わらず、南の大門には多くの人が並んでいた。


 アルスは山岳を利用した城塞都市であり、高い城壁に囲まれている。

 更に一国の王都ということで厳しい検問が行われており、ルークスの獣人奴隷であるウノたちは城門から入ることはできない。

 そのため、アルスに到着する前にレイたちと別行動を取っていた。


 前日、レイがアルスに入らないのかと問うと、恭しい態度で頭を下げたウノが説明した。


「我らもアルスに入るつもりでおります」


「どうやって? ルナやステラの話だと、結構厳しい警戒をしているっていう話だけですけど」


「方法などいくらでもございます。ご迷惑を掛ける可能性がありますのでこれ以上は申し上げませんが、必ず合流いたします」


 ウノはヌエベとディエスを引き連れ、街道から外れて森の中に消えていった。


 彼らはアルスの後背に聳えるケルサス山脈から忍び込むつもりでいた。

 ただ、全員が一緒に潜入すると、レイの護衛をできなくなるため、二班に分けている。


 アルスの周囲は切り立った崖になっており、常人ではロープを使っても侵入することは難しい。まして夜陰に紛れて崖を降りることは自殺行為だと考えられていた。

 そのような状況でもカウム王国は盗賊や魔族の侵入を警戒して警邏隊を巡回させている。そのため、アルスへの潜入は不可能と言われていた。


 しかし、ウノたちの身体能力をもってすれば、容易いとは言わないものの不可能というほどのことではなかった。彼らは昼のうちにケルサス山脈に入り、日が落ちてから五十(メルト)近い高さの崖を、ロープを使うことなく降りていった。彼らの下方では何度も警邏隊が巡回していたが、彼らに気づくことはなかった。



 レイたちは長い待ち時間の末、アルスの大門をくぐった。


「宿の場所は知っています。空いていればいいのですけど」と言ってルナが先導する。その足取りは確かで、レイは内心驚いていた。


(何度も来たことがあるのかな? この入り組んだ町並みを迷うことなく歩いている……)


 アルスは王宮がある北東からケルサス山脈の麓に当たる南西にかけて扇状に広がった街であり、中央にある大通りが一本あるが、狭い道が入り組んだ構造になっている。そのため、初めて訪れた旅行者は宿が多くある商業地区に向かうだけでも迷うといわれているほどだ。


 ルナの案内により、十分ほどで宿に到着した。そこにある看板には金床(アンヴィル)が描かれており、一見すると宿ではなく鍛冶師の工房に見えないこともない。


金床(アンヴィル)亭です。この辺りでは一番いい宿だったはずです。といっても安い部屋もあります。鍛冶師街にも近いですし、ここでどうでしょうか」


「私は構わんが、皆はどうだ」とアシュレイがいうが、誰からも異論はなかった。


 ルナがイオネに馬を預けて先に入り、空室状況を確認する。


「宿泊をお願いしたいのですが」と尋ねると、年嵩の従業員が空いていると答えた。


 その従業員は少し考えた後、「昔、泊まったことがございますか」と言った。


 ルナは「ええ」とだけ答えたが、従業員は「不躾ですが、ロックハート家の関係者の方でしょうか」と更に尋ねた。


 そこでルナはこれ以上隠しても仕方がないと腹を括る。


「はい。ルナ・ロックハートと申します。マサイアス・ロックハート子爵の養女です」


 従業員の男性は「やはり……」と呟いた後、やや興奮した表情で、


「すぐに最上級の部屋を用意いたします! 誰か! 鍛冶師ギルドに連絡を!」


 ルナはここまでおおごとになるとは思っておらず、「あ、あの」と声を掛けるが、動き出した従業員たちを止めることはできなかった。


 宿の外にいたレイたちは突然慌しくなったことに首を傾げる。


「何があったんだろう?」とレイが言うと、アシュレイも同じように疑問を口にする。


「ルナが入ったタイミングだったのだが……」


 ステラとイオネ、ライアンも同じように疑問を感じ、顔を見合わせている。

 すぐにルナが出てきた。

 彼女の顔に苦笑いが浮かんでおり、疑問を感じている仲間たちに「大したことじゃないわ」といった後、


「ちょっとした行き違い。でも問題はないわ。すぐに宿の人が来るから馬を預けて部屋にいきましょう」


 彼女がそう言った直後、宿の主らしき中年男性が現れた。


「ようこそ、アンヴィル亭へ。すぐにご案内いたします」


 そう言って頭を下げると、十人ほどの従業員が呆けたままのレイたちから荷物を奪うように持ち、馬を厩舎に連れていく。


「では、こちらへ」と従業員に促されるまま、宿に入っていった。

ようやくルナの素性が明らかになりました。

(外伝を読んでいる方はすでに分かっていることですが(笑))


しかしながら、こちらは外伝の「ドワーフライフ」ではありませんので、ドワーフたちが暴走するようなことは作風的にありません……ないはずです。

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