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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第五章「始まりの国:神々の島」

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第一話「西へ」

第五章「始まりの国:神々の島」のスタートです。

 トリア歴三〇二六年三月二十日。


 レイはアシュレイ、ステラ、そして月の御子ルナと、彼女の護衛である鬼人族の精鋭と共に鬼人族の都ザレシェを出発した。

 護衛は千名の鬼人族戦士と五十名の人族・獣人族の戦士であり、それが長大な列をなしている。鬼人族戦士たちは氏族ごとに見事な隊列を作り、精鋭であることが素人目にも分かるほどだ。しかし、人族と獣人族の装備は貧弱、隊列もバラバラであり、見送る人々も“戦士”というより、“雑兵”という印象を持った。


 護衛の他にはレリチェ村の少女エリーとポーラがいた。彼女らはルナの世話係としてレリチェから同行していたため、今回一緒に故郷に戻ることになった。


 春も近い三月の後半ということで、寒さのピークは過ぎているものの、厳しい気候のソキウスでは未だに寒風が吹きつけ、温暖な地域から来た人々なら真冬と感じるほどの寒さだ。

 そんな寒さの中にあっても、鬼人族の戦士たちは敬愛する月の御子の護衛と言うことで高揚し、寒さは全く感じていない。

 街道沿いには多くの民衆が並び、「御子様、万歳!」、「ソキウス、万歳!」という声が途絶えることなく続いている。


 レイとアシュレイはルナが乗る馬車の中にいたが、ステラは御者席に座り、少し離れた場所で周囲を警戒するウノたちと獣人奴隷部隊が使う符丁で連絡を取り合っている。


「とりあえず無事に出発できたね」とレイが言うと、「そうね」とルナが微笑む。


「レリチェまではタルヴォ殿が指揮を執っているから安心だね。これほどの護衛なら魔物も出てこないだろうし」


 もう一人の同乗者である治癒師のイオネが静かにルナを見つめている。



 ザレシェからレリチェまでは約三百km(キメル)。一日の移動距離は三十キメルを予定しており、順調に行けば、三月二十九日にレリチェに到着する。

 未だに雪は残っているものの、四頭立ての馬車の障害になるほどではなかった。


 最初の宿場町に到着した。

 町自体それほど大きくないため、千名を超える軍隊を宿泊させる施設はない。そのため、護衛の戦士たちは町の広場で野営していた。

 ルナは彼らを労うため、イオネだけを伴い、野営場所を慰問する。

 鬼人族たちは熱狂的に彼女を迎え、彼女も慈母のような優しい笑みを浮かべてねぎらっていく。


「寒い中、お疲れ様です。皆さんのお陰で魔物の襲撃もなく、安全に旅ができています」


 その言葉に代表者が「何をおっしゃいます」と慌てて頭を下げ、他の戦士たちも同じように平伏する。


「御子様の護衛は大変名誉な任務。我らこそ、護衛の末席に連なることを許していただき、感謝の念に堪えません」


 ルナは小さく頷くと、他の野営場所に向かった。

 どの氏族も熱狂的に迎えてくれたが、彼女には一つだけ気になることがあった。それは人族と獣人族の戦士たちの姿がなかったことだ。

 鬼人族の族長に聞くと、


「あの者たちは町の外で野営しております」


 その言葉にルナは怒りを覚えた。そして、族長もルナの雰囲気が変わったことに気づき、慌てて付け加える。


「こ、これは我ら鬼人族が指示したことではありませぬ。彼らが町の外で野営すると自ら言ってきたのです。ま、間違いございません」


 詳しく聞くと人族たちは鬼人族たちに遠慮し、自ら町の外を選んだとのことで、タルヴォが翻意を促しても聞き入れなかったらしい。


 ルナは町の外に出ようとしたが、既に門は閉じられている。

 無理に出ることもできるが、まずは大鬼族の長タルヴォ・クロンヴァールに事情を聞く必要があると考え、クロンヴァール家の野営場所に向かう。


 クロンヴァール家は広場の中央付近に野営しており、すぐに見つかった。ルナが近づいていくと、彼女に気づいた戦士の一人が即座に対応し、すぐにタルヴォが現れる。

 彼が「何用ですかな」と用件を尋ねると、


「人族と獣人族の人たちが町の外で野営していると聞きました。魔物に襲われるかもしれない柵の外に彼らがいるのはなぜなのでしょう」


 タルヴォはどう答えていいのかと少し困った顔をする。


「我らと共にこの場で野営してはどうか言ってはおります。だが、彼らの方が遠慮したのです。御子様の御心に沿わぬとも言っておるのですが……」


 誠実なタルヴォが嘘を吐くとは思えず、ルナには何が原因なのかは分からなかった。


(本当に遠慮しているだけなのかしら? 鬼人族との間にわだかまりがあるのなら、それを取り除かないと……)


 そう考えた彼女は「分かりました。明日、彼らの代表と話をしてみます」とだけ言って、自分に与えられた宿舎に戻っていった。

 宿舎に戻った彼女は同じ宿に泊まるレイの部屋を訪れた。まだ就寝するには早い時間であり、レイはアシュレイと共に彼女を迎え入れる。


 突然の訪問に疑問が湧くが、レイはルナが話をするのを待った。


「人族と獣人族のことなんだけど、ちょっと相談したいことがあるの……」


 ルナはそう切り出すと、先ほど聞いた話を二人にしていく。


「……どうしたらいいのかしら。今回は鬼人族が原因でもなさそうだし、あなたなら何かいい知恵を出してくれるんじゃないかって思ったの」


 レイはその話を聞き、何が原因か考えていった。


(今まで鬼人族の下に付くことが当たり前だったから、今まで通りにしているって感じなのかな?……)


 そして、どう話していいのか考えるように、ゆっくりと話し始めた。


「僕は経験がないんだけど、体育会系の部活って先輩後輩の関係が厳しいんじゃなかったっけ?」


「えっ?」


 突然、一見関係無さそうな質問が来たため、ルナは戸惑った。戸惑いながらもそれに答えていく。


「そうね。確かに厳しいところもあったわ。私のいた弓道部も厳しいほうだったと思う……あっ! そういうことね!」


 途中まで話したところでレイが何を言いたいのか気づいた。アシュレイは話について行けず、「どういうことなのだ?」とレイに説明を求める。


マーカット傭兵団(レッドアームズ)でもそうだったけど、厳しく躾けられた組織って、すぐに習慣は抜けないよね。レッドアームズでも七級や八級の若手は宴会の準備をしたり、野営でも一番に仕事を割り振られたりしているし。多分、それと同じだと思うんだ」


 人族や獣人族は今まで戦争に参加することなく、村の近隣で比較的弱い魔物の討伐を行ったことがある程度だ。そのため、精鋭である鬼人族戦士たちと同じ待遇ということの方が居心地は悪く、自ら進んで待遇を下げたのではないかとレイは考えた。


「確かにありうるな。しかし、何が問題なのだ? 町の外でも危険はほとんどないのだ。私が見ても鬼人族は精鋭を集めたというだけあって、戦士たちの技量は高い。人族、獣人族の実力を確かめたわけではないが、動きを見る限りそれほどの精鋭とは思えん。同列に扱う必要はないと思うのだが」


 アシュレイの問いにルナは答えに詰まる。


(アシュレイさんの言う通りなんだけど……)


 レイ自身、わざわざ外で野営しなくてもいいと思っているが、実力主義の傭兵であるアシュレイに違和感がないのであれば、あえて変える必要はないとも思っている。ただ、ルナが何を気にしているかも何となく分かっていた。


(多分、町の人たちの目を気にしているんだろうな。すべての種族が手を取り合わないといけないといっているのに、明らかに鬼人族が優遇されているように見えるから……)


 ルナにやんわりとそのことを伝える。


「無理に変える必要はないと思うけど、確かに鬼人族だけを優遇しているように見えるよね。だから、気になるんなら明日にでも人族の責任者の人に、君からお願いすればいいんじゃないかな。月の御子の命令だから仕方がないって思ってくれれば、見た感じだけでも変わると思うしね」


 ルナは彼の説明で、自分が何を気にしていたのか、すとんと腑に落ちた。


「そうね。そうするわ」と笑顔で答え、


「夜遅くにごめんなさい。でも、あなたに相談してよかったわ。どうしても気になっていたから」


「どういたしまして。相談ならいつでも聞くよ」とレイは答えるものの、彼女が無理をしているように感じていた。


 ルナが去った後、アシュレイにそのことを話した。

 アシュレイは「うむ」と言って頷くと、


「確かに“月の御子”として無理をしている気がするな。私にも経験がある。赤腕(レッドアーム)ハミッシュの娘としてどう生きたらいいのか悩んだからな」


「そうだね」といった後、クスクスと笑いながら、「それが嫌で家出したんだっけ?」と茶化す。


「それを言うな」と真っ赤な顔で反論するが、


「お前のお陰でその呪縛から解放されたのだ。ルナも同じようになればよいな」


 そう言ってルナが出ていった扉を見つめていた。



 アシュレイは朝食の席で昨夜レイと話したことをルナに伝える。


「“月の御子”とは比べ物にならんが、私も“一級傭兵ハミッシュ・マーカットの娘”として苦労した。昔なじみのレイに言いにくいこともあるだろう。適切な助言はできぬかもしれんが、話くらいなら私でも聞ける」


 ルナはアシュレイの話で自分が月の御子として無理をしていたことに気づく。


「ありがとう、アシュレイさん……私の悪い癖ね。昔から人に期待されると、そうなるようにがんばらないとって思い込んでしまうの」


「そうだね。昔から君は周囲から期待されていたから」


 ルナはレイがペリクリトルで防衛戦の実質的な指揮を執っていたことを思い出す。


「でも、あなたはどうなの? “白き軍師”って呼ばれて期待されていたけど、大丈夫だったの?」


 レイは頬を掻きながら、


「確かにあの時は苦しかったけど、僕にはアッシュもいたし、ステラもいたから」


 そう言ってアシュレイの顔を見る。その様子にルナはプッと小さく噴き出し、


「パートナーがいない私に対する当てつけかしら? そんなに見せ付けなくてもいいと思うけど」と言い、少しだけ真剣な表情をして付け加えた。


「本気で私もそういう人を見つけないといけないわね。今はあなたたちがいるからいいんだけど、いつまでも一緒というわけにはいかないと思うから」


 朝食後、彼女は人族の責任者に会いに行く。責任者は月の御子が自らやってきたことに驚き、平伏して出迎える。


「これからは皆さんも町の中に入ってください。危険は少ないかもしれませんが、場所が空いているのにわざわざ危険な場所で休む必要はありません。これは私からのお願いです」


 責任者は平伏したまま、「御意のままに」と答えた。その姿にルナは僅かに寂しさを感じていた。


 その後、順調に進み、三月二十九日に予定通り、レリチェ村に到着した。


 レリチェ村では月の御子がやってくることより、主要な氏族の族長が来ることに焦っていた。

 これまで西方派遣軍がレリチェ村を通過しているが、その時でも次期族長クラスしかおらず、今回のように族長会議に名を連ねるような大物が来ることはなかったためだ。


 そんな中、レリチェ村の責任者エイナル・スラングスが最も焦っている人物だった。

 彼はルナが西側からやってきた時に軽んじるような態度を取った。それは月魔族のヴァルマ・ニスカに対抗する意味が大きかったが、軽んじた事実に変わりはない。


(しくじった。タルヴォ殿が直々に護衛を指揮するということは間違いなく本物。しかし、あの人族の小娘が本物だったとは……)


 それでも連絡を受けてから三日ほど時間があり、できうる限りのもてなしの準備を行った。そして、二十九日の夕方、千人を超える精鋭を引き連れた月の御子一行が村に入る。


 この時、エイナルたちには白の魔術師であるレイが同行していると言う情報は入っていなかった。それはタルヴォが自らの子、ネストリが暴走する可能性があると考え、あえて情報を伏せたのだ。


 そのため、レリチェ村は歓迎一色で月の御子を迎えた。


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