表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第四章「魔族の国・東の辺境」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

284/396

第六十八話「帰還のための方針」

 三月十八日。

 歓迎の宴の翌日、ルナは頭の奥に鈍い痛みを感じながら目を覚ました。


(少し気持ち悪いわ……これが二日酔いなのかしら……)


 ペリクリトルで冒険者になってから、酒を嗜んでいたが、それほど美味いと感じず、深酒に悩まされたことがなかったのだ。

 彼女が目覚めたことに気づいた付き人のイオネが声を掛ける。


「おはようございます。ご気分はいかがですか?」


 イオネ自身は付き人という立場から二日酔いになるほど飲んでいない。また、聖職者ということで今までも二日酔いに悩まされるようなことはなかった。ただし、治癒師として村の巡回をした際に、祭に何度か参加しており、若者が二日酔いで苦しんでいる姿を見ており、ルナが二日酔いになっていると気づいたのだ。


「ありがとう。少し気分は悪いけど、我慢できないほどではないわ」


 そういいながら着替えを始めると、イオネが液体の入ったカップを差し出した。


「これを飲めば少しは楽になると思います。治癒魔法で治せればいいのですが、二日酔いには効きませんので」


 ルナはカップを受け取りながら、疑問を感じていた。


(二日酔いに効く魔法があったと思うんだけど……あれはオリジナル魔法だったのかしら? あの村では普通に使っていた気がするわ……)


 ルナがそのことをいうと、


「西側の方が治癒魔法の研究が進んでいるのかもしれませんね」


 イオネはそう言って笑っている。


(いつからかしら、こんなに自然に話してくれるようになったのは。今まで気づかなかったわ……)


 ルナは彼女が自然に接してくれるようになったことに気づいたが、そのことは口にしなかった。


 イオネはロウニ峠での出来事から、より一層ルナに心酔したが、一方で彼女が何を求めているのかにも気づいた。彼女はルナが“下僕”ではなく、信頼できる“仲間”を欲していると考え、態度を変える努力をしている。その陰にはレイの助言があり、こういった何気ない会話をできるだけするように言われていた。


「後でレイ様に聞いてみましょうか。あの方なら知っていそうな気がします」


 そう言った後、僅かに笑いが漏れる。ルナが首を傾げていると、


「昨夜はレイ様もたくさん召し上がっていたので、今頃はルナ様と同じように苦しんでおられるのではないかと……“白の魔術師”殿が二日酔いに苦しむ姿を想像してしまい、少しおかしかったのです」


 ルナもレイが二日酔いで苦しむ姿を想像し、小さく噴き出してしまう。


「確かにそうね。ありがとう。随分楽になったわ」


 薬が効いたわけではないが、イオネの気遣いに何となく症状が軽くなっている気がしたのだ。


 朝食を摂るために広間に移動すると、少し青い顔をしたレイと普段通りのアシュレイとステラが待っていた。


「おはよう。昨日は飲みすぎたみたいだけど大丈夫?」とレイが声を掛けてきた。


「おはよう、レイ。おはようございます。アシュレイさん、ステラさん」と挨拶を返した後、


「ちょっと気分が悪いわ。二日酔いだと思う。でも、イオネに薬をもらったからすぐに治ると思うけど」


「ルナも僕と同じで安心したよ。アッシュはどれだけ飲んでも平気な顔をしているし、ステラはどれだけ盛り上がってもきちんと量をセーブしているから、僕だけがいつも二日酔いなんだ」


 その言葉に全員が笑う。


「でも、辛いようなら治癒魔法を掛けるよ」


 レイがそういうと「やっぱりあるのね」とルナが笑う。レイたちが首を傾げていると、


「イオネとその話をしていたのよ。治癒魔法で二日酔いを治すなんてことはしないんだって……」


 そんな話で朝食のテーブルは楽しげな雰囲気に包まれていた。


 朝食を終えた後、話題は今後の方針のことになる。


「……出発はできるだけ早くしたいけど、ザレシェの人たちに話をする必要がある。恐らく近隣からも人が集まってくるから、二、三日はここに留まることになる」


 レイの話に全員が頷く。


「そうね。私もできるだけみんなに話しておきたいし、準備もあるわ……その辺りはどう考えているの?」


 その問いにアシュレイが答える。


「レイと話し合った結果だが、ここザレシェからトーアまでは三百五十km(キメル)ほどある。馬車を使うにしてもトーアの手前のレリチェまでしか使えぬ。さすがにトーアに馬車で乗りつけるのは違和感がありすぎるからな……」


 アシュレイの説明は次のようなものだった。

 ザレシェから西側への侵攻拠点レリチェ村までは約三百キメル。この間は馬車を使って十日ほどで移動する。レリチェの先は徒歩で移動し、命からがら逃げてきた風を装う。この行程は三日ほどを予定し、順調に行けば四月上旬にはトーアに入ることができるというものだった。


「……レリチェまでの護衛は主要な氏族から募った精鋭を当てるつもりだ」


 ルナは安全な街道で精鋭が必要なのかと疑問に持つ。


「理由はあるのかしら? レリチェからここに来た時には危険は感じなかったわ」


 その問いにレイが答えた。


「政治的な意味合いが強いんだ。いろんな人から聞いた話だと、君はレリチェであまり歓迎されなかったようだし」


 ルナはアクィラの山麓を抜けてレリチェに入った時のことを思い出し、大きく頷く。


「あそこは西側への侵攻の最前線なんだ。当然、出世や名声を求めている人が多い。それに西側から逃げ戻った兵士たちがいろんな話をしている。その中には当然僕のことも入っている」


「そうね」とルナが頷く。


「僕のことだけじゃない。あれだけの損害を出して君をこの国に連れてきたのに、また西側に戻るとなると、反対する人が出る可能性が高い。だから、主要な氏族の偉い人たちを率いてレリチェに入れば、思うところがあっても黙るしかないと思うんだ」


 彼の説明にルナが頷くと、再びアシュレイが話し始めた。


「トーアへの帰還は正面から行く。我々が使った間道は危険が多すぎる。魔物の危険もあるが、春先にはいつ雪崩が起きるかも分からんからな」


 そして、詳細についても説明していく。


「我々はお前をトーアから比較的近い場所で奪還したことにする。時間が掛かったのは敵の追跡を振り切るために森深くに潜んでいたためだ」


「どうしてそう説明するのかしら?」


 その問いにもレイが答えた。


「理由はいろいろあるんだ。まずは敵国の中を数百キメルも入り込んで君を助け、何事もなく戻るっていうのは不自然だよ。地の利があればできるかもしれないけど、地図もない場所で追っ手を撒きながら千キメル以上も移動はできないからね」


 ルナは大きく頷く。


「他の理由は?」という言葉にレイが頷く。


「ソキウスという国について、あまり情報を出したくないというのも理由だね」


「それは何となく分かるわ。根掘り葉掘り聞かれるし、私がここに戻った後のことも考えているのね」


「その通り。ジルソールに何があるかは分からないけど、少なくともソキウスと西側の国々との戦争は終わりにしないといけないんだ。今、中途半端な情報を与えるより、イーリス殿やタルヴォ殿に会ってもらったほうがいい気がする」


 レイとしてはあまり嘘をつきたくはないが、トーア砦の司令は保守的な人物であり、いきなりソキウスが平和を求めているといっても信じてもらえない可能性が高い。

 更に敵の中枢に入って戻ってきたとなると、スパイと疑われて投獄され、拷問を受ける可能性もある。投獄されなくても、尋問が長引くことは容易に想像が付く。


「一つ気になったのだけど、私のこと、月の御子のことはどのくらいの人が知っているのかしら」


「月の御子のことは一部の人しか知らない。だけど、全く知られていないわけじゃない。特にペリクリトルの上の人たちは君を狙って魔族が襲ってきたと知っている。それが何?」


「私をソキウスに対する交渉に使おうとしないかしら」


 アシュレイにもルナの懸念が理解できた。


「つまり、月の御子であることが知られており、トーア砦で捕らえられ、魔族に対する交渉のネタにされるのではないかと懸念しているのだな。レイ、どう思う?」


「確かにそれはありえるね。計画を変更した方がいいかもしれない……」


 その時、今まで静かに聞いていたステラが発言を求めた。


「ルナさんとイオネさんは砦に入らなくてもいいのではないでしょうか。ルナさんの奪還に失敗して戻ってきたことにしてはどうでしょう。その後、トーア街道のどこかで合流しても気づかれることはないと思います……」


 ステラの考えはレリチェ村に向かった間道を使い、トーア砦に戻っていく。砦に入る時はレイとアシュレイ、ステラの三人だけにして、ルナとイオネはウノたちが護衛しながらトーア街道のどこかで落ち合うことにする。


 ルナのオーブ――身分を証明する魔道具――は冒険者の物であり、名前もそれほど珍しいものではないため、月の御子と同一人物であると気づかれる可能性は低い。

 イオネはソキウスのオーブしかないが、そのオーブを壊しておいて、新たに冒険者として登録する。登録の際に冒険者ギルドにいろいろと確認されるが、彼女自身、罪を犯しているわけではないため、登録時の会話でおかしな点がなければ、問題なく登録できる。


「……確かにその方がいいかもしれない。マーカット傭兵団(レッドアームズ)が残っていたら、ハミッシュさんに相談してから方針を変えるかもしれないけど、恐らくいないはずだし……」


 レイとアシュレイはハミッシュたちレッドアームズが既に本拠であるラクス王国に戻っていると考えていた。ルナを運んでいた大鬼族たちが東に向かったことは確認できており、魔族討伐軍としての大義名分がなくなっているからだ。


「じゃあ、確認するよ。レリチェまでは馬車で移動。その後はソキウスに入ったルートでトーアに戻る。砦の直前で僕とアッシュ、ステラの三人は砦に戻って、ルナとイオネさん、ウノさんたちはトーア街道に沿って西に進んでおく。僕たちが砦を出発した後、どこかで合流する。ここまではいいかな」


 そこでウノが発言を求めた。


「我々が一人も戻らないのは不自然ではないでしょうか。また、アークライト様の傍に連絡役がいた方が後での合流に有利だと考えます」


 レイはその通りだと思い大きく頷く。


「そうですね。トーア街道近くなら四人で大丈夫ですか」


「護衛だけであれば二名で充分ですが、森の中ということを考え、三名が適当かと。アークライト様のお傍に二名いた方が計画の変更に対応し易いと考えます」


 レイはアシュレイに確認するが、「ウノ殿が三名で充分というのであれば、問題なかろう」と答え、ステラも同意するかのように頷いている。


「では、ルナにはウノさんとオチョさん、ディエスさん。僕の方にはセイスさんとヌエベさんということで。他に何かあれば意見を言ってください」


 特に意見はなく、更に話を進めていく。


「トーア街道から先のことだけど、二つのルートがある……」


 トーア街道はトーア砦とアルス街道の宿場町バルベジーを結ぶ、全長二百km(キメル)の街道だ。バルベジーから先はアルス街道を北上するルートと南下するルートがある。


 北上ルートはペリクリトルを経由してアウレラ街道を西に進み、アウレラから海路でジルソールに向かうルートだ。


 一方の南下ルートはアルスを経由し、カエルム帝国東部域を進み、帝都プリムスから南方街道を更に南下し、チェスロックからジルソールに渡るルートになる。

 北上ルートの方が陸上で千km強、南下ルートでは千km弱と大きな差はないが、海上の移動距離に雲泥の差がある。


「僕としては南下して帝国に入るルートがいいと思うんだけど、意見があれば言ってほしい」


 アシュレイがレイに目配せして発言を始める。


「私もレイの考えに賛成だ。北上すれば必然的にペリクリトルを通ることになる。そうなれば、ルナのことを知っている者と出会うことになる。アルスから帝国東部域の街道は険しい山道が続くと聞いているが、季節もよくなっていくことを考えれば、リスクは少ないだろう」


「私も南下ルートに賛成よ」とルナが発言した。


「私は帝都まで行ったことがあるのだけど、真冬でも馬車を使わなければ大丈夫だったと思う。それに帝国側に入ったら道もよくなるし、治安も悪くなかったはずよ。帝都から先はよく知らないけど、安全だったと思うわ」


「帝都に行ったことあるとはな。何年ほど前の話なのだ?」


 アシュレイはただの冒険者だと思っていたルナが帝都に行ったことがあると聞き、驚いた。普通の冒険者なら出身地近くに拠点を持つことが多いし、傭兵であってもペリクリトルから千km近く離れた帝国の中心に行くことはなく、ベテランの域に達している傭兵であるアシュレイですらカウム王国の王都アルスまでしかいったことがなかったためだ。


「七年くらい前かしら。子供の頃だったけどちゃんと覚えているから大丈夫ですよ」


 ルナはそう言うと、その頃を懐かしむように遠い目をしていた。


「じゃあ、南下するルートでとりあえず決まりで。トーアやバルベジーで情報を確認して、最終的にどっちに行くか決めよう」


 レイたちの行動方針が決まった。

この先、外伝とのリンクが多くなると思います。


次話で第四章が終わり、最終章に突入する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ