第五十七話「開示」
レイとルナの出自に関し、アシュレイとステラも交えて話し合った。そして、情報を制限した上で開示することで落ち着いた。
その間、月魔族のイーリス・ノルティアとヴァルマ・ニスカの二人は部屋の外で待機しており、ステラに呼ばれてすぐに部屋に戻っていく。
レイはルナに頷くと徐に話し始めた。
「この話は禁忌というわけじゃないですけど、あまり広めてほしくない話です。その前提で聞いてもらえますか」
「分かりました。御子様のことですので、みだりに人に話すことはありません。巫女の名に誓って約束いたします」
イーリスがそういって了承し、ヴァルマも同様に頷いている。二人が了解すると、レイはすぐに話を始める。
「僕とルナはこの世界とは別の世界から呼ばれました。身体ごとというわけではなく、魂だけが……」
レイの話に二人は驚きの表情を浮かべるが、口を挟まずに聞いていく。
「……僕たちは同じ場所で一緒に修行した仲でした。それに互いを尊敬し合って……」
彼は高校時代に恋心を抱いていたことを思い出し、僅かに顔を赤らめる。その僅かな変化にイーリスとヴァルマは彼がルナに恋していたと気づいた。
(御子様に懸想していたから命懸けで助けようと……それにしては二人の女性を連れているのはなぜかしら……)
イーリスは話を聞きながら僅かに疑問を感じるが、すぐに話に意識を戻していく。
「……僕たちがなぜこの世界に来たのか。明確に神に知らされてわけではありませんが、この世界が危ういと知っています。僕たちが手を拱いていたら、世界は滅びに向かっていくでしょう……」
世界が滅びるという言葉に二人の顔が青ざめる。
「ルナは神の使いとしてこの世界に来ました。僕は彼女を助けるためにこの世界に呼ばれたのだと思っています。そして、それが神々の意思であるとも……ですから、僕たちがすることに協力してほしいんです。僕からの話は以上です」
話が終わっても二人は口を開かなかった。否、開くことができなかった。
それほど衝撃的な内容であり、自分の中で整理し終わるまで時間を要している。
一分ほど経った頃、イーリスがやや掠れた声で話し始めた。
「レイ殿が嘘を吐いているとは思いません。ですが、あまりに突飛で……」
ヴァルマも同じように放心しているが、
「つまり、御子様とレイ殿は別の世界から魂だけがやってきた。そして、この世界が危機に瀕していると神々から啓示を受け、今後は世界を救うために行動されると……私は何となく納得できました。御子様はもちろんですが、レイ殿と戦った身としては、神から力を授けられたと言われれば確かにその通りだと納得できます」
ルナはそこで初めて口を開いた。
「納得してもらえたようでよかったです。では、私のジルソール行きは認めていただけるということですね。もちろん、鬼人族のことをきちんと収めてからのことですけど」
イーリスはすぐには頷けなかった。
(レイ殿と御子様のおっしゃっていることは突拍子もないけれど筋が通っているわ。だとしたら、私が反対することはできない。始まりの神殿と月の御子は伝承にも出てくるくらいだから。この話は後でしておかないといけないわね……でも、このまま、御子様だけを送り出していいのかしら……)
その疑問を口にする。
「御子様が必要とお考えであれば反対はいたしません。ですが、ソキウスからも信頼できる者をお連れください」
ルナはどうすべきかとレイに視線を送る。レイは小さく頷くと、彼女に代わって答えていく。
「ソキウスから付いてきていただくのは構いません。ですが、妖魔族と鬼人族の方はアクィラの西では目立ち過ぎます。人族や獣人族など西側でも目立たない人選でお願いします」
彼の懸念はイーリスにも理解できた。しかし、人族や獣人族は下級市民という扱いであり、すぐに候補が思い浮かばない。
「確かに我々では目立ち過ぎます。ですが、人族や獣人族に御子様を託すだけの者が……」
「私に考えがあります」
ヴァルマが発言を求めた。
イーリスとレイが頷くとヴァルマは静かに話し始める。
「私がお供いたします。私なら距離を取って密かに付いていくことも可能です。元々西側に潜伏していたのですから。それに私なら西側の状況も理解しています」
その意見にアシュレイが反対する。
「もし、誰かに見られたら、我々が魔族と通じていると疑われる。そうなれば拘束される恐れもある。そのようなリスクは冒せん」
彼女の意見にレイも賛同する。
「僕もアッシュの意見に賛成です。僕に対する認識がここソキウスでは最悪なように、月魔族のヴァルマ殿は西側ではペリクリトルを混乱に陥れた張本人だと思われています。それに傀儡の術は鬼人族の魔物召喚の術と同じくらい嫌悪されているのです。僅かでも一緒にいる姿を見られるだけで、僕たち、いえ、月の御子であるルナの身に危険が及ぶかもしれません」
御子の安全と言われ、ヴァルマも口を噤むしかなかった。
「それに街の中で行動を共にできないのであれば、不測の事態に対応できません。その点、人族、獣人族、エルフ、ドワーフなら傭兵か冒険者になることでオーブを作ることができます」
イーリスは「分かりました」と答え、ヴァルマに指示を出す。
「至急、人選を。少なくともレイ殿たちと行動を共にできる程度の技量と、御子様に対する忠誠心で選びなさい」
ヴァルマは渋々承諾する。
それを見たレイが今後の話を進めていく。
「では、今後のことですが、まず、ルナと僕たちは鬼人族を説得するため、今日中に彼らの下に向かう。その後はそのまま西側に戻り、ジルソールを目指す。全てを解決したら、ルナはソキウスに戻る。これでいいですか?」
「あなたが一緒に行く必要があるのかしら? あなたのことを話したら鬼人族は聞く耳を持たなくなるのでは?」
イーリスの疑問にレイはニコリと微笑む。
「そうかもしれません。僕が行くことでルナの説得が失敗に終わる可能性は高くなります」
失敗の可能性が高くなると聞き、「では、どうして?」と聞き返す。
「僕たちは敵同士ではなく、本当の敵は虚無神だということをきちんと理解してもらうためです。それに後で僕のことを知られるより、先に彼女の口から説明してもらった方がいいでしょう。それでも納得できないなら、ルナがここを離れることはできません。それに無理に出発したとしても、彼女がいなくなればこの国で内乱が起きるかもしれません」
彼は闇の神を信じる人々が分裂することを恐れていた。
「理想論かもしれませんが、十二の神々を信仰するすべての人々が手を取り合わなければ、ヴァニタスの脅威には対抗できないと思います。まして、ノクティスの信者同士が争うような事態は敵の思う壺。ですから、火種となりうる“白の魔術師”という存在を隠すわけにはいかないんです」
イーリスはレイの勇気に感心していた。
(ここは彼にとって敵地。その敵地で自分の存在を明らかにしろと……世界を守るためにそれが必要だからと思っても普通はできないわ。私も小さなことに拘っている場合じゃないわね……)
イーリスは覚悟を決めたようにしっかりとレイを見つめ、
「分かりました。御子様が、そして、あなたが必要であるというのであれば、私は全面的に支持します。私も一緒に行って鬼人族に謝罪したいと思います」
「分かりました。その方がいいかもしれません。どう説明するかはまた後で相談しましょう」
アシュレイもレイの意見に傾いていたが、ただ一人、ステラだけは納得していなかった。
「私は反対です。レイ様が出ていけば鬼人族は必ず逆上します。ペリクリトルでの戦いで分かっているはずです。大鬼族の指揮官も最後には逆上してあなたに斬り掛かっていったと聞きました。今度はそれ以上に逆上しているはずです。それに月の御子を拉致した張本人と一緒なんです。そんなところに行かせるわけにはいきません」
「確かにそうだけど、これは必要なことなんだ。話せば分かるとは言わない。でも、僕の存在を隠したままじゃ、ルナの言葉すら信じてもらえないかもしれないんだ。彼らも人なんだ。だから、僕は彼らを信じる。信じなければ、僕たちの負けなんだ」
「生きていれば何か手があるはずです。命を粗末にしないでください。お願いします」
ステラはそう言って大きく頭を下げる。
ルナはステラの想いの強さに心を打たれていた。
(本当に彼のことを想っているんだ……)
ルナはステラの手を取る。
「私が命に替えても守ってみせます。もし、鬼人族がレイを害そうとしたなら、私は命を絶ちます。そこまでの覚悟を見せれば、鬼人族の方たちも分かってくれるはずです」
ルナの顔は慈愛に満ちたものであり、ステラも抗い難いものを感じていた。それでも最愛の男を失うかもしれないと決然と反論する。
「逆上したオルヴォ・クロンヴァールはこの方を殺めるために、味方の兵士すら斬り殺したと聞きました。そんな人たちがあなたの言葉に耳を傾けるでしょうか。もし、失敗したら取り返しがつかないんです。もし、この方がいなくなったら……」
最後は言葉にならなかったが、その場にいる全員が彼女の想いを理解した。
「僕は死なない。約束するよ。だから僕を信じて」とレイがステラの肩に手を置く。
「私も一緒に行かせてもらう。もちろん、ステラもだ」とアシュレイが宣言する。
レイが「それは……」と言い掛けたところで、それを遮り、
「私が行っても役に立たぬかもしれん。だが、邪魔にはならんはずだ。ならば、お前と共にいる。ステラ、それでいいな」
ステラにはアシュレイの気持ちが痛いほど分かった。
(鬼人族が襲ってきたら身を挺してレイ様を守ろうと……私もアシュレイ様を見習わないと。この方たちを守ることが私の存在する理由。お二人のためにできることをしなければ……)
ステラはしっかりと顔を上げて、「はい。私もお供します」と言って微笑んだ。
その後、鬼人族対策会議が行われる会議室に向かった。
そこには月魔族の神官や翼魔族の呪術師など二十人以上が待っており、イーリスがヴァルマを伴って入っていくと一斉に頭を下げる。
「鬼人族のことを話し合う前に、月の御子であられるルナ様に皆を紹介したいと思います。ヴァルマ、御子様をこちらへ」
その言葉に僅かにざわめきが起きた。月の御子が神殿に入り、更にヴァニタスの影響を脱したことは知っていたが、これほど早く謁見が叶うとは思っていなかったからだ。
ヴァルマが扉のところで恭しく頭を下げる。それに合わせて会議の出席者たちも片膝を突いて深々と頭を下げた。
会議室にカツカツという足音が響く。
「皆さん、顔を上げてください」
ルナの言葉に全員がゆっくりと顔を上げる。
彼らの視線の先には漆黒のドレスを纏ったルナの姿があった。彼女の顔には柔らかな笑みが浮かんでいたが、少女にはない威厳のような力を感じ、月魔族の神官らは思わず平伏する。
神官たちが感じたのはルナの周りにいる闇の精霊の力だった。それは鬼人族を従えた時と同じ力だが、闇の精霊を感じられる月魔族や翼魔族にはより強く作用した。
神官らは優しく抱擁するような闇の精霊の力を感じ歓喜に打ち震えていた。
「顔を上げてください。これでは話をすることもできませんから」
僅かに困惑が感じられる声にイーリスが「御子様のご命令です。顔を上げなさい」と助け舟を出す。
その命令に神官たちもようやく顔を上げるが、ルナを直視することはなかった。彼らは神の御使いに畏怖の念を抱いたためだ。
「ルナです。月の御子と呼ばれていますが、一人の人間に過ぎません。この世界を救うために皆さんの力をお貸しください」
そう言って大きく頭を下げる。
予想しなかった行動にイーリスとヴァルマが慌てるが、ルナはそれを無視して顔を上げ、話し始めた。
「この世界は危機に瀕しています。それは鬼人族のことだけではありません。もっと大きなことが起ころうとしているのです……」
神官たちは月の御子が危機に瀕していると断言したことに驚きを隠せなかった。しかし、表情は変えるものの、誰一人声を上げることなく、彼女の話に耳を傾けている。
「……虚無神の力は強大です。私は身をもってそれを知りました。それに皆さんも気づかないうちに操られていたのです……私たちは一致団結して敵に当たらなければなりません。これはあなたたち妖魔族だけではありません。鬼人族、そして、その他の種族とも協力しあわなければならないのです……」
妖魔族、特に月魔族はソキウスの特権階級としての意識が強い。月の御子の言葉ではあり、反発することこそなかったが、自分たちより下に見ている鬼人族や人族と協力しろと言われ困惑する。
その困惑をルナも感じていたが、あえて無視して話を続ける。
「……それだけではありません。十二の神を信じる全ての人々、そう、西側の人々とも手を取り合わなければなりません。もし、それができなければ……」
そこで僅かに間を空ける。そして、神官たちを見ていく。
「……もし、全ての人々と手を取り合えなければ、この世界はヴァニタスによって滅ぼされるのです。私はそれを防ぐために神々から遣わされました」
神官たちは神の使いである月の御子が、世界が滅びると断言したことに衝撃を受けていた。そのため、全員が呆然とした表情になっている。
「私はこの世界を守るために全力を尽くすつもりです。ですが、私一人で成し遂げられるものではありません。皆さん! 私を助けてください! お願いします」
そう言って再び大きく頭を下げた。
神官たちは何も言えず、固まったように彼女を見つめていた。
「御子様のお言葉に私は従います! 我々の下に神々は御子様を遣わしてくださいました。その栄誉に報いるため、我々は神々の先兵となって虚無神と戦わねばならないのです!」
イーリスの言葉に神官たちは我に返った。そして、口々に「私も御子様の下で働かせてください!」という声が上がる。そして、彼らの感情のボルテージは上がり、普段物静かな神官たちが立ち上がって口々に叫んでいた。
ルナは神官たちの興奮が収まるのを待ち、再び口を開いた。
「私には盟友がいます。私と同じく神々から遣わされた者です。レイ、入ってきてください」
彼女の言葉に神官たちは一斉に入口に視線を向けた。
そして、入ってきた人物を見て驚愕する。




