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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第四章「魔族の国・東の辺境」

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第四十六話「今後の方針」

 三月一日の午後四時頃。


 月の御子ルナを使った闇の神(ノクティス)召喚の儀式が失敗に終わり、ルナは精神こころに大きな傷を負った。そのため、身体に異常がないにも関わらず、意識を失っていたままだ。


 ロウニ峠を出発した馬車は妖魔族――月魔族、翼魔族、黒魔族など翼を持つ魔族の総称――の都ルーベルナに向けて走っている。


 レイはアシュレイ、ステラとともにルナの乗った馬車の中にいた。彼は移動中も常にルナの手を握り、何度も日本語で声を掛けている。しかし、僅かに反応はあるものの目覚める気配はなかった。

 その姿を月の巫女イーリス・ノルティアと彼女の直属の部下ヴァルマ・ニスカが見つめていた。二人はルナとレイの関係が気になるが、今は都に戻った後の治療方針について詳細を詰めていた。


「神降ろしの儀式に用いる予定だった神官を使います。闇の神(ノクティス)の力が満ちる夜に行えば、神も力を貸してくださるでしょう」


 ヴァルマはイーリスの言葉に頷くものの、強引に行った神降ろしの儀式の影響を懸念する。


「イーリス様の魔力は大丈夫なのでしょうか? 今回の儀式は非常に難しいものです。イーリス様が万全の状態でなければ思わぬ事態を招かぬとも限りません」


 魔法陣を用いた集団魔法だが、基本的には個人で行う魔法と理論は変わらない。すなわち、術者が精霊に魔力を与えながら行使したい魔法のイメージを伝え、精霊が現象を具現化する。


 違う点は与える魔力の量と質だ。

 多くの魔術師が魔法を行使する術者に魔力を送り込み、術者は魔法陣により効率よく大量の魔力を精霊に与える。このことにより一人の魔術師では行い得ない大規模な魔法を行使できるのだ。

 但し、術者がボトルネックとなり、一度に大量の魔力を送り込めない。そのため、数時間、あるいは数日に及ぶ儀式となることがあった。


 ヴァルマはこの点を懸念し、体調が万全でないイーリスが儀式を取り仕切ることを懸念したのだ。


「あなたの言うことは分からないでもないけど、今は時間がないわ。御子様の精神こころを修復するなら早い方がいいはず。時間を掛けると、それだけお救いするのが遅れることになるわ。恐らくご自分を守るために見たい夢を見ながら……」


 イーリスはルナが自らの精神を守るため、心の中に硬い殻のようなものを作り、その中で自分に都合のよい夢を見ていると考えていた。これは過去の闇の神殿での人体実験結果から推測しており、確度は高いと思っている。


「その儀式に僕も参加させてくれませんか」


 レイが突然会話に加わってきた。

 イーリスは秘儀に属する儀式を部外者に見せることに躊躇いを覚えるが、すぐに考え直す。


「そうね……あなたと御子様の絆は強そうだから加わってもらった方がいいかも。ヴァルマ、あなたはどう思って?」


 話を振られたヴァルマだが、今まで同族にですら秘密にされていた儀式を、敵であったレイに見せるという言葉に驚きを隠せない。更に今まで部下の意見をほとんど聞かなかったイーリスが自分に意見を求めたことにも驚いていた。

 しかし、すぐに頭を切り替え、レイの儀式への参加の是非について考え始める。


(イーリス様が言う通り、白の魔術師と御子様には強い絆がある。それにこの男は魔法の天才。もし、不測の事態が起こったとしても対処できるはず。懸念があるとすれば神官たちの反対だけど、それはイーリス様と私が抑えればいい……)


 ヴァルマは賛成と答えるが、神官たちの反発に注意しておく必要があると付け加えた。


「そうね。マルヤーナもそうだったけど神官たちは反対するわね……儀式は皆の心が一つにならないと成功しない。でも、レイ殿がいてくれた方がいいし……どうすればいいかしら?」


「僕を傀儡くぐつか催眠をかけたことにして儀式に加えてはどうでしょう? ルナの昔なじみである僕が声を掛けた方が、成功率が上がると説明して。それに加えて、僕がイーリス殿の言いなりになっているから儀式に加わっても問題ないとすれば、反対されることは少ないのではないですか」


 イーリスとヴァルマは顔を見合わせた後、大きく頷いた。


「確かにそれはいい案ね。さっきの会話を聞かれているから、傀儡より催眠の方が辻褄は合うわ。私が催眠の術を掛けているから安心だといえば、誰も疑わない。ヴァルマ、あなたも口裏を合わせるのよ」


「それにしても“白の軍師”と言われるだけのことはありますね、レイ殿は」


 ヴァルマの言葉にレイの顔が赤くなる。ヴァルマはその様子を見て違和感を覚えていた。


(戦いの話を聞く限り、冷徹な策略家だと思ったのだけど、まるで別人ね。それとも人格が変わるとかあるのかしら?)


 その思いは口に出さず、事務的な話を進める。


「アシュレイ殿、ステラ殿、それにウノ殿たちはいかがいたしましょうか? レイ殿と一緒にいていただくには何らかの偽装が必要かと思いますが」


「そうね。アシュレイ殿とステラ殿はレイ殿と同じということにしてはどうかしら? ウノ殿たちはヴァルマが西側で育てた間者ということにすれば自由に動けると思うわ。これでどうかしら、レイ殿」


 イーリスの提案にアシュレイが「レイはともかく、私に演技を期待されても困る」と反対する。


「そうだね。アッシュは根が正直だから難しいかも。どこかでボロが出たら困るし……そうだ! アッシュとステラはルナの個人的な護衛ってことでどうかな。ルナが信頼しているから引き離すわけにはいかないってことならあまり疑問に思われないんじゃないかな」


「それでよいが、私が単細胞だと言っているように聞こえるぞ。まあ、否定はできないが」


 アシュレイが不満気に頬を膨らますと、レイたちの顔に笑みが浮かぶ。ステラはアシュレイの気遣いに感心するとともに自分にはできないと僅かに凹む。


(やはりアシュレイ様には敵わないわ。レイ様が張り詰めているからわざとあんな風に……私にはできない……)


 ヴァルマは微笑ましい光景を見ながら、後ろの馬車に乗るキーラのことを思い出した。


「キーラに口止めしておかねばなりませんが、どういたしましょうか」


「そうね。キーラもそろそろ目覚めてもおかしくない頃だし、一度休憩を兼ねて様子を見てくるわ。その時に治癒魔法を掛ければ目覚めるかも」


 イーリスはそう言うと御者に馬車を停めるよう命じた。


「馬車の揺れが御子様のお体に障るわ。それにキーラの様子も見たいから、一度止めて頂戴」


 御者はすぐに馬車を停め、恭しく扉を開いた。

 イーリスは後ろの馬車に行くと、ヴァルマはレイたちに頭を下げた。


「どうしたんですか、突然」とレイが驚くと、


「まだあなたたちに感謝の言葉を伝えていませんでした。それに謝罪も」と言って話し始めた。


「御子様とイーリス様を助けていただき感謝いたします。また、あなたたちの仲間を傷つけたことについて謝罪します」


 その行動にアシュレイとステラが目を丸くしていた。特にステラはヴァルマが闇の神殿の高位の神官であり、光神教の聖職者と同じく人を道具と思っていると感じていたためだ。

 ヴァルマは謝罪をしたことですっきりしたのか、口調も砕けたものになった。


「イーリス様だけでなく、私も虚無神(ヴァニタス)の影響を受けていたようね。魔力が戻ってきて頭がすっきりしたらおかしなことがいくつも思い出されたわ。一番おかしなことは御子様のご意思を無視したこと……」


 ヴァルマは自分が感じた疑問を率直な言葉で話していく。


「……いつからヴァニタスの影響を受けていたのかは分からないわ。恐らくだけど、御子様とともに過ごしてから少しずつ影響が少なくなったのだと思う。あなたたちから御子様を攫った頃、私はそれがあの方のためになることだと信じて疑っていなかった。でも、アクィラを越え、ソキウスに入った頃から少しずつ考えが変わってきたわ……」


 ヴァルマの率直な言葉に批判的だったステラですら聞き入っている。


「……このような言い方は不遜なのだけど、最初、御子様は極普通の少女だと思っていたの。私は“月の御子”という名だけで敬っていた……心のどこかで落胆していたのだと思うわ。それがソキウスに入り、鬼人族に対する御子様のお姿を見て、私も徐々にソキウスの理想を思い出したの。そう考えると、鬼人族を犠牲にする今回の西方侵攻作戦はソキウスの理想とは相容れない。そして、御子様が説くソキウスの理想は、私の心に疑念を浮かび上がらせた。イーリス様にさえ反感を持つほど……」


 ヴァルマとイーリスの関係がどれほどのものか、レイには分からない。しかし、宗教国家に近い妖魔族が祭祀長である“月の巫女”に反感を持ったという事実は彼に大きな衝撃を与えた。


「……それがいつの頃か再びイーリス様への反感が消えていた。今考えればきっかけになるようなことは何もなかったのに……恐らくだけど、御子様によって虚無神(ヴァニタス)の影響が消えた後、再びヴァニタスが私の心に手を加えたのだと思う。そう考えると、ノクティスとヴァニタスが御子様の中で主導権争いをしていたのではないかと……」


 ヴァルマが話し終わった後、レイたちは誰も口を開かなかった。


(この人が言っていることは辻褄が合っている気がする。今のイーリス殿やヴァルマ殿は特におかしな人じゃない。でも、話を聞くと同胞である鬼人族を犠牲にしてまで強引にルナを拉致している。ヴァニタスは終焉をもたらす神。どんな性格なのかは分からないけど、少なくとも慈愛や思いやりといったことを気にするような神じゃない。だとすれば、本来の性格を無視して無茶なことをさせてもおかしくはないか……)


 レイが口を開かないため、アシュレイが話し始めた。


「ヴァルマ殿の言いたことは理解できなくもないが、今も影響を受けていないと言い切れるのだろうか。もし、影響を受けているとすれば、ルナだけでなく我々も危険ということだが」


 アシュレイの疑念に、ヴァルマに代わってレイが答える。


「アッシュの言いたいことは分かるよ。でも、相手は神なんだ。心配しても仕方がないよ」


「だからと言って何もしないのは危険だ。やはりここはルナを連れて西に向かう方がよいのではないか」


「ヴァルマ殿がわざわざ話してくれたということは、ヴァニタスの影響は受けていないか、ノクティスの力が強いかのどちらかだよ……」


「しかしだ……」とアシュレイが遮るが、レイはそれを目で制して話を続ける。


「ルナが鍵であることは間違いない。だとすれば、ルナからヴァニタスの影響を完全に排除しないと同じことの繰り返しになる。一時的でもヴァニタスの力が弱まっているうちに手を打たないと取り返しがつかないことになる気がするんだ」


 アシュレイは「確かにな」と頷くが、ステラは頷くことなく黙っていた。


(レイ様のおっしゃることは多分正しい。でも、月魔族は信用できない。それに鬼人族がルーベルナに攻めてきたら大変なことになる。いくら守りが堅いといっても逃げられなくなるのだから)


 ステラはそのことを指摘した。


「月魔族の方を信用するとしても鬼人族のことがあります。儀式に何日掛かるか分かりませんし、成功してもルナさんがすぐに動ける状態になるのかも分かりません。ここはアシュレイ様のおっしゃるとおり、西に向かった方がよいのではないでしょうか」


「それは待って」とヴァルマが口を挟む。


「イーリス様がおっしゃったとおり、御子様の心を回復せずに時間を置くことは危険。ルーベルナは堅牢な城よ。鬼人族といえども一年や二年は充分に耐えられるわ」


「城に篭るといっても増援は来ないのだろう。鬼人族の戦力がいかほどのものかは知らぬが、援軍の来ない篭城戦に勝機はない」


 アシュレイが冷静にそう指摘する。


「援軍はなくとも完全に孤立するわけではないわ。我々には翼がある。それに引き換え、敵には翼がないのだから」


「それは分かる。しかし相手は本気なのだろう。ルナを取り戻すためならどのような手でも打つはずだ。だとすれば、この周辺の農村はすべて焼き払われるかもしれん。そうなれば篭城は不可能だ」


 ヴァルマはアシュレイの懸念に答えることができなかった。ヴァニタスの呪縛が解けた今、同胞に刃を向けることに抵抗感を覚えている。特に今回の原因は自分たちが強引に月の御子を奪ったことであり、その引け目もあった。


「篭城するかはともかく、ルナの回復は決定事項だよ。イーリス殿の言葉じゃないけど、僕も早くルナを回復させないといけないと思っているんだ」


 ステラはそれでも反対の意思を変えなかった。


「ですが、それではレイ様まで危険になります。ペリクリトルで鬼人族を何千人も倒しているんです。そのことが知られれば必ず報復されます。もう一度お考え直しください」


 そう言って大きく頭を下げる。


「ステラの言う通りだ。お前は鬼人族の天敵、“白の魔術師”なのだ。既に生き残りからその名や特徴は知られているだろう。鎧や武器は隠せばいいが、我々は西側から潜入してきた細作スパイのようなものだ。何かのきっかけでばれれば命はない」


「それはよく分かっているよ。でも、危険は承知の上だ。命が惜しいなら、あの荒野を越えるような無謀なことはしない。第一、僕がこんな危険を冒してでもここに来たのはルナを助けるためなんだ。だとすれば、適切な治療をせずに逃げるのはおかしいよ」


 レイの最後の言葉にアシュレイは「そうだな」と頷く。ステラはレイの意志が堅いことを感じ、これ以上何を言っても無駄だと考えを変える。


(レイ様がここまで決意を固められているなら、私にできることはこの方をお守りすることだけ。後で脱出の方法をアシュレイ様と相談しておかないと……)


 ステラが反論しなかったため、そのままルーベルナに向かい、ルナを回復させるための大規模魔法を施すことが確定した。

ヴァルマ、イーリスと和解し、この後はルナの精神修復。その前に鬼人族が……

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