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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第四章「魔族の国・東の辺境」

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第四十一話「説得」

お待たせしました。

 三月一日の朝。ルーベルナの南にあるロウニ峠にある渓谷。

 月魔族の指導者であるイーリス・ノルティアは三分の一にまで減った部下に落胆を隠しきれなかった。今朝出発した時には右腕である月魔族のヴァルマ・ニスカに加え、十人の翼魔族と十体の翼魔がいた。それが僅か一時間で自分の周りにいるのは翼魔族六名だけだ。

 幸いルナは確保できているが、この人数では僅かな距離とはいえルーベルナまでルナを運ぶことは困難だ。その一番の原因は魔族の宿敵“白の魔術師”レイの存在だった。

 彼はロウニ峠に網を張るようにして待ちうけ、奇襲によってイーリスたちを引き摺り下ろすと、手練てだれの兵士である獣人たちを使ってルナを奪い返そうとした。最初の奇襲で重傷を負ったヴァルマの命懸けの警告により全滅こそ免れたが、主戦力である翼魔は全滅し、ヴァルマの生存も絶望的だった。何とか深い渓谷の岩棚に逃げ込んだものの、渓谷の対岸にいるレイに怯え、飛び上がるどころか顔を出すことすらできない。


 一方のレイも落胆を隠し切れなかった。

 獣人奴隷であるウノたちの奇襲があと一歩で成功しルナを取り戻せると思った瞬間、ヴァルマの決死の乱入によって、すべてが台無しにされた。

 更にヴァルマの進言によって渓谷の対岸に逃げ込んだと聞き、慌ててその場に向かうも、その絶望的に深い渓谷――深さ百(メルト)、幅三十メルトはある渓谷にルナを取り戻すことがほぼ不可能になったと思い知らされる。


(ウノさんたちでも簡単には渡れない。ここから魔法で攻撃しても無駄だろうな。岩陰に隠れられたら当てようがないし、範囲魔法を使えばルナ(月宮さん)を傷つけてしまう……)


 レイはウノに対し、「対岸に渡る方法を大至急探してください」と依頼する。ウノは「はっ!」と言って了解すると、部下と共に森の中に消えていった。

 彼は時間を稼ぐ意味も含め、“月の巫女”に対し、彼女が行おうとしている儀式が危険であると訴えることにした。


 レイは対岸に最も近い場所に立ち、大声で話し始める。


「僕たちは魔族を、ソキウスを攻撃するつもりはない! ただ、あなたが行おうとしている“儀式”は危険なんだ! それをやめ、ルナを返してくれれば、これ以上攻撃はしない!……」


 その声はイーリスの耳に届いていた。最初は何を言っているのだと無視を決め込んでいたが、耳に入ってくる話を何となく聞いていた。


闇の神(ノクティス)の力を利用して何をするつもりなんだ! 安寧をもたらす神、ノクティスは戦争を否定しているはずだ!」


 その言葉に思わず、反論する。


「あなたに闇の神の何が分かるというの? 闇の神殿で神託が下りたのよ! 馬鹿なことを言っていないですぐに立ち去りなさい!」


 イーリスの反論にレイは疑問を感じた。


(神託は本当に闇の神(ノクティス)のものなのかな? ノクティスは安寧を司る神だ。戦争を煽るような神託を下すとは思えないんだけど……)


 レイが反論を言おうとした時、ステラが後ろから近づいてきた。


「ヴァルマという人はまだ生きています。止めを刺した方がいいでしょうか?」


 その言葉にアシュレイが首を傾げる。ヴァルマは敵の主力であり何度も煮え湯を飲まされてきた相手だ。その敵に止めを刺すのになぜレイの許可が必要なのかと。

 その疑問を口にすると、ステラがはっきりとした口調で答える。


「あのイーリスという人は冷静さを失っているような気がします。それに引き換え、ヴァルマという人は冷静ですし、ルナさんのことを守ろうとしているように感じました。交渉の相手を変えてはどうかと思ったんです」


 ステラの言葉にレイは小さく頷く。


「確かにそうかもしれないね。月の巫女は誰かに操られているのかもしれない。一国の指導者にしてはおかしなところが多過ぎる気がするんだ。その点、ヴァルマはルナを攫った時からいつも合理的だった気がする。それに向こうとは交渉できそうにないしね。目の前にいる相手なら説得できるかもしれない」


「しかし、危険ではないか? あの女には何度も煮え湯を飲まされているのだ。人を傀儡くぐつにするようなやからを信じることには賛成できん」とアシュレイが反対する。


「とりあえず治療だけはしておくよ。ここで死なせてしまったら、後で交渉も何もないから。もちろん、逃げ出せないように拘束はしておくけどね」


 レイがそう決断すると、アシュレイも「お前がそう決めたのなら従おう」と言って頷いた。

 アシュレイにイーリスたちの監視を任せると、気付かれないようにヴァルマが倒れている場所に移動した。もっともイーリスたちはレイの魔法を警戒しているため、顔すら出せず、彼の行動は全く監視されていなかった。


 ヴァルマはレイの魔法を胸に受けた後、墜落の衝撃で左腕を折っていた。しかし最も酷いケガはステラに斬り裂かれた背中だった。着ているローブは血に塗れ、白皙の顔は死者のように青白くなっている。僅かに胸が上下しており、呼吸をしていることが確認できるが、彼女の命の火は消えようとしていた。


 レイはすぐに治癒魔法を掛けた。傷口は塞がったものの失った血の量が多過ぎ、意識は戻らない。

 それでもステラは警戒を緩めず、双剣を抜き放った状態で身構えていた。

 レイはステラに「ロープで拘束して」と頼むが、内心ではこの状態で抵抗することは無理だと思っていた。


(生きているのが不思議なくらいだ。いや、僕の魔法で受けたケガは自分で治療したのか……一応、翼だけは完全に治していないから飛ぶことは難しいだろうし、魔法も使えないだろうな……)


 ステラがロープを使って拘束していく。レイは拘束されたヴァルマを抱えるとイーリスたちが見える場所まで連れていく。

 そこで更に治癒魔法を掛けると、ヴァルマは意識を取り戻した。


「こ、ここは……」と自分の置かれた状況が理解できず戸惑うが、すぐにレイの白い鎧を見て

「白の魔術師! 私をどうするつもりだ!」と叫ぶ。


 レイは眦を上げて叫ぶヴァルマに「何もする気はない」と言い、

「イーリス殿は完全に逆上していて話にならないから。あなたなら僕の話を聞いてくれそうな気がしたから助けた」と静かに語りかけた。

 ヴァルマはその口調に疑問を感じるものの、月の御子を奪いに来た敵であると気を引き締める。

「殺せ! 御子様を奪う策に私を使うつもりなのだろう! 私はお前に利用されるつもりはない。さっさと殺せ!」と喚く。


「話だけでも聞いて欲しいんだけど……」とレイは困惑した表情を浮かべるが、すぐに表情を引き締め、


「君たちが行おうとしている儀式は闇の神(ノクティス)を降臨させるものじゃない。別の邪な存在を呼び込む儀式なんだ。だから、絶対に止めないと……そうしないとルナは存在ごと消えてしまう。君たちが月の御子と呼んでいるルナは邪神の寄り代にされてしまうんだ」


 レイの真剣な言葉にもヴァルマは耳を貸さない。


「イーリス様が、巫女様が神の言葉を賜ったのよ。お前のような光の神(ルキドゥス)の手先に何が分かる」


 嘲笑するようにそう言い放つ。


「僕はルキドゥスの使いでも何でもないんだけど。まあ、それはいいや……ところで、ノクティスが現世に降臨したいなんて誰が言ったんだ? ノクティスは安寧をもたらす神。そんな神が戦乱を巻き起こしてまで現世に降臨したいと言うはずはないんだ。あなたもおかしいと思っているんだろう」


 ヴァルマは一瞬言葉に詰まる。彼女自身、イーリスの行動に疑問を感じており、ルナがノクティスの力を使って鬼人族との融和を図っていたことも知っている。特にルナの演説はソキウス――魔族の国の名。同志という意味――の団結を説いており、イーリスの主張する妖魔族主導の国家運営より、建国の理想に近いと感じていた。


(この男の言いたいことは分からないでもない……しかし、ここでこの男の口車に乗るわけにはいかない。この男は所詮、余所者よそもの。我らの先祖の恨みを知るはずもないのだから……)


 ヴァルマは奥歯をギリッと噛み締め、流されそうになる自分を引き止める。


「月の巫女様は闇の神(ノクティス)の祭祀長よ。神もそのことはお分かりのはず。ならば、そのお言葉に誤りがあると考えるのはおかしいわ」


「確かに。でも、もし神々に匹敵する邪神がいたら? その邪神がノクティスの名を騙っていたら? 邪神なら人である巫女を騙すことはできるはず……ノクティスが降臨を望むなら、誰もが祝福する状態を望む。今の状態が誰もが望んでいるものとは到底思えない。少なくともルナは、月の御子は納得していないはずだ」


 最後の言葉にヴァルマは僅かに動揺した。ノクティスの力を顕現させていたルナが望んでいないことを知っていたためだ。

 ヴァルマの沈黙を他所にレイの話は続く。


「僕は神々について詳しいわけじゃない。でも、ノクティスの神殿は安らぎを与える場所だったはずだ。今のイーリス殿のようにまなじりを上げるような激しさとは相容れない。だから、僕にはイーリス殿がノクティスではない別の存在に操られているじゃないかと思うんだ」


 ヴァルマはその言葉にここ数年のイーリスの言動を思い出す。


(確かに御子様が降臨されたと知った後のイーリス様は人が変わられた気がするわ。それまでは厳しいところはあったけど、目的のためには手段を選ばないということはなかった……)


 レイはヴァルマが迷い始めていると気付いていた。しかし、それが何に由来するものなのかまでは分かっていない。

 レイはそこで賭けに出た。


(ヴァルマは迷っている。何に引っ掛かっているのかは分からないけど、今しかない。僕がずっと考えていた推論を彼女に聞かせたら……もし間違っていたら折角話を聞き始めたことが台無しだけど、今は賭けるしかない)


 そして、ゆっくりとした口調で話し始めた。


「これは僕の想像なんだけど、月の御子が降臨した後に下りた神託はこんな内容だったんじゃないか。月の御子を手に入れ降臨の儀式を行えばノクティスが積年の恨みを晴らしてくれると。確か魔族は西の諸国に故郷を追われたはず。その話を持ち出されたんじゃないのか」


 ヴァルマは「なぜ、それを……」と呟き、絶句する。神託が下りた時、イーリスが言った言葉とほぼ同じだったのだ。

 レイは賭けに勝ったと思ったが、表情を緩めることなく説得を続ける。


「おかしいと思わないかい。さっきから言っているとおり、ノクティスは十二神の中で人の神(ウィータ)とともに平和を愛する神だったはず。ウィータは全ての人に愛を与え、ノクティスは全ての人に安らぎを与える。安らぎとは対極にある復讐を口にしたとすれば、それはノクティスじゃない! ノクティスになりすました別の存在だ!」


 ヴァルマは長年の疑問が氷解するのを感じていた。自らが闇の神殿で感じたものとイーリスに下りた神託との違和感、その正体がようやく理解できたのだ。


(なぜ今まで気付かなかったのだろう。考えれば、いいえ、心で感じればすぐに分かったはず……私も彼の言う邪神に操られていたのかも……)


 それでも素直に言葉にすることができない。

「僕に提案がある」というレイの言葉にヴァルマはビクリとする。


「イーリス殿に儀式の延期を申し出て欲しい。今、神降ろしの儀式を急ぐ理由はないはずだ。それにルナが納得しているかは分からないけど、彼女が納得していないなら、少なくとも納得するまで延期すべきだ」


 ヴァルマはその言葉に耳を疑った。そして「私を解放するのか?」と口にしていた。

 彼女だけでなく、アシュレイ、ステラも驚きの表情を浮かべている。

 レイは頷くが、


「もちろん時間は切らせてもらう。正午までに約束を取り付け、戻ってくること。それから、僕をルナと話をさせることが条件だ」


 アシュレイとステラが何か言おうとしたが、レイはそれを目で制すると、ヴァルマの翼に治癒魔法を掛けていく。


「僕は争いたいわけじゃないんだ。でも、ルナを生贄にすれば、この世界に必ず災いが起きる。僕はそれを知っている(・・・・・)


 ヴァルマは背中で治癒魔法を掛けているレイに向かって「なぜそう言い切れる」と振り返らずに聞いた。


「どういっていいのか難しいんだけど、僕はこの世界の成り立ちというか、真実を知っているんだ」


「白の魔術師殿は予言者でもあるのか?」と聞くが、レイは首を横に振り、


「予言者じゃないし、神の使いでもないよ。だから未来までは見通せない。でも、ルナを使った儀式が行われれば世界に災いが起きることは分かっている。何が起きるかまでは分からないけどね」


 ヴァルマは白の魔術師と呼ばれる男が妙に幼く感じていた。自分たちの策をことごとく潰し、冷酷とも言える作戦を実行した稀代の策士というイメージが崩れていく。

 しかし、そのことにより彼女のレイに対するわだかまりは僅かだが解けた。


「分かったわ。私ヴァルマ・ニスカは月魔族の名に賭けて、イーリス様にそのことを伝える。あなたが決して我々の敵ではないということも伝えるつもり」


 レイはその言葉に「お願いします」と言って小さく頭を下げる。

「正午まではこちらから攻撃はしない。もちろん、逃げようとすれば撃ち落すけど」と付け加えるのは忘れない。

 ヴァルマも同じように小さく目礼すると、すぐに空に舞い上がっていった。


 残された形のアシュレイは猛然と抗議を行う。

「敵の主力を治療までしてやって逃がす奴があるか」とアシュレイが掴みかからんばかりの勢いで迫る。交渉を勧めたステラも珍しく強い口調で抗議する。


「アシュレイ様のおっしゃる通りです! 向こうに行かせる必要はなかったのではありませんか。こちらから話をさせるだけで十分だったはずです!」


 レイはかぶりを振り、


「こっちから話をさせても巫女はヴァルマの言葉を信じないよ。僕に操られているって思うだけだ。それにヴァルマという人も僕が信用しなければ手伝おうとしなかったと思う。これは賭けなんだ」


 アシュレイたちが更に抗議の声を上げる前にレイは話を続けていく。


「今のままだとルナ(月宮さん)を助けることはできない。もちろん、僕たちもこの国から脱出できない。あの人たちを撃ち落してルナを救い出してもここから逃げることは不可能に近いんだから……」


「だからと言って……」とアシュレイが遮るが、レイはそれに構わず話を続けた。


「だから、何としてでもイーリスという人を説得しないといけないんだ。あのヴァルマという人がその唯一の可能性なんだ」


 二人はまだ納得していないが、レイはそこで笑みを浮かべ、

「それにもう行ってしまったから、今は彼女が説得に成功するのを祈ろう」と言って飛んでいくヴァルマを見つめていた。

活動報告でも報告しましたが、ドリーム・ライフ第三巻の発売が決定しました。

来年2月10日が発売日となります。

残念ながら本作品の続巻の話はありません。


話は変わりますが、新作「(仮)狩人と黒猫(Jäger und Schwarze Katze)~しゃべる黒猫が相棒になりました。でも美少女に変身してくれません~」を投稿しました。

http://book1.adouzi.eu.org/n3914dr/


本作品は20万文字程度の中編で、本日7話まで投稿完了、年内は毎日更新、年明けに完結の予定です。


戦記物用の世界観を確認するために書いた練習用の作品ですので、なろうの流行りには完全に逆らっています。ハーレムなし、それどころかヒロインすらいるのか分からない作品で、イチャラブ成分は皆無です。

また、グルメネタもほとんどなく、酒の話もほとんど出ません。ドワーフ族もいますが、本作品でははっちゃけることはないと思っています。

(その割にはネット小説大賞にエントリーしていますが(笑))


シリアスよりですが、コメディというかパロディ感も出しつつの作品です。私個人としては結構楽しく書けたと思っていますので、ご興味のある方はどうぞ。

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