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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第四章「魔族の国・東の辺境」

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第三十八話「奇襲」

 二月二十八日の深夜。


 ルナは鬼人族の都ザレシェから約百km(キメル)ほど北に行った森の中にいた。

 午後三時頃に拉致された後、輸送用の篭に押し込められて翼魔レッサーデーモンに運ばれていたが、強靭な肉体を持つ翼魔といえどもそれ以上の移動は不可能だった。

 月の巫女であるイーリス・ノルティアも疲労が激しく、翼魔族の呪術師たちも肩で息をするほど疲れ果てている。

 これはルナが妨害のため、何度も地上への降下を命じたためで、その都度下降、上昇を繰り返しただけでなく、着陸後も追手を警戒する必要があったからだ。

 妨害を行ったルナも青白い顔をしていた。寒風を遮るためとはいえ、外の風景が全く見えない状態で翼魔の羽ばたきに合わせて揺れる篭に乗っていたため、乗り物酔いになっていたのだ。このためイーリスたちもルナが演技であると気付かず、頼みを聞くしかなかった。


 ルナは嘔吐した後、フラフラとしながら座り込む。心配した月魔族のヴァルマ・ニスカが飲み物を差し出すが、無言でそれを払い除けた。そして、翼魔族のキーラ・ライヴィオに「冷たい水がほしいわ」と言葉を掛ける。

 ヴァルマは悲しそうな目をしたが、何も言わずに引き下がった。一方のキーラは神の化身といえる月の御子に信頼されていることに高揚する。そして、深々と頭を下げ、水筒を手渡した。


「ただの水ですが、夜風で冷えていると思います。これでよろしければ」


 ルナは笑みを浮かべて「ありがとう」と礼を言い、不快な口をすすぐ。

 その後、キーラに積極的に話しかけるが、数百年にわたり刷り込まれた月の巫女への忠誠心は容易には崩せない。


(やはり半日程度じゃ全然駄目ね。でもあまり時間がない。さっき聞いた話だと明後日くらいにはルーベルナに着いてしまう。何とかして時間を稼がないと……)


 翌朝、夜明けと共に起床させられたが、ゆっくりと朝食を摂って時間を稼ぐ。更に篭の乗り心地が悪いことを指摘し、改造するよう迫った。


「こんな乗り物で一日揺られてろっていうの! せめて掴まるところくらいないと、身体が支えられないわ!」


 イーリスは「急がねばなりませんので我慢してください」と出発を急ごうとするが、ルナは憤然とした表情を変えず、


「私の体調は無視するのね。昨日も散々吐いたのに、今日はそれ以上……やっぱり月魔族は私を生贄にしようとしているんじゃないの? どうせ死ぬなら少々調子が悪くても問題ないって思っているんでしょう!」


 その言葉にヴァルマが「少し遅れますが、途中で何度も休憩を挟むより効率的です」ととりなすように間に入ると、イーリスも渋々ながら承諾し、篭の改造を命じた。


 一時間ほどで改造が終わった。ルナが更に時間稼ぎをしようとするがイーリスに拒否されてしまう。


 二日目も頻繁に休憩を入れさせ、予定より少ない移動距離にしたものの、ルーベルナまで百三十キメルの距離を残すのみとなった。イーリスはルナの妨害に辟易とするものの、翌日にはルーベルナに到着できると安堵の息を吐き出した。


(明日は二月末日。予定より少し遅れるけど、三月上旬には儀式が行える。後は黒魔族を警戒すればいいだけ……)


 彼女は予想していた黒魔族――漆黒の肌と漆黒の翼を持つ妖魔族の一氏族――のルナ奪還の動きがないことに疑念を感じていた。


(サウルが関与しているなら、ここで手をこまねくことはありえない。もしかしたら黒魔族は関係なかった? いいえ、そんなことはないわ。二年前くらいに魔将アークデーモンを召喚しているのだから……それに奴ら以外に私たちの邪魔をする者はいないはず。白の魔術師もさすがにここまでは来られないし、ザレシェの鬼人族が彼の言うことを聞くはずはないわ。そう考えると鬼人族を篭絡したのは奴らに決まっている。だとすれば、油断は禁物ね……)


 魔将アークデーモン翼魔レッサーデーモンの上位種であり、翼魔五十体分の戦闘力を持つといわれる魔物である。冒険者ギルドでは竜と並び一級相当と評価している危険な魔物だ。

 妖魔族の長い歴史の中でも魔将の召喚は数えるほどしかない。一級相当の魔物を使役できるほど高位の呪術師がいないことが主な要因だ。実力が伴わないと召喚した魔物に殺されてしまうため、相当な自信がなければ危険な召喚は行われない。また、召喚するためには長い時間と多くの魔晶石を必要とする。そのコストは国家レベルであり、一氏族に召喚を行うことは不可能だと言われていた。

 その危険な魔物を召喚した痕跡を黒魔族の集落で見つけていた。そのため、イーリスは黒魔族が自分たちに反乱を起こすつもりであると考えていた。


 彼女はヴァルマとキーラに油断しないよう命じ、眠りに就いた。

 ルナはキーラに用事を言いつける口実で呼び出し、親しげに会話を始めた。最初は世間話のように見せかけ、月の御子に対する彼女の認識を確かめていく。その結果、キーラが月の御子という存在に強い畏敬の念を持っていることと、月魔族に対し不満を感じつつも闇の神(ノクティス)の使いであることから、逆らうことは考えられないということを知る。


「月の御子はノクティスの代わりということよね。なら、私とイーリスのどちらがノクティスの言葉を正しく理解しているのかしら?」


 キーラは即座に「もちろん、御子様です」と答える。


「なら、私がいう言葉はノクティスの意思ということよ。それでも私に従えない?」


「そ、それは……」とキーラは口篭る。彼女の中で今まで培ってきた常識と目の前の現人神の要求が相反し、答えるべき言葉が出てこなかったのだ。

 ルナはもう少しで掌握できると思うものの、決定打となる言葉が思いつかない。


(あと少し……あと少しで私に従うようになるのに……どう言ったらいいのか分からないわ……)


 ルナが逡巡している間にヴァルマが現れてしまった。そして、キーラが困惑していることに気付き、咄嗟に翌日の準備をするよう命じた。

 ルナは邪魔が入ったことに激怒し、「やはりあなたは敵よ」と言って離れていく。残されたヴァルマは自分がどうすべきか悩む。


(イーリス様が行おうとしていることが正しいのかだんだん分からなくなってきたわ。御子様が真にノクティスの現し身であらせられるなら、御子様の言を聞くべきでは……でも、イーリス様のおっしゃるとおり黒魔族が御子様にあらぬことを吹き込んでいるとしたら、それを正すべき……)


 ヴァルマは苦悩したまま、立ち尽くしていた。



 二月三十日。

 朝から北風が強く、僅かに粉雪も混じっている。篭の中のルナは激しい揺れに体力と気力を削られるが、それ以上に翼魔たちの消耗が激しい。三十分ごとに休憩を挟むものの、何度も失速しそうになるなど、事故の恐れが常にあった。不慮の事故を憂慮したイーリスはルーベルナまであと三十キメルというところでその日の移動を断念した。


(残りはあと三十キメルほど。ロウニ峠さえ越えればルーベルナは目と鼻の先よ。どんなに慎重に飛んでも明日の午前中には都に入れる。今夜さえ乗り切れば何も問題はないわ)


 ルナは激しい揺れのため食事もまともに摂れず、憔悴し切っていた。心配したキーラがルナに頻繁に話しかけるが、返事すらまともにできない。

 キーラを取り込む絶好の機会だと思うものの、疲弊しきった身体と精神は言葉を発することすら拒否していた。

 夜になりようやく体調が戻ったところで、キーラに礼を言った後、「あなたは信用できるわ。だから、お願いがあるの」と両手を取る。


「私の命が危険だと思ったら、イーリスの命令を無視してでも助けて欲しいの。私の命が危ない時だけでいいわ。お願い」


 キーラも月の御子の命を守ることに異論はなく、「承りました。必ずやお守りいたします」と言って平伏する。

 ルナはキーラを完全に取り込むことに成功しなかったが、イーリスの命令を無視してでも行動してくれるという約束を取り付けられたことで満足する。


(とりあえず、これしかできなかった。最善ではないけど、命の危険を訴えれば、キーラは迷うはず。だからといって何ができるかは分からないけど……)


 三月一日。

 前日の強い風は止み、晴天が広がっている。

「あと少しよ。でも油断しないように。では出発」というイーリスの言葉で一行は出発した。


■■■


 二月二十八日。

 イーリスがルナを拉致した頃、ロウニ峠で待ち構えているレイたちも準備を整えていた。


 獣人奴隷部隊のウノたちが峠周辺を探ったが、この峠以外は険しい山地であり、飛び越えるには数百(メルト)以上高度を上げる必要があることが分かった。レイは月魔族たちがこの幅百メルトほどの狭いロウニ峠を通過すると確信した。

 その上で峠の監視を強め、奪還作戦の準備をしていく。


 彼らがいる位置は谷状になった峠の中腹辺りにある洞窟だ。周りは切り立った崖が数百メルトにわたり続いているところで、レイの予想では月魔族たちはこの谷の比較的低い場所を通るというものだった。


「どうしてそう思えるのだ?」とアシュレイが尋ねると、レイは明快に答えていく。


「まず、この峠の南側は急な上り坂だよね。ということは飛んでいても、峠を越えるためには高度を上げていく必要があるんだ。それに北側は八キメルでルーベルナだ。大きな荷物を持っているのに、無理に高度をとる必要はないよ」


 レイの説明にステラも「以前翼魔族が南に飛んでいく時もそれほど高い場所ではなかったですね」と頷いている。


「ここと同じか少し低いくらいのところを飛ぶと思っている。それが合理的だし、僕たちのことに気付いていないから、警戒する必要はないからね」


 ここ数日でレイの表情も明るくなっている。

 悲観的な状況に変わりはないが、周りを心配させないためにも何とかなるという楽観的な考えをしようと意識しているのだ。また、体力と気力が戻っていることも楽観に傾く要因の一つだろう。ペリクリトルを出てから精神的にも肉体的にもギリギリであったが、ここ数日間見張りをするだけで特にすることがなく、充分な休養が取れている。


 この峠で待ち受けると決めたが、上空を運ばれるルナをどうやって安全に降ろすかが問題だった。

 いろいろな策を考え、実行可能か検討していた。いくつかの案が考えられたが、結局レイの魔法に頼ることしか思いつかない。

 準備を整え待ち受けるものの、中々現れない月魔族たちにレイの焦慮は大きくなっていく。


 三月一日。

 夜明けから一時間ほど経った頃、遂に月魔族たちが現れた。

 見張りを行っていた獣人のディエスが鋭い声で「敵発見! すぐに準備を!」と警告を発する。レイは慌ててディエスの指差す方向に目を凝らし、ゴマ粒のような黒い点を見つけ出す。


「ウノさん、手筈どおりに下で待ち受けてください! アッシュは盾を持って僕の横に! ステラは弓で支援を!」


 それだけ叫ぶとすぐに呪文を唱え始める。


「世のすべての光を司りし光の神(ルキドゥス)よ。御身の眷属、光の精霊の聖なる力を固めし、光輝なる矢を我に与えたまえ。御身に我が命の力を捧げん……」


 精霊の力を集めていく間にゴマ粒くらいにしか見えなかった月魔族たちの姿がはっきりと分かるようになる。予想通り翼魔が篭を吊るしており、レイは安堵する。

 それでも集中力を切らさないよう魔法に意識を集め、タイミングを計っていく。

 通常の光の連弩マルチプルシャイニングボルトに比べ、三倍以上の時間を掛け、十五本の光の矢を生み出していった。

 月魔族たちとの距離はおよそ百メルト。距離を測っていたアシュレイが「今だ!」と叫ぶ。


「我が敵を貫け! 光の連弩マルチプルシャイニングボルト


 彼の左腕から四本の光の矢が放たれた。それは一旦月魔族たちの上空に上がり、加速を加えるかのように急角度で篭を持つ翼魔に向かっていく。

 レイは更に五本の矢を放った。今度は最初の四本とは逆に一旦下降した後、突き上げるように上昇していく。

 月魔族のイーリスを含め、翼魔族や翼魔も正面から放たれたレイの魔法に気付いていた。しかし、レイの特殊な魔法を見たことがある者はヴァルマだけで、軌道を変える魔法に驚き対応が遅れてしまう。

 イーリスもヴァルマやラクス王国東部に派遣された翼魔族の呪術師アスラ・ヴォルティからの報告を受け認識はしていたが、初めて目にした衝撃で報告内容のほとんどが頭から抜けてしまっていた。


 最初に狙われた篭を持つ翼魔は動きが制限されており、回避することができない。

 いち早く気付いたヴァルマが身を挺して翼魔の前に出る。自らを犠牲にして矢を受けようとしたのだ。

 そのヴァルマの胸に光の矢が突き刺さる。痛みにバランスを崩し、錐揉みをするように落下していった。

 彼女の献身も効果という点ではあまり意味がなかった。彼女が身を挺して庇った一体だけは矢を受けなかったものの、残りの三体の翼魔は対応しきれず、翼を撃ち抜かれたためだ。

 翼を撃ち抜かれ飛翔力が弱まったことにより、一気に高度が下がっていく。それを見た翼魔族のキーラが「ロープを持ちなさい!」と部下たちに叫ぶように命じ、自らも急降下していく。

 彼女の動きを見た翼魔族の呪術師たちは同じように急降下を始めるが、レイの魔法がそれを許さなかった。次に放った五本の光の矢が突き上げるようにして急降下する翼魔族に向かっていたのだ。

 誘導型の光の矢が自分に向かってくることに恐慌パニックを起こし、キーラ以外はロープにたどり着くことができない。

 更にレイは残りの六本の矢も放っていた。それは左右に三本ずつ飛んでいき、右往左往する翼魔族たちを追い込むかのように小さな半径で旋回していく。


 イーリスはその光景に戦慄していた。

 二人の月魔族、十人の翼魔族、十体の翼魔、これだけの戦力があれば、数百人の兵士と互角以上に戦える。その戦力が成す術もないことに恐怖を抱く。


(あれがヴァルマやアスラの言っていた白の魔術師……あの魔法に狙われたら空を飛ぶ我々は格好の獲物になってしまう……あの男一人に敗れたという報告は誇張ではなかったということ……)


 イーリスは自らに向かってくる光の矢に気付き、急降下を開始した。


「下に逃げなさい! こずえギリギリに飛べば逃げ切れるわ!」


 彼女の命令を受け、全員が降下に移るが、何人かの翼魔族はレイの矢に射抜かれ墜落していく。



 一方、レイは魔法による奇襲がうまくいったことに一旦は安堵したが、ルナを乗せた篭が急速に落下していくことに焦っていた。


(まさか三体も矢を受けるなんて……良くて二体だと思っていたのに……)


 彼の考えはこうだった。

 最初の四本で二体の翼魔の翼を傷つける。半分の揚力になり、更に翼魔という重りがつけば篭は降下していく。当然、残りの翼魔か翼魔族が助けに行くが、その妨害をするのが二射目の五本だった。これは降下していく篭とは逆に急上昇することで恐怖心により篭から引き離すという考えだった。

 そして、最後の六本は上空に残っている月魔族や翼魔族を混乱させるためのものだ。複数本の光の矢を使うことは報告を受けて知っているだろうが、今までは五本程度しか使っておらず、十五本もの矢が撃たれればパニックに陥るのではないかと考えたのだ。

 その思惑はうまくいった。しかし、うまく行きすぎルナの身に危険が及ぶ可能性があった。


 レイはやりすぎたと思いながらも、できることはないと思いなおし、作戦通り洞窟から峠道に向かって降りていった。

ついにレイがルナを見つけました。

無事奪還できるのか、イーリスの反撃はどうなるのかは次話以降で!


活動報告やドリーム・ライフ側の後書きにも書きましたが、11/21に左股関節の人工関節置換手術を受けることになりました。そのため、2週間ほど入院します。

本作品も何とか書きためましたので、10日に一回の更新は続けられそうです。

感想返しなどが遅れるかもしれませんが、気長にお待ちください。

よろしくお願いします。

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