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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第四章「魔族の国・東の辺境」

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第二十九話「分断」

 トリア暦三〇二六年二月十二日の朝。

 鬼人族の実質的な指導者、族長会議首座のタルヴォ・クロンヴァールは不穏になりつつある都ザレシェの状況を憂慮し、今回の騒動の発端となった月の御子ルナに謁見を申し込んだ。

 謁見を申し込んだものの、ルナが積極的に民を扇動しているとは考えておらず、彼女が月の御子として真摯に民たちのことを考えた結果だと思いこんでいた。

 謁見に先立ち、小鬼族の雄、ソルム・ソメルヨキと会談を行い、打開策を探ろうとした。


「御子様の民へのお言葉だが、いささか行き過ぎておるのではないか?」


 タルヴォの問いにソルムは「聞いてみれば分かる。御子様のお言葉は民のことを思ったありがたいものだ」とにべもない。


「それは分かる。しかしだ。このままではルーベルナといくさになるぞ。御子様のお言葉ではないが、同志で争う愚を犯すことになる」


 その言葉にソルムも小さく頷き、


「確かにな。お前の懸念も分からぬでもない。御子様もソキウスの民同士が争うことは望んでおらぬ。ならば、御子様のお言葉があれば、民たちも自重するのではないか」


 タルヴォはソルムが妥当な判断をしてくれたことに安堵の表情を浮かべる。


「お主も御子様との謁見の場に来てくれんか。儂より知恵が回る。御子様にこの状況を説明し、民たちが暴発しそうであることを伝えてくれんか」


「了解した。俺も戦は望んでおらんからな」とソルムは笑った。


 謁見の場は大政庁の大広間だった。元々族長会議を行う場であったが、今は完全に“女王”の間と化している。

 大広間に入ると笑みを浮かべたルナが椅子に座り、その後ろに護衛である大鬼族のイェスペリ・マユリ、中鬼族のペッカ・ベントゥラ、小鬼族のスロ・ソメルヨキが並んでいた。更にその横にはレリチェ村から侍女として同行したエリーとポーラの二人の少女の姿もあった。

 しかし、常に傍らにあった月魔族の呪術師ヴァルマ・ニスカの姿はなかった。

 タルヴォはその巨体を大きく曲げ、最敬礼により敬意を表すると、単刀直入に切り出した。


「お気付きかもしれませぬが、ここザレシェの民たちが動揺しております。御子様のお言葉を曲解しておるのではないかと……ソルム、説明を頼む」


 ソルムは小さく頷くと、タルヴォと同じように大きく頭を下げてから話し始める。


「御子様のお言葉を民の一部が思い違いをしているようです」


 ルナは笑みを絶やさず、「どのような思い違いなのでしょうか?」と小首を傾げる。


「月魔族がソキウスを不当に支配し、ソキウス建国の理念を踏みにじっていると。それを正すためにルーベルナと決別すべきであると叫ぶ者がおります」


 ルナは「そのようなことは望んでいません」と悲しげな表情を浮かべる。彼女の周りでは闇の精霊たちが悲しみを振り撒いていく。

「私にできることはありますか」というルナの言葉にタルヴォとソルムは安堵する。


「民たちに諭していただけないでしょうか。ソキウスを割るような行いは御子様の御心に沿っておらぬと」


 ソルムの言葉にルナは即座に「分かりました」と頷く。


「では、大政庁前の広場に皆さんを集めていただけないでしょうか」


 ルナの言葉にタルヴォは大きく頷き、「お任せください」と床に頭を付ける。

 タルヴォとソルムはすぐに部下たちを街に走らせ、大政庁前でルナの演説が行われることを広めていく。

 正午過ぎ、ルナは大政庁前で融和を説く演説を行った。


「……私はソキウスが分裂し、同志(・・)が相争うことを望んではおりません! ソキウスの理想はすべての同志は平等であり、すべての者が手を取り合って平和に暮らしていくというものです。私はこの理想を尊いと思っています。理想が守られる限り(・・)、ソキウスに住む全ての者は同志なのです! もう一度言います。月魔族、翼魔族、鬼人族、人族、獣人族、そのすべてが平等であり貴賎(・・)はないのです……闇の神(ノクティス)は争いを好みません。私も同じです。ソキウスの理想とノクティスの安らぎを皆さんと共有したい。それが私の望みです!」


 その演説は民衆から熱烈な支持を受けた。傍らで聞いていたタルヴォもその内容に安堵する。


(御子様は争いを求めておられない。それがはっきりと伝わったはずだ。これで当面は大丈夫だろう。懸念があるとすればヴァルマ殿か。無理やり御子様をルーベルナにお連れしようとすれば、必ず暴動が起きる。自重してくれればよいが……)


 タルヴォもうすうす気づいていたが、ルナの演説には月魔族が特権を振りかざせばソキウスの一員でなくなるという趣旨の言葉が入っていた。

 その演説を月魔族は誰も聞いていなかった。もし聞いていれば、今までどおりの高圧的な態度が、鬼人族に猛烈な反発を受けると気づいただろう。



 その日の夜、ルナはヴァルマから月魔族が行おうとしている“儀式”について聞き出そうとした。


「私を使った儀式ってどんなことなのかしら? そろそろ教えてくれてもいいと思うのだけど」


 ヴァルマは絶対的な支配者となっているルナの言葉に抗い難い力を感じながらも、「お答えすることは禁じられております」と答えることを拒んだ。

 ルナは笑みを浮かべて、「私も月の御子として自覚を持ち始めたんだけど、それでも駄目ということ? それとも私を生贄にでもするつもりなの?」と浮かべた笑みとは裏腹に冷たく鋭い言葉を投げる。

 ヴァルマは「そのようなことは……」と大きく首を横に振り、「御子様のお身体に障るようなことは何も」と必死になって答える。


「身体には障りがないけど、心には何が起きるか分からないということね?」と意地悪く言うと、ヴァルマの顔に焦りの表情が浮かぶ。


「そのようなことは……わたくしは御子様にすべてを捧げております。その私が御子様に危害を加えることなど……」


 必死になって言い募るが、ルナは冷たい笑みを消さない。


「なら言えるはずでしょ。私に不利益は生じない、あなたは私のために命すら掛けられると言っているのよ。それでも言えないということは私に不利益が生じるか、あなたの忠誠が偽りかのどちらかということね」


 ヴァルマの心に絶望が広がっていく。


「残念だけど、あなたとは一緒にいられないわ。私を裏切るかもしれない人と一緒にいたくはないから」


 そう言うと踵を返してヴァルマの下を去ろうとした。

「お、お待ちください!」とヴァルマはルナの足に縋りつく。気位の高い月魔族の呪術師が他者の足に縋りつく異様さに、侍女のエリーは目を見開いて見ていた。

「では、儀式について話してくれるのね?」とルナがいうと、「そ、それは……」と口篭る。

 ルナは「そう」と冷たく告げると縋りつくヴァルマを引き剥がし、その場を立ち去った。

 残されたヴァルマは呆然と見送るしかなかった。


 ヴァルマは話したくても話せなかった。月の御子に関する儀式は同族にしか明かせない禁忌であり、闇属性魔法で心理的に縛られている。ちょうど鬼人族の指揮官たちが掛けられていた誓約の術――捕虜になった際に情報を漏らさないように掛けられた魔法――に近い。その魔法で儀式に関する詳細はおろか、存在すら明かすことは禁じられている。存在についてはルナから語られていたため、制限の一部が解除されたものの、概要すら明かすことができなかった。


(神降ろしの儀式……現世に闇の神(ノクティス)を降臨させる……危険はないと聞いているわ……)


 ヴァルマはルナの信頼を失ったという事実に涙を零す。


(ようやく心を開いてくださった御子様の信頼を失ってしまったわ。これではルーベルナに行くこともままならない……どうすれば……)


 一方、ルナはヴァルマに対し警戒感を強めていく。


(やはり月魔族は信用できないということね。口では忠誠を誓うとか、命の限りお守りするとか言っておきながら何も話そうとしない。ひじり君に教えてもらわなかったら、何も知らないまま生贄にされていたわ。月魔族は敵。これは動かし難い事実……)



 翌朝、ルナはイェスペリ・マユリら護衛とエリーとポーラの侍女二人を集めた。


「ヴァルマ・ニスカは、いえ、月魔族は私に危害を加えようとしています」


 その言葉に全員が驚愕し、頷くことも言葉を発することもできず固まっている。彼らの常識では月魔族はノクティスの神官として“月の御子”を守護すべき存在であり、月魔族もそのことを常々言葉にしていた。その月魔族が月の御子に叛意を抱いたという言葉は、いかに崇拝する月の御子の言葉とはいえ、すぐに信じることができないほど衝撃的な事実だった。


「具体的なことは分かりませんが、私は彼らによって生贄にされるようです。ヴァルマに問い質しましたが、私の身体は傷付かないものの、魂が損なわれる可能性は否定しませんでした」


 その言葉に激しやすい中鬼族のペッカ・ベントゥラが怒りの声を上げる。

「何ということを! 月魔族の奴らは御子様を……」と最後は言葉にならないほど怒りに打ち震えていた。

 大鬼族のイェスペリは声こそ上げなかったものの拳を硬く握り締めている。小鬼族のスロ・ソメルヨキも同様に顔を紅潮させ怒声を上げるのを必死に抑えていた。

 侍女の二人はこの状況の変化についていけず、困惑の表情を浮かべている。


「ヴァルマと翼魔族の呪術師たちはザレシェから退去していただきます。この事実が漏れれば彼女たちの身に危険が及ぶかもしれませんから」


「御子様は裏切り者の身までお案じになられるのか」とイェスペリが問うと、ルナは慈母のような笑みを浮かべて静かに答える。


「ええ、ソキウスの民同士で争うことはノクティスの御心に沿いません。ですから、皆さんもヴァルマを傷つけるようなことは控えてください」


 イェスペリらはその言葉に“この方はまさに神の使い”であるという認識を強め、一斉に平伏した。


「御心に沿うようにいたします」とスロが感動に打ち震えながら答えた。


 ルナは満足げに頷くと、「今日も街の皆さんにソキウスの者同士で争うことがないようにお話しなければなりません。ですから、皆さんも準備をお願いしますね」と優しく微笑んでから侍女を引き連れ自室に戻っていった。

 残されたイェスペリたちは頭を下げて見送るものの、この事実をどうすべきか困惑する。


「御子様を生贄にするという話だが、我らだけの胸の内に収めておいてよいのだろうか」


 スロがそう切り出すと、ペッカが「しかし、御子様は……」と口を挟もうとした。


「いや、いま少し話を聞いてほしい。我らは御子様の御心に沿った行動をとらねばならん。だが、それでいいのか? 月魔族は裏で何をするか分からぬ連中だ。此度の戦でも我らの同族を見殺しにしている」


「確かにそうだが、どうするつもりだ? 御子様はヴァルマにも翼魔族にも手を出すなとおっしゃられた。それに同志たちが合い争うことも禁じられたのだ」


 ペッカがそう反論すると、スロは同意するように頷くが、


「しかし、それで御子様に何かがあったらどうするのだ? 俺は御子様を守るためにすべてを投げ出す覚悟がある。ここは御子様のお言葉に逆らってでも行動すべきだ」


 ペッカも「俺も御子様をお守りするためなら命を捨てる」と言って頷いた。

 そこまで沈黙を守っていたイェスペリが重々しく口を開く。


「具体的にはどうするのだ? 我ら三名ではヴァルマ一人を抑えることすら難しい。いかにスロ殿の呪術が優れておっても、奴は月魔族の中でも五指に入る呪術師だ。操られれば何もできぬうちに御子様を連れ去られてしまうぞ」


「確かに俺ではあがらうことすら難しいな」とスロは頷くが、すぐに「これは族長たちに伝えるべきだろう」と提案する。

 この提案にイェスペリとペッカは一瞬躊躇うものの、スロの「御子様をお守りするためだ。少なくともタルヴォ殿と我が兄ソルムには伝えておかねばならん」という言葉に首肯する。


 ペッカはすぐに大政庁に向かった。そしてすぐにタルヴォに面会し、月魔族がルナを生贄にしようとしていると訴える。

 タルヴォは信じ難いというものの、ルナがヴァルマを遠ざけていた事実を思い出す。


(確かに御子様はヴァルマ殿を遠ざけていた。御子様のお言葉に誤りはないだろう。ならば、どうすべきか……)


 タルヴォはペッカに「御子様をお守りしてくれ」と言い、ソルムと協議し最善の手を打つと約束した。ペッカはタルヴォの打つ手が気になるものの、ルナを守るという使命を果たすため屋敷に戻っていった。

 タルヴォは大政庁に出仕してきたソルム・ソメルヨキを捕まえ、ペッカから聞いた話を伝える。ソルムは怒りを見せるが、すぐに冷静さを取り戻し今後の方策を考え始めた。一分ほど沈黙した後、


「タルヴォ殿がヴァルマに退去を伝えるべきだろうな。族長会議にかければ収拾がつかなくなることは間違いない」


「儂がいくのは構わんが、儂が操られる可能性はどうするのだ?」


「ヴァルマが退去しなければ、ザレシェはルーベルナに兵を向けると脅せばよい。もし、お前が言いくるめられるか、操られるかしてヴァルマの退去を撤回したとしても、居座れば問答無用にザレシェは敵に回ると言っておけば素直に退去するだろう」


 タルヴォはそれに「よかろう」と言って頷き立ち上がった。



 ヴァルマは失意のうちに朝を迎えていた。ルナに会うことも叶わず、朝食も喉を通らない。

 そんな中、タルヴォが訪ねてきたと聞き、無気力な表情のまま面会を許可した。タルヴォは単刀直入に「御子様を生贄にしようとしていると聞いた」と話を始める。

 ヴァルマはその言葉に「ありえないわ!」と反発するが、タルヴォは意に介すことなく話を続けていく。


「少なくとも御子様の信頼を失ったことは事実だ。御子様よりヴァルマ殿と翼魔族の者たちをザレシェから退去させるように命じられておる。速やかに準備を行い、今日中にルーベルナに向けて出発してほしい」


「御子様がそのようなことをおっしゃるはずがありません!」と反論する。

 タルヴォは「御子様の御意思だ」とにべもなかった。


「私は御子様に忠誠を誓っているのよ! 直接話をさせて!」と懇願するが、「御子様の魂を損なう儀式をしようとしている月魔族を近づけるわけにはいかぬ」と即座に否定する。


「我ら月魔族が御子様に危害を加えることなどありえないわ! 誰がそんなでたらめを……」


「御子様ご本人がおっしゃったと聞いておる。御子様はヴァルマ殿が自分の身体に危害は加えぬが、魂を損なう可能性は否定しなかったとおっしゃられた。もし、本当に御子様に何も影響がないのなら、なぜその場でお伝えしなかった」


 ヴァルマは沈黙することしかできなかった。タルヴォは侮蔑の表情を浮かべ、「やはり月魔族は信用できぬ」と言い、「本日の日没までにザレシェから退去いただこう。もし、残っていた場合、鬼人族は御子様をお守りするためルーベルナに兵を向ける。これは脅しではないぞ」と言い放った。

 更に「儂を傀儡くぐつにしようとしても無駄だ。日没までに退去せねば、儂が何を言おうとそなたらを力ずくで排除する。既にソルムがその手配を行っておる」と付け加えた。

 ヴァルマは崩れるように膝を突き、嗚咽を漏らし始めた。タルヴォはもう一度期限を念押しし、彼女の部屋を出て行った。

 ヴァルマは心を絶望に侵食されながらもこの事態をどう打開するか考えていた。


(既に私が説得できる状況にはないわ。ここは大人しくこの街を出て行った方がいい。それが御子様の御心に従うことになる……でも、どこで間違えたのだろう? 私はあの方の信頼を勝ち取ったはず。優しい笑顔を私に向けてくださっていたはずなのに……)


 失意のヴァルマは翼魔族の呪術師らを引き連れ、ルーベルナに向けて出発した。

トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~第2巻発売まで一ヶ月を切りました。

活動報告にキャラクターデザインをアップしております。

今回のテーマは光神教です。

興味のある方はどうぞ。


随時、特典情報などを活動報告にアップしていきます。



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