第二十二話「トリニータス世界の秘密(後篇)」
お待たせしました。
あらすじ:
レイは夢の中で”観察者”と名乗る存在に出会った。観察者はこのトリニータス世界が神々のよって作られた”箱庭”のような存在であることを知らされる。更に既に二度文明が崩壊し、その原因が虚無神であることを知った。
そして、更にこの世界の秘密を教えられようとしていた。
レイは夢の回廊で“観察者”と名乗る存在と邂逅していた。五万年以上にわたりこの世界を観つづけている観察者の話は驚くべきものだった。
観察者が“第一文明”と名付けた文明は三万年以上前に栄えた文明だった。今の世界にあるような魔法は存在せず、極度に発達した機械文明であり、人々は増長していった。そして、遂には神の領域に手を伸ばし始めた。当初はゆっくりとしたものだったが、神々に挑もうとするたびに信仰心は徐々に低下していく。
『先ほども言ったが、虚無神の世界崩壊プログラムは非常にスマートだった。神々の力の源泉は人々の信仰心なのだ。その力の源泉をゆっくりとだが、確実に削っていき、更には自らの力に変えていったのだ……』
神々への信仰心の低下とともに、虚無神の信仰が始まった。きっかけはある思想だった。
『虚無神は君たちの世界から、ある思想を持ち込んだ』
レイは「思想ですか?」と呟く。
『そう、“思想”だ。それまでの“価値”を否定、つまり物質文明を否定し、精神文明を至高のものとする思想が始まりだったのだ……最初は小さなうねりに過ぎなかった……しかし、極度に発達した機械文明において物質文明を否定し、精神文明を至高のものとする考えは、現状に不満を持つ人々に違和感なく受け入れられていった……』
「不満なんて持ちそうにないんだけど」というレイの思いに、観察者は『いつの世にも不満を持つ者は必ずいる』と答え、更に話を続けていった。
『……そして、ついには神へ挑戦する人々、つまり現在の文明を昇華させ、神をも超えようとした人々が生まれた……』
「文明を昇華させる……更に上を目指したってことですよね。悪いことじゃないように思いますけど」
観察者は『本人たちは“昇華”と言っていたが、実際には文明の“破壊”に過ぎなかったのだ。微妙な調和によって成り立つ世界に、意味もなく自分の思いだけをぶつける……これを彼らは更なる文明の創造だと称していたのだ……』とレイの問いに答えた。
『それだけではない。逆に今まで以上に神に依存する人々も生まれていった……これが混乱の始まりだった……』
「二つの思想ですか……それだけで世界が滅んだんですか」
レイの問いに肯定のイメージが送られる。
『二つの思想を信じている者は良かった。しかし、すべての人々がどちらかを信じているわけではなかったのだ。ほとんどの人々がいずれを信じてよいのか悩み、翻弄されていった……それが人々に神への信頼を失わせることになったのだ。そして、刹那的な生き方が当たり前となり、美しい調和を否定し始めた……私はその時代を“混沌の時代”と呼んでいる。混沌の時代にはあらゆる調和は否定され、神々と共にあった価値観は完全に破壊された。その結果、僅か千年で第一文明は崩壊した……その際、創造神以外の神々は存在を失い、虚無神もまた、いつの間にか姿を消していた……』
レイは言葉を失ったまま、その話を聞き続けた。
『……一万年の歳月をかけ、創造神が世界を再構築していった。その作業はゆっくりとしたものだったが、実に美しいものだった……三主神と八属性神が現れ、世界を再生していく。まず、地上の再構築に始まり、空、海、森……そして、生命を生み出した……』
レイは「神話か、聖書の創世記だな」という呟きを漏らすが、観察者はそれに首肯するイメージを送るだけで、話を続けていく。
『……神々の復活と共に第二文明と呼ばれる文明が生まれた。当初は機械文明の発展による信仰心の低下という教訓から、神々は八属性神の力を基にした“魔法”を中心とした“精神文明”を企図したのだ。二万年という時間を掛け、ゆっくりと、しかし確実に発展していった……神々は第一文明の失敗を教訓に、特殊な不死種族“神人”による信仰の維持を図った。神人たちは“魔法”を普及していった……』
レイは魔法の普及が信仰の維持に繋がると聞き、僅かに違和感を持った。
「確かに呪文を唱える時に神々の名を口にしますが、それだけで信仰心が上がるんでしょうか?」
彼の問いに『利便性の高い魔法が普及すれば、人々の暮らしは向上する。人々は自らの生活の向上を願い、魔法を使う。より効率よくマナを使うためには神々に祈る方がよい。人々は利己的な目的から神々を敬ったのだ。それは神々の戦略でもあった』
“マナ”というものが“精霊の力”と同じであるとレイは確信した。
(ご利益があるから真面目に信仰する。ある意味、ウィン-ウィンの関係なんだけど、それって宗教としてどうなんだろう?)
彼の考えに『その辺りは私にもよく分からない。だが、ただその方法がうまくいっていたことは間違いなかった』と答える。
そこでレイは今の言葉が過去形であることに気付いた。そして、第二文明が滅んだことを思い出す。だが、特にそれを口にせず、観察者の話を待った。
『話を続けよう。確かにうまくいっていた。だが、虚無神の侵攻が静かに始まっていたのだ。およそ四千五百年前に虚無神により送り込まれた“技術者”が“機械”をこの世界に持ち込んだ……』
レイは送り込まれたという言葉に驚き、「送り込まれた技術者? 僕と同じように別の世界から来た人がいたということですか!」と感情を抑制されているにも関わらず思わず叫んでいた。自分とルナ以外に送り込まれた者がいるという事実に衝撃を受けたのだ。
観察者は話の腰を折られたことに腹を立てることも無く、『その通り』と首肯する。
『虚無神は君たちの世界の人間を、この世界に送り込んだのだ。神々もその事実に気付き、その技術者を監視したが、彼は神々に敵対するような行動を起こさなかった。その男はただ静かに暮らすことだけを考え、虚無神のために働くことも、世界を破壊するような行動も起こさなかった。そのため、神々は監視以上の介入は行わなかった。だが、それは誤りだった。その技術者は“魔法”と“機械”を組み合わせる“魔道工学”の基礎を作り出していたのだ……』
突然出てきた言葉に「魔道工学……魔道具のことでしょうか?」と疑問を口にした。
レイの問いに『魔道具ではあるが、君の知っている魔道具とは大きく異なる。どちらかと言えば、君の世界にある機械の発達したものだと思えばよい』と答えた。
『魔道工学は“マナ”を原動力にした画期的なものだった。神々が存在する限り、世界のあらゆる場所にあり、更に無尽蔵に生み出されるエネルギー源なのだ。そして、システムの基本的な考え方は“魔法”と同じであり、瞬く間に人々は魔道工学を第一文明の機械文明並にまで発展させた。その後は第一文明の崩壊時と酷似していた。機械によるマナの利用は神々への信仰をもたらさない。神人たちが信仰の衰退を食い止めようとしたが、無駄な足掻きだった。神々の力が衰え始めた時、ヴァニタスは再び侵攻を開始した。それも“情報改変”という手段をもって……』
レイは「情報改変ですか?」と首を傾げる。
『そう情報改変だ。あらゆる設備にマナが用いられていた。そして、神々への信仰心が落ちたところで、マナを使い、情報を改変していったのだ。マナは身体の中にもある。それが変質することにより、人々は虚無神の手に落ちていった……情報改変により世界は“混沌”に包まれ、第二文明は一気に崩壊した……虚無神は再びユニークな方法で世界を滅ぼそうとしたのだ……』
そこでレイはある疑問に辿りついた。
「第一文明が滅んだ後は一万年以上かけて世界が再構築されたんですよね。でも、第二文明は四千五百年くらい前に滅んでいるのに、今、世界はあります。どうしてなんでしょうか?」
観察者は良く気付いたとでも言うように陽気な思念を送りながら、
『四千年前に文明は崩壊したが、世界は滅びなかったのだ。神々も虚無神の信仰を察知した直後に手を打っていたのだ』
レイはどんな手を打ったのか気になり、「どんな手を打ったのですか」と口に出していた。
『神々は自ら第二文明の崩壊を加速させ、汚染した地域を隔離したのだ』
思ってもいなかった言葉に、レイは思わず「崩壊を加速させた……」と呟いた。
『情報汚染の媒介者がマナであるなら、極度にマナに頼った文明を一度滅ぼせばよい。その上で安全なマナだけを使う世界に改変すれば、世界を救えると考えたのだ……』
レイが絶句していると、観察者は珍しく質問してきた。
『君はこの世界の魔法が不完全だと思ったことはないかね』
レイには質問の意図が分からず、沈黙する。
『神々の力である魔法を使える者が非常に少ないことに疑問を感じたことは? 八つある属性のすべてを使える者がほとんどいないことに疑問を持ったことは?』
レイは「あります」と頷き、「でも、それは才能の問題ではないのでしょうか」と聞き返す。
『神々が自らの力を維持するためには魔法を使わせることが有効なのだ。そうであるにも関わらず、魔法を使える者が少ない。更に複数の属性が使える者が少なければ、利便性は落ちる。君も感じたことはないかね。複数の属性が使えることが如何に便利であるかを』
陽気とも思える口調でそう聞かれ、レイは「確かに」と答えるしかなかった。
(確かにアイテムボックスや清浄魔法は僕以外に使える人を見たことがない。アッシュの話じゃ、伝説級の魔法だって言うし……)
『神々は自らの力の根源である信仰心のために魔法を利用することをやめた。もっと緩やかな信仰でも力は維持できると考えたのだ。いや、虚無神に利用されるくらいなら、力を制限した方がよいと考えたのだ』
レイは神々の思惑を知り、幻滅する。
(自分たちが力を得るために信仰を利用しておいて、それが敵に利用されると分かったら、制限する。この世界の人々は何のために生きているんだ……それを言ったら僕もだけど……)
『力を制限した上で、処分に困った汚染した世界を封印したのだ。ここ、絶望の荒野に』
レイが絶句していると、『そう、ここは第二文明の墓場なのだよ』と付け加えた。
『ここは虚無神に汚染された世界のなれの果て。つまり、三主神及び八属性神と、虚無神の力が拮抗する場所……』
レイは「汚染された世界のなれの果て……」と呟く。観察者はそれに応えることなく、『先ほどの話だが、ここの僅かな場所だけが微妙なバランスで神々の干渉を防ぐことができる……』と伝えてきた。レイは「神々からの“修正”も防げるということですか」と尋ねると、『その通り』とよくできたという感じのイメージを送る。
『私が行った干渉はそれほど強いものではなかった。第二文明の生き残りに神々の意図を伝えただけなのだ。今の君に対するように』
「それだけですか?」とレイは呟く。
『それだけなのだ。私も神々と敵対するつもりはなかった。だが、この状況がどうなるのか見てみたかった。私の干渉の有無が世界にどのような影響を与えるのか。神々の意図を知った人がどのような行動をとるのか……』
レイはその言い方に僅かに怒りを覚えた。
「それじゃ、実験動物じゃないですか。生きている人にそんなことを……」
観察者は悪びれもせず、『それのどこが間違っているのかね』と言い、『君たちの世界でも同じ事を行っていると思うが』と笑う。
(確かに人権無視なんて二十一世紀でも当たり前のところがある……だからと言って……)
観察者は『この話は本筋ではないな』と言い、
『実際、私が世界に干渉した瞬間、神々は私を排除しに掛かったのだ。偶然この場所を見つけなければ、神々にこの世界から排除されていただろう』
「ここなら大丈夫なんですか? でも、神々が排除しに来ないってことは、あなたも出て行けないのでは?」と疑問を口にした。
『観るだけなら、この世界のどこでも観ることができる。封印された虚無神の領域でも、神々が放棄した大陸でも』
レイは「神々が放棄した大陸?」と口にすると、『君はこの大陸の名を知っているかね』と逆に聞いてきた。
レイはこの観察者と言う存在の行動パターンが何となく分かってきた。
(話に飢えているって感じだな。話がどんどん外れていく気がする……)
『確かにそうかもしれない。別の世界、この世界の基となった場所から来た“君”という存在に興味があるのだ』
レイは肩を竦めるような仕草をし、「先ほどの質問ですが、トリア大陸と言う名だと聞いています」と答えた。
『トリア……“トリ”というのは“三”を意味する言葉。つまり、ここは第三大陸ということになる』
「第三大陸ですか……ということは第一、第二があるってことですよね」
観察者は『その通り』と言ってから、『少し趣向を変えてみよう』と言うと、突然、レイの目の前に風景が現れた。それは精巧な3D画像のように立体感があり、まるでその場に立っているかのようだった。
レイの目には草も木もなく、風の動きすらない荒涼とした大地が映り、黄昏色に染まった風景はクレーターの無い月面と言われても納得しそうだった。
『これは第一大陸、パトリア大陸と呼ばれていた場所だ。天の神と地の神の加護はかろうじて残っているが、八属性神の加護を失っている。草木どころか風もなく、光の恩恵も闇の安らぎもない。時間は止まり、神々が加護を与えなければ、永遠に動き出さないだろう。私は“永遠の黄昏”と呼んでいる』
まさにその通りだとレイは思っていた。
(闇でもなく、“死”というイメージでもない。確かに生きていないんだけど、“死”は“生”の反対。だけど、ここには生も死もない……ただ、永遠に動きを止めているって感じだ……)
レイの感慨に対し、『まさにその通り』と答えるが、すぐに話題を変えてきた。
『先ほどの話だが、このように私には観ることはできる。だから、神々が私を排除しようとしないこの地は、観測には最適な場所でもあるのだ。そこに偶然、君が迷い込んだ。この機会に君の知識を得たかったのだ』
「僕の知識を得る?」
『この場所で君と会話するということは、君の魂と会話するということだ。すなわち、君の記憶を覗くことができる……君のお陰で随分と私の仮説が正しいことが証明されたのだよ』
レイは記憶を覗かれていることに一瞬不快感を覚えたが、特に実害もなく、更には精神を安定させるというこの場所の特性が効き、すぐに諦め顔になる。
「まあいいですけど……さっきまでの話も今分かったことなんですか?」
その問いに心外だという感じの思念が届く。
『君の記憶を見て確証を得た部分が多いことも事実だ。だが、君と会話をする時には結論が出ていたのだよ。もちろん、仮説ではあったが、この世界には君のいた世界から送り込まれた人間がいる。私は彼らの行動を見ていれば確度は高いと考えていたが』
その言い訳染みた言い方に少し人間臭いなと感じていた。
『取り留めの無い話であったが、何か聞きたいことはないかね。私の知る範囲なら教えるが』
レイは即座に「僕がなぜここに来たんでしょうか? 月宮さんもなぜ?」と最も知りたいことをストレートに聞いた。
観察者は『一言で言えば世界の存続のため』と答え、更に言葉を続けていく。
『三主神と八属性神は虚無神の侵攻を食い止めようとしている。この世界を崩壊させないために。そのための鍵となるのが君たちなのだ。三主神たちが君たちを呼んだ』
レイは「そう言われても良く分かりません」と首を横に振り、「僕はどうしたらいいでしょうか。世界を救えって言われても神たちの言うことを聞いていいのかも……」と困惑する。
観察者は『三主神たちが何をしようとしているのか、君たちに何をさせようとしているのか、私にも正確なところは分からない……』と言った。しかし、その後に『今の状況が危機的な状況であると考えていることは分かっている』と付け加える。
「今の状況が危機的なんですか? 魔族の大侵攻が原因ですか?」
観察者は『そうではない。そのような矮小な話ではないのだ』と言い、
『魔族も闇の神を信じる眷族に過ぎない……問題は虚無神が介入している事実が明らかだということなのだ……虚無神は私が知るだけでも二度成功している。それも君たちの世界から持ち込んだものを使って……そして、今も持ち込まれた思想が世界の調和を乱そうとしているのだ……』
その後、観察者が語ったことは、光神教が虚無神によって送り込まれた人物により始まったこと、その一神教という考え方により、神々の力の均衡が失われつつあることだった。
『……つまり、虚無神は神々が欲する人々の信仰を逆手に取り、美しいバランスで成り立っているこの世界を崩壊させようとしているのだ……』
レイは言葉を失っていた。
(確かにこの人の話が本当なら、光の神だけが信仰されれば、他の神々の力が落ちる。そうなれば世界が崩壊してもおかしくはない……でも、僕にそれを防ぐことができるんだろうか? 今でも月宮さんを助けることすらできないのに……)
レイが物思いに耽っていると、『そろそろ時間のようだ。君との時間は楽しかったよ』と珍しく感情を覗かせる。
レイはまだ聞きたいことがたくさんあったが、この夢の回廊を出たら忘れることを思い出し、無理に聞こうとはしなかった。
「ここでのことは忘れてしまうみたいですけど、僕の方も楽しかったです。それでは」
そう言った瞬間、レイは目覚めた。
空を見上げると夜空は白み始めていた。横にいるアシュレイがレイの動いたことに気付き、「まだ早い。もう少し眠っておけ」と言ってきた。
彼は「うん」とだけ答えるが、その時、別のことを考えていた。
(何か凄い夢を見た気がする……忘れてはいけないことが……何だったんだろう?)
そう思うものの、すぐに睡魔に襲われ、再び眠りについた。だが、二度と夢の回廊に入り込むことはなかった。
観察者が本当のことを言っているのかは分かりません。
ここで世界の秘密の一端を明かしたことは今後のストーリー上で必要なことですが、今回の話がすべて正しいかは今後の展開でご確認いただけると思います。(作者の都合で設定が変わることの言い訳ではないですよ、多分……)
話は変わりますが、4月20日にドリーム・ライフの第一巻が発売になりました。本編トリニータスも5月20日に発売を予定しておりますので、お財布に余裕がございましたら、手に取って頂けると幸甚です。




