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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第四章「魔族の国・東の辺境」

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第三話「トーア砦」

 古戦場であるアクリーチェインを越えると、トーア街道――アルス街道の宿場町バルベジーとトーア砦を結ぶ街道――は徐々に上り勾配がきつくなっていく。数日前からぐずついていた天候は本格的に悪化し、頬を切り裂くような寒風とともに、横殴りの雪が吹き付けるようになっていた。

 雪と低温、そして高い標高がハミッシュ・マーカット率いる魔族追撃隊から体力を奪っていく。さすがに厳しい規律で有名なマーカット傭兵団(レッドアームズ)の士気は維持できているが、その他の傭兵や冒険者たちの士気は下がり、休憩になっても口を開かなくなるほど疲弊していた。


 一月六日。

 ペリクリトルを発してから九日。

 レイたちは魔族の地、クウァエダムテネブレとの国境であるトーア砦に到着した。

 魔族追撃隊は五百kmという長大な距離を僅か九日間という短期間で踏破した。輜重隊が同行しなかったこと、魔族討伐の協定――魔族の侵攻時には如何なる状況であっても各国が共同で当たると取り決められた協定――によって替え馬が優先的に使えたことなどの要因はあるものの、その移動速度はこの世界の常識を大きく超えていた。

 だが、その代償として人馬ともに疲弊し、マーカット傭兵団を含め、出発時の高揚感は霧消していた。


 トーア砦周辺は生物が生存するには厳し過ぎる環境だった。

 強い風に削り取られたような切り立った険しい崖と、僅かに生えているハイマツのような潅木しかなく、狭い谷には西から東へと常に強風が吹き荒れている。

 特に冬のこの時期には、ブリザードのような猛烈な吹雪が続き、視界を白一色に塗り替えてしまう。

 追撃隊が到着した日も天候が崩れ、傭兵たちは雪によって真っ白にコーティングされていた。



 トーア砦は切り立った谷を塞ぐように作られた中国の“(かん)”のような城砦だった。城壁は、両翼約五百m、高さ五十mはあろうかという巨大なもので、周囲の荒々しい自然に負けない強さを感じさせる。城壁の上には円柱の物見塔が等間隔で並んでおり、弓や弩を持った兵士たちが東からの襲撃に備えていた。


 砦全体を上空から俯瞰すると、西に飛び出した凸形に見えるだろう。その突起部分は一辺が三百mほどの正方形をしており、高さ五mほどの壁で囲まれていた。

 そこは城兵たちが生活する宿舎部分であり、僅かながら民間人も生活している。

 トーア砦に常駐する兵士の数はおよそ三千人。十九年前の大侵攻前は千人だったが、砦陥落の反省として、三倍に増強されたのだ。そのため、兵舎部分も増築され、現在のような凸形の城砦になった。



 追撃隊の指揮官、ハミッシュ・マーカットは砦に到着すると、直ちに砦の司令官であるベンジャミン・プラマー子爵に面会を申し込んだ。

 都市国家連合の一員であるペリクリトル市が発行した正式な魔族追撃の依頼書を見せると、すぐにプラマー子爵への面会が許される。

 ハミッシュは副官であるアルベリック・オージェと軍師であるレイ・アークライトを引き連れ、守備隊の士官の先導のもと、プラマー子爵のいる司令官室に向かった。


 司令官室は増築された兵舎側にはなく、砦本体側にあった。

 正門から真直ぐ伸びる通りの両側には、三階建ての石造りの建物が幾棟も立ち並んでいた。その中には食堂や店舗のような作りになっている場所もあり、都市のような生活観も漂っている。本来なら非番の兵士たちがのんびりと道を歩いているのだが、生憎の空模様のため、ほとんど人通りはない。


 大通りは幅十mほどの広い道路となっており、奇襲を受けた際に直ちに砦内部に入ることができるようになっている。また、飛行型の魔物に対するためか、建物の屋上に弓兵用の場所が作られていた。

 レイは辺境の砦を物珍しそうに眺めたあと、正面に(そび)える巨大な城壁を仰ぎ見ていた。


(すごい城壁だ……どれだけの年月が掛かったんだろう……でも、翼魔みたいな空を飛ぶ魔物にはあまり意味がないと思うんだけど……)


 レイはその疑問を、隣を歩くアルベリックにぶつけてみた。アルベリックは笑いながら、レイの疑問に答えた。


「確かにそうなんだけど、今まで翼魔なんて、ほとんどいなかったんだよ。精々、小魔インプくらいだし。魔族の主力といったら、鬼人族だから、オーガやオーク、ゴブリンって感じなんだ」


「でも、チュロックでもペリクリトルでも翼魔はいましたよ。翼魔族もですけど」


 アルベリックは小さく頷き、「本当にそうだね」と答える。


「十九年前の大侵攻の時も少しだけ翼魔がいたそうだけど、僕が見たのはほとんど小魔だったんだ。あの時は小魔の数がびっくりするぐらい多かったから、目立たなかっただけかもしれないけど。でも、小魔なら大した戦力じゃないからね。砦を抜かれてもそんなに慌てる必要はないんだって……」


 アルベリックの話では、今までの魔族の侵攻に翼魔族が参加する事は稀で、通常は極少数の小魔を偵察に使って来るだけだった。それが今回の一連の戦闘では、ラクス王国の東の砦、チュロックでも数十単位の小魔と五体以上の翼魔が確認されている。


「翼魔なんてそうそう召喚できないんじゃないかな。というより、簡単に召還されたら、こっちはあっという間に負けちゃうよ」


 レイはその言葉に頷きながらも、あまり納得できていなかった。


(今回は確かに特別だった。月の御子、ルナが目的だったから。でも、翼魔の有用性は少し考えれば判るはず。なのにそれ以前はほとんど使っていなかった……魔族の事情はよく判らないけど、急に翼魔を使えるようになったのには理由がありそうだ……)



 城壁の中に入ると、灯りの魔道具で照らされた地下室のような通路が続いていた。翼魔対策なのか、侵入される可能性がある開口部は極力減らした設計になっているため、城壁には一切窓はなく、屋上に出る扉も鋼鉄製の頑丈なものになっている。


 階段を五階分ほど上がり、屈強な衛兵が守る扉の前に着く。

 ハミッシュたちを案内した士官が確認すると、すぐに面会が許可される。

 士官に続き、部屋の中に入る。中は思いのほか広く、灯りの魔道具をふんだんに使っているためか、要塞の中とは思えないほど明るかった。


 部屋の奥にある大きな執務机には五十代と思しき、髪が薄くなったやや肥満気味の男性が座っていた。

 その男性は立ち上がると、「よく参られた、マーカット殿」と歓迎の言葉を口にするが、レイにはその表情や口調に何の感情も篭っていないように見えていた。

 プラマー子爵は応接用のソファに座ると、


「用件は何かな? ペリクリトルの魔族討伐依頼を受けているそうだが?」


 プラマーはやや眠そうな顔でそう尋ねてきた。

 ハミッシュはすぐに本題に入っていく。


「ペリクリトルの責任者、冒険者ギルド長レジナルド・ウォーベック殿より、逃走中の魔族を討伐するよう依頼を受けております。我々の調べでは本トーア砦の北に魔族たちが使用している抜け道があることが判っております……」


 五分ほどで説明を終えるが、プラマー子爵は沈黙したまま目を瞑っている。一分ほどしてから、


「それで、我らはどうしたらよいのかな? そのあやふやな抜け道の情報を信じて、軍を派遣しろとでも?」


「大鬼族とオーガが五十以上ですぞ。それに加え、数百の小鬼族戦士が脱出しているのです。それだけの脅威を放って置かれるおつもりか?」


「だが、この地に来るとは限らんのではないか? 未だペリクリトル近郊に潜んでおるだけかもしれんしな。貴公もここに来るまでで判っておろう。この時期に軍を出すことが如何に危険かということが」


 ハミッシュも苦虫を潰したような表情になる。彼もこの天候の中で大規模な軍隊を動かすことの危険性を理解していたからだ。だが、それでも彼は食い下がった。


「これは協定に基づく、正式な魔族討伐要請なのですぞ。もし、正当な理由なく拒否されるなら、カウム王国は窮地に陥るでしょうな」


 プラマーはハミッシュの脅しともとれる言葉に表情を変えることなく反論する。


正当(・・)な理由ならいくらでもある。貴公の言い分が正しいなら、このトーアを手薄にするわけにはいかんだろう。砦の前後から攻められれば、如何に鉄壁のトーアとはいえ、陥落せんとも限らんからな」


 二人の主張は平行線を辿っていた。

 先に折れたのはハミッシュだった。


「判りました。我々だけで捜索しましょう。ですが、敵を発見した場合、直ちに出撃できるよう準備だけは怠りなきよう……」


 プラマーはそれに頷き、その後は食料や宿舎の割り当てなど、実務的な話に入っていった。

 話し合いを終え、司令官室から追撃隊のところに戻る途中、アルベリックがハミッシュに話しかけていた。


「何でレイ君に交渉させなかったんだい? レイ君の方が交渉がうまいと思うんだけど?」


 ハミッシュは小さくかぶりを振り、


「今のレイでは交渉が決裂しただけだろう。ルナという少女を助けることで頭が一杯のようだからな。まあ、完全に交渉が決裂したら、レイの出番になったかもしれんが」


 ハミッシュはそう言って僅かに笑みを浮かべる。

 レイは「そうですね。僕だったら、正論をぶつけるだけで決裂したかもしれないです」と素直に認めた。


(よく見ているな、ハミッシュさんは。確かに今の話に僕が割り込んでも、何も出来なかったと思う。一刻も早くって焦っているだけだから……)


 その後、与えられた宿舎に戻り、主だった者たちと今後の計画を練っていく。

 集まったのは、指揮官であるハミッシュ、副官アルベリック、一番隊から五番隊まで各隊長、そして、レイ、アシュレイ、ステラの三人に加え、志願した傭兵たちの取りまとめをしているダスティ・コベットという四級傭兵が参加している。


 ダスティは四十前のベテラン傭兵で、ハミッシュのペリクリトル救援に途中から参加していた。傭兵団に所属することなくソロで活動しており、傭兵団の助っ人や冒険者として魔物狩りなどをしていた人物だが、顔に大きな傷がある強面にも関わらず、傭兵たちの信望が厚いということで、知らぬ間に隊長のような扱いになっていた。

 本人は面倒ごとが嫌いなため、好きでやっているわけではないと、あまり積極的に協議に関与してこない。彼は“戦いが生甲斐”と吹聴している変わり者だが、最強の傭兵と言われるハミッシュを尊敬していることから、全て任せるつもりでいる。


「……天候次第だが、まずは魔族の使う抜け道を探さねばならん」


 ハミッシュの意見に全員が頷く。


「だが、敵も警戒しているはずだ。下手に探りを入れると、やぶへびになる可能性も否定できん。レイ、お前の意見を聞かせてくれ」


 ハミッシュはレイの意見を求めた。


「抜け道については、小鬼族の捕虜から大体の位置は聞いていますから、すぐに見つけられると思います。問題はいつ撤退してくる大鬼族が現れるかです……」


 レイは自らが傀儡にした小鬼族戦士のダーヴェとラウリを使って、抜け道を探し出すつもりでいた。二人は侵攻作戦のときに抜け道を使っていることから、近くまで北上を続けていけば、見つけ出すことはそれほど難しいことではない。

 レイの懸念はルナを連れている月魔族のヴァルマと彼女の護衛である大鬼族部隊の動向だった。


「……何事もなければ、数日中にはこの辺りまで来るはずなんですが……アクィラの山の中ですから、何が起きるか……」


 歯切れの悪いレイの言葉に新参者のダスティがからかう。


「白の軍師様にしちゃ、自信がなさそうじゃねぇか。千里眼にして、未来が見通せるって噂だが、そうでもねぇってことかい?」


 レイはその言葉に「千里眼なんて……」と絶句した後、


「何せペリクリトルからここまで五百kmですから。一日の移動距離が五km違うだけでも、十日以上変わってきます。もう一つ懸念があるんです……」


 その言葉にハミッシュが「後詰のことか」と確認する。


「はい。ダーヴェたちから得た情報では、ペリクリトルを攻略した後、抜け道を通ってカウム王国に侵攻するつもりだったようなんです。数は千程度なんですが、それでも僕たちの手に余る数なんですよ……」


 ハミッシュも「トーアから兵が出せれば、多少は戦えるんだが……」と歯切れが悪い。


 ダスティはハミッシュとレイの懸念が判らず、


「俺たちが二百。トーアに三千だ。砦の守りに千を残すとして、二千以上の戦力だぜ。ペリクリトルより、ずいぶん有利だと思うんだが?」


 レイに代わり、ハミッシュがその疑問に答える。


「ここの司令、プラマー子爵が兵を出すとは思えん。ここの守りを薄くすることを了承するとは思えんのだ」


 レイもそれに同意する。


「そうですね。あの人は何というか保守的な感じが凄くしましたし……それにここだけ守っていれば、自分の責任は果たせるっていう感じでしたね」


 ダスティはやれやれというように首を振る。


「つまりなんだ。ここじゃ、大きな戦は起きねぇってことか……仕方ねぇことだが、お前さんたちマーカット傭兵団(レッドアームズ)以外はすぐに弱音を吐くぞ。これだけの寒さに加えて、アクィラの山ん中なんだ。どんな魔物が出てくるか、判ったもんじゃねぇからな」


 彼の言葉にハミッシュたちは渋い顔になる。


「最悪、我々だけで何とかするしかないだろう。後詰の部隊が出てくれば、百が二百になっても戦いにはならんのだ。そう割り切っておけばよい」


 その後、簡単な班分けなどの打合せを行い、それぞれの部屋に戻っていった。


 そして、翌日。

 その日は朝から猛烈な吹雪となり、出撃どころの話ではなかった。

 早くルナを救出したいレイだったが、さすがにこの状況で山に入ることはできないと諦める。だが、焦りの表情は消えていなかった。

 アシュレイはレイの肩に手を置き、


「焦っても仕方あるまい。この吹雪では大鬼族も動けんのだ。強行軍の休養ができたと思った方がいい」


 レイは「そうだね。確かに……」と頷くが、未だに外を恨めしそうに眺めていた。


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