表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第三章「冒険者の国・魔の山」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

214/396

第七十八話「心に残った傷」

お待たせしました。

 トリア暦三〇二五年、十二月二十七日の朝。


 魔族によるペリクリトル侵攻は、冒険者たちの奮闘により防がれた。

 多くの戦死者を出しながらも、粘り強い抵抗を続けたことが、援軍という奇跡を呼んだ。


 治癒師たちが不眠不休で活躍した結果、多くの重傷者たちが命を取り留めた。未だに軽傷者の治療は完了していないが、死の淵をさまようような重傷者がいなくなったことで、ペリクリトルの街は明るさを取り戻しつつあった。



 吟遊詩人たちの評価は、冷徹な研究者、シンクレアの評価とは大きく異なっていた。


 当時、ペリクリトル市街に一人の若い吟遊詩人が残っていた。

 彼、イーニアス・ハートソンは、故郷ペリクリトルを守るため、詩人でありながら、武器を取った。訓練を受けていない彼が戦場に立つことはなかったが、彼の詩人の目は北門の上から、つぶさに戦闘を見ていた。そして、愛する街を守った英雄たちについて、稚拙ながらも次のようなうたを残している。



 ……


 黒鬼らは、燎原の火の如く、草原を駆け抜け、

 おおいなる鬼、遠雷の如き足音を響かせる。


 傲慢なる白き騎士らは、光の矢を放ち、

 闇を切り裂かんとす。


 騎士ら、黒き波に飲まれ、その身に報いを受け、

 白き軍師、黒衣の戦士もののふの傍らより、

 銀の駿馬を駆り、光の神(ルキドゥス)の如く輝けり。


 ……


 巨いなる鬼神、同胞はらからと共に街を攻め、

 天空を焦がす炎に焼かれる。


 怒りし鬼神、小さき鬼を引き連れ、

 街を攻め落とさんと、塞を囲む。


 ……


 黒衣の戦士、白き軍師と策を巡らし、草原に陣を敷く。

 猛き鬼、暴風の如き勢いで、黒衣の戦士を呑み込まんとす。


 ……


 戦姫いくさおとめ、鬼の血にあかく染まり、

 若き勇者らと共に鬼を斬り裂く。

 湧き出でる泉の如き鬼たちに、朱き戦姫も天を仰ぎ見、

 嗚呼ああ、彼の傍らになきことが、唯、無念なりと、天に叫ぶ。


 ……


 白の軍師、鬼神を討たんと、騎士たちを率い、

 弱兵、振るい立ち、彼を助けんと、自ら戦場に向かう。


 しかれども、鬼たちの力、未だ侮り難く、

 騎士ら次々と戦場の露と消えゆく。


 猛き鬼、戦場を斬り裂き、白き軍師を討たんと斧を振るう。

 使命に目覚めし騎士らは、我が身をえに盾とならん。


 ……


 赤き腕の戦士もののふ強者つわものらを率い、小さき鬼らを斬り裂く。

 朱き戦姫、その姿に落涙するも、


 ……


 猛き鬼、白き軍師を葬り去らんと、その巨大な斧を振るうも、

 神の加護は白き軍師にあり、鬼神はその斧を失う。


 ……


 白き軍師、愛槍を失うも、遂に猛き鬼に刃を突き立て、

 鬼神も遂に膝をつかん。

 鬼神、尚も白き軍師を道連れにせんと腕を伸ばすが、

 赤き腕、一刀のもとにそれを防ぐ。


 ……


 赤く染まった草原に、ただ風が吹き渡る。

 勝者に勝ち鬨はなく、斃れし戦士もののふの魂、天に舞うのみ。


 白き軍師、朱き戦姫と肩を抱き合い、

 斃れし者たちの魂に頭を垂れる。


 ……


 猛者の街(ペリクリトル)に風が吹く。

 赤く染まり空には、大鷲が弧を描く。


 戦士もののふの魂が、空を舞う。

 愛せし街を守護するかのように……



 後に「ペリクリトルの風」と題されるこの詩は、幾人かの詩人を介して洗練さを増していった。ペリクリトルの酒場でその哀しい調べが響くと、誰もが聞き入り、酒場の喧騒が嘘のように消えると言われるほど愛されるうたとなった。




 十二月二十七日午前八時。


 レイは野戦病院と化したギルド総本部で重傷者たちの治療に当たっていた。彼は深夜に魔力を使い切り、簡易の寝台で仮眠を取っていた。

 数時間の睡眠では戦闘、治療と続いた疲れを取り去ることは出来なかった。未だに疲れきった体は休息を求めるが、一度目が覚めると頭は妙に冴え、彼は睡眠に身を委ねることができなかった。

 彼の傍らにはアシュレイとステラがいたが、二人とも疲労のため、未だに寝息を立てている。


(どのくらい犠牲者が出たんだろう……きっと半分以上は亡くなっているはずだ。僕の治療が間に合わなかった人も多かったし……特にルークスの農民兵たちは何人が生き残れたのだろう……僕が無理やり戦場に立たせなければ、この街を脱出することもできたはずなのに……)


 そして、魔族に攫われたルナのことを思い出す。


(月宮さんは今、どこにいるんだろう。すぐにでも追いかけないといけないのに、僕のせいでケガをした人たちを見捨てていくことができない……僕はどうしたらいいんだろう……)


 彼が自責の念に駆られていると、マーカット傭兵団(レッドアームズ)の若い傭兵、ハル・ランクスが彼を訪ねてきた。

 彼はおどけるような表情を浮かべ、「やっぱりだ。ヴァレリア姐さんの言う通りだわ」と言って、起き上がったレイの横に座る。


「ヴァレリアさんが? 何のこと?」


 レイが力無くそう呟くと、ハルは明るい口調で、「何ね、姐さんが言うにはレイさんが落ち込んでいるだろうからって。きっと、自分のせいでたくさんの人が死んだって思い詰めて、眠れないんじゃないかって」と言い、更に小声で、「アシュレイさんじゃ、気が回らないだろうから、お前が励ましてこいって」と付け加え、小さく噴き出す。


「聞こえているぞ」


 ハルの気配で目を覚ましていたアシュレイが、やや険のある声でそう言いながら起き上がる。

 ハルはその声に「これは俺が言ったじゃないんですよ。ヴァレリアさんが……」と慌てて手を振り否定する。その姿にレイは釣られるように小さく噴き出した。


「アッシュはちゃんと気を使ってくれているよ……でも、ありがとう……」


 レイの顔に笑顔が戻ったため、アシュレイと同じように目覚めていたステラの顔に安堵の色が広がる。


「でも、俺は思うんですよ」


 そう言って、ハルがやや真剣な表情で話し始めた。


「正直なところ、レイさんがいなけりゃ、この街は全滅していたと思うんですよ。これは団長が言っていたから間違いないと思うんですけど、よく守り切れたって」


 レイはその言葉を「違う!」と強い口調で否定し、


「千人近い人が死んでいるんだ。それに腕や足を失った人も……」


 ハルはレイの言葉を意に介すことなく、真剣な表情ながらも淡々と事実を述べるように言葉を続けていった。


「確かにそうですよ。でも、生き残った人は何万人もいるんです。死んだ奴は運がなかった。だってそうでしょ。誰も死なない戦争なんて無いんですから。だから俺は思うんです」


 そこでハルは言葉を切る。

 レイは釣られるように、「何を?」と思わず呟く。


「俺はね、生き残った奴は死んだ奴の分まで楽しく生きなきゃいけないと思うんですよ。死んだ奴らも楽しく生きたかったんですよ。でも、もうそれは叶わない。なら、生き残った奴は悲しむだけじゃなくって、そいつらの想いも含めて、生きなきゃいけないと思うんです……」


 そこまで言った後に、茶化すように、「これは祝勝会で大騒ぎしたいから言ってるわけじゃないんですよ」とニヤリと笑いながら付け加える。

 レイはその言葉に小さく噴出し、「でも、大騒ぎするんだろ?」とハルの肩を叩く。そして、まじめな表情で「ありがとう。少しだけ心が軽くなったよ」と頭を下げる。


 アシュレイが「ヴァル姉には感謝だな。やはり私では……」と自嘲気味にそう言うと、レイは「心配掛けたね」と彼女の肩を抱き寄せた。そして、横でその様子を見ているステラにも「ステラにも心配掛けたね。悲しいのは僕だけじゃないのに……」と小さく頭を下げた。


「いいえ、レイ様が一番お辛いと……私には何もできませんが……」


 ステラがそう言うと、湿っぽくなった雰囲気を感じたハルが、わざとらしいしかめっ面を作る。そして、大きなため息を吐き、「折角、励ましたのに、当て付けなくてもいいじゃないですか!」と口を尖らせた。

 だが、すぐに作ったしかめっ面を崩して、


「レイさん、アシュレイさん、ステラさん。それだけ元気があるなら、レッドアームズの宿舎に来て下さいよ。団長たちが心配してますんでね」


 そう言って、三人の前から去っていった。


「どうやら、みんなに心配を掛けたみたいだ。後で顔を出さないとね。その前にケガをした人たちを見てくるよ」


 レイはそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。



 同じ頃、ルナと同じパーティにいたハルバート使いのライアンは、ギルド総本部の一室で横になっていた。草原での戦いで負傷し、病室に担ぎ込まれていたのだった。

 彼はその膂力を買われ、若いながらもランダルの精鋭部隊の一員として戦場に立った。だが、緒戦で大鬼族戦士の痛撃を胸に受け、肋骨を折る大ケガを負った。

 幸い、内臓へのダメージはほとんどなく、治癒師の治癒魔法で体の方はほぼ回復していた。だが、精神こころに負ったダメージは全く回復していなかった。


レイ(やつ)の言うことを聞かずにルナを奪われた……それだけじゃねぇ、戦いでも足を引っ張るだけだった。もっとやれると思っていたのに何もできなかった……結局、俺は何をやっていたんだ? ハルバートを振り回すしか能がねぇのに……ケガが治ったんなら、すぐにでもルナを追わなきゃいけない。だが、体が動いてくれねぇ……)


 彼は完全に自信を失っていた。元々楽観的な明るい性格だったが、今はその明るさも影を潜め、落ち窪んだ目で天井を見つめている。


 戦い前のルナを奪われた衝撃は大きかった。だが、生来の単純さから、まだルナを奪い返せると根拠もなく楽観していた。更に槍術士レベル二十三と低いレベルにも関わらず、精鋭部隊に入ったことから、彼は敵を粉砕してそのままの勢いでルナを追うつもりでいたのだ。

 だが、戦いの序盤でその自信は打ち砕かれた。動きの単純なオーガとは違い、大鬼族戦士には手も足も出なかった。結局、敵にダメージを与えることなく、戦線離脱を余儀なくされた。そのため、生来の明るさと楽観的な考え方は消え去っていた。


 寝台に横たわり、悲嘆に暮れていたライアンに一人の女性が近付いてきた。

 彼のいたパーティのリーダー、治癒師のヘーゼルだった。


 彼女はルークスの農民兵たちの臨時指揮官として前線に立ち、未熟な兵たちの指揮を見事に執った。彼女が指揮を執らなければ、農民兵たちは開戦早々に戦線を崩壊させていただろう。だが、彼女自身は自分の指揮の未熟さによって、多くの農民兵たちが命を落としたと考えていた。

 今は農民兵の指揮官としてではなく、治癒師の一人として、負傷者の治療に当たっていたが、魔力が少なくなったことと、緊急を要する負傷者が減ったことから、ライアンがケガを負ったと聞き、彼を見舞いに来たのだ。


「ケガの具合はどう? 内臓は大丈夫そうだって聞いたけど?」


 懐かしい声が聞こえ、ライアンはヘーゼルの方に顔を向ける。


「……ヘーゼルさんは無事だったんですね……痛みはほとんどないですよ。体の方は……」


 ヘーゼルはそれに頷き、「そう……それは良かったわ」と答えながら、彼の寝台の横に腰かける。

 そして、小さく「ファンが死んだの。知っていた?」と呟いた。

 ライアンはその言葉に大きく目を見開き、同じパーティメンバーだった獣人の剣術士、ファンの死に衝撃を受ける。


「ファンさんが……斥候スカウト部隊にいたはずですよね。あっちは陽動だって……」


「ええ、敵の後ろで撹乱していたそうだけど、最後は小鬼族部隊に囲まれてしまったそうよ。その時に……」


 ヘーゼルは俯き、すすり泣くような嗚咽を上げる。


「ルナは攫われ、ファンは死んでしまった……私が不甲斐無いから、農民兵のみんなも死んでいった……私のせいで……」


 ヘーゼルもライアンと同じように心に傷を負っていた。

 ライアンは彼女にどう声を掛けていいのか判らなかった。


「ヘーゼルさんはこれからどうするんですか? 冒険者を続けられるんですか?」


 彼の言葉にヘーゼルは小さく首を横に振る。


「私は引退するわ。ペリクリトル(ここ)も出ていく。ここは思い出が多過ぎるから……どこか小さな街で治療院でも始めようかな……あなたはどうするの、ライアン?」


 ライアンはその問いにどう答えていいのか困惑する。


「俺は……俺はどうしたら……ルナを取り戻したい。でも、俺じゃ無理だ。レイ(あいつ)くらいの力があれば……俺はどうしたらいいんですか……」


 その問いにヘーゼルは答えることができなかった。二人のいる病室は沈黙に包まれる。


 数秒の沈黙の後、ライアンがヘーゼルに話し始めようとした時、見知った顔が彼の前に現れた。

 それはアシュレイとステラを連れたレイだった。


「大丈夫かい。大鬼族の攻撃をもろに受けたって聞いたんだけど……ヘーゼルさんもお疲れじゃないんですか。一晩中、治療していたって聞きましたけど」


 レイは二人にそう声を掛けた。

 ライアンは微妙な表情で、「ケガは大したことはねぇよ」と呟くことしかできない。ヘーゼルも「大丈夫よ。それにあなたも同じでしょ」と答えるだけだった。


 レイは二人の様子がおかしいと気付いたが、具体的にどうしていいのか判らなかった。


 戦場での経験が豊富なアシュレイは、二人が自信を失い、心が折れそうになっていると気付いていた。

 アシュレイはヘーゼルに対し、「最後までレイを守ってくれたそうだな。ありがとう」と頭を下げる。

 その言葉にヘーゼルは「私は何も出来なかったわ。みんなに付いて行っただけよ」と苦笑するような、歪んだ表情を浮かべる。


「あの農民兵を率いて、最後まで戦っていたのだろう? 左翼にいた私ですら死を覚悟したのだ。若いとはいえ訓練を積んだ部下がいたのにだ。最も戦闘が激しかった右翼で、更にあの農民兵たちを全滅させなかった。お前がいなければ、レイは生き残れなかったかもしれん。いや、全軍が崩壊していた可能性すらある。これはランダル殿がおっしゃっていたことだぞ」


 アシュレイにしては珍しく、捲し立てるように一気にそう話した。

 ヘーゼルはその言葉に「そう……」と呟くが、それ以上、何も言わなかった。ただ、僅かに安堵するような表情を浮かべたことを、アシュレイは見逃さなかった。


「自信を持てとは言わん。だが、お前はあの苦しい戦いの中で、半数近い農民兵の命を救ったのだ。後で彼らを見舞ってやれ。まだ行っていないのだろう?」


 ヘーゼルは「私が……私が行っても……」と言ったきり、顔を伏せてしまう。

 レイはその姿に「あの人たちは感謝していると思いますよ」と言ってから、静かに話し始めた。


「僕はあの人たちに、戦場に立てって命じたんです。僕にはそれがどんなに無茶なことか判った上で。確かに正確にはランダルさんの命令だけど、僕が言わなければ、ランダルさんはあの人たちを使わなかったと思うんです。だから、僕が戦場に立たせたと言ってもおかしくはないんですよ……」


 レイはそこで言葉を切り、悲しげにも見える表情で言葉を続けた。


「……でも、あの人たちはそんな僕にすら感謝の言葉を掛けてくれるんです。僕が治癒魔法を掛けただけで……そのケガの原因は僕なんですよ。罵倒されても仕方が無いのに……それでも“ありがとう”と言ってくれるんです。それにヘーゼルさんのことも心配していましたよ。寝ずにみんなの治療をしているけど、大丈夫なのかって」


 その言葉に、「どうして、そんな……」と言って、ヘーゼルは泣き崩れた。

 アシュレイはヘーゼルを立たせ、「少し休ませる」と言って、部屋を出て行った。


「俺くらいだな、役立たずは……」


 アシュレイを見送るレイの背後から、ライアンの自嘲する声が聞こえてきた。


「ヘーゼルさんも、アシュレイさんも、ステラも、最後まで頑張っていたんだ。お前は凄いよ、レイ。お前がいなけりゃ、この街は無くなっていたんだ……それに引き換え、俺は……何も出来なかった。いや、俺の力を買ってくれたみんなの期待を裏切っちまったんだ……」


 レイが何か言う前に、ステラが反発する。


「あなたはいつもそうですね。自分のことばかり……この方が、レイ様がどれほど傷ついているのか、あなたには判らないの? この方は千人近い人が亡くなったことをご自分のせいだと……」


 レイはステラの肩に手を置き、「ありがとう。でも、もう良いよ」と彼女の言葉を遮った。


「もっと良い方法があったんじゃないか。今でもそう思っているよ。こんなに人が死ぬとは思わなかったから。でも、僕は生きている。だから、死んだ人の分まで生きなければいけないと思っている。だから、これからやらなければいけないことを全力でやろうと思っている」


 そして、ライアンを正面から見ながら、「君はこれからどうするつもりなんだい?」と尋ねた。

 レイの言葉にライアンは再び目を伏せる。


(俺は結局自分のことしか考えていなかったのか……確かにそうだな。俺に出来ることをやるしかねぇ。俺に出来ること……俺がやるべきことをやる。ルナを助けに行く。そのためには……)


 意を決したかのように、ライアンは口を開いた。


「俺はルナを助け出す。今から奴らを追う。だが、俺は頭が悪い。どうしたら一番良いか教えてくれ!」


 彼はそう言って深々と頭を下げた。

 ライアンの思わぬ行動にレイは面食らうが、すぐに彼の肩に手を掛け、


「僕もルナを追うつもりだよ。でも、奴らの跡を追うだけじゃ駄目なんだ。向こうの方が森の中では足が速いから……」


 レイは話しながら自分の考えをまとめていく。


(大鬼族とオーガ、それに翼魔族の方が森の中の移動速度は速いはずだ。こっちが有利なのはトーア砦――カウム王国の国境の砦――近くまで街道を使えることだ。馬を使えば、移動速度はこっちの方が速い。ここからトーア砦までは直線で大体四百km。敵はルナを抱えているから、一日に移動できる距離はよくて二十km。だとすれば、二十日は掛かる。こっちは街道沿いを進むから、トーアまでは五百km。一日五十km移動できれば、十日で辿り着ける。その後、山に入ることを考えても、数日程度は先回りできるはず……)


 彼は自分の考えをゆっくりとライアンに説明していく。その間にアシュレイも戻り、話を聞いていた。


「……魔族が使う抜け道は大体判っているんだ。捕虜にした小鬼族を道案内に使えば、恐らく先回りできる。問題は敵がどの程度の戦力を持っているかなんだ。先回りできても突破されたら意味がないんだし……」


 アシュレイは生き生きと話す彼の姿に安堵していた。


(大分元気になっているようだ。だが、ルナを追いかけるといっても戦力はどうするつもりなのだ? 父上たちに頼むのが、最も堅い選択肢だが、マーカット傭兵団(うち)には長期契約の護衛もある。今回は魔族討伐の特例だが、それが使えればよいが……)


 アシュレイは懸念を覚えるが、先ほどとは打って変わり、明るい表情になっているレイとライアンに水を差すことになると、口には出さなかった。


 ライアンはレイの話に希望を見出していた。


(さすがはレイだ。これなら、ルナを助けられる。俺でも役に立てる!)


「いつ出発するんだ? すぐにでも出発したほうがいいんだろ?」


「そうだね。確かにそうなんだけど、さっきも言ったけど、どれだけの戦力をどこから調達するかが問題なんだ。ハミッシュさんが手伝ってくれれば一番なんだけど……」


「レッドアームズは手伝ってくれねぇのか? アシュレイさんの親父さんなんだろ? それに逃げた魔族はそれほど多くないって話だ。なら、レッドアームズがいれば十分なんだろう?」


 ライアンはまくし立てるようにレイに詰め寄る。レイはやや苦笑しながら、


「傭兵には契約があるんだ。特にマーカット傭兵団みたいな有名なところは大口の契約を結んでいることが多いんだ。そうだろ、アッシュ?」


 アシュレイは「そうだな」と頷き、


「うちの場合、間違いなく複数の契約があるはずだ。だが、今は魔族討伐の特例がある。父上に頼めば、何とかなると思うのだが」


 ライアンはその言葉に「よっしゃ!」と左の掌に右手の拳を打ち付ける。


「それじゃ、後でハミッシュさんのところに話をしに行こう。僕はケガ人の治療がまだ残っているから、終わったら迎えに来るよ」


 そう言って、レイはアシュレイとステラを引き連れて、部屋を出て行った。

 残されたライアンはゆっくりと立ち上がり、病室を出る準備を始めた。彼の目には先ほどにはなかった力が戻っていた。


この話を含め、あと3話くらいで第三章が終わる予定です。

なかなか締めるのが難しく、今回は非常に難産でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ