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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第三章「冒険者の国・魔の山」

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第七十三話「ペリクリトル攻防戦:その八」

 トリア暦三〇二五年、十二月二十六日の午後三時二十分。


 両軍が激突し、二十分ほどが過ぎようとしていた。

 その頃、ステラは魔族軍の後方の草むらに潜んでいた。

 両軍が激突する音が聞こえるが、前線とは反対の位置であり、低い姿勢からは戦闘がどう推移しているのか、全く見えなかった。


(作戦では小鬼族を出来るだけ早く倒して、包み込むように大鬼族を攻撃するはず。でも、見える範囲では味方の人たちが現れる気配はないわ。うまくいっていないのかしら……)


 彼女はそう考えつつも、焦りを見せることなく、慎重に敵に接近していく。幸い、風下ということと、街が燃える匂いでかなり接近しても敵に気付かれることはなかった。


 ステラは横にいる猫獣人のベテラン、ラディスをちらりと見る。

 ラディスは小さく頷き、このまま待機すべきだと目で伝えてきた。


(今はレイ様を信じるしかない。私たちの出番はあの方の合図があってから。焦っては駄目。でも……)


 彼女が珍しく逡巡していると、魔族軍の左翼側、南側で混乱による罵声が沸きあがった。


(何かが起きているわ。私たちの出番はもうすぐのはず。私たちの役割は敵に混乱を与えること……)


 ステラがそう自分に言い聞かせていると、ドーンという空気を揺らす爆発音が頭上に響き渡った。


 彼女は事前の打合せどおり、小さく右手を上げてから鋭く振り下ろす。

 その合図と共に低く身を縮めた五十名の斥候スカウトたちが枯れ草を揺らしながら、敵の背後に迫っていく。

 そして、ステラが小鬼族戦士に矢を放つと、スカウトたちも次々に矢を放っていった。


 小鬼族の若者――まだ経験が少なく予備兵力として後方に置かれていた戦士――は、背中に強いドンと押されたような衝撃と、今まで経験したことのない痛みに悲鳴に似た叫び声を上げた。

 彼が自分に何が起こったか知ろうと振り返った瞬間、喉に強い違和感を覚えた。

 彼の目には茶色い鳥の羽が映っていた。

 周りでは「敵だ!」、「後ろにも敵がいるぞ!」という声が上がるが、彼の耳には入っていなかった。若い戦士は自らに起きた事態を理解することなく、その短い生涯を閉じた。


 魔族軍の左翼部隊は聖騎士隊の突撃とスカウトたちの奇襲により、混乱に陥った。小鬼族の指揮官はその混乱に歯噛みするものの、すぐに事態の収拾を図るべく体に見合わぬ大きな声で味方を叱咤していく。


「貴様ら、それでも鬼人族の戦士か! 敵の数は少ない! 落ち着け!」


 そして、更に叱咤の言葉を続けていく。


「我らはシェフキ様――シェフキ・ソメルヨキ。小鬼族部隊の指揮官。レイの策により捕らえられ、自害――の仇を討たねばならん! 大鬼族や中鬼族が見ているのだ! それでも栄えあるソメルヨキ氏族に連なる者か! 恥を知れ!」


 その言葉に顔を赤めながら小鬼族戦士たちは我に返っていく。

 だが、その頃にはレイたち騎馬隊もステラたち斥候隊も風のように去っており、左翼の小鬼族部隊の戦士たちは溜まったフラストレーションをぶつけるべき相手を見失っていた。



 一撃を加えたステラたちは、姿を見せることなく、敵の右翼側に静かに移動していた。


(自信はないけど、レイ様のお考えどおりのはずよ……でも、本当にあの方のお考えに沿っているのかしら……)


 ステラは表情には出さないものの、自分に与えられた役割をきちんとこなしているか自信がなかった。

 彼女の横にいるラディスは草原を走りながら、ステラに声を掛けていた。


「大丈夫だ。周りが見えねぇ時は不安になるが、(リーダー)を信じろ。お前はレイ()を信じていりゃいい」


 彼は獰猛な笑みを浮かべると、ステラの肩を軽く叩く。

 ステラは真剣な表情で小さく頷くと、「ありがとうございました」と言って、更に足を速めていった。



 魔族軍――彼らの言葉ではソキウス西方派遣軍の指揮官、オルヴォ・クロンヴァールの耳に「白の魔術師だ!」という叫び声が入ってきた。

 彼は巨大な斧を振る手を止め、声のした方角、左翼側に視線を送った。彼の周りでも大鬼族の戦士たちが戦闘の手を僅かに緩め、左を気にしている。


 オルヴォの目には十数騎の騎兵とその先頭に立つ真っ白な装備の男の姿が映っていた。


(別働隊を率いたか……奴を切り離す好機か? いや、奴は先ほども自らを囮に我らを罠に嵌めた……これは奴の常套手段だ。ここは不用意に動くべきではないな。敵の主力を押し込めば、嫌でも奴は俺の前にやってくる。今は動くべきではない……)


「白の魔術師のいつもの手だ! 奴はこちらの注意を引くつもりだ!」


 その声に大鬼族の戦士たちも小さく頷く。


「敵の主力を潰せば、嫌でも我らの前にやってくる。目の前の敵を叩き潰せ!」


 オルヴォは不敵な笑みを浮かべて部下たちにそう指示していた。戦士たちもにやりと笑い、目の前のベテラン冒険者たちに襲い掛かっていった。


 オルヴォはその姿に満足するものの、小鬼族部隊が思っていたほど戦果を上げられないことに不満を覚え始めていた。


(もう少しやると思ったのだが、これでは敵を包囲できん……やはりシェフキの不在は大きいと言うことか……)


 だが、それでも現状にさほど危惧を抱いているわけではなかった。

 後方からの斥候スカウトたちの奇襲にも余裕を持って見ることが出来ていた。


(しかし、後方に兵を回すほどの余裕があるとはな。だが、これで敵の切り札はほぼ無くなったはずだ。敵には呪術師――魔族での魔術師の呼び名――が残っているが、昼間の戦闘を考えれば、それほど脅威でもあるまい。これならば勝てる!)


 彼はペリクリトルにいる魔術師たちの力量を正確に理解していた。

 魔術師の魔法は、自分たち大鬼族に対して大した効力はなく、弓兵と同じ程度の脅威でしかないということだった。

 実際、レイ以外の魔術師で脅威になるものはドクトゥスの研究者、リオネル・ラスペードしかいない。オルヴォの見た魔術師は多くないが、レイと同じ程度の魔術師が多数いるなら、街を燃やすような罠を仕掛けるはずはないと考えていたのだ。


(“白の魔術師”以外に脅威になる呪術師はおらぬ。いたとしても一人か二人。ならば、敵の別働隊が動いた時点で敵の策は尽きている……下手に戦力を分散するより、後方の敵は無視するべきだろうな……)


 だが、彼の考えを否定する事態が発生した。




 ドクトゥスの魔術師、ティリア魔術学院教授のリオネル・ラスペードは、五十名の魔術師部隊と共に後方に控えていた。

 魔術師部隊の指揮官は、ホーマー・モリスンという三十代半ばの火属性魔術師だった。彼は三級冒険者たちのパーティに所属しており、レベル四十三の魔術師として、ペリクリトルでも名の通った魔術師だった。

 だが、彼もティリア魔術学院の卒業生であった。今は全く関係が無いはずだが、若い頃に染み付いた意識というのは中々抜けない。実際、彼も今更と思うものの、ラスペードには頭が上がらなかった。


「モリスン君。そろそろ攻撃の時間ではないかね」


 ラスペードの言葉にモリスンはビクリと反応する。


「は、はい! では、先生がお考えの策に従って、攻撃を開始します」


 モリスンがそう言うと、ラスペードはやや不本意な表情になり、


「先ほども言ったが、これは私の教え子が考えた魔法の運用であって、私の考えではないのだよ。今はそんなことを言っている時ではないようだね」


 ラスペードの言うとおり、彼らの目の前ではペリクリトル防衛責任者ランダル・オグバーン率いる精鋭部隊と、敵の主力である大鬼族部隊が死闘を繰り広げていた。そして、ペリクリトル側がかなり押されていることは戦争には素人であるラスペードにも判っていた。

 モリスンは小さく頭を下げるが、すぐに表情を改め、


「第一斑! 目標、黒い胸甲に両手剣の大鬼族戦士! 第二班! 目標、フレイルを持った大鬼族戦士! 第三班!……」


 彼の指示が終わると、魔術師たちは一斉に詠唱を始めた。


「「火を司りし火の神(イグニス)よ。御身の眷属、精霊の猛き炎を我は求めん、我は御身に我が命の力を捧げん。我が敵を焦がせ! 炎の球(ファイアボール)!」」


「「すべての大地を支えし土の神(リームス)よ。御身の眷属、大地の精霊の力を固めし、天をも貫く槍を、我に与えたまえ。我は御身に我が命の力を捧げん。我が敵を貫け! 大地の槍(ロックスピアー)!」」


 五十名の魔術師たちは四つの班に分けられていた。

 彼らは班ごとに同じ魔法を詠唱し、一つの目標に魔法を集中させていく。



 巨大な両手剣を持つ大鬼族の戦士は、よろめき膝をついたペリクリトルの槍術士を前に、止めを刺そうと大きく剣を振りかぶっていた。そして、まさに剣を振り下ろそうとした瞬間、第一班の放つ十数個の炎の球が彼に集束していく。

 恐らく一つ一つの炎の球(ファイアボール)では大鬼族戦士やオーガには軽い火傷を負わせる程度しか効果はない。だが、十数個が集中するとなると話は変わってくる。


 大鬼族戦士は剣を振り上げたまま、大きく目を見開く。彼は避ける間も無く、その筋肉の鎧を纏った上半身に真っ赤な炎の球が集中していった。普段ならそのまま消える炎の球だが、ほぼ同時に集められた炎の球は、太陽のような真っ白な光を放って広がっていく。

 敵味方を問わず、周りにいた者たちは皆、その光に一瞬視力を奪われていた。


 大鬼族の標的となっていた槍術士は、膝をついていたお陰で、その光を直視しなかった。そのため、その光が収まったとき、彼は目の前の光景を最も早く確認することになる。

 彼の見たものは、上半身が原形を留めないほど焼けた大鬼族戦士の姿だった。彼はブスブスという音と共に、肉の焦げる嫌な臭いを嗅ぎながら、九死に一生を得たことにようやく気付いた。

 彼が見つめる中、大鬼族戦士の体がゆっくりと倒れていった。



 土属性魔術師による岩の槍(ロックスピアー)も想像以上の威力を発揮していた。

 直径十cm、長さ一・五mほどの岩で出来た槍は、先端の形状がまちまちで頑丈な革鎧と分厚い皮膚に包まれた大鬼族戦士に対しては、大した殺傷力は持っていない。

 だが、それが十数本集まると、その質量だけでも脅威になる。


 その大鬼族戦士は、人間の大人の足ほどもある大きな棍棒をつなげた巨大なフレイルを持っていた。その大鬼族戦士に十数本の岩の槍が殺到した。

 彼は魔法が到達する直前、殺気を感じて魔術師部隊の方に目をやった。そして、迫り来る岩の槍衾に驚愕する。

 それでも、歴戦の戦士らしく、大鬼族戦士は一本目の岩の槍をフレイルで叩き落し、更に姿勢を低くして岩の槍をかわしそうとした。


 だが、彼の敵は魔術師だけではなかった。

 彼と対峙していたペリクリトルの剣術士がその隙を逃すはずはなかった。岩の槍に注意が逸れた大鬼族戦士の脇腹に、剣術士は愛剣である両手剣を深々と突き入れた。

 巨大な体躯と圧倒的な耐久力を持つ大鬼族といえども、脇腹に渾身の突きを入れられ、悲鳴を上げる。そして、僅かに上半身を起こしてしまった。その直後、彼に殺到した岩の槍に包み込まれていった。

 一本あたり十kg以上の重さの岩の槍が十数本、すなわち百kg以上の岩が時速百km近い速度で大鬼族戦士の頭と肩に集中した。

 五百kg以上の体重を誇る大鬼族の巨体といえどもさすがにその運動エネルギーは吸収できなかった。大鬼族戦士は大きく後方に吹き飛ばされ、数人の仲間を巻き込んで転倒した。


 大鬼族に傷を与えた剣術士はその岩のぶつかる音に驚きながら、上方からバラバラと飛んでくる岩の破片に悪態をついていた。


「くそっ! ちったぁ、味方のことも考えろってんだ!」


 彼は前方に吹き飛ばされた大鬼族戦士を一瞥する。そこには岩で滅茶苦茶苦潰された巨体が転がっていた。彼は小さく、「こんな魔法でも、こいつらに効くとはな。これなら勝てるかもしれん……」と呟いた後、目の前に現れたオーガに斬りかかっていった。



 リオネル・ラスペードは満足げにその様子を眺めていた。

 そして、手元にある手帳に簡単なメモを取ると、すぐに自らも呪文を唱えていった。


火の神(イグニス)よ。すべてを焼き尽くす業火の槍を我は求めん、我は御身に我が命の力を捧げん。我が敵に、獄炎の槍(ヘルファイアランス)


 三十秒ほどで彼の頭上に直径三十cm、長さ五mほどのオレンジ色の炎の柱が現れた。ラスペードはチリチリと焼くような熱を感じながら、更に魔力を込めていった。

 彼の周りにいる魔術師たちは、現れた高位魔法に目を見開き、更にその熱量に驚きを隠せない。

 ラスペードは炎の槍を満足げに見た後、軽く腕を前に振った。


 ラスペードの獄炎の槍は、一気に加速し、不運な一体のオーガに命中した。

 オーガの胸の真ん中に命中したラスペードの魔法は、貫くような形でオーガの命を奪っていた。

 彼は表情を一切変えず、小さく頷くと、再び同じ呪文を唱えていく

 そして、彼の手から放たれた巨大な炎の柱は、革鎧を纏った大鬼族戦士に向かっていく。

 その戦士はラスペードの魔法に気付き、慌てて避けようとするが、ペリクリトルの冒険者たちはその動きを邪魔するかのように、膝や太ももに攻撃を加えようとした。


 ここで大鬼族戦士は判断を誤った。

 前方から飛んでくるラスペードの魔法に集中すべきであった。だが、彼は瞬きするほどの僅かな時間、冒険者たちに気を取られてしまった。彼は取り返しの付かない、致命的なミスを犯してしまったのだ。


 ラスペードの放った炎の槍は足を止めた大鬼族戦士の左肩に突き刺さった。

 圧倒的な熱量を誇る獄炎の槍は、大鬼族の左肩を焼き、大鬼族戦士は咆哮にも似た悲鳴を上げながら、のた打ち回る。


 その様子を眺めていたラスペードは再び手帳を取り出し、メモを取っていく。

 そして、誰に言うでもなく独り言を呟いていた。


「うむ。防御力はオーガが上回るか……耐久力はほぼ同じ。うむ、惜しむらくは同じ部位に当たらなかったことか……」


 そして、手帳を懐にしまうと、再び大鬼族戦士に向けて獄炎の槍を放とうとしていた。



 オルヴォは自らの考えの甘さに焦りを覚えていた。


(敵の呪術師は思った以上に強力だ。少なくとも一人は白の魔術師に匹敵している。それだけではない。魔法の使い方が我らとは明らかに違う。月魔族といえどもこれほど強力な集団魔法は使えまい……)


 オルヴォは鬼人族にしては魔法の知識を持っているほうだが、彼でもそれほど多くの知識を持っているわけではなかった。そのため、ラスペードの提案した火力の集中運用を集団による大規模魔法と勘違いしたのだ。


(これだけの切り札をまだ隠し持っているとはな。さすがは白の魔術師といったところか……だが、まだ負けた訳ではない。あれほどの魔法を使えば、すぐに魔力は尽きる。後はどこまで我らが我慢出来るかだ……)


 彼は大鬼族の戦士たちを後方に下げ、オーガを全面に押出すよう命じた。


「オーガどもを前面に押出せ! 敵の呪術師の射線上に立つな! なあに、すぐに敵の魔力は尽きる。ほんの少しの我慢だ!」


 彼の指示により、大鬼族の戦士たちはオーガに前線を譲る。

 そのため、ランダル・オグバーン率いるペリクリトル軍精鋭部隊に掛かる圧力が僅かに緩んだ。

 だが、その一方でオルヴォの予想通りの展開に推移していった。


 魔術師部隊は数度の斉射で魔力が尽きようとしていた。

 高レベルの魔術師であるラスペードも例外ではなく、魔術師部隊の指揮官、ホーマー・モリスンは総指揮官であり、冒険者ギルド長であるレジナルド・ウォーベックに撤退を具申し、承認された。


 魔術師部隊は六名の大鬼族戦士、十数体のオーガを倒したが、戦況を変えることはできなかった。


 そして、平原での開戦から一時間が経とうとしていた。


何とか書き上げましたが、ほとんど推敲できておりません。

誤字脱字等たくさんあると思いますが、ご容赦のほどを。

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