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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第三章「冒険者の国・魔の山」

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第七十一話「ペリクリトル攻防戦:その六」

 十二月二十六日の午後二時過ぎ。


 レイは聖騎士たちと合流した後、ルークスの農民兵のことを思い出していた。

 今回の戦いでは、彼ら農民兵二百も戦場に出さざるを得ず、彼はペリクリトル軍の前衛最右翼に配置しようと考えていた。


(こちらの戦力は敵より劣るんだ。数合わせに近いけど、あの人たちを戦場に出さざるを得ない。でも、あの部隊には指揮官がいないんだよな。ベテランは一人でも外せないし、かと言って指揮官抜きではまともに動けないだろうし……)



 そんなことを考えながら、ギルド本部近くに来た時、見知った顔を見付けた。

 それはルナのいたパーティのリーダー、治癒師のヘーゼルだった。彼女は司令部に配属されているギルド職員に何かを嘆願していた。

 話が聞こえてくると、どうやら、ヘーゼルが前線に出ることを希望しているようで、ギルド職員はその対応に苦慮しているようだ。

 職員は治癒師であるヘーゼルを前線に回すことに躊躇いを覚え、彼女を城壁の守備に回すことを提案していた。

 だが、ヘーゼルはルナを失ったことへの贖罪からか、魔族と直接干戈を交える前衛を希望し、尚も食い下がっていた。

 偶然通りかかったレイがその話を聞き、ヘーゼルに声を掛ける。


「今回の戦闘はかなり厳しいんです。出来れば城門の守備をしながら魔力の回復に努めて欲しいんですが」


 ヘーゼルは迷いもなく、首を横に振り、


「これでも五級冒険者よ。ゴブリン相手なら十分に戦力になるわ。お願い、私を前線に回して」


 必死な表情でレイに訴えるが、彼はその様子に危惧を覚えていた。


(ヘーゼルさんはルナを攫われたことでかなり参っているみたいだ。自分が傀儡くぐつにされたんだから仕方が無いと思うけど、ヘーゼルさんの腕じゃ、前線に出て行っても足手纏いとは言わないけど、あまり役に立たない。いつもは割と的確な指示を出す人なのに……そうか! この手があった!)


 レイはヘーゼルにルークスの農民兵の指揮を任せることを思いついた。

 ヘーゼルは接近戦が苦手で同じパーティメンバーのライアンとファンの後ろにいることが多い。その分、彼女の視野はかなり広く、手数が少ない彼女のパーティがそれなりに成果を上げていたのは、彼女の的確な指揮によるところが大きい。これは前衛を任されている獣人のファンが常々言っていたことで、レイはそのことを思い出したのだ。


 レイはヘーゼルに向かって、「判りました。前衛に回ってもらいます」と笑顔で告げた。

 彼女はそれに満足そうに大きく頷き、「どの部隊に入ったらいいのかしら」と尋ねた。


「ヘーゼルさんにはルークスの農民兵部隊の指揮を執ってもらいます。あの部隊に指揮官がいなくて困っていたんです。ヘーゼルさんなら視野も広いし、冷静だから安心して任せられます」


 ヘーゼルは二百人の部隊の指揮を執ると聞いて慌てる。


「二百人って……前衛の五分の一くらいの大部隊じゃない。そんな指揮なんか執れないわ。傭兵の経験のある人に任せないと……」


 レイは彼女の言葉を遮り、「無理なんですよ。前線で戦える人は一人でも前に回したいんです。それほど余裕が無いんです」と首を横に振る。そして、少し悲しげな顔で言葉を続けた。


「本当は農民兵も出したくないんです。あの人たちは碌な訓練も受けていませんしね。本当なら義勇兵の方が余程戦力になるんです。でも、城門の守備はこの戦いに敗れた時の市民の脱出の要ですから……これは義勇兵の人しか任せられないんです。だから……」


 ヘーゼルはその言葉にこの戦いが本当に厳しいものだと悟った。


「判ったわ。私に出来ることをやってみる。でも、そんな人たちをどう使うつもりなの?」


「あの人たちに出来ることは合図と共に前進することと、槍を突き出すことだけです。ですから、ゴブリンたちの部隊が後ろに回りこまないようにする壁代わりにするつもりです。細かい話は僕からあの人たちに話します」


 レイはヘーゼルと共にルークスの農民兵部隊が集まっている場所に向かった。

 農民兵たちは市街戦でオークを何匹も倒しており、いつも以上に士気が高かった。レイが現れると、全員が彼の前に集まり、口々に自分たちの活躍を話し始める。


「聞いてくだせい、アークライト様! オークみてぇな魔族を二人も倒したんです! オークも三匹はぶっ殺したと思うんで!……」


「おめぇはビビリながら槍を突き出していただけだろうが! アークライト様! 俺なんか立派な鎧を着た鬼野郎を倒したんで!……」


 レイはそれに頷きながら、別のことを考えていた。


(初めて人に期待されて成果を上げたから、本当に嬉しそうだ。僕もアッシュに期待されていると知った時にはうれしかったから気持ちはよく判る……)


 彼は笑顔で応えながら、悲観的な考えが浮かぶのを止めることができなかった。


(この後、この中の何人が生き残れるんだろう。この人たちの戦闘力だとゴブリンでも互角以下。パニックに陥ったら、あっという間に蹂躙されてしまう……僕はこの人たちを戦場に立たせていいんだろうか。この人たちはこの街に何の係わりもない。それなのに死にに行けっていうのは……)


 そんな内心を隠しながら、農民兵たちの話に笑顔で頷いていく。そして、農民兵たちのまとめ役、フィスカル村の村長の次男アンガスを呼び出した。


「この後、野戦が行われます。皆さんにも戦場に立ってもらわないといけません。敵はゴブリンですから、さっき戦ったオークよりかなり弱いです。ですが、防壁がありませんから、格段に危険です」


 アンガスは真剣な表情で危険と語るレイの言葉に危惧を覚えた。


「私らはどうしたらいいんでしょうか?」


 レイは二コリと笑い、


「ここにいるヘーゼルさんが皆さんの隊長です。皆さんはヘーゼルさんの言うとおりに動いてもらうだけでいいんです」


 二十代半ばの若い女性であるヘーゼルに対し、農民兵たちは何も言わなかったが、訝しげな視線を隠し切れない。

 レイはそのことに気付き、


「ヘーゼルさんは若い女性ですが、五級冒険者でパーティのリーダーをされていますから、全然心配いりませんよ。それに若いっていうことなら、僕の方がかなり若いんですから」


 そう言っておどけた表情を見せる。

 アンガスは彼に頷き、


「アークライト様がそうおっしゃるんだ! 皆の衆! ヘーゼル様の言うことを聞いて、また手柄を挙げようじゃねぇか!」


 その声に農民兵たちの「オウ!」という声が応える。

 レイは笑みを浮かべたまま、ヘーゼルはやや引き攣った顔でその様子を見ていた。

 そして、レイはアンガスら農民兵たちに戦いについて、指示を出していく。


「皆さんにはゴブリンを味方の後ろに回らせないように動いてもらいます。ゴブリンは小さいですから、槍を突き出せば近寄れません。ですから、全員で息を合わせて……」


 そして、五分ほど説明をした後、ヘーゼルに向かって、軽く頭を下げる。


「この人たちのことはお任せします。ランダルさんには事後承認を貰っておきますから」


 彼はそう言って農民兵たちに手を上げて応えながら、その場を離れていった。

 残されたヘーゼルは自らの責任の重さに目眩がする想いがしていた。


レイ(あの子)には私が死のうと考えていたことがばれていたようね。でも、二百人もの命を預かるなんて……そんなことを言っていたら、あの子に笑われるわ。まだ二十歳にもなっていないのに、何万人もの命を預かっているんだから……私も気合を入れていかないと!)


 彼女は両手でパーンと自らの頬を挟むように叩くと、アンガスに部隊の編成や武器の扱いなどについて確認し始めた。




 ステラは手練てだれ斥候スカウト五十人と共に未だに炎が燻る東地区に入っていた。

 彼女たちは魔族軍の後方から奇襲を掛けるため、各自、短弓ショートボウを装備している。

 彼女たちは大鬼族のオルヴォらに無残にも破壊された東門をくぐり、身を低くして草原の中を進んで行く。


(私の役目は敵に混乱を与えること。斥候(この人)たちでは小鬼族に混乱を与えることしか出来ないけれど、私なら大鬼族にも混乱を与えることが出来る。ルークスの獣人部隊が手伝ってくれれば、敵の指揮官を倒すことだって……)


 ステラは横にいた獣人のラディスに不意に話しかけられ、ビクリと彼の方を見た。


「一人で無茶しようとしてねぇか? 自分だけなら敵の親玉をれるとか……やってもいいぜ。だがよ、レイ(あの若造)のことを考えてやれよな。あいつは俺たちを有効に使うはずだ。いや、間違いなく使うだろう。その時にお前がいなけりゃ、策が成立たんこともある。その覚悟があるのか? それなら俺は何も言わんがな」


 ステラはその言葉に返す言葉を失った。


(この人の言うとおりだわ。この中でレイ様(あの方)のことを一番知っているのは私。だから、あの方の考えたとおりに実行出来るのも、私が一番適任だわ。敵の指揮官と刺し違えるのは、あの方が窮地に陥りそうになってから。私があの方のことを信じなくてどうするの……)


 ステラはラディスに「ありがとうございました」と言って頭を下げる。ラディスは「何の礼だ?」と笑い、彼女の肩を軽く叩いて、再び表情を引き締めた。



 ルークスの農民兵のもとを後にしたレイだったが、ギルド総本部の前である人物に捕まった。

 彼を捕まえたのは学術都市ドクトゥスの研究者、リオネル・ラスペード教授だった。


「アークライト君、少しだけ時間をもらえないかね。いや、君が忙しいのは知っているよ。うん、すぐに済む話だから」


 レイは訝しげにラスペードを見るが、手短に済むと言われて渋々立ち止まった。


「何、簡単なことだよ。私も戦場に立とうと思ってね。魔術師部隊にいるから何かあれば声を掛けてくれたまえ」


 レイはラスペードの言葉に目を見開く。


「先生が戦場に! ですが……」


「私も百年ほど前はフィールドワークの一環として、毎日森に入ったものだよ。それに魔術師部隊は魔法を撃ち尽くしたら撤退すると聞いている。危険は少ないと思うのだが?」


 レイはラスペードの思惑が理解できなかった。


「失礼ですが、何のために戦場に立たれるのでしょうか? 司令部の命令には従っていただけるのでしょうか?」


 ラスペードは意外そうな顔をして、


「もちろん、オグバーン司令の指示には従うつもりだが。うむ、私が戦場に立つ理由かね。二つあるのだよ……」


 彼はそう言って指を二本立てる。


「まずは大鬼族の戦いをこの目で確かめたいというのが一点だね。先ほどの殲滅戦は戦いと呼べるものではなかったから。竜人をも凌ぐと言われている大鬼族の個体の能力というものをこの目で確かめる。これが理由の一つだよ」


「もう一つの理由とは?」


「うむ。これも大鬼族に関することのなのだが、彼らの魔法に対する耐性を確認したいのだよ。私の火属性魔法にどの程度耐えられるのか、オーガ並みの耐久力と言われておるが、本当に同程度なのか。それを確かめるのだよ」


「先生自らが魔法を撃ち込むのですか?」


「うむ。ここにおる魔術師の中では私が一番レベルが高そうだ。オーガクラスを一撃で倒す魔法を使えるのは、私か君しかおらぬだろう。君の場合、持ち味はオリジナル魔法だから、今までのオーガに対するデータと整合が取れないのだよ。私なら他の研究者が理解できる魔法を使えるからね。そういうことだよ」


 レイはここに至っても研究のことを忘れないラスペードに僅かに恐怖を覚えた。


(この人にとってはすべてが研究対象なんだ。人の生き死にも含めて……僕には一生理解できないんだろうな。でも、ラスペード先生はレベル八十くらいある高位の魔術師だ。対オーガ・大鬼族に限って言えば、農民兵二百人より先生一人の方が強力だろう。先生ほどの魔術師が戦闘に加わってくれれば、勝てるかもしれない……)


 考え込むレイに対し、ラスペードが声を掛ける。


「そうそう、一つ頼みがあるのだがね」


「何でしょうか?」


「もし大鬼族の戦士を捕らえることが出来たら、傀儡くぐつの魔法を掛けてくれんかね。魔族は捕らえられれば自害してしまうから、その者の命を永らえさせることにもなる。まあ、もし捕らえられたらでいいよ。私にも今回の戦にその余裕があるとは思えないからね」


 彼はそれだけ言うと、「時間を取らせたね」と言って去って行った。


 レイはその言葉を聞き、自分たちは勝ったとしても、敵を皆殺しにするしかない戦いに挑むのだと思い出した。


(先生に言われるまでもなく、魔族の戦士は捕虜になるくらいなら死を選ぶ。もし勝ったとしても、この平原には魔族の死体が山積みになるんだ……傀儡の魔道具はあと四、五本しかない。だから、それだけの人数しか魔族を生かしておくことはできないんだ。曲がりなりにも意志の疎通が出来る相手を皆殺しにする。そんなのは人のすることじゃない!)


 彼はこのような戦いを強いる魔族の指導部に怒りを感じていた。


(秘密を守るために同族に自殺を強要する。自分たちの目的のために罪のない人たちを使って魔物を作り出す……こんな狂信的な考え方が認められていいはずが無い! クウァエダムテネブレという土地がどれほど貧しいのか判らないけど、少なくとも生きてはいけるんだ! もし、ルナを、月宮さんを攫った奴も同じ考えなら、絶対に“儀式”は阻止しないといけない。この戦いが終わったら、月宮さんを助け出さないと大変なことになる……)


 彼はこの戦いが終わったら、アクィラ――東の大山脈――を超えて、魔族の土地、クウァエダムテネブレに向かうことを再度決意した。



 レイが司令部についた時、敵の動向を見張っていた兵士の大声がギルド内に響き渡った。


「魔族軍が北門に向かっています! ほぼ全数が北門を目指して進軍を開始しました!」


 後にペリクリトル攻防戦と呼ばれる戦いの、第二幕の開始が告げられた。


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