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第7章 犯人に告ぐ

「申し訳ありません。話が長くなってしまいました」


 朝霧(あさぎり)は、あらためて、ふう、とため息をつくと、(らん)()の隣の椅子に腰を下ろした。間中(まなか)は、乱場を挟んだ反対側の席を占め、それを見た(しお)()は不満そうな表情で何か言いたげにしていたが、相手が教師であるということを思ったのだろう、仕方なく――それで六席あるテーブルの椅子は埋まってしまったため――少し離れた位置にあるソファの一席を陣取った。そこへ、駒川(こまがわ)(あり)()がコーヒーを運んでくる。


「駒川さんと有賀さんも、そちらへ」


 乱場に促されて、コーヒーを配り終えた二人もソファに腰を下ろすと、


(おお)()さんの死は、どうやら事故や自殺ではなさそうです」


 乱場が発した言葉に、室内はざわめいた。


「大瀬さんの胸には、鋭利な刃物による刺し傷がありました。これが死因だと考えて間違いないでしょう。心臓をひと突き。こんな状態にある人間がギロチンを操作できるとは思えませんから。そして、何より、現場から凶器が発見されませんでした」

「乱場くん、きみ……」と、それを聞いた岸長(きしなが)が、「ど、どうして、そんなことを……?」

「大瀬さんの遺体を調べてみて分かったんです」


 いったん引いていたざわめきが戻ってきた。


「死体を調べた?」テーブルに肘を突き、顔を突き出すようにして、()(さか)()が、「あの……大瀬さんの首斬り死体を?」

「そうです」


 乱場は頷いた。


「ど、どうして……」ごくりと唾を飲み込む音を鳴らしてから、曽根(そね)が、「そ、そんな恐ろしいことを……」

「情報を得るためです。先ほども言いましたが、警察が到着するのは、早くて明後日です。それまでに、もしかしたら、時間の経過とともに失われてしまう手がかりがあったかもしれませんでしたから」

「て、手がかりって……」


 畏怖するような、あるいは呆れたような表情を顔に貼り付けて、曽根はもう一度喉を鳴らした。


「乱場さま」ソファから、駒川が声をかけてきた。「失礼ですが、あなた、いったい……」

「あっ、そういえば、探偵とか何とか……」


 駒川の言葉に岸長が被せた。


「た、探偵?」


 恐怖と興味がない交ぜになったような顔で視線を送ってきた有賀に、はい、と頷いてから乱場は、


「僕は、こういう不可解な事件に遭遇したり、あるいは警察の捜査に協力したことが何度かあるんです。ですから、慣れているというか……変な言い方ですけれど」

「素人探偵、というやつですか……。かわいい顔をして、人は見かけによらないものですね」


 童顔の乱場を見る小坂井たちの目にも、興味の色が滲み始めた。


「そうなんです」そこで間中が立ち上がり、「ですから皆さん、どうか、この」と隣に座る乱場の両肩に手を置いて、「乱場くんに協力していただきたいんです。これから彼が、皆さんにいくつか質問をします。アリバイとか……でしょ?」

「えっ?」屈み込んできた間中の顔をすぐ真横に受けた乱場は、少し頬を染めつつ、「は、はい……」と答えた。

「アリバイだって?」


 声を上げてきた岸長に、


「今お話ししたように、大瀬さんの死は明らかな他殺です。現在の状況で、外部から犯人がこのロッジに入ってきたというのは常識的な話ではありません。ですから……」

「この中に犯人がいると……?」


 乱場の言葉に、岸長はテーブルとソファに座る面々を見渡した。その動作は岸長だけのものではなかった。曽根、小坂井、駒川、有賀も、皆同じように首と目を動かしていた。


「でもですね、その前に……」と乱場は一度言葉を切ってから、「名乗り出ていただけませんか?」

「はあ?」


 岸長は頓狂な声を上げた。


「な、名乗り出るって……」と、それに続いて曽根が、「犯人が?」

「そうです」怪訝な顔をする皆とは対照的に、乱場はいたって冷静な表情のまま頷いて、「どういう理由で、犯人が大瀬さんを殺害したのかは分かりませんが、もし、殺したい標的が大瀬さんただひとりだけだというなら、犯人にはもう犯行を重ねる必要はないはずです。自分がやったと名乗り出ていただければ、いたずらに皆さんの不安や恐怖を煽る必要がなくなりますし、警察が到着したら僕たちの証言で出頭扱いにも出来ると思います」

「乱場くん、本気で言っているのですか?」

「はい」


 小坂井の質問にも、乱場は表情を変えずに答えた。


「ば、馬鹿な……」と岸長が、「自分から名乗り出るだなんてことを、犯人がするとは思えない」

「そ、そうですよ……」それに応じて有賀も、「そんなことを強要したら、かえって犯人を刺激することになるんじゃ……」


 乱場は、テーブル席とソファに座る面々を順に見回していった。その誰もが――本郷学園関係者を除き――乱場と目が合うと、顔を伏せるか視線を逸らすかしてしまう。と、そこに、


「後悔しますよ」


 ()(なか)が声を上げた。先の乱場のときとは違い、皆の視線が一斉に間中に刺さる。


「こ、後悔……って?」


 か細い声で有賀が訊くと、間中は、


「ここで起きた恐ろしい殺人事件は、この……」と再び乱場の両肩に手を置き、「乱場くんが必ず解決します。要するに、犯人が明らかにされるのは時間の問題に過ぎないということです。であれば、自分から名乗り出るほうが潔いとは思いませんか? 探偵の、乱麻を断つが如き推理という快刀によって、その身を斬り刻まれてしまうという哀れな姿を晒してしまうよりは……」


 間中も、自分以外の面々を順に眺め回していく。


「どうやら……」と駒川が、「犯人に、名乗り出るつもりはないようですね」


 彼の言葉どおり、その場にいる誰もが口を閉ざしたままだった。間中もため息をつくと、乱場の肩から手を離して座り込んだ。


「皆さん、コーヒーをどうぞ。冷めてしまいますから」


 駒川は、各人の目の前に置かれたコーヒーカップをぐるりと示した。「で、では……」と、曽根がカップに手を伸ばしたところに、


「待って下さい」


 岸長が声をかけた。曽根は伸ばし掛けていた手をぴたりと止める。


「このコーヒーは……」岸長は、自分の前に置かれたカップを覗き込むようにして、「駒川さんが淹れてくれたものですね?」

「……ええ、正確には、私と有賀さんの二人で」


 駒川が答えると、岸長は、


「もし……駒川さんが犯人だったら、狙った人物のコーヒーに毒を投入することも可能、ということになりますね」

「――なっ」


 駒川は、虚を突かれたような顔をして、


「駒川さんが、そんなことするわけありません!」


 有賀は立ち上がった。


「有賀さん、あなたにも同じことが言えます」


 その有賀を見て岸長が言うと、


「なっ……何をおっしゃるのですか!」

「ちょっと待て」その間に、汐見が割って入った。「コーヒーを淹れるのは、私も手伝ったぜ。戸棚からカップを出したり」

「それでは、君にも毒を入れる機会はあったということになる」

「なんだとぉ?」

「まあまあ」その間に、さらに乱場が割って入り、「確かに、犯人が駒川さんや有賀さんではないということ、犯人の標的が大瀬さんひとりだけではないということ、どちらの話にも証拠はありません。ですから、このコーヒーは飲まずにおくということで、どうですか」

「……それが無難かもしれませんね」


 ため息とともに小坂井が口にした。カップに伸ばしかけていた曽根の手は、とうに引っ込められ、膝の上に置かれている。


「せっかく良い豆を使いましたのですが……」駒川は不満そうな口調で、「では、せめて私だけでも……」


 自分のカップを取ろうとしたが、


「有賀さんか、そこの女子高生が犯人で、あなたのカップに毒を入れたという可能性もありますよ」


 岸長の言葉に、先ほどの曽根同様、伸ばし掛けた手を停止させた。


「わっ、私、そんなことしてません!」


 真っ赤な顔で有賀が訴えかけてくる。


「駒川さん」そこに乱場が、「ここは、やめておきましょう。もちろん、有賀さんを疑っているわけではありませんが、ここで駒川さんが自分のコーヒーを飲んで、何もなかったとしたら――十中八九そうでしょうが――“駒川さんは犯人だから、そもそも自分のコーヒーに毒が入っていないことが最初から分かっていたんだ”、と取られてしまうことにもなります。この場は全員が同じ行動――コーヒーには手を付けない――を取って、あらぬ疑いを挟み込まないようにしましょう」

「……承知しました」


 駒川は頷いた。


「では……」乱場が改めて、「まず、僕たちの検死によって、大瀬さんの死亡推定時刻は、午後七時四十分から、八時二十分までの約四十分間に絞り込まれることが分かりました」

「その時間の、みんなのアリバイを確かめるのね」


 間中が言ったが、


「いえ、確認するアリバイは、午後八時十五分です」

「そんなピンポイントの? あっ、そうか」

「はい。その時間、死体発見現場である三階資料室で、ギロチンの刃が落とされました。先ほども話したとおり、大瀬さんは心臓に受けた刃物の一撃によって死亡していますので、ギロチンと死因に因果関係はありません。ですが、大瀬さん殺害とギロチンの刃を落とした行為が、まったく別の人間によって成されたものであると考えるのは現実的ではないと僕は思います。仮に、大瀬さんの殺害と、ギロチンを操作したのが同一人物ではなかったとしても、ギロチンの刃を落とした人物は、すでに殺されていた大瀬さんの死体を、断頭台に寝かせてギロチンを操作したということになります。そんな恐ろしい行為が事件にまったく無関係に行われたはずがありません。だから、どんな理由があったにせよ、ギロチンを操作した人物は事件――犯人と何かしらの関係を持っているはずです。それ――ギロチンの刃を落とした人物が誰なのか――を、まず絞り込んでいこうと思います」

「……分かったわ」

「そういうことなら、探偵くん」と小坂井が、「一気に、六人もが容疑圏外に出ることになりますね」

「ええ……」


 乱場は頷いた。


「ですよね」と小坂井は続けて、「午後八時十五分に、この娯楽室にいた人物に、ギロチンを操作できるはずがありませんからね」

「はい。その容疑圏外に出る六人とは、僕、朝霧さん、汐見さん、小坂井さん、岸長さん、曽根さん、この六人です」

挿絵(By みてみん)

「すると、残るのは……」


 容疑圏外組のひとりとなった岸長が視線を動かした。


「ええ」乱場も同じ方向を見やり、「間中先生、駒川さん、有賀さん、この三人です」

「――ちょ、ちょっと待って下さい!」顔を青くした有賀が立ち上がって、「わ、私は、その時間は、夕食の片付けを終えて自分の部屋にいました。で、高校生たちが八時に娯楽室に集まると夕食の席で聞いていたもので、コーヒーでもお出ししようかと部屋を出たんです。後片付けをしているときに、駒川さんともそんな話をしていましたから。で、そうしたらちょうど駒川さんも廊下に出てきたところで、何やら二階が騒がしくしていたので、その物音を追って、二人一緒に三階に行ったんです!」

「私も同じです。片付けを終えていったん部屋に戻りましたが、娯楽室でコーヒーや菓子の用意でもしようと廊下に出たところ、有賀さんと一緒になって……」


 駒川も有賀の証言に追従した。


「分かりました。詳しいアリバイは、他の皆さんのものも含めて、のちほどまた確認することにしましょう」


 乱場に冷静な口調で落ち着かせられ、有賀はソファに座り直した。


「では、間中先生は、その時間はどちらにいらっしゃいましたか?」

「私は……」乱場に目を向けられた間中は、「自室を出て、娯楽室に向かっている最中だったの。ちょうど二階に上がって、廊下を歩いているときに、物音――乱場くんたちが娯楽室を出る足音ね――を耳にして、何かあったのかと思って走って合流したのよ」

「そうですか」

「証明できていませんね」


 口を挟んできたのは小坂井だった。乱場と間中も彼女を向く。その視線を受けて、小坂井は、


「駒川さんと有賀さんは、お互いにアリバイを補完しあってるみたいですけれど、間中さん、あなたはずっとひとりだったわけですよね?」

「……ええ、乱場くんたちに合流するまではね」

「怪しいですね。あのとき――私たちが間中さんと合流したとき、もしかしたら、あなたは犯行を終えて現場から逃走する途中だったという可能性もありえます。それを誤魔化すため、偽証をしているということも……」

「……」

「ちょっと待って下さい」睨み合うように視線をぶつける二人の間に入って、乱場は、「今は、とりあえず八時十五分のアリバイを確認しただけです。その時間のアリバイがなかったからといって、即犯人だと決めつけようというわけではありません」

「自分の先生だからって、手心を加えているわけじゃありませんよね? 名探偵くん」

「もちろんです。それに、思い出して下さい、僕たちがギロチンの音を聞いて三階へ行こうとした途中、間中先生は“僕たちの背後”から姿を見せたんですよ」

「……それが、なにか?」

「皆さんもお分かりのとおり、この建物には北西側と南東側の二箇所に階段があるわけですが、三階へ行き来できるのは、そのうちの北西側の階段だけです、娯楽室を出た僕たちは、だから北西側の階段へ向かいました。そこに、後ろから現れたというのであれば……」

「……あのとき、彼女――間中さんは、三階から降りてきたわけではない」

「そうです。ちなみに、僕たちがギロチンの音を聞いて、娯楽室を出るまで、長くても数十秒程度しかかかっていません。そんな短時間で、資料室を出て娯楽室の前を抜け、僕たちの背後に先回りしようと思ったら、階段を駆け下り、廊下を走ることになって、必ず足音が鳴ったはずですが、そんな音は聞こえませんでした。皆さんもご存じのとおり、このロッジの階段と廊下は板張りで、余程気をつけてゆっくり歩かないと、必ず足音が鳴りますからね。ちなみに、駒川さんと有賀さんに対しても同じことが言えます。お二人の部屋は北西の階段一本で三階と行き来できますが、三階から階段を駆け下りたら、必ず足音が娯楽室まで届いたはずです」

「……そうですね」


 と小坂井は頷いた。


「それとですね……」小坂井が矛を収めたことで安心した乱場は、「さっき僕が、アリバイがない、イコール、犯人だと決めつけられない、と言ったのには理由があります」

「理由?」


 首を傾げた小坂井に、乱場は、「はい」と頷いて、


「体重を教えて下さい。間中先生たちだけではなく、念のために皆さん全員も」

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