犯人は邪竜
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「今までの食事風景を覗き見した限り、レーヴェンディアは野菜料理ばっかり食べて、他の料理は眷属の子にあげてる。つまり好みは野菜系。味付けはどちらかというと薄味が好きそう。ここは野菜の甘みをダシに溶け込ませた料理で勝負……」
ぶつぶつと、しかし的確にわしの好みを呟きながら操々は食事の支度をしている。
氷水の張られたタライの中ではサラダ用の野菜が出番を待って冷やされており、竈では香味野菜たっぷりのスープが弱火で煮られている。
石造りのオーブンは既に炭火で温められており、メインディッシュの料理が今にも投じられようとしている。ニンニクと植物油で炒めた根菜とキノコを餡とし、小麦粉と豆練りを併せた生地で包み焼く一品である。レーコ用とシェイナ用にはしっかり挽肉も具に入っているのが粋な計らいだ。
今まで出された中では一番わしの好みにあった一品である。
「ふふ。でも前と同じと思って油断したらダメだからね。今回は生地を練る水にたっぷり干しキノコと海藻を浸してあるんだから。この旨みを味わってしまえば、この結界から脱出する気なんてなくなるよね」
独り言を言う操々は実に楽しげである。
手先から魔力の糸を無数に放出し、厨房の中の調理器具を自由自在に並行で操っている。
――わしは眠り草の入った薬箱を背に負ったまま、黙って厨房から踵を返した。
そして約十分後。
「えぇっ!? 眠り薬、混ぜられなかったの!?」
「すまん……。本当にすまんの。わしはとてもあの料理に混ぜ物なんてできんよ……」
一足遅れて迎賓館のロビーに入ってきたシェイナに、わしは泣きながら詫びた。
「まさか魔王軍の幹部が自分で料理してるなんて思わなかったなあ。っていうかあのぬいぐるみの魔物、まだ諦めてなかったんだ。レーコちゃんにやられて退散したのかと」
「どうしよシェイナ。ライオットに一服盛る件も大事じゃけど、こんなに近くに黒幕の操々さんがおっては何かの拍子にレーコが気付いてしまうかもしれん。ここが操々の張った結界だとバレてしまったら大激怒してしまうし、どうにか気づかれないように遠ざけんと……」
「そうだね。なんとしてもレーコちゃんが厨房に行くのだけは阻止しないと」
危機意識を共有してお互いに頷きあった直後、
「シェイナ。客人の分の食事が一名分増えたので、私はこれから厨房に行って追加を要求してくる」
「いかぁあ――――ん!」
いきなりレーコが厨房に向かおうとしたので、わしは両足にすがり付いて制止した。シェイナも血眼になってレーコの肩を両手で鷲掴みにする。
「ダメだよレーコちゃん。レーコちゃんはもう立派な大臣の身分なんだから、そんな雑用をしちゃダメ。おとなしく宴会場のテーブルで料理が運ばれてくるのを待ってて。ね?」
「む。大臣はそういうことをしないのか……?」
「しないの。そう、大臣っていうのは椅子に座っておとなしくしているのが仕事なの。いい?」
「なるほど。勉強になった」
「じゃ、先に宴会場に行っておいて。こういうのは身分が高い人が先に行くものなの。私たちは後から行くから」
「分かった」
すたすたとレーコは宴会場に向かっていく。
宴会場の扉が後ろ手に閉じられたのを見て、ようやくわしは安堵の息をついてシェイナに向きなおった。
「いやあ。これでとりあえずレーコが厨房に行ってしまう危機は回避できたのう。シェイナ?」
振り返った先にはシェイナと――その足元で微動だにせず床に倒れ込んでいるライオットがいた。
「……シェイナ?」
「ごめんなさい邪竜様。食事に混ぜられないなら、こうするしかなかったの」
職業軍人らしい冷徹さを帯びた瞳でシェイナが言う。
「お主いったい何をしたの? ライオットは無事なの?」
「大丈夫。眠り草のエキスを染み込ませたハンカチを嗅がせただけだから。後遺症は残らない」
「ずいぶんな強硬手段に出たねお主」
ライオットは意識を失う寸前に手掛かりを残そうとしたのか、手に付着した眠り草のエキスで床に『邪竜』とダイイングメッセージを書き記していた。
あらゆる事件の原因をわしに求めていくその思考回路はちょっと改めて欲しい。
「よし。これで洗脳くんは片付いたね。さっそく剣を没収して幽閉しておこうか」
「レーコにはどう説明しとくの?」
「帰ったってことでいいでしょ」
「レーコはたぶんそれでごまかせると思うけど、常識的に考えたらライオット何しに来たのって話になりそうじゃね」
そしてわしらは適当な空き部屋に眠ったライオットを放り込んで、堅く鍵をかけた。
一部始終を目撃していたのでは、ロビーでぼけっと立っている精霊さんだけである。まさに完全犯罪といって過言ではない。
シェイナは没収した剣をしげしげと眺め、
「この剣はどうしようか? 邪竜様、売ってお金の足しにする?」
「盗賊思考しないで。なんか良さそうな品物なんじゃろ? 後で返してあげようよ」
「そうなんだけど……。なんか良い品っていう感じはしないんだよね。強いことに間違いはないんだろうけど」
「まあ、とにかくわしがしばらく預かっておくよ」
その辺に放っておくわけにもいかないので、布にくるんでわしの荷物の中に一緒に詰め込んでおくことにする。
「さ、早くわしらも宴会場で食事を待とうかの。操々さんが料理を運んでくるのと出くわしたらいかん」
「だね。ていうか、いまさらだけど毒とか入ってないよね?」
「この二週間で大丈夫だったんじゃから平気じゃろ」
宴会場に入ると、レーコが言われたとおりに堂々と座って料理を待っていた。
わしとシェイナもそれぞれ定位置(わしは床の一角)に着くと、給仕っぽいエキストラたちがノックをしてから料理を運び込んでくる。
間違いなく、さっき操々が腕によりをかけて作っていた品々である。
配膳を終えたエキストラたちは静かに去っていくが、よく見たら宴会場の扉は半開きのままにされていた。
そして、その扉の隙間からウサギのぬいぐるみがこっそりとこちらを覗いていた。
今までは気付かなかったが、毎回こうやってこちらの好みを分析していたのだろう。
気付いた今は、はっきりいって超気まずい。
「ええと……じゃあ、いただこうかの。ちゃんと作ってくれた人に感謝して食べようの。きっと頑張って作ってくれたと思うから」
「そ、そうだね。ほらレーコちゃんもいただきますして」
「うむ」
レーコとシェイナも食前の儀礼を済ませ、食事にかかる。シェイナは最初のうち怪しげに料理を嗅いでいたが、やがて味の上等さに負けたか普通に食べ始める。
しかし、真相を知ってしまったわしは、もはや平常心で食事をするのが困難だった。
「いやー、美味しいのう。とっても美味しいのう。これは作った人の素晴らしい人柄が滲み出ておるのう。さぞ優しくて立派な人が料理したんじゃろうなあ」
わざとらしいとは分かっていつつも、操々の機嫌を損ねないように浮ついたお世辞を連発してしまう。
しかも始末の悪いことに、味は実際何一つとして文句のないものだったから、一口食べ進めるごとに褒めるところが無限に湧いてくるのだ。
「じゃ、邪竜様……それはちょっと露骨すぎ……」
「うう。プレッシャーがすごいんじゃよ。ただ黙々と食べたら操々さんが機嫌を悪くするのではないかと不安で。ほら今もこっちを見ておる――」
わしとシェイナは顔を動かさず、目だけ動かして扉の方を見た。
そこでは――なんと、操々が隙間の向こうで仰向けに倒れ込んでいた。
いつぞや昇天しかけたときのように、「もはや思い残すことはない」という満足げな表情をして。
「……」
しばし沈黙したわしとシェイナは、すたすたと扉に向かった。
扉を開けてこちらの視界に入っても、操々はちっとも動かない。なぜか手元の床には『邪竜』とダイイングメッセージが彫られている。本日二度目である。
「死んでる……」
「いかんよ、こんなところで死んではいかんよ。っていうかお主がここで死んでしまったら――」
ゴゴゴゴ、という不穏な地鳴りとともに、結界の全域を猛烈な地震が襲った。
振動に床を転げつつ迎賓館の窓から外の空を見上げ、わしは不安の的中を確信した。
今にも結界が崩落せんと、空にガラスを割ったような亀裂が走っていた。




