本音で語る邪竜の企み
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「ライオット。今にして思い返せば、あなたと私はいいライバルだった。邪竜様へ捧げられるただ一人の生贄の座を巡り、日々争っていたあの日々……。策謀を尽くしては私を村の外に追放するあなたと、その妨害にも屈さず何度も村へと帰還する私。あの切磋琢磨の中で生贄力に磨きをかけたからこそ、今日の眷属としての私があるのかもしれない」
「生贄力……?」
新手の単語にわしとライオットの疑問符が重なる。
「おい……レーコ?」
「私の生贄力を高め、眷属にふさわしいレベルまで導いてくれたことには感謝する。しかし、邪竜様が最終的に選んだのは私。その事実は変えられない。いまさら疑義を唱えられても困る。私を村に連れ戻して、あなたが眷属に成り代わろうとしてもそうはいかない」
「レーコ? もしもし?」
ライオットはレーコの目の前で掌を振って正気を確かめている。残念ながらあんまり反応はない。
「悔しい気持ちは分かる。邪竜様に選ばれなかったという絶望……まるであなたの顔に『敗北者』というフレーズが浮かんで見えるよう」
「ん……? ああっ! なんだこりゃ!」
指摘されて額のインクに気付いたらしいライオットは、服の袖でごしごしと拭って不名誉な烙印を落とした。
その間にごほんと咳払いをして態度を整えたレーコは、
「というわけでライオット。大人しく郷里に帰るがいい。これからも日々の生贄道に励めば、もしかするといつの日か邪竜様が人手不足で眷属の追加募集を出すかもしれない。そのチャンスを待て。おっと、もちろん筆頭眷属の座は私から動かないが……」
ライオットは石のような表情になっていた。
怒っているとか、悲しんでいるわけではない。あれは単純に理解が追いついていない顔である。
「待ってくれ、レーコ。話を整理させてくれ。俺が邪竜の生贄になりたがってたって? なんでそんな話になるんだ?」
「あなたは生贄候補の私を何度も追放し、その後釜に収まろうとしていた。それ以外の動機は考えられない」
「もっと純粋かつ美しい動機があると思うんじゃけどなあ」
わしの目にほろりと涙が輝く。
ライオットもその場でずさりと両膝を地面につき、わなわなと震え始めた。
「なんてこった……。邪竜の洗脳で、過去の記憶まで改変されちまってるのか……」
「あ、こうしてまたわしの罪が増えるんですね。もうどうにでもなっちゃえ」
もちろんわしの捨て鉢な呟きは誰にも拾われない。
悲嘆に暮れていたライオットだったが、拳を地面に叩きつけて立ち上がった。
「だけど、まだだレーコ。お前にはまだ人間の心が残ってるはずだ。だからこんな結界に捕まって、平和な風景を見せられて迷ってるんだ……」
「結界? 何の話だ?」
「よく聞けレーコ。ここは現実の世界じゃなくて――」
わしとシェイナが動いた。
シェイナが指を弾いて音響魔法を発動させるとライオットの声が消える。その隙にわしがライオットに飛びついて、レーコの前から強引に引き剥がした。
「どうしたシェイナ?」
「あーごめん。ほら、あたしも眷属志望して不合格だったでしょ? 同じ落選仲間の話を聞きたいからちょっと貸してもらっていいかな?」
「ふ。好きにしろ……だがあまり古傷を抉ってやるなよ。それが敗北者へのせめてもの情け」
シェイナがレーコをごまかしている隙に、無音のままで騒ぐライオットを物陰に引きずり込む。
薬で小さくなっているこの姿では本来ライオットにも力負けしかねないが、そこは背中に乗せた精霊さんがカバーしてくれた。
シェイナの命令がなくても、接触しているだけでほんの少しは魔力の恩恵があるようだ。
物陰で十分に距離を置くとシェイナの魔法は解除されたようで、ライオットが声を出す。
「て、てめえら何すんだ!」
「ごめんの。本当に申し訳ないけど少し待ってくれんかの。わしらにも複雑な事情があっての」
「事情ってなんだよ……。悪いけど、こっちもゆっくりしてられないんだ。この結界にレーコが長居してたら、邪竜の奴に見限られて始末されるかもしれないんだ」
「見限る……始末……?」
およそわしと無縁なほどに物騒な単語である。
「ああ。ここは、レーコが好きな平和な世界を真似た結界なんだろ? だからあいつはなかなか抜け出せなくて……」
「まあ、あの子好みに平和な世界とはいえなくもないけれど」
「邪竜の奴も、レーコがこんな世界に囚われてると知ったら眷属として失格と思うはずだ。そしたら、どんな行動に出るか分からねえ」
「うんとね、始末とか滅相もなくて、今はできるだけ刺激せずに事実を悟らせようと努力しておるよ」
うっかり本音をこぼしてしまったわしは、慌てて口をつぐむ。
幸い、自分の語りに熱の入っているライオットはあんまり聞いていなかった。
「だから俺は絶対にレーコをこの結界から連れ出すんだ。もし可能ならペリュドーナまで連れて帰って、師匠のところで匿ってもらう――ところで」
ここでようやく、ライオットはわしとシェイナを交互に見た。
「すっかり聞き忘れてたけど、あんたたちは誰なんだ? そういえばグラナードの将官の娘さんが一緒に行方不明になったって聞いたけど」
「あ、それがあたしね。こっちは荷馬の代わりのドラゴンさん」
「荷馬。そうじゃねわしは荷馬」
わしは無害っぽさをアピールするために尻尾を振ってみせる。ライオットは何の疑問もなく信じた。
「やっぱりそうだったのか……。ところで、邪竜の奴はどこなんだ? 聞いた話だと、この結界の中でレーコが自力で脱出できるか値踏みをしてるってことらしいんだけど」
「誰に聞いたの?」
「悪い。それは言えない約束なんだ」
どこの誰だか知らないが、また厄介な嘘を吹き込んでくれたものである。
ここでライオットがいたずらにレーコに真相を告げてしまえば、怒りのあまり暴走してしまうかもしれないというのに。
「……ええっとな。本物の邪竜レーヴェンディアはもうここにはおらんよ。とっくに脱出してしまっておる」
「そうだったのか。くそっ」
ライオットは思い出したように腰の鉄剣の柄を握った。正体がバレていたらわしの首がどうなっていたか。
「それなら、なおさらゆっくりしちゃいられねえ。邪竜の奴が痺れを切らす前にこの結界から出ねえと」
「それは大丈夫じゃよ。レーヴェンディアさんとやらは全然急がなくていいと言っておったから。『適当にのんびり時間つぶししてから脱出してね』ってレーコに命令しておったから。むしろ今はゆっくりすべき時間じゃから」
「邪竜がそんな命令を? いったい何を企んで?」
わしは悩む。
そして一瞬でオーバーヒートを起こした脳味噌が、多少の本音が混じった言い訳をぽろりとこぼす。
「レーヴェンディアさん。たまには一人で羽根を伸ばして、温泉とか食べ歩きで思う存分リフレッシュしたいんじゃって」
ライオットは雷に打たれたような衝撃の表情を浮かべた。




