邪竜の眷属
http://www.jp.square-enix.com/magazine/joker/series/jaryunintei/index.html
コミカライズ第一話が上記のガンガンJOKERのHP上で公開されています!
本編と併せてぜひご覧ください!
少なくとも、アリアンテの知るレーヴェンディアが魔王軍にいたということはありえない。
あんな奴が幹部になれるなら、その辺の野良犬を幹部に据えた方がまだ役に立つレベルだ。
だというのに、魔王軍に邪竜の眷属を自称する者がいた――?
「おいドラドラ。お前はそいつに会ったことがあるのか?」
「話に聞いたことがあるだけだ。かなりの使い手とは聞くが、詳しいことは知らん」
「そうか……」
アリアンテは有力そうな二つの可能性を考慮する。
一つは、その噂自体がそもそもデタラメだということ。レーヴェンディア本人が所属しているというのがデマなのだから、眷属の存在もデマとみてしかるべきだろう。
もう一つは、レーコのように思い込みをこじらせた、単なるイカれたシンパという可能性。邪竜が上手く説得すれば人類の味方にできるかもしれないが、アリアンテ個人の感想としてはあんな暴走兵器がこれ以上増えるのは御免である。
「……デタラメだといいが」
「気弱なことを言うものだな、人間の戦士よ。何体になろうと所詮は眷属ではないか。いずれ邪竜を倒そうとする俺からすれば、その手勢が一体だろうが二体だろうが変わらん。露払いとして越えてゆくだけの存在よ……」
「お前、その露払いレベルの存在にボコボコにされて名前まで改名させられたばかりだろう。よくそこまでの上から目線になれるな」
このドラドラ、結構都合よく自分の記憶を書き換えているフシがある。この得体の知れない自信はどこから湧いてくるのか。
ライオットは枷の付いた拳で、悔しそうに地面を殴っている。
「くそっ。レーコもあの邪竜にとっては使い捨ての駒に過ぎないっていうことか……。早く助けないと、レーコが無謀な戦いに挑まされて危険な目に……」
アリアンテも密かに同じ種類の憐憫を抱く。ただし、無謀な戦いで悲鳴を上げるのは邪竜の方だが。
「師匠! とにかくこんな基礎トレばっかりじゃなくて早く戦う方法を教えてくれ! 早くレーコを助けないと、あいつの命が危ねえ!」
「そうだな。じゃあ走ってこい。倒れずに街を五周できたらとっておきの奥義を伝授してやる」
うおおお、と叫びながらライオットは勢いよく走って行った。
同時に議会からの使者にハンドサインを送り、四周目に達したら妨害するように指示する。彼は不敵に微笑んで去っていく。
「あの娘もまた、邪竜に魂を喰われて苦しむ犠牲者の一人というわけか。そう考えると、俺に与えてきたドラドラという名には『助けて』という魂のメッセージが込められていたのかもしれんな……」
「おい、その名前のどこに助けて要素がある? 冷静になれ。ただ単にお前が舐められていただけだ。あまりポジティブに自己評価を上げるな」
馬鹿二人をそのまま外に放って、アリアンテは道場の中に戻る。
板張りの道場を抜け、自室よりさらに奥の書斎に移動。遥か昔に大魔導士が遺したとされる文献から、最新の魔法理論まで多種多様な書籍が揃っている。
が、今用事があるのは、机の上にある通信装置だ。
一塊の金属に魔法で共鳴の性質を持たせ、幾つもの耳当てに加工したもので――これを所有する者同士であれば、遠方でも楽に連絡が取れる。通信魔法の陣を一々起動しなくてもいいから利便性は高い。
相手の呼び出しに何度か耳当ての金属部分を打ち鳴らして、声を発する。
「こちらペリュドーナのアリアンテだ。グラナードの冒険者ギルドの担当はいるか?」
『――はい』
すかさず落ち着いた女性の声で応答がある。だいたいのギルドは緊急連絡の担当官を置いている。
「レーヴェンディアがそちらの国内で消息を絶ったと聞いた。詳しい情報は入っていないか?」
『こちらのギルドはあくまで正規軍の補佐的なものですから。ほとんどの情報は正規軍の方でお抱えになっておりまして、なんともいえない状況です』
「……そうか。では、直接に邪竜の消息と関わらない情報でもいい。分かる限りの情報をくれ」
『それでしたら、直前に邪竜が立ち寄った駐屯地で妙な事件が起きています』
「何だ?」
『グラナードの国境近辺に金山があるのですが、それが数週間前に忽然と消えたそうです。爆破や土砂崩れではなく、山の存在自体が丸ごと消滅してしまった――と』
アリアンテは通信しながらもう片手に地図を広げた。
金山というのは、おそらく長きに渡ってグラナードの正規軍が魔物よりの奪還を図っていた要所だろう。
レーヴェンディアが発ったセーレンから金山まではほど近い。この件に奴らが関与している可能性は大きい。
「連行途中だった精霊というのはその金山に関係しているのか?」
『申し訳ありません。そこまでは不明ですが、無関係ではないかと』
山が丸ごと一つ消失した。
――やはり、ドラドラの言っていた『空間を操る力』とやらを眷属の娘が発揮し、よからぬ企みに付きあわされているのだろうか?
「……将官の娘も一緒に行方不明になっていると言ったな」
『ええ。駐屯地では邪竜が平穏に過ごしていたため、付き人として同行させたそうです』
「親は心配しているか?」
「……はい? 分かりませんが……ギルドにも捜索願が出ているのでおそらくは心配しているかと」
ならば、眷属の娘が何かしたという線は一気に薄れる。
レーヴェンディアが一緒にいるならば、『親御さんが心配してしまうから、ちゃんと家に帰してあげなさい』とか注意するはずだ。あいつならどんなシリアスな場面でも空気を読まずにそのくらいの台詞は吐く。
「それで邪竜たちの捜索は続いているのか?」
『それはもう、正規軍を含め、毎日のように捜索隊が出ています。捜索の二日目には平原で戦闘の痕跡が見つかったようですが、魔力は追えませんでした。後は無関係と思しき落し物が見つかるだけで』
「落し物の中に宝石付きの短剣はあったか? あるいは、錬金術師の秘薬が入った小樽は?」
『残念ながらいずれも該当ありません。ほとんどゴミのようなものばかりです。錆びた剣だったり破れた革鎧だったり……ああ、そうでした。アリアンテさん、まだ幼い女の子が邪竜の眷属にされていたという情報が以前ありましたが、その子はぬいぐるみなんか持っていましたか?』
「ぬいぐるみ? いや、そんなものは絶対に持っていなかった。というか、そんなものを持ち運ぶ性格ではない」
『そうですか。では無関係ですね。戦闘現場からやや離れたところに、妙に新しいぬいぐるみが転がっていたのでその子との関係が疑われたのですが……』
「無関係と見ていい。行商人の商品が馬車から落ちでもしたんだろう」
それ以上、有用な情報はなさそうだったのでアリアンテは通信を切る。
遠方のペリュドーナにあってできる情報収集は限られている。かくなる上は――
「来いドラドラ! 働いてもらう!」
道場の外に出て空に声を上げると、再び冒険者連中との死闘を繰り広げていたドラドラが眼前に降りてきた。
「用か、女騎士よ」
「ああ。レーヴェンディアの動向を調べたい。私を隣国まで運べ」
「安い御用だ」
「おい! ずるいぞてめえ! あの邪竜を調べるなら俺も連れてけ!」
ドラドラの追手の冒険者連中に紛れ、ロープでぐるぐる巻きにされて引きずられているライオットが叫んだ。
おそらく街の周回ノルマを達成する前に捕まって、見せ物にされたのだろう。額に墨で「敗北者」と書かれている。
「ダメだ。こいつは乗り物としては有用だが、お前はまだ役に立つレベルではない。私の不在の間、死なない程度にそいつらから揉まれていろ」
「こいつら修行っていうか俺をサンドバッグにしか見てねえんだよ! おい待て!」
無視してアリアンテはドラドラの背に乗る。銀竜が翼を広げると、あっという間にペリュドーナが眼下に遠ざかった。
「女騎士よ。今回の件、やはり邪竜の計略か?」
分からん、とアリアンテは応じつつ、
「魔王軍側の計略で邪竜が危機に陥っていることも、一応は考慮した方がいいかもしれん」
本当の懸念を密かに吐露した。
____________________________________________
「くそ、結局置いてけぼりにしやがって……」
一日中冒険者たちにしばかれ続け、夕刻を迎えたライオットの機嫌は最悪に近かった。
修行といいながら、剣や槍の扱いも教えないでほとんど走るかリンチのどちらかである。
加えて、レーコの安否を知ることのできる機会――邪竜の捜索からはハブられた。
これで不満が溜まらない方がどうかしている。
「お前もそうだよな?」
「ヒヒン」
道場の厩の掃除をしつつ、ライオットは馬に話しかける。
アリアンテの愛馬たるこの馬は、今日の遠征の足をドラドラに奪われてかなり機嫌を悪くしている。
「どうするよ? 俺たちだけでも追うか?」
「ヒヒン……」
「ああ、だよなあ。街の門をあいつらが抜けさせてくれるわけねえよなあ……」
そのとき、チリンチリンと甲高い金属音が道場の中から響いた。
アリアンテの使う通信機が呼び出されたときの音である。
「あ、悪い。ちょっと出てくる」
「ヒン」
道場の中に入り込み、書斎へ。
入るなり、魔導士の素質を持たないライオットとはほとんど無縁の魔導書の束に圧倒される。
少しでも魔法の素質があれば、こんな泥臭い修行をしなくとも強くなれたのだろうか……
と、変な感傷に浸るのはやめて普通に通信機を取る。
「はい。こちらペリュドーナの――」
『ライオット君かな?』
「は?」
いきなり名指しされて戸惑う。
なにしろこの通信機は各街の冒険者用だ。アリアンテを名指しするならまだしも、自分に向けて連絡を発してくる冒険者などいない。
さては、
「まさか親父の差し金か? どうやって嗅ぎ付けた? いいか、説得されても俺は村に戻るつもりなんか――」
『そのような低俗な話ではありませんのでご心配なく』
猫撫で声というのだろうか。少しこちらを小馬鹿にしたような調子で、声は否定する。
「……じゃあ何の用だ? っていうか、まずあんた誰だ?」
『志は違えど、目先の目的は同じくする者――ではいけませんか?』
「回りくどくて分かんねえよ。イタズラなら通信切るぞ」
『おや。分かりませんか。言は世の理を覆す呪なれば、迂遠なる表現こそ至上と』
ライオットは通信を切って書斎の机に背を向けた。
間髪入れず、またチリンと通信が鳴る。
『ひどいではありませんか。いきなり切るとは』
「そっちが反省もせずにわけわからんこと言うからだろ。単刀直入にいえ。なんの用なんだよ」
『やれ情緒がない。つまりこちらは――レーコさんを今の窮地から助けようと提案しているのです。そのためにあなたの力をお借りしたい、と』
「レーコ!?」
ライオットは通信機を一気に深く耳に押し当てた。
「誰だお前、今レーコがどうしてるか知ってるのか!? あいつは大丈夫なのか!?」
『そう焦らないでください。命に危機はありません。ですが、このままだとあなたには二度と会えないことになります』
「……お前誰だ? どうして俺にそんなことを教えてくる?」
なあに、と通信の向こうで声が笑った気配がする。
『私はただ同じ眷属として、妹分の身を案じているだけですよ』




