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魔王軍幹部の真の姿

http://www.jp.square-enix.com/magazine/joker/series/jaryunintei/index.html


コミカライズ第一話が上記のガンガンJOKERのHP上で公開されています!

本編と併せてぜひご覧ください!


また、スニーカー文庫版2巻も現在刊行に向けて執筆中です。

WEB版と異なる完全書下ろしを予定していますので、普段はWEBだけという方もぜひご覧になっていただければと思います!


 凄まじい威圧感だった。

 今まで目の前で感じていた魔王軍幹部の魔力も相当なものだったが、それすら比べ物にならない。短剣を握ったまま平原をゆっくりと歩んでくるレーコは、死神を思わせる威風を纏っている。


『アタシの糸が一撃で!?』


 操糸の魔物の声にも動揺が混じる。

 しかし、ただ慄くだけではない。切れた糸は即座に修復され、精霊さんへと再び接続される。

 レーコはその様を見て、軽く舌打ちを一つ。


「ふん。小癪な」

『……いいねえ! レーヴェンディアの奴が思ったほど歯ごたえなくてさ……あんたみたいに上等な獲物が来てくれるならアタシも滾るってもんよ!』

「貴様。今、何と言った? 邪竜様に歯ごたえがないだと?」


 あ、まずい。

 この魔物ったら、いきなりレーコの逆鱗に触れてしまった。


『オラぁ――っ!!』


 糸に操られた精霊さんの人形が火の玉のごとく加速してレーコに突進する。

 それを受けるレーコの動きは至ってシンプルだった。


 突進をいとも容易く片手で受け止め、精霊さんに繋がる魔力の糸をもう片手でがっしりと握ったのだ。


「コソコソ隠れるな。姿を現せ」


 ぐい、とレーコが糸を手繰る。空から降り注いでいた魔力の糸がすべて張りつめ、綱引きに耐えるようにプルプルと震えはじめる。


『ば、馬鹿な……。アタシを正面に引きずり出すつもり……?』

「当然だ。邪竜様を侮蔑しておいて逃れられると思うな」

『ふ、ふざけんなっ! 仮にもアタシは魔王軍幹部だよ! あんたみたいな人間ごときに力比べで負けるほどひ弱じゃない!』


 レーコは釣りの獲物を引き上げるように、全身を大きく使って一気に糸を引っ張った。

 操糸の魔物の抗弁は途端に打ち切られ、空の向こうから糸に釣られて何かが飛来してくる。


「……くそっ。まさか、あんたみたいなどこの誰とも知らない輩に、アタシの真の姿を見られることになるなんてね……」


 ぼとん、と音を立てて地面に着地したのは――兎のぬいぐるみだった。

 ただのぬいぐるみでないことは一目で分かる。喋っているし、膨大な魔力を纏っている。何より手先から魔力の糸を放出している。イケメンさんや精霊さんを操作していた黒幕と見て間違いないだろう。


「ふ。それが貴様の真の姿か……。子供の玩具。暗愚なる魔王の取り巻きには相応しい姿……」

「あぁ? そう言えるのも今のうちだよ? アタシの真の姿を見て生き延びた奴はそんなにいないんだからね?」


 レーコを目前にしてこの威勢とは、今までの魔物にはない豪気さである。

 兎のぬいぐるみは「おらぁっ!」怒声を放ち、レーコに向けて無数の魔力の糸を放った。

 鋭利な切断音が響き、糸の射線上にあった地面や岩が柔らかなケーキのように裂かれていく。


 だが、それだけだ。

 肝心のレーコには、その衣服にすら傷を負わせられていない。


「所詮はぬいぐるみ。その程度のつまらない技が私に聞くと思ったら大間違い」

「はっはーん。逆に聞くけど、このアタシがそんなつまらない技だけで済ませると思った?」

「レーコ! 後ろじゃ!」


 慌ててわしは注意を叫んだ。

 レーコが無傷で受け流した切断の糸だったが、それらの糸が地面から岩塊を大量に持ち上げ、岩の巨人を形成していたのだ。

 レーコが振り返ると同時、岩巨人の拳が振り下ろされる。


「あ、よかった。それだけじゃったかの」


 結果が訪れるよりも先にわしは安堵する。あの岩人形がもっとすごい攻撃をしてくるかと思ったが、単なる拳なら問題はない。

 レーコが面倒臭そうに振るった腕を応撃としてぶつけるだけで、巨人の腕はおろか、ほぼ半身までが粉々に粉砕された。


 しかし、その派手な攻撃はフェイクだった。

 わしの安堵とレーコの油断の間に、操糸の魔物はレーコの頭上に跳躍していた。


「喰らいなっ!」


 豪雨――いや、滝といでも言うべきほどの勢いでレーコに向けて大量の糸が射出される。

 今度は切断を意図した攻撃ではない。一本一本がレーコの手足や胴体に絡みつき、その動きを封じようとしていた。


「レーコ!」


 レーコは糸を引きちぎるが、それよりも新たに放出される糸の量が遥かに多かった。みるみるうちにレーコは身体を糸に覆われていき、やがて繭のような塊へ変えられてしまう。


「はい。これで、アタシの勝ちっ! どこの誰だか知らなかったけど、強かったよあんた。でももうダメだね。その糸は一本を切るだけでも、そんじょそこらの魔物百匹くらいの力が要るからね。それだけの繭から抜けようと思うなら、それこそ魔王様か邪竜くらいの力でもなきゃ――」

「これで糸は終わりか?」


 パカッと音を立てて繭が開いた。内側から両手でこじ開けるのは、平然とした面構えのレーコである。

 どうやら、いちいち千切るのが面倒になって、とりあえず糸が出終わるのを待っていたらしい。


 兎のぬいぐるみはしばし沈黙した。

 どういう意味の沈黙なのか、表情がないから分かり辛い。


「ククク……。いいよ、いいよあんた。なるほどねっ。そこの貧弱なレーヴェンディアもどきが、どうやって聖女の町で『虚』の奴を退けたのか分からなかったけど、合点がいったよ――人間。ぜんぶあんたの仕業ってわけだね?」


 兎のぬいぐるみが腕を組んで仁王立ちになる。見た目はかわいい。


「あんたを魔王軍の脅威と認めて、ここでアタシの全身全霊を持って排除する! 我が名は『操々(そうそう)』、魔王軍幹部たる二つ名は【創造の操糸】。いざ尋常に勝負!」

「なるほど。この実力差を前にして、一歩も引かぬとは――愚か者ではあろうが、なかなかの武人でもあるようだな。いいだろう。冥土の土産に私の名を知り、そして己の不明を恥じて償うがいい」


 武人? と評価された兎のぬいぐるみは愛らしい見た目に反した超高速でレーコに飛びかかった。

 対するレーコは右手を前に構え、こう言い放つ。


「私はレーコ。貴様が侮蔑した邪竜様の――たかが眷属に過ぎぬ者」


 迎撃のデコピンが兎のぬいぐるみの額を直撃。

 それだけのことながら大気に衝撃の輪が走り、地に砂塵が舞い上がった。


 煙が晴れた頃、そこに転がっているのは小刻みに震える兎のぬいぐるみだった。


「無事で何より」


 魔王軍の幹部をのしてなお疲労の様子もないレーコは、へたり込んだシェイナのそばに歩み寄った。


「あ、うん。助けてくれてありがとうレーコちゃん」

「構わない。だけど、次からはもっと早く助けを呼んで欲しい」


 なんだかんだで根はいい子なのである。無愛想ながらに、シェイナの身を案じていたことが窺える。

 が、問題はここからである。

 レーコに助けられたはいいが、わしがいながら窮地に陥ってしまったというこの状況をどう説明するか――


「け、眷属……? あんたがそこにいるレーヴェンディアの眷属だって? ふざけんな……。そいつは、さっきアタシでも簡単に……」


 ほら。まだ息を残している操糸さん――操々という名前だったか――がわしへの追及を始めてしまった。


「ふ。貴様、まさか本当に邪竜様と戦えているつもりだったのか……?」


 しかし、レーコは怒りを滲ませつつも余裕顔である。少なくともわしの強さを疑っている素振りはない。

 そしてレーコはこう言い放った。


「ここにいるのは邪竜様の本体ではない。私のお遣いを見守ろうとする邪竜様の真心が生み出した幻影に過ぎない」

「あ、そういえばそんな設定があったのう」


 ここにきて当初の設定が生きた。あれはまだレーコの中で有効だったらしい。


「げ、幻影? でも、そいつは確かに実体が……」

「邪竜様の幻影が持つ迫力は時として質量をすら誤認させる。貴様はあまりの威圧感を受けるあまり実体と錯覚したのだ。要するに貴様は、遠き地にて鎮座する邪竜様の幻を相手に踊っていた哀れな道化に等しい……」


 シェイナがわしの横腹を指で突く。むず痒さにわしは「おふん」と唸る。


「とはいえ、さすがは邪竜様。幻影だけで魔王軍幹部を翻弄し、シェイナを守るとは。いつも邪竜様には驚かされるばかりでございます」

「いやいや、わしの方がお主にはいつも驚かされておるよ本当に泣きたくなるほど」

「嬉しく思いますが、その歓喜の涙は魔王の首を刎ねるそのときまで取っておいてくださるようお願いします」

「そういうポジティブな類の涙ではないんじゃけどなあ」


 都合よくわしの嘆きをスルーしたレーコは、短剣をくるりと手で一回転させた。


「さあ覚悟はいいなぬいぐるみ。敗者の運命は悟っているな?」

「アタシもここまでか……。せめて眷属じゃなくてレーヴェンディア本人にやられるなら少しは面白かったけど、さすがに虫が良すぎるか……」

「心配するな。私の力は邪竜様より受けたもの。私の爪はすなわち邪竜様の爪に等しい」

「ハッ……。意外と情け深いんだね眷属さん……。最後に一服だけいいかな?」

「構わん」


 そう言って操々は口元にニンジンのスティックを咥えた。

 どことなくハードボイルドな雰囲気。しかし傍目にはぬいぐるみをナイフで引き裂こうとする幼子である。


 教育上これはどうなのか――とわしが止めるか否か悩んでいたとき、近くに山積みになっていた土砂から「がらり」と音を立てて一本の腕が這い出して来た。


「待て。我が主にそれ以上の手出しは無用……! どうしてもというならば、まずこのオレを倒していけ……!」


 全身からオーバーヒート気味の蒸気を噴き出すイケメンさんだった。


 ちなみにレーコはゴミを見るような目で彼を一瞥するだけだった。

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