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発進! 邪竜様

http://www.jp.square-enix.com/magazine/joker/series/jaryunintei/index.html


コミカライズ第一話が上記のガンガンJOKERのHP上で公開されています!

本編と併せてぜひご覧ください!


「わしが精霊さんの一部?」

「そ。今は精霊さんが邪竜様の頭の上に乗ってるでしょ? 邪竜様の鱗って山の石と色が似てたし、身体が大きいから山ほどじゃないけど視点も高くなってるし。山の一部と誤解されてるんじゃないかなあって」

「ううん……? いまいちよく分からんけど、それは今の状況でいい情報なのかの――ってうぎゃあっ!」


 そのとき、途轍もない衝撃がわしの横っ腹に直撃した。

 目の前のシェイナが一瞬で視界の隅に消え、身体がゴム毬のように平原をバウンドして天地が何度もひっくり返る。


 というか、実際ゴム毬になっていた。

 いつの間にか発動していた狩神様の黒爪が、わしの頭以外をすっぽり覆うボール状になって、衝撃を緩和していた。


『……なにそれ! だっさ! ちょっとレーヴェンディア! アタシがせっかく真面目に決闘しようとしてるのに、馬鹿にしてるわけ!?』


 操糸に操られた木偶人形が抗議を叫ぶ。

 低く構えた姿勢からして、今の衝撃は高速移動からのタックルを受けたらしい。


 指二本分の力とは言っていたが、それでも魔王軍幹部の攻撃である。普段のわしなら即死しているに違いない。

 なのに無事ときている。

 おまけに、狩神様の爪を発動させているのに体力の消耗がまったくない。


「精霊さん。まさかお主が助けてくれとるのかの?」

『山丸し』

「あ、やっぱりお主がこのボールみたいな膨らませ方をしとるのね。ありがとうの。いやあ、これで安心じゃのう。このままボールに入ってれば大丈夫ってことで――」

『コラぁっ! とっととそのダサいボールから出てこいレーヴェンディアぁ――っ!』


 安堵の言葉は最後まで言えなかった。操り人形が高々とわしをボールごと蹴り飛ばし、着地のバウンドで平衡感覚が無茶苦茶になったかと思いきや、再び違う方向に蹴り飛ばされる。


 わしは文字通りのボール遊びに弄ばれるように、平原を精霊さんとともにボヨンボヨンと跳ね続ける。


「せせせ精霊さん。どうしようわし目が回って吐きそう。うぇっぷ」

『土砂崩れ』

「ごめん土砂じゃなくてゲロ」


 わしは煌めく涙を流しつつ、バウンドしたまま空中でちょっと吐く。

 だが、幸いにもその情けない姿は誰にも見咎められなかった。


 なぜなら、わしが吐くのとほとんど同時に――精霊さんが大量の土砂を口から放出したからだ。

 まさしく「土砂崩れ」と形容できるほどの量を。


『んなっ!?』


 ボール(わし)の着地点で待ち構えていた操糸の人形に、その土砂は容赦なく降り注いだ。

 緑の草が広がっていた平原は、あっという間に黒灰色の石くれで埋め尽くされる。


 ぼよん、と音を立てて土砂の上に着地すると、精霊さんが呑気にゲップをした。


「お主……わしの真似をしたの?」

『山は山』


 意思疎通が難しい。

 わしが困っていると、遠方から息を切らしてシェイナが走ってきていた。最初に蹴り飛ばされたおかげで、土砂に巻き込まず済んだようだ。


「邪竜様! 大丈夫? って、なにこの土砂!? あとなにそのボール?」

「ああ、これは精霊さんが助けてくれての」


 そこでわしは爪の変化を解いて、ゲロを吐いたら精霊さんが真似して土砂を吐いた件を説明した。

 シェイナは合点がいったように手を打つ。


「やっぱり。たぶん精霊さん、邪竜様と自分の区別が曖昧になってるんだよ。だから邪竜様の意図を自分の行動と勘違いして真似するんだと思う」

「ええ。本当かのう」

「試してみよっか。邪竜様、わたしの言葉に対して全部『はい』で答えてみてくれる?」

「うん分かった」


 シェイナは咳払いをしてから、とても優しげに微笑んだ。


「あなたは山の精霊さんですね?」

「はい」

『山なり』


 わしが答えると、同調して精霊さんも答えた。


「膨大な魔力を持ち、時として人間に力を貸すこともあるという精霊ですね?」

「はい」

『然り』


 おお、わしがリードしたら意思疎通ができている。単にわしの言葉を真似しているだけかもしれないが、これはいい翻訳になっているのでは?


「では。このわたくし、シェイナに力を貸す契約を結んでくださいますね?」

「はい……ってちょっと待ったお主! 先にフェイク質問してから本題をぶち込むのは詐欺師の手口ではないかの!?」

「いーじゃん減るもんじゃないし! ほら精霊さん、いいよね?」

『了』

「ほら! いいって――」


 喜んだ瞬間、いつぞやレーコから魔力を貰ったときと同じようにシェイナはばたりと倒れた。

 いや、今度は違った。完全に昏倒した前回と違って、辛うじて意識は残している。


「だ、大丈夫かの? どうしたのシェイナ?」

「おかしい……精霊の魔力って人間には無害なはずなんだけど、すっごくキツい……。というかこれ、レーコちゃんの魔力と同じというか……あ」

「そういえば、精霊さんの魔力不足を補うために、レーコが向こう数百年分の魔力を渡しとったの」


 さっきわしから邪悪な魔力が漂っていたのも、レーコのせいで精霊さんの魔力が変質したからだろう。


「精霊さん。契約撤回ってことにしてくれるかの?」

『翻意』


 流れていた魔力があっさり消え、負荷の消えたシェイナが至極悔しそうな顔で拳を握る。


「惜しい……惜しかった……。こんなチャンス二度とないかもしれないのに、モノにできないなんて」

「まあ、そんな詐欺じみた手段で上手くはいかんよ」

「だよね、あはは。ところで邪竜様、精霊さんからあんなに邪悪な魔力もらって平気なの?」

「ううん。複雑な事情があってわしはレーコの魔力は平気なんじゃよ」


 シェイナは首を傾げている。まあ当然だ。わしだっていまいち釈然としない道理で無害化されているのだから。


「まぁいいか。無事に敵も倒せたもんね」


 シェイナが足元の土砂に目を落とす。小高い山のようになるまで積まれたそれは、到底脱出できるような重さではあるまい。


 そう思ったときだった。


 いきなり土砂の底から眩いまでの閃光が生じた。恐ろしいほどの魔力の気配とともに。


「邪竜様! さっきの丸いの出して!」


 シェイナの判断は早かった。わしが言われるがままに黒爪でクッションのボールを作ると、シェイナはわしの頭に飛びつく。


 その一瞬のち、地を震わせる大爆発が生じて土砂を一気に吹き飛ばした。



「おわぁぁあっ!?」


 またしてもわしはボールから首だけ出したまま空中で目を回す。

 一方、シェイナはわしの角にしがみついて、しっかり状況を把握していたようだった。


「邪竜様気を付けて! まだあの人形生きてるよ!」


 着地。わしらはそのままバウンドして平原に転がる。


『はーい、指三本目。ったくつれないなあレーヴェンディア。アタシがこんなにやる気満々なのに、自分で相手しないで精霊なんかに攻撃させるなんてさ。ちょっと無粋じゃない?』


 普通に考えたら絶望的状況である。しかし、よく見たら今は状況が違うようだった。

 精霊さんの土砂攻めが効いたのか、それともあの大爆発の反動か、操糸の声は余裕綽綽ながらも肝心の人形イケメンさんの損傷が激しかったのだ。


 具体的にいえば、天からの糸に完全に吊られる形で、足を地面に引きずりながら移動していた。

 長髪もズタズタでところどころ爆発で焼けたパーマが混ざり、関節からは煙が上がっている。


 わしらは緊急の作戦会議に移った。

 角に捕まったままのシェイナがヒソヒソ声で、


「邪竜様。あれ、もう一発同じの喰らわせたら倒せそうじゃない?」

「わしもそんな気はするけど、今度はもう警戒してくるんじゃないかの?」

「……いや、たぶん向こうは精霊さんよりも邪竜様本人を警戒してると思うんだ。ねえ、邪竜様。もう一回さっきみたいに『はい』って答えてくれる? ――あたしが『吐け』って言ったら吐くこと、いい? 同じように、あたしの指示には全面的に従うこと」

「はい」

『了』


 そう言ったシェイナはわしの角に片手を添えたまま立ち上がる。


「あと最後に、さっき気付いたことがあるんだ。精霊さんが『逃げる』っていったとき、邪竜様の足が勝手に動いたでしょ?」

「そういえばそうじゃったね」


 おかげで危うく操糸の魔物の包囲に突入してしまうところだった。


「あれは精霊さんが邪竜様のマネをするのと逆パターンだと思うんだ。精霊さんが邪竜様を動かしてる感じ」

「どういうこと?」


 つまり、と言ってシェイナはがっしりとわしの角を握る。


「行くよ! 精霊さん、正面に向かって全速前進!」

『了』


 次の瞬間、わしの足が勝手に猛ダッシュを始めた。

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