久方ぶりに山高し
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コミカライズ第一話が上記のガンガンJOKERのHP上で公開されています!
本編と併せてぜひご覧ください!
轟音とともに、視界が真っ白に染まった。
――わしは死んだのか。
狩神様のくれた形状自在の黒爪を咄嗟に盾として発動した気はするが、魔王軍幹部の攻撃を防げるはずはない。
となれば、この白一面の殺風景こそが、食料を無駄にした者が辿り着く地獄の底というわけか。
「うう……未練とかはあんまりないけど、レーコだけは心配じゃのう。アリアンテが『邪竜は冥府に一時帰郷した』とかフォローしてくれんじゃろうか……。なんかあの子ならこの地獄まで迎えに来そうな気がして怖いけど」
そのとき、白一色だった視界にわずかな色合いが混ざる。
それは、わしの足元に散らばっている雑草の緑だった。
それだけではない。次第に靄のような白色は薄れていき、辺りは平原の鮮明な風景を取り戻し始める。
肌に触れるザラついた感触から、白色の靄の正体が単なる砂煙であったとわしは気付く。
『あはははは! だよね! やっぱりこのくらいじゃ一歩も動いたりしないよねレーヴェンディア!』
晴れた視界の向こうで高笑いをしているのは、イケメンさんを人形として乗っ取った、繰糸を名乗る魔物である。
その立ち位置からわしに向けて、地面には衝撃波の跡として一直線の亀裂が走っているが、ちょうどわしの手前で消失している。
まるで何かに阻まれたかのように。
「邪竜様、大丈夫?」
と、脇に飛びのいていたシェイナがわしの近くに駆け寄ってきた。
「なんとか無事じゃよ。あ、もしかして今のはお主が防いでくれたのかの?」
「え? 違うよ。あたしじゃあんな攻撃を相殺できないって。邪竜様が何か隠し玉を使ったんじゃないの?」
「……あ! そうじゃった。実はね、わしは悪事を働くことによって邪竜パワーを高めることができるのよ。それでさっき草を抜いたじゃろ?」
危なかった。直前で思い出した聖女様の教えが土壇場でわしを救ってくれたというわけか。
しかしシェイナは愕然としたような、呆然としたような奇妙な表情を浮かべた。
「あ、あのさ邪竜様。あたしは草むしりと悪事の関係性がよく分からないんだけど……」
「草むしり?」
言われて、わしは聖女様との修行を回顧する。
雑草が伸び放題の荒れた場所に足を運び、汗を流してひたすら除草作業に励み、たまに駐屯地の人達が「お疲れ様です」と麦茶を恵んでくれたりもした。非常に充実した時間だった。
「はぁっ! よく考えたらあれはただの雑草掃除だったのではないかの!?」
わしは前脚で頭を抱えてショックに打ちひしがれる。
「……うん、やっぱり本物のレーヴェンディアさんの影武者だよね邪竜様? よく今の無事だったね?」
「違うんじゃよ。一応わしは本物のレーヴェンディアではあるらしいんじゃけど……」
「大丈夫だって。内緒にするから。頑張ってね?」
「う、うん……。ありがとうの。わしいろいろ頑張るよ」
ほろりと涙を流しかけるわしに、外野からブーイングが投げかけられる。
『ちょっとーそこの人間! せっかくアタシとレーヴェンディアがやる気になってるのに横から邪魔しないでよ。ちゃんと身の程を弁えて見物客に徹すること! それともここで死ぬ?』
「ま、待っとくれ操糸さんとやら。わしは戦う気とかないのよ。実は魔王軍に反逆したというのも誤報でな、ちょうど魔王様にもそろそろ挨拶に行こうと思ってた頃なんじゃよ。落ちついて平和的に話し合いをせんかの?」
『まったまたー! 嘘が下手!』
文字通り、糸に吊られるように不自然な動きで、操り人形は右手でわしを指さした。
『そんな風に魔力をプンプンさせながら言うセリフじゃないよ。レーヴェンディア』
わしとシェイナは目を見合わせて、ほぼ同時に気付いた。
わしの身から、レーコが普段から発しているのとまったく同質の――邪悪で強力な魔力が漂っていたのだ。
もしや、さっき助かったのはこの魔力が黒爪を強化してくれたおかげなのか。
『燃える。燃えるよ……! 魔王軍同士でやりあうわけにはいかなかったけど、今そっちは敵だもんね。どんな酔狂で人間なんかに味方する気になったのか分かんないけど、その気まぐれに感謝しなくっちゃねぇ!』
操糸さんがヒートアップする一方、未だにわしは困惑を隠せなかった。
「え? これどうなっとるの? 邪竜パワーってまさか本当に草むしりでもOKじゃったの? わしが言うのもなんじゃけど基準がザルすぎではないかの?」
「ちょっと邪竜様、その話詳しく教えて。草むしりしたら強くなれるの? そういうことなら幾らでも草抜くよあたし」
「お主はこの状況で変な欲を出さないで」
『っしゃぁー! じゃあ小指一本だけじゃなくて、薬指も使おうかな。そっちもまだまだ余力ありそうだし、お互い少しずつ上げていこっかあ!』
喜色を漂わせた声が響くと同時、空から人形に降り注いでいる魔力の糸がより輝きを増した。同時に人形から放たれる威圧感も膨れ上がる。
既に自我を失くしているイケメンさんが獣のごとき四つ足の姿勢となる。全身に纏う紫色のオーラは禍々しい。
いよいよ本格的にまずい――とわしが慄いたとき、
『山高し』
頭の上から声がした。
いつの間にか目隠しが外れた精霊さんが、わしの頭上に陣取っている。
「お、お主いつの間に?」
『山疑問す』
「疑問? お主も疑問とか抱くの?」
『自問自答す』
駄目だ。意味が分からない。ただ、いつもみたいに噛んでこないだけマシかもしれない。
「とにかくそこから動かんでおいてな。わしもシェイナも、どうにか無事に逃げられるよう頑張るでな」
『逃がすもんかぁっ!』
絶望的な宣言と同時、人形の姿が掻き消えた。そして凄まじい疾駆の音と、地を削る無数の足跡だけがわしらの周囲を回り始める。
しかも周回は徐々に縮まっていき、わしとシェイナを包囲円の中央へと追い込んでいく。
『山逃げる』
完全に退路を塞がれたと思いきや、わしの頭上で呑気な声がする。そりゃあ、この状況から逃げられたらどんなに楽か。しかし、現実はそんなに上手くいくはずが――
てくてくてく、と。
精霊さんが呟いたように、わしの脚が勝手に動いて適当な方向に歩き出した。まるで暗示でもかけられたかのように。
「邪竜様! 危ないって!」
「わわわ分かっとる! 止まってわしの足!」
『山止まる』
わしの巨大な尻尾をシェイナが引っ張り、わしが制止を叫ぶと、あっさり妙な暗示は解けた。
「ど、どうなっとったんじゃ今のは……」
なおも操糸は高笑いを続けながら、徐々に包囲を縮めてきている。
そこで、シェイナはわしと精霊さんを交互にじろじろと見た。
「ねえ邪竜様」
「なんじゃの?」
そして少しばかり気まずそうに、こう言った。
「もしかしてその精霊さん、邪竜様を山の一部と勘違いしてるんじゃない?」




