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窮地で思い出す師匠の言葉


 勝手にヒートアップする魔王軍の幹部の方はさておき、わしは自分の巨体をかがめて、シェイナに小声で語りかけた。


「さっきも言ったけどとりあえず大至急でレーコを呼んで来てくれるかの?」

「まあ、あたしじゃ敵わなそうだしそうするけど、本当に邪竜様は大丈夫? 影武者なんでしょ?」

「いや影武者というわけではないから。わしはれっきとした邪竜レーヴェンディアじゃから」


 精一杯にキリッとした表情を作ってわしは姿勢を正す。

 だてにここ最近修羅場をくぐってきたわけではない。わしだって少しは度胸が付いてきている。

 幸い、相手はわしのことを相当に過大評価してくれているようである。

 ここは一つ、魔王軍に戻るという素振りを見せて時間稼ぎをしよう。


「というわけでシェイナ。レーコを呼んできとくれ。なあに、心配はいらんよ」

「邪竜様。ものすごく足がガクガクしてるけど大丈夫?」

「お願いだから武者震いって解釈をしてはくれんかの」


 頬を掻いたシェイナは、疑惑と心配を混ぜたような視線をじっとわしに向ける。


「といっても、この状況であたしだけ逃げるのも難しいんじゃない? たぶん逃がしてくれないと思うよ」

『そのとおり!』


 上機嫌な感じで【ナントカの操糸】さんが人形ごしに答えた。


『観客がいないとテンションも上がらないってもんでしょ。さ、レーヴェンディア。そろそろ準備運動くらいには魔力を解放したら? アタシもまずは――小指一本くらいで操ろっかな』


 言うなり、人形から放たれる魔力がさらに膨れ上がった。

 これで小指一本分とは、魔王軍幹部の恐ろしさが肌身に沁みて分かる。

 わしはごくりと唾を飲んで、厳格そうな声を作る。


「待つのじゃ、お主」

『やですー。一回あんたとはサシでやってみたかったんですー。いつも幹部会合すっぽかして特別扱いで、ちょっと腹立たしかったんですー』

「それは誤解じゃよ。わしはな、お主らのことを信頼して魔王軍のことを任せておったんじゃ」

『え?』


 わしは方便を尽くしての説得にかかる。誤解されぬようにシェイナの方をちらっとみたら、ハンドサインで「続けて」とわしに合図を送ってくれている。若くてもさすがに軍人さんである。状況把握が正確だ。


『ねえ、それってどういうこと? アタシたちを見下してたわけじゃなくて?』

「そんなことはないよ。むしろわしは、後進のお主らを頼もしく思えばこそ、安心して欠席することができたんじゃよ。特にお主……ええと、操糸さんは、とてもスゴイと魔王様から聞いておった。わしは最近もう歳食って体力なくなってきとるし、なんならお主の方が魔王軍ナンバー2に今やふさわしいのではないかの?」

『……ふうん』


 人形から放たれる魔力がやや衰えた。しかも、相手の声色には満更でもない気配が伴っている。


『じゃあ、アタシのどんなところがスゴイと思う?』


 返す刃は思いのほか鋭かった。糸に操られたイケメンさん人形は一旦その場に座り込み、わしの返答を待つ姿勢になる。


「ええとね……まずはやっぱり強いところかの。並みの魔物ではどれだけ集まろうとお主の敵ではなかろうしの」

『月並みー! そんなお世辞は少し見極めの聞く人なら誰でもいえるじゃん。もっと、無敵の邪竜ならではの視点から評価してスゴイところはないの?』

「そ、そうじゃね。ちょっと待ってもらっていいかの」

『五秒以内ね。いーち、に、さん……』

「はい! わし思いつきました! 遠くから物操ったりできるのはすごく器用だと思います!」

『甘い! もっと抉り込むような賛辞は!?』

「そういう容赦のないところがすごく残忍な魔物っぽいと思います!」

『悪くない!』


 わしは賛辞のアイデアに頭を捻りながらシェイナを振り向き、目で語る。

 ここはわしに任せて行け、と。

 今なら操糸さんも会話に夢中で見落としてくれるかもしれない。


 なぜか呆れた様子を見せながらも頷いたシェイナが背中を見せた――そのとき。


『ハイ途中退場は禁止だってば』


 おざなりに人形の手が振られ、生まれた衝撃波が一直線に地を裂いた。シェイナのすぐ脇を掠めたそれは、それ以上を退却に踏み出せば背を撃つという明確な警告だ。


 甘く見ていた。レーコとノリが似ているから上手く乗せられるかもしれないと思ったが、やはり魔物はそう簡単に説得できるものではない。


「邪竜様。これ、やっぱり戦うことになりそう? あんまり勝てる気しないけど……」


 シェイナが魔力を滾らせるが、敵のそれに比べれば心もとない。

 このまま彼女が挑んでもむやみに犠牲を増やすだけだろう。


「シェイナ。わしの後ろに下がっとってくれるかの。実は最後の秘策があるでな」


 不安そうに首を傾げたシェイナは、それでも他に手立てがないのか、素早くわしの背後に回った。

 そしてわしは敵の人形と険しく睨み合いつつ――おもむろに足元の雑草を口で引き抜いた。


 ――そうですトカゲさん。もっと根っこからしっかり引き抜くんです!

 ――違います! もっと速く、もっと多く! 根絶やしにする勢いで掘り返すんです!

 ――慈悲をかけてはいけません。雑草は作物の大敵なんです。ちゃんと処理しないと収穫に影響するんです!


 聖女様の指導がわしの脳裏にリフレインする。

 レーコとの腕試しで発揮されたわずかな魔力。あれが聖女様式の悪行が実っての邪竜パワーであるなら、この場でさらに悪行を積み重ねるしかない。


 わしは心を鬼にして一心不乱にその場の草をむしった。


『……何やってんのレーヴェンディア……?』


 敵もわしが邪竜らしい振舞いを見せたことに慄きつつある。


「ふ。わしもそろそろ本領発揮というやつでな。どうじゃな、今ならまだ見逃してもええんじゃけど――」

『ごめん。意味分からないしムカつくからとりあえずこっちから行くね』


 いったい何が逆鱗に触れたのか。操糸さんは魔力を手繰って人形を立ち上がらせ、さきほど警告として放った衝撃波を放ってきたのだ。


「あぁあ! 待ってちょっとまだわし心の準備いやぁ――!」


 シェイナは脱兎のごとく回避軌道を取ったが、わしは恐怖で棒立ちである。


 衝撃波が迫ってくるのが異様にゆっくりと見えた。

 これがいわゆる死に際の走馬灯というやつか。過去の出来事がフラッシュバックするというが、正直この状態で五千年を振り返られても精神的に生殺しできついような……



 スローモーションの世界の中で、わしは正面から衝撃波に呑まれた。

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