はじめてのおつかい死闘編
「ダメじゃ。お主がなんといおうとダメじゃって。ほらレーコ、孤高こそ邪竜の本質じゃから。人間に協力してもらうなんてわしの沽券にかかわるから。この件はなかったことにしてまたどこか別の場所に行かんかの?」
「はい。もちろん協力を仰ぐのではありません。恫喝しに行くのです。国富の八割を要求してきます」
「さりげに悪質さの度合を上げないで」
「邪竜様に貢ぐことができて愚昧なる人間どももさぞ喜ぶでしょう」
ハイゼンが返事を伝えて去った後、わしは扉の前に座り込んでレーコを部屋から出さぬように不動の構えを取っている。
しかし、レーコも負けてはいない。凄まじいプレッシャーを放ちながらじりじりとわしに迫ってくる。
「まだ、まだお主にはわしの遣いを任せるのは早いと思うんじゃ。お主はまだ子供じゃろう? いざ具体的な話になったら、相手も百戦錬磨の交渉人を出してくる。そこで必要になるのは人生経験じゃよ?」
「大丈夫です邪竜様……。私は邪竜様の歩んできた数千年の経験をすべて己の糧として吸収しております。必ずや、邪竜様式の交渉術にて敵の交渉人を殲滅してくれましょう」
「大前提として交渉術は敵を殲滅するものじゃないということを覚えてくれんかの」
いつもの言動から推測するに、口から言葉でなく火を噴くつもりだ。たぶん。
「それに、可愛い子には旅をさせよと言います。邪竜様は以前、私のことを子か孫のように考えていると仰ってくださいました。私もぜひその期待にお応えしたいのです。無事に成果を収め、大手を振って凱旋して参ります」
「なんかやけに張り切ってると思ったらそういう魂胆だったのね」
「私の身を案じてくださる邪竜様のお気持ちには感謝するばかりです。しかし、心配はいりません。国が亡ぶことはあっても私は不滅です」
「お主の身の安全はさほど憂慮しとらんのじゃよなあ」
どんなトラブルがあろうと無事に帰ってくるヴィジョンしか見えない。
憂慮の対象は、そのトラブルに際してレーコの暴走被害を受ける周辺の人々である。無事に帰ってくるレーコの背後が地平線まで炎上している可能性だってあるのだ。
「とにかくダメ。なんと言おうとダメ」
「……なるほど。邪竜様の仰られたいことはよく理解しました。簡潔にまとめますと、こういうことですね?」
「ん?」
「私にはまだ強さが足りない――と」
「違うのう。むしろ、すべての問題の解決をパワーに求めるその姿勢こそが問題なのよ?」
レーコは案の定聞いていない。
悔しそうに拳を握ってわなわなと震えている。
「確かに邪竜様と比べたら私はまだ赤子同然に非力であります。ですが、短い間で眷属として急成長をしている実感もあるのです。多少は信頼いただけていると思ったのですが……」
「信頼はしとる。だけど時と場合によるから。こういう場面でお主を派遣することは容認できないだけで」
「私では一国を攻め滅ぼすのに力不足であると判断されるわけですね」
「とうとうこの子はナチュラルに侵略宣言までし始めたのう」
わしは大きく息を吐き、床にしがみつくようにして扉の前での防衛姿勢を強める。
「お主の気持ちは嬉しいし、信頼もしとるけど、まだ一人で遣いにはやらせられん。これは邪竜たるわしから眷属のお主に対する絶対命令。不服というなら、わしを倒してここを通るがいい」
もちろんハッタリである。なんだかんだでわしを慕ってくれているレーコが、そんな凶行に走るはずがないと踏んで。ある意味ではこれも信頼といえるかもしれない。
しかし、これは重大な判断ミスだった。
「……お手合わせいただけるのですか?」
きらん、とレーコの目が光った。
その煌めきでわしの腹底が芯まで冷える。
「え、いや、本気じゃないよね? まさかわしと戦ったりはせんよね?」
「そうですか……。常々、邪竜様には私の成長ぶりを見ていただきたいと思っていたのですが、この気持ちは邪竜様も同じだったのですね。『どれだけ強くなったから、直接わしに力を見せてみよ』と仰ってくださるなんて……」
「わし言ってない。一言もそんな台詞言ってない」
首をぶんぶんと振って抗議するが、レーコの中では既に事実として消化されてしまっている。
普通にわしの身体をひょいと頭上に持ち上げて、レーコは嬉しそうな声色で言う。
「それでは移動しましょう。焼き尽くしても構わぬ適当な平原で力をお見せいたします」
「いやぁあ――! 降ろしてぇっ! 誰か助けてぇ――っ! さらわれるぅ――っ!」
じたばたともがくが、まるでレーコの腕から逃れられる気配はない。
と、絶望の淵で助けを求める声を上げていたら、屋敷の玄関でシェイナに出くわした。彼女もまた肩に精霊さんを乗せているが、こちらとは違ってごく静かなものである。
「……ええと、何かの遊び?」
眉をひそめ、首を傾げつつシェイナが尋ねてくる。
「戯れではない。これから私の力を見ていただくため、邪竜様と手合わせを行うのだ」
「違うのよシェイナ。わしはそんなつもりはないのよ」
子羊のように震えながらわしは視線で助けを求めたが、返ってくるのはなぜか不審そうな目線だけだった。
それから少し考え込んで、シェイナはこう言った。
「あのさ。邪竜様とレーコちゃんの手合わせ、あたしも見せてもらっていいかな?」




