熾烈なポジション争い
ライオットの遠い先祖が、地位を得るためのホラとしてわしを担ぎ上げた。
無論、後から付いた尾鰭もあるだろうから断言はできないが、現実離れした邪竜としての逸話の発端はそこにあるとみていいだろう。
「これは実に許せません。さあ邪竜様。魔王を倒して貴奴に再び相見えたとき、下す罰はいかなるものとしましょうか」
「まあ、ええんじゃないかの。ライオット自身に罪はないわけだし、いまさら文句を言ったってどうしようもないしの」
「なるほど。では、眷属たる私の自己判断で裁きを下してよいということですね」
「『では』の用法がおかしくない? わしの発言をどう酌んでもその解釈にはならんよ? ちなみに、お主の判断だとどんな罰を下すつもりなの?」
「まず奴を牢獄に閉じ込めます。そして三日三晩の間、水と緑豆しか与えぬのです」
「あ、意外とセーフな領域じゃね。お主のガス抜きになるならそれでもええかなあ」
常識的に考えたらそれでも相当にヘビーな扱いではあるが、いつものレーコにありがちな「八つ裂き」とか「魂を食らう」とかいう発言に比べたらまともである。
ライオットに対してのヘイトを解消するには、一旦それで手打ちとしてもいいかもしれない。
「なお、牢獄は魔王と相部屋とします」
「と思ったらいきなり刑のレベルが急上昇したのう」
「もちろん魔王は邪竜様との決戦で既に死亡しているため、魂だけを牢獄に放り込んでおくものとします」
「ライオット祟られない?」
レーコは目を瞑って、静かに頷いた。
「……思えば、憎いところはあれど見所のある少年でした」
「故人を振り返るような言い方はよしなさい」
しかも故人にしようとしている張本人が。
「そもそも、なんでお主はそこまでライオットを目の敵にしておるの? なんだかんだで悪い子じゃないというのはお主も分かっておるんじゃろ?」
「確かに。あれの根が悪人ではないというのは察しております。しかし、私に対しては、たびたび放逐しようと風当りが強かったのです。その恨みは忘れておりません」
「それこそお主のためを思っての行動だと思うんじゃけどなあ」
まさかここまで生贄にされたがる人間がいるとはライオットも想像していなかったはずだ。
「とはいえ、奴の気持ちも分からないではありません。もし逆の立場なら、私も同じことをしたでしょう……。突如として現れた新入りに、生贄のポジションを奪われるわけにはいきませんから。全身全霊で排除にかかるのが当然というものです。そう考えれば、私を遠くの街に追いやろうとしたライオットの執念も合点がいくというもの。結果的に、私が邪竜様のお膝元を勝ち取った形ですが」
「やだ、この子視点がすごく自分本位」
まるで相手の立場になってものを考えられていない。推定の中の価値基準がレーコのものしか存在していない。
「村にいたころ、ライオットは『生贄なら俺がなればいい』と繰り返しておりました。これは『生贄の座を奴隷ごときに渡してたまるか』という事実上の宣戦布告に他なりません。思えばあれから、私とライオットの間で生贄の座を争う熾烈な争いが始まり……邪竜様? なぜ涙ぐんでいらっしゃるのですか? お灸の煙が目に染みたのですか?」
「いや、なんでもない。なんでもないのよ。ただ、ちょっと哀れな人のことを思ってね」
「世界人類に対する憐憫ですか。確かに、人間とは愚かな生き物であります」
「そんなマクロな話じゃなくて、一個人の話よ」
ぐすんと涙を拭ってわしは手元の伝記を眺める。
これを書いた人。あなたの子孫が今、すごく大変な目に遭っています。親の因果が子に巡り――とはよく言ったものだ。
「ともかく、ライオットを許してあげてはくれんかの。このままだとあんまりじゃよ」
「そうですね……。奴の行動も私憎しではなく、邪竜様を崇めればこそ。仇敵ではなく、互いを高め合ったライバルだと考えれば恩赦の余地もありましょう……」
「あの? レーコ、その解釈からは一旦離れない? だってほら、ライオットは村でわしに石とか投げてきたじゃろ? そんな風にわしを崇めてたわけじゃないと思うけど」
「あれは嫉妬です」
「絶対違う」
いいえ間違いありません、とレーコは断言した。
「私が生贄すら凌ぐ眷属というポジションに収まったのを見て、いてもたってもいられず八つ当たりをしたのでしょう。あの投石には『なぜ俺じゃなかったんだ』という無念が込められていたのです。まったく子供らしい可愛げなものであり、邪竜様がお許しになったのも頷けます」
すまんライオット。わしには、この子の偏見フィルターを打ち崩すことができない。
いつか再会したとき、お主の方から説得を頑張って欲しい。
わしは罪悪感をそっと心の奥底に封じて、この感傷のすべてを忘れることにした。
レーコによる文献の口述では結局、(牛乳とかの一部例外を除けば)わしが今後の振舞いの参考にできるほど穏健な邪竜描写は見当たらなかったが、邪竜扱いの発端が分かっただけでもよしとした。
原因が分かれば対策も……果たしてあるだろうか。お願いだからあって欲しいが……
「邪竜殿!」
そのとき、バンと大音を立てて部屋の扉が開かれ、わしは跳び上がった。お灸が落ちて背中を軽く炙り、慌てて床に転がりながら消火する。
「藪から棒になんだ、ハイゼン」
「はっ。申し訳ありません眷属殿。今しがた、本国から返答の書状が届きまして」
「あ、来たの? どんなじゃった?」
身を振って灰を落としながらわしは呑気に尋ねる。しかし次の瞬間、すごい爆弾が降ってきた。
「はい。短くまとめますと――『人類の味方となった邪竜レーヴェンディア殿を国賓として歓迎したいところだが、現在は各地での魔物討伐に力を割いており、満足なもてなしができない状態である。このような状況下で邪竜殿を招くのは失礼に当たると考える。ついては、使者として眷属の少女のみを派遣されたし。魔王討伐に関する情報や、十分な資金を提供することを約束する』」
理由を付けての入国拒否――前半のそこまでは予想できていた。
しかし後半。
「レーコだけ……?」
邪竜本体を招くよりも害が少ないだろうと判断したのだろうが、
「なるほど。それでは邪竜様の代役に恥じぬよう、者どもから畏怖される行動を心がけねばなりませんね」
むしろ『そっちが本体』といえるレーコは、承知したとばかりに深々と頷いた。




