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ちょっと大きめのゴミ

 消えてしまった山の跡地。

 こんがらがった状況を整理するため、一同は岩に腰を落ち着けて円を作っていた。


 円の中心に仁王立ちしてオブザーバーをしているのはレーコ(とわし)である。

 ちなみに山の精霊と思われる葉っぱまみれの野生児は、伏せたわしの背中に座らせている。特にこちらからアクションを求めなければ微動だにしないので、乗せておくのも楽だ。


「では、まず貴様から目的を話せ」


 レーコが短剣を突きつけて答弁を求めたのは、岩に鎖で巻き付けられた魔物である。

 今度は容易に脱出できぬよう、兵士たちが間近で槍を構えている。


「何たる不覚。自爆すらできぬ状況に追い込まれようとは……」

「言っておくが、さっきのように関節を外して縄抜けができるとは思わないことだ。もはや貴様に逃げ道はない」

「あ、どうやって担架から抜けたのかと思ってたら意外と力技で抜けてたのね彼」

「さあすべてを語れ。さもなくば無限の苦痛を与えるぞ」


 長髪の魔物はキリッとした表情でこちらを見据える。だが、その視線の先はわしらではなく、山の精霊に向けられていた。


「なぜだ精霊。お前は邪竜に焼かれ、人間に脅され、既に十分なヘイトを溜めていたはずだ。そこに、あの御方の分体を封じた核を埋め込んだというのに……」


 あの御方の分体?

 なんとなく思い当たりのあるフレーズにわしは一歩踏み出す。


「あのさお主。もしかして、ここら辺の魔物とか精霊を洗脳して魔王軍に引き込む仕事とかやってたの?」

「そんなことを白状するオレではない」

「もう半分くらい白状したも同然じゃない? あのね、ずっと向こうに聖女様を祀る街があるじゃろ。お主たちってそこも狙ってたりした?」

「黙秘する」


 言いつつ、彼の顔は青い。レーコにやられていた初対面のときから青かったが、今はさらに青みが増している。


「どういう魂胆かと思えば、そういうことか。残念だったな。あの卑劣な精神魔物は邪竜様の手によって既にこの世から消し去られている。当然、分体まですべてな」


 レーコの宣告を受けて、魔物は平然としていた。

 ただし、平然とし過ぎて彼の中の何かが壊れてしまったのではないかとわしは心配になった。


「待て。少しでいい。この拘束から抜けていいか。直属の上役に事の真偽を確認したい」

「それで納得するなら手短にしろ」


 レーコが許可を出すと、魔物は軟体動物のように気持ち悪い動作で鎖から抜け、地面に何やら不思議な陣を描いた。そこに耳をぴったりとくっつけ、どこかと交信を始める。


「ええ……はい……はい……。ただいま監視中の例の邪竜から、派遣先の地区幹部である【虚】殿が死んだという情報を得たのですが。……はい。『邪竜が言うならそうなんじゃない?』――と。分かりました。はい。派遣先が死んだので帰還します」


 魔物は足ですかさず陣を消して、


「どうやらそのようだな。では、ここはオレの負けということで手を打とう。また会おう邪竜。さらば」


 颯爽と去ろうとした後頭部に、レーコから石を投げつけられてあえなく倒れた。


「何を自然体で帰ろうとしている」

「もはやオレには何の利用価値もないぞ。捨てておけ」

「それって普通は捨てる方が言うセリフじゃよね」


 死に体の魔物に歩み寄ってわしはしゃがみ込む。


「あのね。別に帰れとは言わんけど、山を元に戻して欲しいのよ。この子? というか精霊さんもその方が喜ぶじゃろうし、金も掘れるようになるしの」

「邪竜殿の仰るとおりです」


 すかさず同意したのはハイゼンだ。


「今のやり取りを見て、魔王軍の指揮系統が極めて雑だというのがよく分かりました。ここで少しばかり口を滑らせたとして、あなたを罰する者はおりますまい。ここでは何もなかった――こちらも譲歩してそういうことにしますゆえ、すべてを元に戻してはいただけませんか?」

「でもさー。そう甘い顔してみても、パパも実際は喋らせた後にこの魔物さんを軍の本営に連行するつもりだよね? 情報源として」


 背中から思わぬ不意打ちを受けたとばかりに、ハイゼンはシェイナを振り返った。


「いきなり何を言うんだシェイナ?」

「いやーごめんね魔物さん。うちのパパったら狸でさあ。その点あたしときたら見てのとおり優しい優しい純朴な女の子だから安心して――で、どうやって精霊をあんな風に人型にしたの? ついでに、どうやったら手懐けられるの? 知ってる限り教えて。さあ吐いてすぐ吐いて今すぐ吐いて」

「ダメだ。精霊は元通りにしてもらう。そうでなければ黄金の邪竜様像が建たない」


 人間の醜い欲望が渦巻くのが目に見えるようだった。

 イケメンさんは長いため息をついた。


「逃げることも自爆も叶わんとは……迂闊に偵察などするものではないな。精霊の実体化に成功した段階で攫っておけばオレの勝ちだった」

 珍しくレーコが頷いた。

「ああ。今にして思えば貴様の隠れ方はなかなか見事だった。山の近くに何かあるのは感知できていたが、大きめのゴミが転がっているとしか思わなかった」

「邪竜の目を欺くとはオレの隠密技術もなかなかということか……」

「たぶんディスられとると思うんじゃけど、お主が幸せそうだからわしはこれ以上何も言わないでおくね」


 それにしても、困った。

 かなりメンタルがタフなのか、レーコの威圧とパワーを前にしてもイケメンさんは精神的に屈しない。実力はどうあれ心だけは間違いなく強い。

 このままでは悲痛な拷問が永遠に続きかねない。


「のう、ハイゼン。とりあえずこの魔物は連れて帰って捕虜の扱いでいいんじゃないかの。ここでイジメても無益なだけじゃと思う」

「そうですな……。眷属殿の剛腕をもってしても口を割らせられないとなると……」


『山腹抉るる』


 わしの背中で、ぽつりと精霊が呟いた。

 一瞬、昨晩のレーコとシェイナの脅迫事案を暴露されたのかと思ってわしは震えた。

 だが、違った。

 少し遅れて、精霊からぐうという腹の音が響いたのだ。


「しめた! お腹ね、お腹が空いてるんだね精霊ちゃん! よぉし、ここは私のお弁当を分けてあげよう! あーんしてあーん!」


 すかさずシェイナが乾パンを精霊の口元に押し付けたが、まったく口は開かれず頬を押すばかりだった。

 試しにわしもその辺の雑草を食いちぎって背中に回してみたが、これも反応がない。


「ならばオレを食うがいい精霊よ……!」


 そのとき、レーコに無言の逆海老固めを喰らっていたイケメンさんが地面をタップしながら叫んだ。


「その代わり、どうか邪竜を討つため我ら魔王軍に力を貸してくれ……!」

「何を虫のいい話をしている。精霊はお前などを食う趣味はない。相手の趣味も考えずに勝手なことを抜かすな」

「そうじゃね。正論じゃね。あとの課題はその心構えを自分でも実践するだけじゃね」


 そのときだった。


「あいたぁっ!」


 わしの首筋に、口を開けた精霊がいきなり噛み付いてきた。

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