レーコ的な努力
「というわけで、力を見せてみろ人間。大した努力もなしに身に着けたという自慢の腕前をとくと披露するがいい。その上で自信を打ち砕いてやろう」
「えぇー。めんどっちいなー」
レーコによる説教のプランはいたってシンプルだった。
相手が天才だと自負するなら、それを上回る圧倒的パワーをもって鼻っ柱を折るというものだ。
そして『この圧倒的パワーは弛まぬ眷属的努力によって身につけたものだ』と締めくくるつもりらしい。
わけが分からない。
だってレーコは思いこみだけで覚醒したのである。わしの知る限り、唐突な覚醒は努力のカテゴリーには入らない。この子なりに頑張ったポイントはあるのだろうが、努力で強くなったかどうかと問われれば断じて否である。
が、まずはそれよりも言うべきことがあった。
屋敷のすぐ表。垣根も何もない質素な庭で、レーコは腕組みをしてハイゼンの娘と向かい合っている。
「レーコ? 力を見せてみろって……いきなり決闘まがいの行為に及ぶとはどういうこと? 単に話すだけじゃなかったの?」
「千の言葉よりも一の拳が深いメッセージを伝えることもあります」
「お主は一の拳でたいていのものを消し飛ばしちゃうでしょ」
「大丈夫です邪竜様。私とて力加減くらいは心得ております。幼子をあやすような心意気で臨む所存にございます」
唸りつつも、わしは最終的に折れた。
こう見えてレーコは人間に重篤な怪我を負わせたことはない。なんだかんだで良識はわきまえている。たまには信じてみよう。
「では手合わせといく前に、貴様の名を聞いておこう」
「おー? 自己紹介? あたしはね、エンシェイナ。シェイナでいいよん。よろしくね」
「うむ。では改めて私も名乗る。我が名はレーコ・レーヴェンディリウス。いざ尋常に――」
わしはレーコのローブの裾をくいくいと引っ張る。
「ちょっと待ってレーコ。お主ってそんな苗字持ってた? なんとなくわしの名前っぽい感じの苗字をさらっと名乗ったよね?」
正確にはわしの名前ですらないけれど。
「今ここに姓を開きました。邪竜様の眷属のみが名乗ることを許された高邁なる姓にございます」
「自己紹介ってノリで内容を変えていいものじゃないと思うんじゃけどなあ」
まあいいや、とわしは諦める。苗字が増えるくらい今さらどうってことはない。
レーコは近くの地面に視線を落として、枯れた葉っぱを一枚拾って自分の頭の上に載せた。
「この葉を落とせばお前の勝ちとする。私からは一切攻撃を仕掛けない。それでいいな?」
「はいしつもーん。どうなったら私の負け?」
シェイナが問う。
「負けを認めたら負け。それまではいくらでも付き合う」
葉っぱは何の支えもなくレーコの髪の毛の上に置かれているだけである。戦うどころか、風が吹いただけでも落としてしまいそうである。
と、すっかり観戦の構えに入っているハイゼンがわしの隣で顎を抱えた。
「ほう……邪竜殿。これは、眷属殿は相当に自信があるようですな?」
「あの子はいつも自信満々じゃよ」
「ですが、少々ハンデが大きく思いますな。シェイナもかなり腕が立ちます。あの条件ならば勝機がないとも言えますまい」
「いやあ、たぶん無理じゃと思うよ」
どんなに腕が立つといっても所詮は人間の範疇である。セルフで邪竜の領域にまで踏み込みつつあるレーコに敵うはずがない。
相対する二人の準備が完了したとみえ、ハイゼンが腕を振り上げる。
「それでは、始めてもよろしいですな?」
「構わない」
「えぇ。あたしまだやるとか言ってないよー。勝っても特に大したことなさそうだし。勝ったときのご褒美とかは?」
「そのときは満足するだけ富と力をくれてやろう」
「おお! 分かりやすくていいね!」
なんか魔王みたいなことを言い始めた。
「あのレーコ? わしら、富がないから金を探しに来たと思うんじゃけど」
「大丈夫です。勝ちますから」
「手口が詐欺師のそれじゃよ?」
わしの不安にも構わず、えへんとレーコは勝利への自信に胸を張る。
互いの戦意が整ったのを確認したハイゼンは、振り上げた腕にタメの間を作って――
「はじめぇっ!」
一気に振り下ろした。
同時に雌雄を決さんとする決闘の動きが――なかった。
シェイナは戦意のない能天気な歩みで、トコトコとレーコのそばに寄っていく。
レーコはじっと怪訝顔でそれを見ている。
そのまま、レーコの耳元にそっと唇を寄せて、
「ねぇレーコちゃん。勝ちを譲ってくれたらあたしの持ってる邪竜様の本を全部あげてもいいんだけど……?」
「む」
ぴくり、とレーコが肩を動かした。
いけない。なんて卑劣な精神攻撃だ。実力差を見極めて最も有効な揺さぶりをかけてきている。
予想以上のやり手だ。
「今ならさらに、太古の昔に邪竜様が脱皮した抜け殻もプレゼント……」
「む」
効いている。レーコの揺れが大きくなって葉っぱが少しずれた。
「惑わされるでないレーコ! わしは脱皮とかせんから!」
「あー! いけないんだ! アドバイス無用だってば邪竜様!」
絡め手の不発を悟ったシェイナは至近距離から実力行使に出た。
といっても、わしには何が起きたかまるで分からない。シェイナが身に魔力を充実させ、付近の空間が蜃気楼か陽炎のように歪んだ瞬間――猛烈な土埃が巻き上がった。
爆発に近かったが、炎は立っていない。
ただ、煙が晴れた後に堂々と直立不動の姿を現したレーコは、まだ頭に葉っぱを載せたままだった。
ちぇっ、とシェイナが舌を打つ。
「やーめた。こんなの勝てっこないよ」
「そう不貞腐れるな。お前の攻撃はなかなか効いた。まさか抜け殻が嘘だったとは……」
「フォローになってないよったら。でもすごいねレーコちゃん。あたし、年下に負けたのなんか初めて。眷属ってこんなに強くなれるものなの?」
「邪竜様の力あってこその私の力だが、無論、何の努力もせずにここまで来たわけではない」
わしとハイゼンが同時に手に汗を握る。
彼は娘の更生という願いに、わしはレーコの努力認識への薄い恐怖に。
「――『よく食べて、よく寝る』。この努力を私は欠かさず続けている」
やっぱり眷属にしてください! という声が高々と庭に響いた。




