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志望動機は何ですか


 レーコの動きは早かった。

 白髪の少女に手の動きで座るよう指示し、相手がしゃがみこむとレーコも正座で相対する姿勢になる。


「えっと、何やっとるのレーコ?」

「やはりこの日が来てしまいました。邪竜様のご威光を前にしては眷属を志望する者もいて当然のこと。元より邪竜様の器は万の軍勢を従えても満たされぬほどにありますゆえ」

「うっわあ。難しい言葉遣いするねこの子? なんだか背伸びしてるみたいでかわいー」


 よしよしとレーコが撫でられている。わしはオロオロする。挑発と解釈されてレーコが怒ったらどうしよう。

 だが、意外にもレーコは上機嫌なようで、得意げな笑みを浮かべたままだ。


「人間よ。邪竜様は懐の広い御方であられるが、かといって誰しもを眷属として認めるわけではない。選ばれた者だけが邪竜様の手足となる栄誉にありつけるのだ」

「へー。なんだか面倒な試験みたい」

「よって、貴様の眷属入りの是非をここで問わせてもらう。この邪竜様の筆頭眷属、レーコの名において――」

「待って。トントン拍子で話を進めないで。わしは眷属を増やすつもりなんてないから」

「分かっています邪竜様。お任せください。生半可な人材はこの私が審査を通しませんので」


 分かっていない。が、こうなったレーコを止める術はない。

 座ったまま白髪の少女を見据えて、レーコは静かに口を開く。


「まず最初に、邪竜様の眷属を志望した理由は?」

「特に何の苦労もせず地位と金と圧倒的な力を手に入れたいからー!」

「なるほど。これは想像以上にピュアなタイプのクズ。では次の質問に移――」

「ストップ、レーコ。さすがに今のはわしも聞き捨てならんよ」


 必死にレーコの背中を手で揺する。


「どう考えたって今のは一発アウトな回答じゃろう? なんで飄々と面接を続けようとしてるの?」

「個人的には悪くないと思ったのですが」

「わしは悪さしか感じないと思う」

「はい。かつてない邪悪さを秘めた人材だと感じました」

「邪悪かぁ。お主のいう邪悪さって本当になんだかフワッとしてるよね」

「まあ最後まで様子を見ましょう邪竜様。なかなかの逸材かもしれません」


 レーコは両拳をぐっと握る。なんだろうこの熱意は。もしかして後輩が欲しいのか。


「それでは次に、邪竜様に関する知識を問わせてもらう。現在の邪竜様は人間と和平路線で魔王討伐に乗り出しているが、それはとうに知っているな?」

「知ってる知ってるー。なんかギルドからそういう手紙が来てたから」


 そうか、とわしは密かに納得する。

 そういえばアリアンテがギルドと交渉して、わしにかかった懸賞金を停止してくれたのだ。当然、停止理由も併せて周知されることだろう。


「だが、過去の邪竜様は天地のすべてを喰らい尽くすと謳われた破壊神のごとき存在だった。さあ質問する――そんな邪竜様の御心を変えたある事件とは何か? 簡潔に答えるがいい」

「えぇ。いきなり難しいなあ。ごめんなさい分かりません勉強不足でしたー。降参っ」

「本当に難しいのう。過去のわしに何があったんじゃろうなあ」


 それだけすごいドラゴンがこんな草食竜に落ちるのだからよっぽどの出来事があったはずである。そして、その答えはきっとレーコの中にしかない。

 しかしレーコの勢いは止まらなかった。


「そう、それでいい。所詮は眷属に過ぎぬ者が邪竜様の御心を推し量ろうということ自体が大いなる間違いなのだ。答えは邪竜様の内にのみある。それが正解だ」

「わしの中をどんなに探しても見当たらない場合はどうしたらええの?」

「やはり自ら記憶を封印されたのですね邪竜様……。無理もありません。あれだけのことがあっては……」

「絶対お主の中では独自の答えが形成されとるよね」


 そんなことより、と白髪の少女が会話に割って入る。


「どうなのさ? あたしを眷属にしたらバリバリ働くよ? けど休みは三日に一度、月に一度は必ず五連休を」


 そのとき、「ごんっ」と鈍い音が響いて白髪の少女がうずくまった。

 原因は単純。その背後に立ってゲンコツを落とした壮年の男性がいたからだ。短く刈りこんだ白髪。一見すると体躯は細く見えるが、決して貧弱な印象は与えない。

 むしろ無駄を削ぎ落として鍛えられた、質実な刀剣さながらの雰囲気である。


「申し訳ない。私の娘が妄言を発していたようだが、どうか忘れていただきたい」

「あ。親御さん?」

「ええ。邪竜レーヴェンディア殿。噂はかねてより聞いております。この度は魔王を討つべく我々人類と共に歩んでいただけるとのこと。心強い限りです」

「うん……。あ、それよりも聞きたいんじゃけど、なんでわしだって分かったの? 元の姿じゃ目立つじゃろうけど、この小さい姿はギルドの手配書にも載っとらんじゃろ?」

「『邪竜は凄まじい力を持つ蒼い瞳の少女を従えている』――と、各方面より情報が上がっております」

「レーコ。今度どこかで色付きの眼鏡とか買おうか。それか目深の帽子とか」

「よいのですか? 楽しみにしております」


 よく考えたら、これまでの街でわし以上の存在感を放ってきたのはレーコである。そっちの素性を隠す努力をしなくてはならなかった。


「ちょっとパパー。いきなりひどいじゃん。なんで邪魔するのさー?」


 と、タンコブを作って涙目になった白髪の少女が抗議の声を上げた。


「うるさい。お前ももう十五なのだから人並みの落ち着きを覚えろ。お前のような半端者を邪竜殿が眷属にするはずがあるまい」

「だってあんなちっちゃい子に務まるならあたしにもできそうだし」

「だ、ダメじゃよ。今のところわしは眷属を増やすつもりはないから。レーコ一人で十分すぎるから。ほら、レーコも残念かもしれないけど諦めて……」


 しかし心配は無用だった。

 それはそれでまんざらでもない、という顔でレーコは虚空を眺めニヤついていた。最近、常に楽しそうなこの子が羨ましい。


「して、邪竜様。まずは当家で歓待とさせていただきたいのですが、その前に一つだけお尋ねしても?」

「そりゃ助かるのう。泊めてくれるなら質問でもなんでも大歓迎じゃよ」


 深刻そうな顔で男は視線を上に向けた。


「実は、この山には膨大な金脈が眠っておりまして。我々は魔物を討伐して金の一大産地としようと考えていたのですが、攻略の計画を立てたこの折に突如として山が燃え上がったのです。あれだけの炎ならばおそらくは魔王軍の幹部級――強大な炎を操る魔物が我々の計画を察知したに違いありません。率直にお尋ねしますが、邪竜殿もこの魔物を討ちに来たのでは?」


 わしはただ、ごめんなさいと連呼することしかできなかった。

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