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朝からいきなりいざ魔王

2章部分(書籍版2巻)からWEB版と書籍版で展開が大幅に異なっております。


スニーカー文庫刊の書籍2巻はほぼ完全書き下ろしとなっておりますので、ぜひそちらもよろしくお願いします!


「なんだかすごく調子がいいのでこれから魔王を倒しに行きませんか邪竜様」


 これが朝一番の発言だった。

 ちょっとピクニックに行くようなノリである。寝起きであんまり脳みそが働いていなかったわしは、深く考えずに「うんええよ」と言ってしまうところだった。

 ギリギリで内容の異常さに気付けて本当に間一髪だった。


 街を追い出された翌日。

 特に行くあてもなく、わしらは平原を放浪していた。

 できることならこのまま適当な街に流れ着いて、今度こそ平和に長居したい――そう思っていた矢先に。


「レーコ。いくらなんでもそれはちょっと生き急ぎすぎなんじゃないかの」

「大丈夫です。今の私なら決して足手まといにはなりません。なんせ私は邪竜様の眷属。不可能はありませんので」


 わしの目の前で正座をしながら、レーコは自信満々にふんぞる。

 危惧していたことが現実になった。元から変な力に満ち溢れてはいたけど、そこにとめどない自信が加わってしまった。

 燃え盛る炎に油をぶちまけたようなものである。


「せめてご飯を食べてからその話にせん? お腹減っとるじゃろ?」

「なるほど。魔王の血肉はさぞ豪華な朝餉となるでしょう」

「普通の草がいいんじゃけどなあ」


 わしの涙が人知れず風に舞う。レーコにはあくびの涙と思われているだろうが、れっきとした悲しみの産物である。

 レーコのこの勢いを止められる気がしない。もうだめだ。きっとこのまま魔王の城とかに連れて行かれるのだ。

 そして戦いの余波でわしだけ死ぬのだ。


「開け第三の目『邪竜の千里眼』――さあ魔王よ我が目にその根城を晒すがいい」


 レーコの目がひときわ蒼く輝いた。

 そういえばそんな技も持っていた。必要に応じて勝手に作っちゃうものだから、いちいち覚えていなかった。


「――ん?」


 ところが、レーコの瞳に宿った蒼い光がしばらくして薄まっていった。

 魔王のアジトを見つけたわけではなさそうである。その証拠にレーコは怪訝な顔で首を捻っている。

 わしは淡い期待を浮かべて身を乗り出した。思わず手に汗を握る。

 もしかして、もしかすると――


「……申し訳ありません邪竜様。調子に乗り過ぎたようです。私の力では魔王の隠れ家を暴くには至りませんでした。おぼろげに気配は感じたのですが……」


 ありがとう魔王。フォーエバー魔王。

 心の中で喝采が鳴り響く。わしは危うく魔王のシンパになってしまうくらい感動した。この子に好き勝手をさせないだけの存在がこの世にはまだいるのだ。希望が湧いた。


「あ、でも待ってください邪竜様。今、千里眼の終わり際にちょっと見えた気がします。もう一回本気でやってみてもよいでしょうか。今度はきっといけます。つい甘く見て一割ほどの力で探知したものですから――」

「それはダメじゃよレーコ。一発勝負で決めきれなかったことを再度試すなんて禁忌中の禁忌じゃよ。たとえ一割の力だろうと何だろうと、真剣勝負に負けてしまったら命は終わってしまうじゃろう? それと同じじゃって。常に勝負とは緊張感を持たないといかんものなの。一度失敗した以上、おめおめとリトライするなんて邪竜の眷属としてみっともないからダメ」


 わしはレーコの肩に両手を乗せてがくがくと揺する。

 たった一割で「ちょっと見えた」なら、全力を出せば丸裸ではないか。

 眷属としてみっともない、というフレーズが効いたのか、レーコはすごく悔しそうに唇を曲げつつも魔王探しを諦めてくれた。


「確かに、邪竜様すら手こずらせる魔王を相手に、私はあまりにも軽率だったかもしれません。決して舞い上がらずに着実に力を積み重ねよということですね」

「うん、そういうこと」


 本音はこれ以上積み重ねないで欲しいけど。

 ひとまずは修羅場を乗り越えて朝食である。わしはそこらへんの草を食み、レーコは荷物の保存食から適当なものを漁っている。今日は燻し固めたチーズと堅パンを選んだようだ。


「しかしアレじゃの。アリアンテからもらった食料も路銀もそう長くは続かんし、どこぞで本格的に金策をせんといかんのう。お主はよく食べることだし」

「ご心配なく邪竜様。手持ちの食料がなくなればそこらへんで兎でも捕まえて血肉を啜りますので」

「血肉とか怖い表現をしないの。お腹を壊すからちゃんと火は通してね」


 そうはいっても、レーコにそんな獣みたいな生活はさせたくない。ますます人の道から外れていってしまう。

 こんなことを言ったら「狩リハレッキトシタ人ノ文化ダ」とか狩神様に怒られそうだけど、十歳ちょっとの女の子は狩りに参加しないだろうし。


「でも、お金稼ぎかあ……。あんまりいい思い出がないのう……」


 遠い昔の見世物時代でも、玉乗りは結局マスターできなかった。火の輪くぐりは鞭で叩かれて何度かやらされたが、もう二度とやりたくない。


「さすがは邪竜様。その長い生涯の中で、欲深い人間が金欲に溺れ破滅していく様を数多く見てきたのですね」

「わし、そこまでアッパーな話はしてないよ。それにしてもどうしたもんかの……」


 年寄りドラゴン(邪竜の濡れ衣あり)と、年端もいかぬ少女(危険物)を雇ってくれるところなどそうそうあるまい。

 仮にあったとしても断る。レーコが何をしでかすか分からないし。


 賞金のかかった魔物を討伐するというのは一つの案だが、完全にレーコ頼みなって申し訳ないし、その街での平穏は望めなくなる。邪竜とその眷属という風評が一瞬で広まるだろう。


「ああ、そういえば薬になるとか言ってわしの鱗が売れたことがあったのう。その手でいこうかのう。でも本当に効くのかな……」

「まさか、あの万病を癒すという邪竜様の鱗を……? しかし邪竜様、過去に幾度それを巡って争いが起きたか……」

「そうなんだ。効いちゃうんだ。じゃあわしやめとく」


 売り子の誇大広告ですごくスケールの大きい詐欺になる気がする。

 あるいは本当に(レーコが無自覚で)効かせてしまって、わしが貴重な薬の元として狩られそうになるおそれもある。そうなるとレーコが狩人を血祭りに上げる。


「ときに邪竜様。金策であれば、私めから一つ提案が。邪竜様にとってはほんの端金にしかならないでしょうが――」

「ん? なになに? 今は少しでもあるに越したことはないしの」



「さっき千里眼で見渡したときに、近くに手つかずの金脈を見つけました。魔物の群生地になっているようですが、半日もあれば綺麗に掃除できるでしょう」


 わしは喜ぶよりも先にいろいろと戦慄した。

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